ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

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 あらすじ

 カイ王国で援軍と共闘の約束を取り付けたあと、妨害を受けながらも脱出に成功したリク達はシリアンへと帰還した。
 久しぶりに戻った祖国シリアンの要衝ブルガンツの民とそこを守る兵士は王の帰還に大いに沸いたが状況は変わらず絶望的。そんな中決戦に向けて更なる力が加わり、兵士達は少しばかりの休息を得る事になった。
 


第三十九話 決戦前

 

 1

 

 シリアン公国領内公王直轄領 城塞都市ブルガンツ

 

 

 カイに向かってからどれくらいの時間が経ったのか、正直随分と長い時間を過ごした気もするしあっという間だった気もする。何せそこで得られたモノが膨大過ぎて落ち着く暇がなかった。食事を摂った記憶すら曖昧で昨日何を食べたかも覚えていない。

 身の回りに起こる事の大体が絶望したくなるような悪い事の中が続いていた中だから、ブルガンツに無事帰還できた時の歓声と言ったら鳥肌が立った。  

「我らの王と英雄たちの帰還だ!!」

「リク様万歳!」

「よくお戻りになりました―――ッ!」

 包囲の隙を衝いてブルガンツに入ったリクは夜にも関わらず大歓声で迎えられ、市民と兵士の熱気が高まるのを感じる。この状況で自分達の王が包囲されている自分達の土地を見捨てることなく包囲網を抜けて戻ってきたとあればそれだけでモチベーションを上げるのには十分だった。

 限界寸前だっただろうブルガンツは持ち堪えた。後は今回の援軍である二百騎のカイ軍“赤備え”の部隊とここの兵力で敵を何とかしないといけない。

 また私の出番、という訳だ。

 歓声の轟く街を抜けて本部のある都市中央区の城へ入ると門の外で合流していた王宮騎士団長であるグライフが改めて、と前置きしてからこう告げた。

「よくお戻りになりました陛下」

 臣下の礼を取ったグライフと副団長のヘッツァーにリクは直ってくれと告げて礼を解かせる。

「戻るまでよくここを守り切ってくれた」

「有難きお言葉です。任務でしたので部下と共に全力を尽くしたまでです」

「皆の働きは決して忘れない。だが勝負はまだ付いていない…これから外の敵を追い返さないとならないからな。ここの戦意は十分か?」

「問題ございません。反撃の日を夢に見ておりました!」

 グライフの言葉が跳ね、感情が昂ったのが感じられる。強い決意に満ちた眼でまっすぐリクを見つめて彼の言葉が続くのを待っている。先ほどから傍に控えているだけのヘッツァーも、同様に希望を宿した眼を見せていた。

 ここを二人に任せて正解だったと私は感じていた。兵の損耗は大きいが、私達が戻るまでここが耐え忍んだ事は大きな価値がある。

「よし。早速軍議を行う。すぐに指揮官たちを招集してくれ」

「「はっ!!」」

 リクの指示にすぐさま反応してヘッツァーは軍議の招集をする為に踵を返し、私達はリクに続いて城の軍議室に入る。

 軍議室は綺麗に整えられていた。皆人で不足の中で多忙を極め、戦う中で作戦を練っていただろうに。室内の兵は皆整列し、リクの入室を敬礼で出迎えるのを受けてリクも答礼して労いの言葉を掛けた。

「ここまでよく耐え忍び、よく生き残ってくれた。この地を離れたなかで皆がここを守ってくれた事に感謝は尽きない。さぁ反撃の時だ。この国を守り抜こう」

 兵士達のはっ!という掛け声が綺麗に揃う。リクが解散を促し、室内の指揮官の号令で各々の仕事に戻っていくのを見届けているとふと鎧の紋章がマーシャル貴族軍のものがある事に気が付く。

「気が付いたかシーチェ。()()()()()()()俺達が報告すべきことはごまんとある」

「分かったわ」

 各々が軍議室の椅子に座った所で空気が一気に変わる。張り詰めていたとは言えなかったものがピリッとしたものになり、その中でリクが前置きなしに本題に入った。

「早速だが、軍議を始めよう。まずはこちらから報告させてもらう。シーチェ頼む」

 私はリクの促しに応じて結論から述べる。述べるべきは帰路の道中やカイを出る前に聴いていた援軍や方針などについて。

「大きく三点。まず、カイ王国は帝国と開戦した。クロガネ城の前に敵が押し寄せている影響もあって大規模な援軍は出せず、今回一緒に来た赤備え二百騎とそれらを率いる将達が援軍になる」

「二百騎と少々という訳だな。陛下やお前が戻ってきた分を考えれば十分なプラスであろう!続けてくれ!」

「二点目は今後のカイとシリアンの戦争方針だけど、押し寄せている敵を打ち破った後に帝国領内へ進攻し帝都を目指す事になったわ」

 私の発言にグライフとヘッツァーは驚いた表情を一瞬見せたが彼らの考えている事は分かる。この国内状況で敵国へ逆襲を行う体力があるのか、という疑念だろう。

 守る事で精一杯の我が国がこれから逆侵攻に入る為には確かに足りないものが多すぎる。特に兵力不足は深刻で、未だに各軍と連携が取れているとは言い難い。柔軟性があり、攻撃力に優れていた即応の第五軍をコルテス平原で自ら全滅させてしまったのが本当に悔やまれる。

「残念ながら今の俺達にあるのは盾だけだが剣を作る時間はない…であれば方針は一つ。俺自ら軍を率いて剣となる他ない」

 リクの決意は揺るがなかった。私は道中でその話をされた時何度も説得して安全の面と防御の面でも後方に残るように進言していたのだが、“王として皆の道を切り拓く”と言って聞かず最前線に出る事が押し切られた。

 グライフは感銘を受けたらしく椅子から立ち上がりそうな勢いで身を乗り出した。

「それは何とも心強いお言葉でありますッ!王宮騎士団はどんな戦場であろうと、必ず陛下の御身をお守り致します!!」   

 リクもそれを聴いて満足そうに頷き、そのまま軍議を進めた。

「ではグライフ達からの報告を聴こう」

「はっ。ブルガンツの現状からになります。全部で兵士は二万八千いますが、戦闘可能な兵力は二万二千のみです。構成は王宮騎士団五千、ブルガンツ守備軍五千、公国正規軍二千、マーシャル伯軍八千五百、参集した民兵が千五百。対して敵は既に渡河を完了して包囲している部隊だけで五万。その後方には更に敵が待ち構えています。包囲下にある為、負傷者を後方に搬送する事も補給を受ける事もままならない状態です」

 グライフに促されたヘッツァーがメモに目を落としながら報告をしてくれる。

 言葉で聴いただけでも絶望的な状況だ。この状態までここで耐え忍んでいたグライフやヘッツァーの統率力と忍耐力が最大限活きた結果なのは間違いない。

 私はそれを聴いて地図を見ながら次の作戦を思い描く。ブルガンツと記された黒い点に青い駒が置かれ、その周りと川を挟んだ向こう側に赤い駒が無数に並ぶ。対岸にある帝国側の都市ノヴィツ周辺に拠点が置かれていて敵が集結している。 

 味方の部隊は散らばっていて、最も近い部隊は公都の近衛兵団とソールズベリー領にあるプラマー伯ブレグが率いる軍。第一から第七軍は内戦の影響で再編成中なので動けない。天馬騎士団と飛竜部隊の空軍も連絡が取れない状態が続いている。

 相変わらず今回も兵力劣勢か…全軍が足並み揃えば貴族軍も含めて十五万は超えるからそれなりに余裕が出るんだけど。

「また難しい顔をしているな軍師殿!!」

「簡単にひっ繰り返せないもの。何かしら作戦が必要になる」

 色々重なって時間を掛けざるを得なかったのが今回だ。体勢が整ってしまってから正攻法で敵を崩すのは大きな犠牲が出るから少ない兵力でその作戦は取れない。つまり力と力でぶつかる事は出来ない。

「ここは敵の補給を叩くべきなんだけど、ノヴィツの兵力にぶつけて兵糧を焼くには奇襲しかないのよね…」

 こちらの動きを知られてしまえば対応されてしまう。動き出したあとは迅速に事を成し遂げる必要がある。

 こんな時に空軍戦力が手元にあったら作戦は決まるのに。そう思った時だった。ドアの外で何やら言い争う声と沢山の人数が集まって来る足音がドタドタと聞こえた。

 何かが起こっている、と感じ取ってからの室内の皆の動きは早く、全員が得物を手に取った。私はフェイルノートだと扱いづらいのでナイフを抜いた。

「所属を明らかにせよ!空から急降下して乗り込んで来ておいて陛下に会わせろとは何事であるか!」

「アルミューヌ・イル・デモンテール。シリアン公国空軍聖天馬騎士団長だ!」

 ドアの外から聞こえた凛とした女性の声に皆で顔を見合わせる。これが本当なら救世主にもなる人物が来たという事だが。 

 私はリクに視線で問いかけると彼は静かに頷いた。入れろ、という意思を汲み取り私は声を出す。

「陛下の許可が出ました。どうぞ」

 声が届くと外の騒動が落ち着き、少し間を置いてドアノブが回る。そこに居たのは確かにシリアンの天馬騎士の装備を身に纏った、前髪が瞼の上で揃えられたロングヘアの女性。長い黒髪に細い目に光るブラックの瞳が真っ直ぐ正面のリクを見つめていた。

「国家の危機に遅れ馳せた事、誠に申し訳ございません。公国天馬騎士団六千と飛竜部隊三千と共に参りました」

 アルミューヌはその場に跪きながら援軍の報告を行う。

「良く来てくれた。九千もの空軍戦力が来たのは心強い。戦況は絶望的だが、まだ負けてない。どうか力を貸してくれ」

「なんなりとご命令下さい。陛下より預かりしこの天馬騎士団はいつでも陛下の矛と盾となります。今潜伏地で空軍戦力を統括している飛竜部隊長ヴォージャン殿からも同じ言葉を伝えてほしいとの事でした」

 聖天馬騎士団長のアルミューヌに飛竜部隊長ヴォージャンの二人がほぼ全軍の兵力で来てくれたのは戦力的には大きなプラスだ。しかも包囲されている状況を見て部隊をどこかに隠して、存在だけ伝えてくれた事で敵に知られるまでの時間を稼ぐ事も出来る。私が一緒に居る事は彼女達も把握しているだろうからそこを考慮してくれていた故の行動だとしたら有難い。

 アルミューヌもヴォージャンも昔はよく一緒に戦った仲だ。二人が生きているのが分かって正直心強い。

「久しぶりですねシーチェ。お元気そう?いや少し…やつれている?」

「貴女は変わらないわねアルミューヌ。三年前と同じ。でも団長に昇格したのね」

「えぇ、教わった事が役に立ちました。今度も同じ戦場に立てる事嬉しく思います」

 そう言ってアルミューヌは少しはにかんだ。しかし、すぐに表情をキリッとしたものに戻し、リクに向き合う。

「軍議を止めてしまい申し訳ありません。私も参加させて頂きたく存じますがお許し頂けますか」

「勿論だ」

 リクが二つ返事で許可すると、一礼して空いている席の前に進み揃うのを確認してから全員が着席し直し軍議が再開された。 

  

 2

 

 軍議が行われている頃、カイから帰還したシリアン軍のメンバーとカイからの援軍で来た兵士達は休息を取っていた。

 各々が装備の手入れや馬の世話、食事、睡眠など必要な事に時間を使って来るべき戦いに備えている中、傭兵として参戦しているベネットとアリスの二人は途中で仲間になったアイゼンやハボック、ラスティーといった若い兵士達と傭兵団の仲間を呼んで食事を共にしていた。

「お前らよくここまで生き残れたな」

「ベネットさんのお陰っすよ。村を出てからずっと戦い方とか心構えとか教えてもらったし、ずっと傍で守って貰ってましたし!」

「お前の戦い方も大分筋が良くなってきた。もうそこらの奴じゃ負けないくらいの力もあるだろう。ハボックもよく周りが見れる様になったし、ラスティーも連携が上手くなった」

 シリアン内戦から一緒に義勇兵として戦ってきた三人は年齢が近い事もあって部隊ではずっと行動を共にしていた。気心も知れて仲も良い三人は部隊でもかなりの戦果を挙げていて周りの信頼も勝ち取る様になっていた。

「あんた達の活躍があって皆助かっている部分は大きいからね。アタイ達も本当ならそろそろ昇格(クラスチェンジ)とかもあっても良さそうなんだけど」

 昇格(クラスチェンジ)というアリスの言葉に三人は目を輝かせる。正規の軍人でなくてもそれに匹敵する実力を持っていると認められるとなれば自分の自信にもなる。歳の若い彼らにとって認められる事はモチベーションの源になる話だ。

「決めるのが俺達じゃないのが残念な所だが、実力は間違いない。〈戦士(ファイター)〉だと次は〈勇士(ウォーリア)〉、〈弓兵(アーチャー)〉なら〈狙撃手(スナイパー)〉か〈ボウナイト〉、〈魔導士(メイジ)〉なら〈賢者(セイジ)〉か〈魔法騎士(ダークナイト)〉って所か」

 それぞれ下級職で経験を積んだと認められる者はその系統の上級職へと昇格(クラスチェンジ)していくのが一般的である。時折、高い実力を持ちながらも同じ職種に留まったままの者もいるが極めて稀な例で、申請の上認められた者が昇格に必要な儀式でマスタープルフと呼ばれる道具を使う事が出来る。

「マスタープルフの話は聞いた事があります。確か申請に通ってもプルフが反応しない事もあるって」

「そうだ。その時は更に自分を磨くしかない。何が理由かまでプルフは教えてくれないからな」

 ベネットはそう言いながら煙草に火を付ける。煙草を吸っている時に眉間に皺が寄るのが彼の癖で、誰も居ない方向に吐き出して向き直っても彼の眉間には横に皺が入ったまま。当の本人はそれに気が付いていないので鏡で自分の顔を見た時におでこの皺が深くなった事を気にしている。

 しかし、煙草を吸い始めた様子に気付いたアリスは強い口調でベネットに噛みついた。

「あんたはさ!人が飯食ってる時に吸うんじゃないよ!」

「あ、ワリィ」  

「許される訳ないだろうが!わりぃ、じゃないんだよ!」

「団長もホント学ばないというか変わんないっすよねー。いつまでも姉御怒らしてたらそっぽ向かれますよ?」

 団員の一人が何の気なしに言うと輪の中で笑いが起こるが、当の本人達は煙草の奪い合いをしている最中でそんな話は聞いていなかった。

   

 3

 

「さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!カイで仕入れた珍しいものもあるわよー!」

 高く透き通った声が通りに広がっていく。ブルガンツの大通りで露店を広げたアンナの声に道行く人々や兵士達が引き寄せられてあっという間に人だかりが出来上がる。

 これは繁盛の兆しがあるわ、とアンナは感じ取って人だかりに対して売り込みに切り替えた。こんなに人が来ることは久しぶりで、商品がヒットさえすれば恐らく売れるだろう。何せブルガンツは聞くところによると包囲下にあって様々な物資が不足しているという。そんなところに商人が露店を始めれば瞬く間に人だかりになるというのもの。そして目当ての品が見つかった人から買いの声が上がる。

「それは80Gで!そっちの兵士さんのは150Gよ!はい、まいどありー!」

 大勢の客の声にてきぱきと対応しミスなくお金のやり取りを行うアンナ。手慣れたもので並べた商品はみるみるうちに売れて行く。

 そんな中、人込みに混ざって明らかに不審な動きをしている人間が混ざっているのもアンナは見逃さなかった。商品を手に取っては戻し、また取る。そして周囲をきょろきょろと見てはという行動を繰り返す。

 あの人多分盗る…とこれまでの勘が告げている。こうした状況では魔が差すと言うかそうした行動をしてしまう人も居る。だがこちらも商売なので、事情があろうとタダで渡す訳にはいかない。

「お兄さんいらっしゃい!それは目玉商品よ。120Gだけどどうかしら?」

「あ、み、見てるだけですから…」 

 まだ歳の若い青年だ。ただ、青年というには少しくたびれているというのが正直な印象を持った。顔もこけてみえるし、顔には無精髭が浮いている。全体的に様々な物資が入ってこないという事は当然食料も入ってこない。アンナはそんな都市の状況を見て寂しく思った。

 戦争なんてしていないで皆が買い物を楽しめるような世界になればいいのに。ただ暮らしていただけの筈なのに戦争が人々の生活を壊していく…

 そんな事を一瞬考えていると、青年の姿は人込みに消えていた。

「商人さん!これ、幾らだい?!」

「こっちのは?!ずっと探してたんだ!」

「あー待って待って!順番よ!」

 矢継ぎ早に飛んでくる声に流されてすぐに応対する。そうして対応しているうちに商品はみるみるうちに売れて行った。

 店を開いてから何時間も経たないうちに完売御礼となり、店仕舞いをしていたアンナの頬は緩みっぱなしだった。こんなに売れ行きが良かったのはいつぶりだろうか。今回は仕入れた商品と場所もマッチし、また喜びにくい事だが品物が不足している包囲下の都市だった事も幸いした。多少の混乱もありはしたが穏やかで律儀な国民性もあって商品が盗まれる事はなく、満点を付けられる商売だと感じていた。

「ふ~んふ~んふ~ふ~♪」

 歌い出してしまいそうな感情を抑えきれず鼻歌を歌ってしまう。ウキウキとした心で片づけをしていると人通りが多いのに、男が全速力で店の前を通り過ぎた。

 その姿に驚きはっとしてその姿を目で追い掛けると、その手が傍に置いていた売上金の入った金貨袋を手にしているのを捉え血の気がサッと引く。

「ドロボー―――ッ!!!」

 我に戻った瞬間そう叫んだが男は大分距離を稼いでいる。追い掛けるにも私の足では追い付かない。弓を使うにも人が多過ぎて危険。叫びに反応して人々が走り去った男の指さしたりしたが止めてくれる人はいなかった。

 あれは大切な売上だ。あのお金を元手に生活したり仕入れたりするのだから死活問題に直結する。絶対取り戻さないといけない。アンナは弓を手に男を追い掛ける。

「待て――――!!!」

 もう姿は見えないが、一瞬の記憶を頼りに同じ方向に向けて走り出す。

 しかし少し進んだ所で人だかりが出来ており、その中心では仲間のゲイガンが先ほどお金を盗んだ男を組み伏せていた所だった。

「ゲイガン!」

「アンナ…お前の叫び声が聞こえたと思ったらこの男が走って来た。泥棒とはこいつの事か?」

 ゲイガンが少しだけ体勢を変えて男の顔が見える様に動いてくれる。男の顔を確認すると店先で怪しい動きをしていた青年で、視界に映った男の姿と同じだった。そして手には金貨袋がしっかり握られている。アンナは確認すると、ゲイガンに見える様に頷いて見せる。

「…話を聴かせてもらおうか」

 ゲイガンは青年の首を掴んで引き起こすと彼は動かされるままそれに従った。騒ぎを聞きつけた兵士がそこに駆けつけて連行される時も抵抗一つせず、無言で連れられて行く。

 それを見届けたアンナは人目も憚らず泥棒を捕まえたゲイガンに思い切り抱き付き感謝を示した。大柄で分厚い胸板にぶつかる勢いで抱きしめられたゲイガンは静かになされるがままになっていた。

 突然の出来事に動揺している所でアンナのいい匂いが香って来る。更によくよく気が付けば密着しているせいで柔らかい感触が体の前を覆っている状態に気付き、顔が熱くなる。

「貴方は恩人よ!ありがとうゲイガン!」

「う、うむ…当然だ」

 いつまでもこうしていていいのか。それとも離れるべきか。引き剥がしていいのかダメなのかも分からずそのままアンナの感触を黙って感じていると、不意にアンナの側から体が離される。そして彼女はこちらに視線を向けたままこう言った。

「貴方の好きなモノは何かしら?お礼をさせてほしいの!」

「礼など不要だ。好きなものは…紅茶と読書が好きだが」     

「そうなのね!物静かだとは思っていたけど、雰囲気にピッタリ。なら今度珍しい本と紅茶を仕入れて来るから詳しく好みを聞かせてくれる?」

 嬉しそうにそう言ったアンナはゲイガンを呼び寄せると早速話を聴くために店に戻りながら質問攻めを始める。

 質問に少しずつ答えながら、自分の行動で喜んで貰えた事が嬉しく、彼女の探してくれる本と紅茶が新しい楽しみになるゲイガンだった。

 

 4

 

 グライフは軍議の後、資料を纏めるとすぐに部屋を出てある人物の背中を追い掛けた。

 廊下の先で縛った茶色の髪を揺らしながら進んでいくシリアンの軍師。公都で久しぶりに再会した時は僅かにしか話せなかったがこうして再び同じ戦場に立つ事が出来ると思うと胸が高鳴る。   

「シーチェ!」

 思ったよりも響いてしまった声に先を歩く背中がビクンと震え、振り向きざまに小言が飛んでくる。  

「グライフ!後ろから大きい声出すのやめてよ!」

 小さい顔を膨らませてぷんぷんするシーチェ。そう言いながらも呼び止めたグライフを立ち止まって待つ彼女の表情はすぐに解れた。 

「いやぁすまない!これでも抑えたつもりだったんだが!」

「まぁデフォの声がでかいから仕方ないか。それも貴方の良さと言えば良さかもね」 

 シーチェは変わらない事件の後も変わらないグライフの対応を嬉しく思っており、このやり取り自体も三年前から同じだった。戦場で共にした時間も軍内ではかなり長かった。 

 グライフは朗らかな表情を見せている軍師を見て本題に入った。

「なぁ久しぶりに食事を共にしないか!こんな状況だから大したものは出せないが」

 問い掛けに一瞬考える仕草を見せたシーチェだったがすぐに了承の返事を返し、それを聴いたグライフの頬は少し緩んだ。

「顔に出過ぎよ()()。エスコートをお願いしても?」

「見るな!…んんっ、案内しよう」

 シーチェに茶化されて顔を赤くしたグライフだったが、咳払いをしてリズムを戻しシーチェを食堂までエスコートして歩みを進める最中でも会話が途切れる事はなかった。

 話しているうちに到着したブルガンツ城の食堂では夜が更けている時間にも関わらず大勢の兵士や従軍している人たちが食事を摂っていた。シーチェは雰囲気は悪くないと感じていたが、グライフによるとリクが来るまでは物凄くどんよりした空気で死体が歩いているようだったと教えられた。

 それがここまで戻ったのは決戦するにも籠城するにも朗報だ。

「ここは兵士達の使う場所なのだ。俺達はこっちだ」

 真っ直ぐに自分達の食堂に向かわずにここを見せたのがグライフなりの心遣いなのが伝わる。わざわざ士気状態を確認する手間を省いてくれた事にシーチェは胸の中で感謝した。

 こうして何気ない配慮が出来る所もグライフの良さで、彼は誰相手でも自然にそれが出来る。指揮官自らそういった姿勢でいる事が伝わり、彼は兵士達にも慕われている。尊敬を集めているのは勿論それに加えて誰よりも勇敢であるという事も忘れてはならないのだが。

「これはこれは。団長に軍師様お疲れ様です。お食事ですか?それとも軽いお夜食ですか?」

「俺は食事を頂こう。シーチェはどうする?」

「私は夜食にしようかしら。遅い時間に食べ過ぎてしまうと眠れなくて」

 兵士用の食堂とは変わって人の居ない食堂にいた糧食担当の兵士に注文を伝えて近くの席に座る。普段よりも灯りの少なくなった部屋では机に一本だけ蝋燭が置かれていて雰囲気は物静かなレストラン風になっていた。景色が殺風景なのと置かれている装飾品が武器の類でなければどれほど良かっただろうか。

「最前線の食事所にしては中々雰囲気が悪くないわね?」

「お前の好きな酒でも用意出来ればもっと良かったんだがな」

「私の好みを覚えているのかしら。一緒に飲んだのも大分昔の話だけど」

 シーチェは感慨深くなっているグライフに意地悪しようと思い、問い掛ける。日々多忙な王宮騎士団長の仕事で、しかも一緒に飲んだのはもう三年以上前。よっぽどじゃなければ覚えている筈がないと踏んでいた。だが予想に反してグライフは少し天井を見上げて思い出すような仕草を見せると次々と言葉を紡いだ。

「一番好みなのはプラマー産の赤ワインだ。ヴォルシュ・メルローなどのフルボディの品が好きだっただろ?あとはあれだ、ソールズベリー領アルマニャックでしか造れないブランデー。名前は忘れたがな」

「へぇ…よく覚えてたね。確かに力強さのあるお酒が好きかも」

 種類だけでなくて、銘柄まで当てて来るとは正直恐れ入った。言う通り、酒に目がないシーチェは特にプラマー産のワインとソールズベリー産のブランデーを愛飲していた。国に戻ってからすぐ戦争になってしまったのでその類を味わう時間は未だに取れていないが。

「昔は戦いから戻るとよく宴会を開いていたのが懐かしくなる。あんな日がまた来ると良いんだが」

「騎士団長ともあろう人が随分と弱気じゃない。“俺が取り戻してやる!がっはっは!!”っていうのはどこ行っちゃったの?」

「…なに、気持ちは折れちゃいないが少し疲れただけだ」

 シーチェはそれを聴いて胸がキュッとなるような感覚を覚えた。普段と全く違うグライフの物静かで少し弱っている様子にシーチェはギャップを感じ、それが凄く脳に残った。

 将のこの様な姿は誰にでも見せられるものでもない。猛将と呼ばれるグライフでも人の子で、地獄の様な戦況の中で戦ってきて心も体も限界だったのだろう。机に肘を立てて項垂れている姿はとても勇猛な王宮騎士団長には見えなかった。

「ありがとうグライフ。ブルガンツを守り抜いてくれて」

 シーチェはそっとグライフの肩に手を添える。傷だらけの鎧から鉄の冷たくて凸凹した感触が伝わり、彼がここまでどれほど戦ってきたのか言葉が無くても分かった。

「なに、それが任務だから当然だ」

 笑って答えるグライフからはもう項垂れた時の疲労感の様なものは消えて、団長と呼ばれる誰もが知っている姿が戻ってきている。

「じゃああとやるべき事は一つね」

 今度はシーチェが表情を引き締める。帝国軍の包囲を瓦解させて撤退させるという国王リクの方針に従い、献策したが実際始まれば針の穴に糸を通す様な精密な部隊運用が必要になる程にシビアで、難易度の滅茶苦茶に高い作戦になるのを想像すると胃が締め付けられる。 

「そう悲観するな。俺とお前が組んだ戦は…」

「それは言わないで」

 何を言おうとしているのか分かり、シーチェは咄嗟に言葉を遮った。かつて同じ言葉を言ってその戦場で死んでしまった人が居た。

 彼の大活躍もあり、戦いには勝ったが個人的にはトラウマだった。あの戦いを乗り越えたらまた一つ昔を取り戻せる筈だった。昔馴染みの仲間を殺し、死んでいくのを見るのはもう沢山。

「これ以上知っている人が死ぬのはゴメンよ」

「…あぁ、悪かった」    

「失礼します。お待たせいたしました」

 糧食担当が出来上がった食事を持ってきて二人の前に並べる。

 出来立てを感じさせる暖かく、見栄えの良い食事。数少ない貴重な食材を節約しながら工夫して作ってくれた食事を有難く頂く。少し沈んだ空気になったが食事がそれを何処かへと吹き飛ばしてくれた。

 黙々と食事を終えて部屋を出る。別れ際にグライフは何かを言おうとシーチェを呼び止めた。

 何やら様子がおかしい。疑問に思いながらシーチェは彼の言葉の続きを待つ。珍しくもごもごしている様子を茶化す事はせずに待っていると彼は何かを決意して顔を上げた。

「俺の傍に居てくれないか。必ず…守って見せるから」

 シーチェの中で時が止まる。グライフの言葉を嚙み砕いて理解するまでにどれくらい掛かったか分からない。

(それって…こ、告白?!急過ぎない…?)       

 彼の言葉の意味を理解すると急に体温が上がるのを感じる。どちらかと言うと沸騰しそうな感じだ。顔を真っ赤にしつつも羞恥心を何とか隠そうと抵抗してシーチェは彼から視線を外す。恥ずかしくて顔を見て話す事なんか到底できなかった。

「きゅ、急にそんな事…言われたって」

 そんな事言われても考える余裕がないのだからすぐに返答できる訳がない。

「嫌か?」

 グライフの問いに首を振って答える。決してネガティブな感情が決断を拒んでいるのではない。だが今は彼が望む回答を出す事が出来ない事だけは分かっていた。決してネガティブな感情がある訳ではない。

 それを察したのか、彼は小さく笑う。

「なら答えを聴くまで死ねないな」

「しっかり…考えておくから」

 シーチェは微笑みを見せて別れ際に小さく呟く。そして城の廊下をいつもよりゆっくりとした足取りで進んでいった。

 グライフには見えなかったが廊下を進むシーチェの表情は決して朗らかなものではなかった。 

 

 

 





【登場人物紹介】

・アルミューヌ・イル・デモンテール
公国貴族デモンテール候の長女。公国空軍の天馬騎士団長を務める。規律に厳格で任務に忠実な人物。黒いロングヘア―で瞼の上で切り揃えられた前髪が特徴。厳格な人物に見られがちだが、人見知りが酷いだけで仲良くなれば物腰は柔らかくなる。


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