ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

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 あらすじ

 カイ王国を脱出しようとするリク達はマサカゲの率いる「赤備え」と呼ばれる部隊の一部とそれを率いてきたクレハやダイヤ、ナナ達と共に一騎打ち中のシーチェと分散したシリアンの仲間を救出し戦場を離れた。
 そこに突然現れる人物。小休止をするリク達の所に現れたのはかつて共闘したあの人物だった。


第三十八話 女神を騙るもの

 

 1

 

 戦場を離れる行程の途中で感じたのは随分と大人しく見逃してくれた、と言う正直な感想だった。あれほどヘイトをぶつけ合っていて、途中で一騎討ちを打ち切りさせられたというのに、ジュギウはそれ以上追ってくることはなかった。怒り狂って追撃してきたとしても竜に乗れば十分に追い付く速度が出るはずだと、考えながら私は出血の止まらない右腕に包帯を巻く。

 どうして追撃がないのか、強烈な違和感に私は囚われている。

「もうすぐ国境です。ここまで来ればひとまず安心なのではないでしょうか」

 クレハの言葉に私はすぐに応える事が出来ない。安心材料がここまでないのに喜んでいいものなのか?答えは否だ。

「嫌な予感しかしないのよ…小休止する余裕があればいいのだけど、馬にも水をあげないといけない」

「ほんの少しだけ休息、ですね」

 二百騎を率いるクレハが手で合図を出し、部隊を停止させる。馬に水を与える旨の指示が口伝えで後方に浸透していき、兵達はその指示に従った。

 国境沿いの川がある地帯、カイ入国の際に抜けてきた“恐れの森”が東南の方向に広がり、その更に南に向くとシューレ教の中央大聖堂がある。ここは帝国とカイ、シリアンの勢力圏がぶつかり合い、そしてシューレ教聖教騎士団の()でもある。私としては最悪極まりない場所。さっさと抜けて本国に戻りたいのが本音だ。

「シーチェ、傷を診てあげるわ」

 傍に来たのはトルバドールとして従軍してくれているミッシェルだ。仲間になった行商アンナから仕入れたというリライブを掲げると柔らかく暖かい光が傷口に流れ込んでいくのを感じる。

 腕以外にも例のごとく私は傷だらけ。あちこちにその光が枝分かれし全身を包まれながら少し待っていると、終わったわと言う声と共に光がパッと消え去った。

「ありがと。随分と慣れたのね」

「あったり前でしょ!それが仕事だもの!」

 そう言って胸を張る姿はもう駆け出しの傭兵なんかではなく、信頼出来る仲間の姿だった。ミッシェルに限らず、多くの仲間が沢山の戦いを生き延び経験を積んでいる。そろそろ昇格(クラスチェンジ)も叶うだろう。そんなことが一瞬脳を()ぎる。

 そこに我らが王がやってきた。

「シーチェ、大丈夫か?」

「危ない所だったわ。相変わらずジュギウと打ち合うのは肝が冷える」  

「奴と相まみえた事が前にもあるのか?」

「”フェイエンベルクの悪夢”。先代陛下の時からの因縁の相手。今度こそと思っていたけど時間も状況も決着を許さなかったわね」

 私は無気力に笑う。多くの部下と民の積もった怨念を晴らし、この手であの行いの罪を償わさせるべく漸く得た機会だったが手放さざるを得なかった。

 いや、今日は助け出されて幸運だったのかもしれないと考える事にした。あのまま戦っていたら恐らく死んでいただろうから。

「いつか必ず、この手で討ち取る」

 決着を付けなければ()()()()()()()()()()()()()報いなければ胸を張って本当の意味で戻る事が出来ない気がする。と考えると不意にこう思った。

 私に纏わりつくしがらみは一体どれほどあるのだろう。全てを振り切って自由になる方法があるのだとしたら?

 いやいや。そんな方法があってたまるか、と私は目をきつく瞑って雑念を飛ばす。そんな方法があるとしたら夢みたいだと一縷の羨望を残しながら… 

「馬の給水は後10分程で完了します。負傷者の治療も必要な者のみ行った結果まもなく完了します」

「分かったよ。そういえばこの後のルートはどうしますか?騎馬で森を抜けるのは些か不安がありますが、リスクを考えると最も安全かと思います」

 兵の報告を受けてからクレハが訊ねてくる。確かに二百騎の騎馬隊が抜けられるほど、恐れの森は広くない。進軍速度を落とすより多少危険でも帝国領内の戦線の隙間を抜けていく方が安全な気もする。本来なら迷わずシリアン領内に入り、グラーヴァから公都を抜けて行く道を選択するのだが聖教騎士団の活動が活発なエリアで私が見つかるのは面倒だ。

「いや、帝国領内を抜けて行こう。シリアン領内を抜けて行くとブルガンツに行くまで時間が掛かる。二百騎なら捕捉されても速度で押し切る事も出来る」  

「この力が無かったらシューレ教の事なんか考えなくてもいいのに…最善の選択はグラーヴァを抜けて行くルートだと思うけど、それでいいの?」

「その力がなければ俺達はもうここに居る事も抵抗する事もなかっただろう。間違いなくその力に助けられているぞシーチェ。そして帰ったら必ず解決する、絶対だ」

 力強く宣言したリクに頼もしさすら感じる。こんなに他人に頼もしさを感じやすくなったのは自分が弱気になっている所為だろうか。ついこの間まで誰も信じられないくらい人間不信だった癖に、と思うがそれほど黒竜が自分に宿っている問題というのは大きい。

「ではこの後は川沿いを進み…」

 クレハがルートを確認しようとすると周囲に居た兵士が急にざわつき始める。口々に何処から出てきた?!や急に現れたなどと驚きを口にしている。その反応を見る限り、敵という訳ではないらしい。

 

「もし。こちらにシリアン公国の軍師様はいらっしゃいますか?」

「……?いや、我々はカイ王国軍だ。旗印を見て分からないのか司祭殿」

「そうですか。でも私もどうしても彼女に用がありまして」        

  

 騒動の中心を探しているとカイの兵士に尋ねて回っている司祭服の女性が居た。その姿を見てシーチェは目を丸くした。

(フランシスカ?!なぜこんな所に単身で…!)

 公都を奪還した戦いで共闘したシューレ教の司祭が部隊に入り込んでいる。マズい、と思ったが気配に気付いたフランシスカと目が合い、彼女はゆっくりとした自分のペースでこちらに歩み寄ってくる。私は馬を降りて動ける体勢だけ整える。

「こんな所にいらっしゃいましたか。見つけられて良かったです」

「司祭殿そこで止まれ!」

「おや…」 

 兵士の制止にフランシスカは反応して大人しく歩みを止めた。しかし、それはほんの一瞬だけだった。

「私は司教会の決定により行動しているのです。それを阻止しようとする者には然るべき対処がなされます。貴方達に()()()()()()()()()がおありですか」

 その言葉にカイの兵士が身動きを封じられてしまう。他国の人間の為に独断で教会と事を構える決断が出来る人物はここには居ない。教会と対立する決断が出来るのは唯一シリアン国王のリクだけだ。

「シーチェ様。貴女の拘束を司教会が決定致しました。ここで仲間を失いたくなければ大人しく投降を」 

 言いながら歩み寄って来るフランシスカの動きは前と同じく早いものではなく、寧ろゆったりとしているがこの敵のど真ん中でも変わらないのは絶対的に自信があるからだと言うのは知っている。戦うのは明らかに得策ではない。彼女の魔法(テスタメント)をこの目で見ているからこそ、下手を打てばまとめて皆巻き添えになってしまう。

(単身ここに乗り込んで来たのは周りの人間がどうなろうと構わないからか…!全員皆殺しにしても私を捕らえる事だけを目的に!)

「シーチェ、あんたをここで失う訳に…」

「無理よ。あいつはリクが思っているよりずっと危険。ここであの魔法を使われたら一撃で全滅する」

「交渉だ。国王相手であれば交渉せざるを得ないはずだ。任せてくれ」

 フランシスカに聴こえないくらいの声で私とリクは会話をする。リクは結局折れる事はなくフランシスカと直接交渉をする決断を下し、そして正対する。

「久しいなフランシスカ。公都奪還の際に力を貸してくれて感謝している」 

「国王陛下これはご機嫌麗しゅう。私如きには勿体ないお言葉ですが司教会で決まった事でしたからお気になさらず」

「そうだとしても、だ。聖教騎士団なくして公都は戻らなかった。所で、今回はウチの軍師に何の用だ」 

「シーチェ様は黒竜を宿し、その力を我が物にしようとしている。我が司教会は人々の営みを破壊する可能性のあるものを捨て置く事はしません。どうか大人しく投降し、ご同行くださいまし」  

 フランシスカとリクは視線を合わせて微動だにしない。殺意こそないが、緊張の糸が張り詰めているのを感じてその場の誰もが息を殺して様子を見守っている。私もその一人だ。自分の行く末がリクの弁舌に懸かっている。フランシスカがリクを殺そうとすればその時は彼女と戦う。実力行使をするまでもなくフランシスカは王手(チェックメイト)一歩手前まで駒を進めている訳だが…

「それは違うな。そもそもこの力が彼女に宿り、君が話を聴きに来た時に俺はこの力について幾つか質問をした。その時の答えを聴けずにいたがそれはゼロ回答と言う事か?明確な理由について把握しないまま我が国の人間を目の前で拘束される事を許す王は居ないのではないかな」

「……では私の知る限りでお答え致しましょう」 

 フランシスカがゆっくりと瞼を閉じ小さく肩を揺らす。観念した?あのフランシスカがリクの話に乗った。

 彼女がリクにこの話を聴きに来た時と言えば公都奪還前だ。何か月か前になるが私はその場に居なかった。

(そういえば私が当事者だったのに私抜きで話を進めていたわね。彼に話を聴いていただけだった?その後話す時間はあったし顔も合わせている) 

 その時はそこまで気が回らなかったが、思い出してみればそこからおかしな話だ。

「黒竜オルヴァヌスという存在そのものが私達にとっては謎の存在です。伝承の話以外知られている事実は殆どありません。それは他の司教会の司祭でも同じ。本当に世界を滅ぼす存在なのか、それとも単体ではそんな力がないのか。以前の災禍から数百年経とうと、それが解明される事はなかったのです」

「自分達にも分からない存在だが、伝承に従って危険だから拘束すると言うのか」

「分からないからこそ拘束し監視下に置こうと決定したのですよ。仮定だとしても、歴史が記した力が一国の軍事力として行使されている現状よりずっと安全だと思いますが」

 フランシスカが視線をちらりと私向けた。それは確かに彼女の言う通りだと思う。私は思わず視線を逸らす。真実を知っているからこそその言葉が重たく感じられた。

 私が黒竜の力を私物化し、戦争に利用しているのは間違いない事実。扱い方さえ間違いなければ最強の兵力となり得るこの力は誰もが欲しがるもので、それが自分だけに与えられたとあれば当然行使する。後がない私達(シリアン)だからこそ私も藁にも縋る想いがあった。 

「肝心の黒竜、あれを封印する方法だ。それについては手がかりは見つかっているのか」

「…現状は何も」

 フランシスカは表情を動かすことなくリクの問いに答えるが、それが間違いだというのは私は把握し、リクも察知したはずだ。フランシスカは嘘を吐いたか、もしくは本当にそれを知らないか。

 黒竜は“鎮めの一族”が封印していた。反乱を起こした宰相ゲランがその一族の人間であり、彼は黒竜とシリアンを使ってシューレ教に復讐しようとした。

 竜の一族(マムクート)の長の記憶は女神シューレの名の下に突然発生した黒竜を人間だけで討伐に向かい、その後マムクート達を差別の対象として迫害した。  

 二つは繋がっている。それはシューレ教が諸悪の根源であり、歴史を書き換えた当事者だという事実。それを全て知っているのは私だけだ。リクにすらまだ言えていない。

(ここで真実を暴露する?)

「ではシーチェが何処に居ようと復活を防ぐ手立ては何もない、と言う事になる。なら我が責任において彼女は手元に置いておく」 

「いえ、従って頂きます。シーチェ様の身柄はシューレ教がお預かり致します」

「司教会はその不明確で何ら正当性の無い主張を振りかざし、中立を侵したうえ、我らに亡国になれと仰るのか!」

 リクが言葉をフランシスカに叩き付ける。そのトーンの変りようは周囲にかなり大きく響いたが、対峙するフランシスカは変わらずそこに直立している。

「…残念です陛下。お判りいただけると思っておりました…」

 フランシスカは静かに呟くと掌を空へ向けた。      

(不味い!)

 体が反応して地面を蹴る。リクはクルバルカを抜いてフランシスカに突進しようとし、その進路上に魔法陣が開く。

 フランシスカは詠唱がなくても難解な魔法陣を持つテスタメントをいきなり発現させる程の実力者だ。無策で挑めば返り討ちに遭うだけ。リクはそれを知らない。

「待ってッ!!」

 私のいた場所からフランシスカに真っ直ぐ突進する。槍を突き出す直前のリクの横から入り、フランシスカを突き飛ばすと魔法陣に体を晒す形になる。光の粉が三重の魔法陣から降り注ぐ所でフランシスカは魔法を止めた。押し倒され、その眼が驚きで見開かれている。しかしそれも一瞬。

「自らその身を差し出すと言うのなら、この場の皆様はお見逃し致します」

「それは出来ない。でも私が悪いの!聴いて」

「何をするシーチェ!こいつらは最早人々を救う女神の代弁者なんかじゃない。俺達の敵だ!」

 フランシスカの掌は私の胸に向けられている。このままテスタメントを放たれれば即死だ。それでもリクの槍がフランシスカを捉えるのとテスタメントが周囲に降り注ぐのを回避する為にはこうするしかなかった。

「待ってって、言ってるの!どうして私を巻き込む癖に私を置いて話を進めるわけッ?!」  

 感情が昂って怒鳴っていた。だってそうだ。私がどれだけこの問題に気を遣って色々情報を得て、と陰で動いているのに周りが勝手にぶち壊そうとする。許せるはずがない。こんな所で死ぬ訳にも不自由になる訳にもいかないんだから。

 時が止まったまま動き出す気配はない。その場に居る誰もが一瞬の出来事に身動き出来なかった。

 

 2

 

 周囲は人払いがされ、川の側に私とリク、フランシスカの三人だけが残された。

 他の兵は皆話が聞こえないくらい離れた所で円周警戒に就いてもらったが壁がある訳でもない。静寂が包む中で声が通りやすいと言う事もあって私達は自然とお互いの距離が近くなる。

「早速だけど真実だけを語るわ」

 まず私は公都での戦いでゲランと対峙した時の彼の言葉を伝えた。

 自らが黒竜を封印してきた“鎮めの一族”の末裔であり、その封印を解く為に手引きをしたシューレ教に復讐をすると。

「これについては流石に知っているのではなくて?」

「シューレ教が黒竜を復活させた?そんな事が真実なはずがありません。その男の虚言です」

「それだけであればね。事実、黒竜が世界を滅ぼかけたのは()()()()()()。“鎮めの一族”は何らかの形で黒竜の封印に成功したのを貴方達が解き放ち、自分達の為に利用したのが前回の黒竜大戦。歴史では女神シューレの力を得て戦った人間の勝利の言う事になっているけど」

 フランシスカは私の言葉に否定的だが、布教されている歴史の流れ以上の情報を持ち合わせて居なかった。

 司教会の属する高位な司祭と言えど人間に過ぎない。人の一生で得られる知識には限りがあるし、それが教団の教える歴史に偏っているのならそれ以上の情報を得る機会はないのは無理もない。私がこの情報に触れる事が出来たのも偶然に過ぎず、それが正しいものかどうかを判断する術までは持ちえない。あくまで見聞きした事柄としてしか伝える事が出来ない。

「これが私が見聞きした真実。どっちが悪いとかは置いておいて、黒竜を封印する手立ては必ずある。知っているんじゃないの?」

 フランシスカは沈黙を貫く。

 シューレ教の最高の司祭の一人が世界の災禍の対処方法を断片的でも知らないはずがない。ここまで直接的な手段で黒竜復活を阻止しに来たのだから何かしらの策があるはずだと予想して揺さぶってみる。

「私はこれでも貴女を信用したいと思っているの。公都で話したあの時の言葉が嘘だとは思ってないから」

 真っ直ぐフランシスカの灰色の瞳を見つめる。感情は本当に読めないが思っているよりもずっと人間らしい人物だ。言葉では思っている事をしっかり伝えてきたりコミュニケーションも取ろうとしてくれる。個人的には私を死なせたくない、とまで言ってくれた言葉に他の意味があったのかも知れないがそれでもいい。

 このままシューレ教と争う事が正しい選択とは言えない事だけは分かっているから。

 ほんの少し間をおいてフランシスカは言葉を紡ぐ。

「ここまでの話は聴いておく、としましょう。私からは二つお話を。一つ、帝国の中部にある村の賢者が“鎮めの一族”と関りがあったという話を聴いた事があります。二つ、この後コンラッド様が率いる聖教騎士団がシーチェ様拘束の為に進軍してきます。彼は戦に不慣れですが数は四千、包囲されれば脱出は困難になるでしょう」

「フランシスカ、最大限の譲歩痛み入る。すぐにここを離れるぞシーチェ」       

「リク様、シーチェ様、一つお約束を」

 すぐにその場を離れようとしたリクと私をフランシスカが静止する。

「黒竜を必ず封印してください。私の立場上見て見ぬふりをする事しか出来ませんが、貴方達と争いを望んでいる訳ではないのです」 

「俺達も同じだ、国を守った未来が人間の滅亡では戦う意味がないからな。黒竜封印の為に努力する事は約束しよう」

「私も誓う。神様は信じてないけど、守りたいものはたぶん貴女と同じだから」

 私達の言葉を聴いてもフランシスカは表情を変えることはなかったが彼女の醸し出す空気が柔らかくなったのを感じた。

 

 話が終わった後、リクとシーチェと別れたフランシスカはリワープの魔法を使ってコンラッド達が待ち伏せている場所に戻った。

 恐れの森に布陣した聖教騎士団は通り掛かる筈のシーチェ達を待ち構え、数の力で包囲して拘束する作戦だった。作戦担当であるコンラッドが戦闘行動に不慣れなため、シンプルな作戦で臨み結果を最優先にする方針が採られた。

「おぉ、漸く来られましたかフランシスカ司祭。待っていましたぞ」

「私とした事がぼんやりし過ぎてしまったようです…まもなくでしょうか?」 

「はい。敵はこの先の川で小休止をしているそうです。合図は伏兵の弓を以て開戦の合図とします」

「流れるような作戦、お見事ですコンラッド様。私はこちらで見学させて頂くだけで充分そうですね」

 フランシスカはいつもと変わらない雰囲気でコンラッドの隣に立つと両手をお腹の前で組んでその場に佇む。テスタメントの魔導書だけは手に持っているがそうしている以外は戦いに臨む様子の無い彼女を見てコンラッドはどことなく違和感を感じ取った。

「フランシスカ司祭、ここに至るまでどちらにいらしたのでしょう。シーチェ・フェイエンベルクの拘束は司教会での大切な任務のはずですが」

「…私も為すべき事がございましたので」

 言葉少なく返答し、微妙な空気が二人に流れる。沈黙が流れている間、森の向こうでカイの旗を立てた赤い鎧の〈騎馬武者〉達が隊列を組んで移動を始めるのが見えた。

 先頭の騎馬に二人乗りをしている女性が目標の人物(シーチェ・フェイエンベルク)。茶色の髪を靡かせ、聖教騎士団が隠れている森をじっと目を凝らしている。

 敵が来ることを知っている彼女が奇襲を想定しない訳がない。彼女は騎馬の持つ最大速度で部隊を移動させる指示を出させ、一気にこのエリアを抜けようと試みている。

「な…早い!えぇい、伏兵に合図を出せ!」 

 予想よりもずっと早い速度で移動する敵に狼狽えるコンラッドは焦り、弓兵に合図を出す。合図の後で射撃を側面から仕掛け、混乱する敵を歩兵で包囲する作戦だったがまたもシーチェはコンラッドの予想を超えた。

「煙…?なんだこの煙は?!」

 風上の方から薄っすらと煙が立ちこみ始め、すぐに一帯は煙に包まれる。近くで火の手が上がった旨の報告はなかった。もちろん作戦の中に組み込んでいるわけでもない、謎の煙にコンラッドはさらに混乱した。

「伏兵射撃部隊と視界確保出来ず連絡不能!」

「何も出来ないまま逃げられるだと…?」

 まさかの戦う事も出来ないまま奇襲の機会を逃した騎士達にフラストレーションが募る。コンラッドの命がないまま、騎士の一人が作戦を無視して飛び出して森を出ていくと後ろに控えていた騎士もそれに続いて森を飛び出して行く。視界不良の状況で敵も見えない中進んでいく自殺行為を止める事が出来ない指揮官の不甲斐なさを感じつつ、フランシスカは黙ってその光景を眺めていた。

「待て!作戦と違うぞ!フランシスカ司祭、そなたからも何か…!」

「私の部下ではありませんから指揮を執る訳に参りません。あくまで戦いの際にお力添え出来たらと思っておりましたが、まんまと出し抜かれてしまいました」

 飄々と返したフランシスカは立ち込める煙の中でも敢えて一歩も動かず、その状況を眺めていた。

(私の出来る事はここまでです。約束、お忘れなきよう)

 煙の向こうを祖国に向かって猛進するシーチェ達が必ず世界を救ってくれると信じて見守るその気持ちは自分が女神シューレに向けているものと似ていた。 

  

 





 人物紹介・まとめ
・コンラッド
 カイ王国内の教会を取りまとめる司祭。司教会の一人で、長くテンゲンや政府内の人物と交流があり、人脈が広く、穏やかで礼儀正しい事から交渉事や仲介などを引き受ける事が多かった。その為か戦闘は苦手とし、扱える魔法も多くなく、指揮や戦術は聖教騎士団内でも評価は低い。
 


 過去話のあらすじや人物紹介などの後書きも復活&後追いで追加していく予定です。

 
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