ファイアーエムブレム 双極の盾   作:マフィン野郎

49 / 49

 シーチェは黒竜となって、帝国の都市ノヴィツを異形から救った。
 本来の目的である停戦交渉に挑むシーチェであったが、黒竜の脅威を目の当たりにした帝国の皇女オレーヌは疑念を隠せない。一方、寡兵で城塞都市に挑む無謀とも言える戦いに、ブレグは可能な限りの手を尽くし命懸けで目的を達成しようとしていた。
 


第四十五話 ノヴィツ急襲 前編

 

 1

 

 帝国領ノヴィツ

 

 戦闘終了から数時間。化身による消耗が激しかった私は、最初にノヴィツを訪れた時とは別の部屋に入る事になった。入室してすぐに化身後の疲労感に抵抗出来ず、椅子に腰掛けた。

 部屋には護衛という名の監視役が二人、扉の前に控えている。重厚な鎧を纏った装甲兵(アーマーナイト)が、完全武装で直立している。一度逃げ出したから厳重にして、という采配なのだろうか。私がじっと凝視していたら、兵士が面甲でくぐもった声を出した。

「貴殿がおかしな動きをしたら即刻切り捨てよ、と殿下の命が出ている。努々、逃亡などお考えになりませぬよう」

「分かってるわよ」

 私は既に武器の類いを全て差し出している。素手で装甲兵を倒せる膂力もなければ、魔法を使うことも出来ない。脱出するなら誰かの手が必要になるが・・・その必要はない。

「それより、暫くオレーヌ様は来ないはずよね。少し休ませて貰うわ」

「我らはここを離れぬが、好きにされるが良い」 

 低く太い声の装甲兵は、表情を面甲で見せないままぶっきらぼうにそう言う。一瞬、彼の言葉の真偽を考えたが、よもや彼らが私を襲ってくることはないだろう。

 そう思ったら気が抜けたのか、どっと疲れがこみ上げてくる。部屋に備え付けのベッドに腰掛けると、ギシ・・・と古びた部品の音が鳴った。私は客人ではないから文句も言えない。ベッドを見回して一つ思いついた事があった。そうだ、この部屋に入ってからずっと感じていた事も一緒に伝えてしまおう。

「ねぇ。肌寒いのだけど、掛け布団の類いはお借り出来ないのかしら」

「・・・おい、取ってきてやれ」

 私の要望に仕方なく応えてくれた兵士は、もう一人の兵士に声を掛けた。部屋を出て行く相方。部屋には私と彼だけになり、静かな時間が流れる。私は軋むベッドに腰掛けながら兵士の装備を目に焼き付けた。

(全身黒塗りの装備に一つ角の兜、赤い外套・・・帝国の王族親衛隊か)

 観察している間も、面甲越しに視線が合っている。声といい、背丈といい、彼は死んだゲクランによく似ていたのが思い出される。

「・・・他にも何か用があるのか」

「・・・いえ」 

「ならばこちらを見るな」

「気を悪くしたのならごめんなさいね・・・古い戦友に似てたものだから」

 彼が居れば戦局は少しましだっただろうか。ゲクランもイエリツも、公国が誇る名将だった。彼らと過ごした記憶がふと蘇る。

(死んだ人間に想いを馳せても、何も変わらないのにね)

「貴殿は竜の一族(マムクート)だと聞いているが、中身は普通の人間と変わらぬのだな。恐ろしいものだ。人の皮を被って」

 どんな言い草だ。まるで彼らには心が無いとでも思っているのか、と返そうと思ったが彼がシューレ教徒であるならその発想は理解出来る。この大陸の大半の人間は竜の一族(マムクート)が人間の敵であると思っている。私は厳密にはその生まれではないけども、彼らと逢った今なら明確にそれを否定出来る。

「会ったことがあるのかしら?()()()()()()()()()そう思っているとしたら、貴方も大差ないけど」

「・・・言ってくれるな。女神の恩恵を分からぬ異端者が」

 ふん、と鼻を鳴らして私は彼の言う通り視線を外して窓の外を眺めた。まだまだ城壁の外の火事は消えそうになく、黒煙が上がり、消火の為に大勢の兵士が動き回っていた。すると部屋の外から装甲兵特有の動く時に鎧を鳴らす音が聞こえてきた。

「有り難く使えよ。“化け物”」

 取ってきた兵士が布団を投げて寄越す。適当な力で放られた薄い掛け布団は途中で勢いを失い、ひらひらと部屋の真ん中に舞い落ちた。

「・・・感謝いたしますわぁ」

 言葉にわざとトゲの言い方で礼を言い、私は布団を掛けて横になった。その瞬間、ここが敵地という事も忘れてどっと疲れが押し寄せ、抗うことなく瞼を下ろした。

 

 

 ・・・・・・い・・・おイ・・・イツマデソウシテイル?

 暗闇の中で聞こえる声が頭の中に鈍く響く。

黒竜(オルヴァヌス)・・・?なによ。人がゆっくり寝てるのに)

 

 

「さっさと起きろ。殿下が来ている」

 今度はさっきよりもはっきりと、そして近くで声が聞こえた。瞼を上げて寝ぼけ眼を擦りながら目を向けると、枕元には私を監視していた兵士が立っていた。

「・・・ん・・・・・・人間・・・?」

「馬鹿にしているのか?早く支度しろ」

 寝起きの顔を何とかしろ、と水瓶を指さす兵士。私は敵地で一体どんな顔をしているのだろうか。想像したくないが、準備時間を貰えるのはありがたい。

 顔を洗って身嗜みを整える。調度品が揃っていて、長い鏡の前に行くとややこけた私の顔が映し出される。疲れているな、と思った。

「お疲れの様ですねシーチェ様」

 聞き覚えのある、これまでこの部屋では聞くことのなかった女性の透き通るような声。敬礼している兵士の間を抜けて、ゆったりとした所作で部屋に入ってきた帝国の皇女殿下は、部屋の真ん中の椅子に座ると人払いをした。

 護衛と監視の兵士が退出したことで、残されているのは私と彼女の二人だけ。沈黙が部屋を包んでいたが、少しして口を開いたのはオレーヌだった。

「ふふ、どうぞ。お掛けになって?」

 気品溢れる所作で着席を促され、私はそれに従う。言葉の柔らかさの中に、どこか拒否は許されない、そんな気にさせられる威圧感というか力強さがある。

 席に着いてオレーヌに正対すると、彼女は間を置かず“早速ですが本題に”と言って切り出した。

「先刻、部屋から貴女を拉致しようとした者がいるそうですね。我が軍の兵が何人も手にかかっていました。公国軍の方ですか?」

「いいえ。実行犯はシューレ教司祭のマルランです」

 それを聞き、オレーヌは表情を曇らせる。大陸各国の平和を祈り、人々を導く立場であると公言しているシューレ教の司祭が、暴力的手段を用いて拉致を企てるなど想像しにくい。普通に生きている人間であれば、誰もそんな事を思いつかないだろう。

 先程の兵士が居たらまた何を言われるか分からない。人払いをしてくれて助かった。

「シューレ教が?」

 かく言う彼女が、彼と同じシューレ教徒である可能性も大いにあるが、そこはもう関係のないこと。

 目を細め、少し間を置く。沈黙が流れ、オレーヌがこの話を疑っているのが分かる。

「貴女がその身に竜を宿しているから拘束を? 倒されたとされる黒竜の存在は、それだけで彼らの布教と相反する存在だからでしょうか?」

「理由までは知り得ません」

 私はあえて一言で返答を切った。ここから先の話は非常にデリケートだ。

 リクにすらこの話をしていないのに、彼女にこの話をしてよいものか。これを聴いた所で、帝国が停戦して私に協力してくれるかの保証はない。寧ろ拘束されてしまう確率の方が遥かに高い。ここで私が何かを得ることが出来なければ、()()()()()()()()()

「そうですか。それでシーチェ様はどのようにお考えなのですが?」

「彼らの説く信仰の話は興味がありません。それに何かに縋って居なければ生きられないようでは、国は守れません」

「武人としてはご尤も。ですが、人間には支えが必要なのです。兵士も含め、貴女の様に強い人ばかりではない」     

 返ってきた言葉は全く正論だ。かく言う私だって何かに縋りたくなる時もある。ただ・・・ずっとやり方を知らないまま生きてきただけの話だ。

 それでも公国を守る為なら私はなんだってするし、何にだってなる。誰が相手でも迷いはなかった。フェイエンベルク家の誇り、それだけが私に残っているただ一つの戦う理由だから。

「えぇ。私は少数派なのでしょう。縋って歩む人生を知らないまま、私は武人として公国の盾となり、矛となった。この大陸に生きる多くの人々がしがらみに囚われている隣で、その様子を眺めていました」

 神だ、天意だ、と何ともくだらない。物事の全てには原因がある。どんなに不可解である事にも、紐解いていけば解明出来るものだ。 

 それが()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ですが、歴史は勝者によって都合の良い物に置き換えられる。何故、国家の長たる王家や皇帝の決定にシューレ教が口出し出来るのか・・・()()()()()()()()()()()()の一言で片付けるには異常ではなくて?」

 つい3年前までは小さい違和感でしかなかった。だが、反乱が起きて戦争に加わってからその見方は大きく変化した。黒竜を宿し、ゲランの告白と、カイの山奥で出会った竜の一族(マムクート)の長との話を聞かなければ、こんな気持ちになることもなかった。

「シューレ教は神の名を騙って、人々を都合よく扱う存在に過ぎない」

「・・・竜の一族(マムクート)であることを隠して生きてきた()()()・・・貴女は和平を持ち掛ける振りをしているだけ」

 思惑が外れる。敬虔な信者にとって、教団の言葉は単なる言葉以上の力があるらしい。

 睨むオレーヌの視線に真っ向から睨み返す。私個人ならともかく、公国の代表として来ている人間を虚仮にするとは。  

「私の身柄を貴国が押さえて置くことはメリットがあるでしょう?この力を研究するもよし。公国からは私という存在を奪える。引き渡しに応じれば、教団にも尽くせて損はしないはずです」

「それは信用できませんね。黒竜は人の手で管理が出来る様な存在ではないのでしょう・・・即ちこの地に置いておくことそのものが災いとなる」

「・・・であれば、ここで私を斬りますか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 売り言葉に買い言葉。オレーヌの脅しに引くわけに行かず、精一杯の脅しを返す。

 言わずもがな、化身していない時の私はただの人間に過ぎない。彼女が腰に差している装飾の目映い剣が私のどこかを捉えれば、人並みに血が出る。

「それでは・・・」 

 オレーヌが何かを言おうとした時。扉が三度ノックされたかと思うと、中の返答も待たずに帝国兵が駆けこんで来た。

「急報ッ!ノヴィツに向けて三方から軍勢が迫ってきています!西よりカイ王国軍!東と南より公国軍!総勢二万ほど!」

 奇襲の報告を聴いてもオレーヌは表情を崩さない。私を直視したまま器用に口角だけを僅かに上げた。微笑みの表情だが、目は全く笑って居ない。彼女も相当怖い部類の人間だろう。

「・・・これが貴女の企みですか。自らを囮に随分大胆ですね」

 ここまでを謀略だと考えたみたいだが、これは私にとっても想定外だ。

 カイが救援に向かう予定だったのは本来ブルガンツの筈。それに南と東からこうもタイミング良く部隊を連携させてノヴィツを襲撃させるなんて、私は指示してない。

「さぁ?」

 知っている事もなく、余計な情報を渡す必要もないので、白を切る。

 何にせよ、これで現状での和平の可能性はきれいさっぱりなくなった。こうなったら是が非でも生き延びて、国に帰らなければいけない。

「貴方たち。この方を拘束しなさい」  

 オレーヌが兵に命じると、片方は私の両腕を拘束しもう一人が腕と体に縄を巻いていく。隙間なくがっちりと縛られて、動かそうにも微動だにしない。これを解く力はないし、絶対に自力では解けないだろう。 

「西の軍勢に対処します。クォンテには東と南の対処を命じて下さい。彼女はここの地下牢に置いておきます」 

 剣を抜いたオレーヌが私の胸元に切っ先を突きつけた。首筋まで剣をなぞるように動かすと、切っ先を首に少し押し当てた。

 冷たい鉄の感覚の直後、ピリッとした感覚が奔って血が首筋を伝う。 

「人の武器で傷を付けられない、と仰いましたね・・・うふふ。うそつき」

 流れる血を眺めながら、オレーヌは耳元で微笑と共に妖気な声で囁いた。

  

 2

 どれくらいの時間が経っただろうか。自由を奪われたまま、迫り来る最期の時をじっと待っている事しか出来ない。じめっとした壁にもたれかかり、部屋を唯一照らす蝋燭の揺らめく炎をぼうっと眺める。時間がなかったとはいえ、練りに練った策の全てが水に流れた。もうここで起こる事の全ては私には制御出来ない。

 停戦も、街を焼き払うことも叶わなかった。

「私に…驕りがあったのかしら。黒竜が居れば何とか出来ると思い込んでいたのかも」  

 その気になれば、数万を一気に炎で飲み込むことも出来るブレスや攻撃を通さない頑丈な皮膚。そして圧倒的な質量と大きさから抱かせる恐怖心。結局最後は私が何とかするしかないんだ、と誰も頼ろうとしなかった。

「私は一体なにをどうすればいいの・・・?」  

 黒竜を制御出来なくなるまでに戦争を終わらせて、封印する方法を探し、実行する。正直途方もない仕事だ。

 だけど机上で寝食を惜しんで考えた所で、実際は全く予想通りに進まない。自分が立案したノヴィツの攻略作戦だって、ほぼ失敗だ。今からカイや公国の軍勢が二万ほどで押し寄せたとて、攻略は出来ない。

 多くの貴重な兵士が軍師の失態を取り返すために命を賭けている。彼らを守るために城を出て停戦交渉をしに行った筈なのに。

(私はなんて愚かなんだろう。このまままた化身して、今度こそこの土地を消し炭にしてしまおうか。この世の全てを犠牲に・・・・・・) 

 蝋燭から眼を下げてじっと膝の頭を眺める。普段の戦闘服とは全く違って、王族との交渉の為にとしっかり着飾った私だが、もう何の意味もない。

 ぼうっとしていると扉がノックされる。

「・・・・・・」

 返事をするのも面倒でそのまま無視する。尋ねられたら、“寝ていた”とでも答えよう。だが、扉が開くことはなく再びノック音。今度はすぐ後に声が続いた。

「・・・居るんだろ。シーチェ」

 扉越しに聞こえる低く野太い声には覚えがある。先程救い出そうとしてくれた密偵のレームだ。

「あなた、まだ居たの・・・!」

「依頼は終わってねぇ。失敗も許されん。さっさと行くぞ」

 短い会話が終わると同時に、レームは扉を開けた。廊下は狭いが、ここよりもずっと明るく見えた。

「戦闘が始まっている。混乱に乗じて逃げるぞ」

 廊下を進みながら簡単な脱出計画を説明するレーム。いつの間にそんな連携を取っていたのか、と考えながら聴いていたが絶対にそんな時間はない。この周辺にいる部隊に防衛線を突破できるほどの兵力があるとも考えられない。どれだけのことが私の知らない所で動いているのだろうか・・・それに。

「住民の蜂起って、何をしたの?皇女のいるこの町の民を?」

「持つべきものは得物とスキルと古い友、ってな」

 自慢げに語ったレームは一瞬だけ微笑むと、すぐに密偵の顔に戻った。兵士の多くは既に事切れているが、他の兵士が来るまでの時間はない。特に私の監視は重大な任務で交代や人数も多いだろう。

 周囲で何が起こっているのか考えつつ姿を隠しながら城の地下を進む私たちは、少し進むとひっそりと流れる水場にたどり着いた。

「城内で使う水を引く水路だ。ここを逆に辿れば、外に出れる」

「大丈夫かしら。オレーヌを相手に簡単に出し抜けると思えないのだけど」

「城内の敵を強行突破するよりマシだ。いいから付いてきな」

 レームは太腿くらいまでを水に浸かりながら、水流に逆らって進んでいく。動きやすい密偵のパンツと逞しい足腰でずんずん進んでいく。

 一方の私は慣れないドレスで腰まで水に浸かって、やっとの思いで足を前へと動かす。ドレスが水を吸っていつもの何倍もの重量と負担が全身に掛かった。

「ちょ、ちょっと待ってよ…!」

「早くしろシーチェ。敵は待ってくれない」

(ちっ。どうしてこの国の男どもはっ!いや…)

 本当に私に優しくない。少しくらい私を労わったり、優しくしてくれてもいいじゃないか。とも思ったが、私の為に命がけで付近の全軍が攻略不可能なこのに攻め寄せている。そんなことを口にしたらバチが当たる。

「そうよね…。でも歩き辛いのよこれ。裾を切るわ。ナイフ貸して」

 私はレームから短剣を借り、裾に突き刺して一気に切り裂く。ずたずたになった裾は水の底に沈んで、透明な水面に私の腿から下が覗いている。見すぼらしい姿ではあるが、死ぬよりずっとマシというもの。

「行きましょ」

「いつも思うが…思い切りがいいよな」

「何よ!仕方ないでしょ。私の生足見れるなんてラッキーと思いなさい」

 私の生足を見て顔を赤らめたレームのボヤキにしっかりやり返してから、今度は速度を合わせて水路を進んでいった。しばらく水路を進む間、幸運なことに敵に遭遇することはなかった。迷路の様な水路を抜けて、薄暗くなった場所で水から上がる。びしょ濡れになっているがそれを拭うものもなければ、絞るところもない私の服。水を滴らせたまま、私は次の行き先を尋ねる。

「ここまで来れば、俺の仲間の隠れ家には近い。そこに行けば着替えもある。もう少しだ」

「そろそろ教えてくれない?どんな計画なの?」

「あー、なんつーかなぁ。皆が暴れている隙に脱出!みたいな」

「分かんないわよ。ほんと雑ね。仕事以外」

「あんたにはそれで通じると思ったが。細かい所も変わらんな」

 うっさい。と言って私はむっとして続ける。

「細かくなくて軍師が務まるか」

「それもそうだ」

「…今の私は無力に等しいんだからね」

 事前の準備もなく、全て私の管理外の所で事が進んでいる。アドリブを利かせるにも、物語を知らない状態では滑るのがオチ。どのような計画なのか聞いたって私に出来ることはたかが知れている。黙って付いていく方が良いのかもしれない。知りたがりなのは私がそういう性質なだけだ。

 無力に等しい、という言葉を弱音だと捉えたのか、仕事人らしくレームが真剣な表情で呟いた。  

「任せておけ。誰が犠牲になってもあんただけは送り届けてやる」 

 彼の発した力強い言葉に、私は頷くことしか出来なかった。

 

 3 

 

 地下水路を進んで行った先でレームに“ここだ”と言われて立ち止まる。開けた場所でも特に天井が高い訳でもない、これまで通ってきた狭くて低い通路と何ら変わらない場所。

「こんな所からどこに行くのよ?」

 私の質問にレームは人差し指で静かに、という合図をして答えた。間を置かずに口笛を短く鳴らすと、少ししてから天井がごそごそと蠢き、丸い穴が開いた。

 こんな場所に穴を空けていたのか。態々この為に、というのは考えにくい。彼が仕事の際に使っていたものだろう。

「やっと来た!おっそいよレーム!」

「しっ・・・でけぇ声出すな。見つかるわけにいかないんだ。仕方ないだろ」 

 開いた穴からひょっこり顔を出す女性。レームとは慣れた雰囲気で会話をする姿からすると、彼女が例の仲間で、ここが隠れ家なのだろう。

「取り敢えず上げてくれ。梯子を置いてあるだろ。冷えて仕方ねぇ」  

「はいはーい」

 軽く答えた女性は傍から梯子を下ろしてくれたので、誰かの手製の太い木材を縄で組んだ梯子を上がる。女性が差し出してくれた手を取って引き上げて貰うと、彼女はニコニコと口角を上げながら話す。

「貴女がシーチェ・フェイエンベルクね?レームのボスだった!」

「そうよ。助けてくれてありがとう。命拾いした」 

「まさかこんな所で会えるなんて!私はアミナ。生まれはシリアンなんだけど、ノヴィツで育ったんだ!よろしくねー!」

 アミナと名乗った女性は目映い笑顔を見せながら、私の手を両手で握る。水に浸かったままで冷え切った私の手よりも、ずっと温かい。

「・・・ってか冷たっ。ごめん、すぐ着替え持ってくるねー!」

 慌てて部屋の奥にすっ飛んで行ったアミナの背を見送っていると、水路から上がってきて穴を塞いだレームがまるで私の心を読んだみたいに問いかける。

「密偵の仲間には見えないだろ?あれくらいがちょうどいい。」

「誰も悪いことしてるって疑わなさそうだもんね」 

「そう。あの性格だ、殆どの人間は気が付いたら心を許してる」

「あんまり関心しないわね。ああいう子を()()()に引き込むのは」

 煙草に火を付けたレームはあぁ?と素っ頓狂な声を上げる。何がそんなにおかしかったのだろうか?

「あいつはあんたより年上だぞシーチェ」

「・・・えぇ・・・?」

 見た目も私より若く見えたし、落ち着きもそんなになかった様に見えた。それなのに・・・

「ボスぅぅ!シーチェさんの服がなぁぁい!!」

「あんなんでも、だ」

「あ、う、うん」

 奥の部屋から聞こえてくるドタバタ音を聞きながら、答えにならない返事を返していた。

 アミナが私の服を探すのを待つ間、居間の暖炉の傍で暖を取ること数分。嬉しそうな黄色い悲鳴が聞こえてくる。あったぁぁぁ!という声色から感情が溢れている。安心感と喜びが爆発している、とでも表現するのが正しいそんな声だった。

「シーチェさん、こちらへ!着替えましょう!」

 トーンの高いその声が私を呼ぶ。手伝いがいるか?と思ったが、私はドレスを着ていたのをすっかり忘れていた。

「来たら分かってるわね」

 そんなことはしないと知っていても一応釘を刺しておく。

「どうせ殺されるなら抱いてからがいいぜ」

 とんでもないやぶ蛇だった。抱いてから、という言葉に顔がみるみるうちに紅潮する。彼なりのジョークだと分かりながらも感情の整理が付けられず、思いついた言葉がそのまま出た。

「ホントにぶっ殺すわよ・・・!!」 

「・・・えぇ・・・?」

 傍目でレームを見ると咥えていた煙草を落とすくらいには、ぽかんと口を開いて驚いていた。本気にされるとは思ってなかったという表情だ。

「そこまで言わなくてもいいだろうよ・・・」   

 落ちた煙草を靴で踏み消しながら、明らかに肩を落としたレームの傍をパタパタと駆け抜けて部屋に入る。

 勢いよく扉を閉めて、赤くなった顔と気持ちを落ち着かせようと下を向く。

「な、何かあったのかな・・・?」

「大丈夫アミナ。大丈夫、だからそれ以上訊かないでください」

「あっハイ」 

 私の言葉に素直に応じてくれて、肩を抱かれながら部屋の真ん中へ。脱がせますね、という言葉に頷いて手の届かない場所のホックやらを外してもらう。 

 拘束された体のあちこちが開放されて、息がしやすくなった。それと同時に気持ちも落ち着いてくる。手の届かない場所さえ何とかして貰えれば、もう自分で着替えは出来る。

 身体の傷も出来れば見て欲しくない。特にこの右腕は。

「ここからは自分でやるわ。ありが・・・」

「やっぱりこの紋章、痣・・・!これが噂に聞く黒竜“黒い盾”・・・!!」

 ドレスを脱ぎ終える前に見られてしまったらしい。しまったと思う前に、手を握られまじまじと観察される。これを見ると殆どの人は怯えるからずっと隠していたんだけど、アミナは目を輝かせている。その輝きっぷりと言えば、私でも瞳に星が見えるほどだ。

「シーチェさんは竜の一族(マムクート)なんですか?!いやマムクートにはこんな紋章は出ないなどうやってこれを宿したの?!ねぇねぇ教えて!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて!服!服着たら話聞くから!」

 半裸状態でまさかの質問攻めに遭う。ガクガク揺らされて目を回しそうになる直前、やっとアミナが正気に戻った。 

 目を丸くして“やってしまった”とばかりに目頭を押さえて頭を下げるアミナ。息を整えながら、謝罪を受け入れて何よりも先に、私は用意されていた服に着替えた。

 まず黒いショートパンツを履く。その上から左腿の上あたりにスリットの入ったスカートを履く。黒一色でなく、スリットの部分は深紅に彩られている。そして太股までを覆う黒いタイツとブーツに脚を通す。ここまでで、どこにもサイズの問題はない。

 今度は上。黒いシャツは左腕だけがノースリーブになっている。長袖をいつも半袖くらいまで捲っていた私にとっては、涼しくて捲る手間がないのはありがたい。それに右腕が長袖で籠手付きなのも高評価なポイントだ。こちらもサイズは問題ない。これ以上太ったら入らなくなってしまうくらい、ピッタリ誂えられている。装備を纏う為のベルトとバックルも黒をメインにポイントで深紅で統一されていた。

 最後に外套。肩の部分に銀色のファーが付いていて、裾は無造作に布を裁ったような黒地が目立つ。

 私をイメージして誂えてくれたのだろうか。しかし近くに服のデザインに心得のある人物に心当たりがないのだが・・・

「凄く格好いいです!」

 アミナの声が歓声を上げる。私も身につけた瞬間には気に入っていた。 

「ありがと。しっかりフィットしてて、素材も柔らかい・・・動きやすいわ」

 少し身体を動かして伸縮性や装具の引っ掛かりもなさそうだ。フェイルノートを持っていたとしても、問題なく戦えるだろう。

 一呼吸置いて、私はアミナを向いて声を掛けた。

「さて、戻りましょうか。私の話をする前に貴女が何者なのかも聞きたいし?」

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。