全てにおいて余裕のないリク達はそれでも希望を捨てず、次なる行動をするために決断していく。
王城の脱出後も軍に残っていたシーチェは人目の付く生活に変わった事と過去擦り付けられた罪を晴らすべく必要な事を自分なりに見出だしてそれに従う事を決意した。
1
~国王直轄領ランバン~
王城を脱出して三日が経った。町の姿は以前見たものと変わらず、穏やかな空気と日常が流れている。商人と町人が品物の事でやり取りしている活気ある商店街に、川で洗濯をする女性、農場を見れば干し草を運ぶ農夫が太陽の光の下でせっせと仕事をこなす姿は平和そのものだ。
そんな町を歩いている私は服を新しい物に換えた事で気持ちが少し明るくなった。何年も服の事など考えた事もなかったので同行しているリシアに動きやすいものを選んで貰ったらちょうどいい良いものを選んでくれたようで、私は“概ね ”気に入っている。
概ねとなるのは身体のラインがくっきりしてしまうのが恥ずかしいという所だ。リシアのチョイスである膝上丈のオレンジのスリットスカートはサイドに足の付け根に近い所までスリットが入っているので黒のタイツを履いた。シャツはピッタリサイズの黒い長袖シャツを無難に選んだ。動き辛いのは嫌なので捲って七分袖にし、胸当てと小物入れ用のベルトを身に付けている。
足元はブラウンのショートブーツ。取り外しも出来る脛当てを両足に付けた。
髪は今までただ縛っていただけだったが、リシアがあんまり言うのでピンクの髪ゴムを貰ってサイドテールと言う髪型に変えた。余り切っていないので結んだ髪がふんわりと肩まで下りている。
「やっぱりかわいいじゃないですか!すっごく似合ってますよ!」
「あ、ありがとう。でもやっぱり人の目が気になるわ…」
着替えた後、お店の鏡で自分を見たがまるで別人の様で驚いた。
決して露出が多い訳ではないのだがやっぱり胸が少しきつい。一つだけボタンを外すと大分楽になった。
買い込んだ何着かの服は同じ様な物ばかりで外に出る度に見られている気がするのもそろそろ慣れて来そうだ。
リシアは行動する時は常にシスター服なのでじろじろ見られる様な点はない。
私の心配を他所にリシアは商店の前で止まった。
「今日はここで医薬品を買います。傷薬と包帯が足りないので買えるだけ買います。見てて下さい」
リシアの言うこの見てて下さい、とは値切りの事である。ぱっと見ただけではどこにそんなスキルがあるのかと思うが、この三日間一緒にいて彼女は値切りの天才だと思い知らされた。
人に神の教えを説く立場にもなると話術は磨かれるものなのか。私も早く知っとけば良かったと何度も思う。学んで行きたい所ではあるがしかし、私も自分の務めがある。
「私も用があるから少し離れるわね。買い物頑張ってね」
「えー!私一人ですか?!怒られた時どうするんですか!」
「私は値切り失敗の時のお守りじゃないの。引き際は弁えた方が良いわよ。時と場合にもよるけど」
「なるほどさすが軍師様。ではカツカツの資金を残す為に徹底抗戦して来ます!」
喜び勇んでリシアは治療薬を売っている店に突入していく。私の忠告は多分通じなかったが、軍資金がカツカツなのは間違いないので彼女のスキルを最大限活かして貰うとしよう。ここで誰かに襲われると言うことは考えにくいし。
私はその場を離れ、近くをぶらぶらしながら周囲に気を張る。と言うのも町の会話の中からゲランの動向や周囲の気になる情報を集めようと言うのが狙いだ。
「なぁお客さん知ってるかい?王城で流行り病だってよ」
「あぁ、聞いたよ。なんでも罹ると人を見境なく襲うとかって…怖い話だぜ、罹りたくないもんだ」
「王都の門が閉じっぱなしなのもそのせいか。うちみたいな仕入れ先が1つしかない店は困っちまうよ全く」
(ゲランはクーデターを隠すのに疫病のせいにして封じ込めたのね。動きが伝わらないと思ったらそういう事か)
「リク陛下も流行り病になっちまって隔離されているとかって話だ。国の政はゲラン様が引き継いだみたいだが…こんな時先代とシーチェ様ならズバッと解決してくれたんだろうけどなぁ」
店主の近くの商品を探すフリをして聞き耳を立てた。
こちらの方をチラチラしながら店主と客である男が私の存在と正体に気付きかけたので静かに人混みに紛れた。
私の名前は国王殺しの大悪党として国中に広がっている。シーチェに似た女がランバンに居るなんて噂が立つだけで今の我が軍には致命的な影響が出てしまう。
隠れ家に戻ってすぐ、この場を離れる旨の進言をしよう。
人混みの流れに乗りつつリシアと別れた商店の前まで戻ると、リシアはまだ交渉を続けていた。難航している様でリシアはもはや懇願に近い言葉と声色で店主に医療品の値下げをお願いしていた。
しかし、これまで優しく対応していたであろう店主の態度は突然一変する。
「シューレ教に仕えるシスター様が適正価格のうちの品をこれ以上下げろとは何事ですか!神の名を騙ればなんでも出来るとでも?!」
相手を怒らせてしまっては交渉は決裂したも同然だ。
「リシア!なにやってんの!?」
「はっ?!す、すみません?!」
私は口論の間に割って入った。目を丸くしているリシアに近づいて小さく耳打ちすると彼女は頷いて後ろについた。
「貴女はなんですか?この人の肩を持つんですか!」
何をどこまで言ったらこの優しそうなおじさんがここまで怒るのだろうか…私の事まで敵認定されたら話が纏まらなくなってしまうので、ここは低姿勢で切り出す。
「私の連れの者が大変失礼致しました。私達は軍の名を受け行動していまして、どうしてもこちらの医薬品が必要だったのです。行動中に、出発時に持ち出した医薬品が切れてしまい…」
理由の説明は程々にして、私は胸ポケットから折り畳んだ紙を見せた。軍の捺印のある命令書と記載されている紙だ。命令の効力などとっくに切れているただの紙きれだが、一般人には分かろうはずもない。
「そ、そうだったのですね私はてっきり教会で使うのかと…」
「その点についても説明不足で申し訳ありません。この事はどなたにも内密にして頂きたいのです。お支払はシリアン軍が必ずお約束致しますので」
店主も落ち着いてくれた様で、店にある大半の医療品を定価の半値程で提供してくれる事になった。荷物は後で取りに来させる事と代金は引き換える約束をして、私とリシアは店を出た。
「凄いですね!私あのままだったらどうしようかと思いました…」
「何か武器がなければ、一見の店で値引きが効くのは大体二回位までよ。やり過ぎたらああなるわ。何回交渉したの?」
「よ、四回…です」
「…怒らせて決裂したら時間も品物をパアになるんだから。だから弁えろって言ったのよ」
リシアはすみません…と素直に謝罪したのでそれ以上以上の小言は言わなかった。
2
~その日の夜 サッティア街道~
ランバンを離れ、南へ軍を向けた私達は表向きには行商団を装う策を採った。兵士達は装具一式を荷馬車へ隠し、あくまで町人と商人に成り済ます。少数の護衛役も用心棒の傭兵に見える身なりに見える物を買い込んで使う事にも気を配り、端から見れば一行は行商団にしか見えない様に仕込んだ。
ランバンから南へ向かう理由は最大の港町であるカパダの町がある事と、かの地を治めるプラマー伯爵が王家の縁のある者であると言う2つ。稀代の名君と言われる現プラマー伯は若くして実父から家督を継ぎ、類い希な才能で領地を切り盛りしていた。
逃亡中である私達が(特にリクにとって)真っ先に選択肢に入る貴族領である。貴族軍の錬度も数も文句の付けようもなかった。
ランバンからプラマー伯領地カパダに繋がるサッティア街道のこの時期の夜はとても冷える。息をすると白くなって現れては消えていく。虫の泣き声が聴こえる位には静かな平原、辺りに生えている草が風に遊ばれて気の向くままに踊るのを見ながら私は周囲に気を張っていた。そしてその隣、幕を1枚挟んだ裏側にはリクが槍を抱えてぼんやりしている。
「陛下、今のうちに休まれては?夜風は体に障ります」
「良いんだ。今は眠くなくてな…それより、あんたと話がしたい」
「私とですか?変な噂になったら困るのは陛下ですよ。かつて父を殺した女と喋るだなんて」
「その話だが…あんたを見てるとまるで嘘みたいに思えてくる」
それが真実ですから。と切り出す。
「私は信じて貰えなくてもいいんです。私の出来る事で無実を訴えていきます」
本当に国を乗っ取ろうとするなら最初ゲランの叛乱が起きた時にリクを殺して、首を手土産に投降すれば良かっただけの事だしそもそも3年も潜伏する必要なかった。口は悪いが、リクを殺すチャンスなど幾らでもあったのだ。
「力になってくれたのは嬉しい限りだ。でもまだ俺はあんたを信用してない」
「…当然だと思います。疑いを晴らす証拠なんて私だってないんです。ならばどうするかって?私は死んでも貴方に玉座に戻って頂く様にするしかないんです」
私の知略と武力を以て、この先の戦いに勝ち続けなければならない。負ける事は即ち、リクと私が死ぬ事と同義である。
「苦しい立場になるのが分かっていて尚、俺の下で策を講じると言うのか?」
リクとは目線が合うことはないが、彼の心が少しずつ動いているのがわかった。リクとの付き合いも長ければ、経験から他人の機微を感じとる事だって私には容易い。
私は彼の名を受けた兵士に逮捕され、投獄された。拷問され、体のあちこちにはその時の傷がある。しかし、その時から復讐する先は決まっていた。
ずっと一緒に過ごしていた私にとって、リクの性格は良く分かる。知っていればこそ彼のせいには出来ない。そしてそれを逆手に取ったのは奴だ。
「貴方が勝ち、ゲランが死ねば私の罪は消せる。例え私が途中で死んでも貴方が勝てば私の目的は達せられる。貴方に付いていく事は私にはメリットしかないんですよ」
リクから返事はなかった。しばらく待って見たが、返事が返って来ることはなさそうだ…と思うと声が返ってきた。昔を思い出しながら、語る様な口調だった。
「あの時の事を時折思い出すんだ。その度にいつも後悔する。旧知の仲で世話になった人間に、俺は良く話す事もなく牙を剥いた。そんな風にしても、あんたは助けてくれた。理由はどうあれ…な。ありがとう」
「泣き落とし?止めてよね、もう戻れはしないわ」
思わず昔の様な口調になってしまった。
訓練をする時、勉強をする時、殆どの時間を共に過ごした。身分の差はあってもそれを感じさせない程に仲良しで思い出が尽きる事はない。まるで兄弟の様だった。
真っ直ぐで、無表情のまま色々考えて。でも難しい事は分からなくて。目の前の事に真っ直ぐ正しいと思った事を貫いて行く。
そう思って居たから、リクがゲランの口車に乗せられて私を疑った事がトラウマになった。あの時から誰も信じられなくなり、人と関わる事を積極的に避ける様になった。
「お喋りはここまでよ。…早く寝て」
私はもう、他人と関わりを持つ事が怖い。怖くて怖くて仕方ない。1人で居るのが楽なのに、気が付けば沢山の人と関わらなければならない所に収まってしまった。
人の繋がりの温かさや、楽しさ、もちろん大変な事も知っている。だからこそそれをまた失うかもと思うだけで辛いのだ。本当に…
「シーチェ」
リクの声が馬車の中から聞こえた。返事をする前に、彼は言葉を続けた。
「すまなかった」
その一言の後会話は切れた。
リクの言葉を聴いても、私は返事が出来なかった。夜の静けさ、馬車の動く音と虫の音しかしないこの平原では込み上げる涙と嗚咽を必死で抑える事が精一杯だったから。
自分の存在が認められる感覚。懐かしい感覚が私の脳と心を激しく揺さぶる。もはや見張りどころではない。唇を噛み、顔を強張らせたまま私はなんとか見張りを続けた。
「あれも違うな…城からはかなりの数の兵士共が逃げたらしい、行商に紛れるのは無理がありますぜアニキ」
「確かにな。だが行商なら都合がいい、合図を出してアイツらに襲わせろ」
アニキと呼ばれた小振りの斧を手にした男の指示で手下の男は斧を高く上げた。月明かりが反射して斧の刃が光った事を合図に、草に隠れて居る手下の賊達が行商を挟み撃ちにする手筈になっている。
合図を皮切りに一斉に襲いかかる賊達だったが、行商を守る用心棒も指笛を鳴らすと同時に馬車を降り、戦闘を始めた。動きの良い傭兵なのは頭領にもすぐ理解出来た。
「良い動きしやがるな。初手は何人だ?」
「十五人です、行商の右と前から挟み撃ちさせてます」
そこまで言い終わると、頭領は手下の頭を張った。重く乾いた音が鳴り、張られた男は目を白黒させる。
なぜ張られたのか理解出来ない、と言う表情だった。
「アホかテメェ!3方から囲めも言っただろうが!」
「あ、アニキ最初前と右からって…ぐへっ?!」
「ごちゃごちゃ言うんじゃねぇ!“依頼”だってあるってのにどうしてくれんだ!」
王都から来た男に前金付きで依頼された仕事はある一行を捜しだす事だった。詳細については何も知らされず、ただ“公国軍の一団を探せ”と言われただけだった。頭領は良く理解する事もないまま金に釣られて仕事を引き受けた。そんな仕事に付けられた報償金はしばらく遊んで暮らせる程の金額だったことも手下には話している。
だからこそ、しくじる訳にいかない。闇稼業で評判を落とす事は死活問題だ。
しかし、相手にしている行商の用心棒達は恐るべき錬度で瞬く間に手下を蹴散らすとさっさと馬車に戻ってしまった。
「あいつら、逃げますぜ!」
「とっとと追い掛けろ!あいつらトンズラしやがった…!」
頭領と手下は慌てて馬車へと距離を詰めるが、動き出した馬車のスピードにはとても追い付く事は出来ず、2人の心はすぐに折られた。
頭領は獲物を逃がした事と依頼が達成出来ない事で焦りとストレスから頭をガシガシ掻きながら怒鳴りまくった。
「あいつらふざけやがって!しくじっただとぅ?クソッ使えねえ野郎共だ!」
「アニキどうしま…」
手下の男が頭領の後ろから声を投げ、言い終わる前にそれは途切れた。馬車から放たれた矢が頭領のすぐ脇を駆け抜けて手下の喉を貫き、声を止めていた。苦しそうに喉に持って行く手が一瞬で真っ赤になり、手下の瞳孔ががすぐに開いた。
(動きながら、この距離を当てる…?)
弓の腕がバケモノみたいな奴がいる。頭領はすぐに頭を下げようとしたが、既に放たれていた矢が空気を切り裂きながら眉間を貫き、頭領は手下の達の後を追うこととなった。
~翌日 プラマー伯領辺境の村~
賊の襲撃を切り抜けた私は少しの仮眠の後、ランバンの商人から預かった荷物を届ける所から一日をスタートした。襲撃による人的、物的損失はなし、強いて言えば馬車の側面に少し血が付いた事位のもので村に入っても騒動になるような事はなかった。
お届け先の店主と世間話を終え、馬車は再び街道を南へ向かう。ゆっくりと動く馬車から見る村の風景にも変わった所はなく、人々は日常を送っていた。
それは王都の情報は完全に遮断され、また操作が成功していることを示していた。
(まぁゲランならその位はお手のものかも知れないけど)
何せ軍師の私を騙した男だ。民を騙す事など雑作もないだろう。真実を伝えたいがそれは私には出来ない役目だ。
「あと半日も行けばカパダになります。ここまで来ればしばらく賊や反乱軍の心配はないでしょう」
見張りを代わってくれているエリフが幕の中に戻った私に教えてくれた。
カパダに入ればプラマー伯の住む居城がある。そこで領主に会えばひとまず態勢を立て直す事が出来るだろう。
私はゲランの手下に見付からないままにここまで来た事で少しだけ気持ちが楽になった。
「プラマー伯の居城まで行ったらすぐに態勢を整えて王都の真実を伝えなくては…ゲランが各地を攻撃して連携を寸断する前にね」
「ブレグとの話は俺に任せてくれ。すぐに纏まるだろう」
鎧などの装具を外したリクが声を掛けてくる。
リスクを犯してランバンを脱出しここまで来たのはプラマー伯の力を借りて反乱軍鎮圧の軍を集める為だ。相手の策が動き出す前にこちらは効果的な先手を打たなければ状況は厳しくなる。私達の置かれている状況はとても難しく、過酷なものであると言わざるを得ない。
それから少し経った頃、馬車が突然男の声に止められた。プラマー伯爵軍の騎士を名乗る男が命令により荷を検ためると言うのが荷台の私達にも聞こえた。
「騎士様にお見せするような大層な物は詰んでませんよ?」
「中身が何にせよ、今は領内に何人も許可なしに入れる事は出来ない。許可が出せなければ追い出す事になる」
荷台の幕の隙間から外を窺うと7人程の騎士が馬車の前と左右を囲んでいた。鎧の胸の辺りに描かれている剣と薔薇の紋章は確かにプラマー伯爵軍の騎士が付けるものだ。
不味い状況だが、これから助けを得る相手に暴れる訳にいかない。しかし、誰が見ているか分からないのでリクを見せる訳にもいかない。
また、私が出るしかないようだ。
「話を付けて来ますので、隠れて居て下さい」
槍を手に臨戦態勢のエリフとリクを制止して、私は武器を持たず、後ろから堂々と下車するとわざとらしく振る舞った。
「なによ全く!カパダにお届け物があって急いでるんだけど!」
「き、貴様は…?!」
「あたしの事知ってるの?あたしはあんたの事知らないけど」
全員面甲を下ろしていて表情は分からないが、何やら驚いている様な雰囲気を感じる。服装が変わっても顔まで変えた訳ではないからバレたか?まぁマスクで鼻の頭まで隠しているから早々バレる事もないだろう。
「荷物を検めさせて貰えなければ引き返して貰おう。…これは最後の警告だぞ」
長らしき男が剣を抜くと部下達が続いて抜刀する。見た目丸腰の私は膝上丈のスリットスカートの内側、右の太股に護身用のナイフを1つ隠しているだけなので本格的な戦闘はこなせない。
戦う訳にはいかないが、騎士と言えど荷台の中を見せる訳にもいかない…私はランバンで使ったハッタリを効かせる事にした。
「私は軍の命令で動いているのよ。詳細は言えないけどこれが命令書、軍の紋章は分かるでしょ?」
胸ポケットから前にも出した古い命令書を出して見せると騎士は私の手から奪い、それをまじまじと読み込んだ。
その間会話はなし。隅から隅まで読み終えると騎士は静かに紙を私に戻した。
「確かに本物のようだ。呼び止めて悪かった、しかし貴様は通す訳にいかないなフェイエンベルクの娘シーチェ」
張る様な声色だった騎士が低い声で今度は敵意を剥き出しにしてくる。今にも斬りかかって来そうな殺気に私は気持ちだけ身構えた。
(何故私の事に気付いた?それにわざわざフェイエンベルクの家柄まで口にして…まさかゲランの手下?!)
紋章だけ見て、早とちりしてしまったとしたら処刑ものの失態だ。だが今はこの騎士と部下を交渉で止めなければならない。
私はシラを切る。
「誰よそれ。たまにそう言われるけど別人よ…上流の人たちの事なんか少しもあたしは知らないんだけど」
「シラを切るつもりか。残念だがもう隠す事は出来ないぞ!私は貴様を憎み、今まで捜していたのだからな…!私は先代を誅った貴様を討つッ!」
強烈な殺意を感じると同時に私の返事を待たず、騎士は馬を駆り剣を向けた。爆発的な馬の加速から繰り出される威力のある突きを回転して躱し、腿のナイフを抜く。
(ホントに仕掛けて来た?!それにこの動き、あいつだわ!)
顔が分からないが対峙した感覚と初手の動きで私は騎士が誰であるかを確信した。
「危機や異変に真っ先に自ら出てくるとは変わらないわねブレグ」
「気安く呼ぶな!私はもう友ではないぞ裏切り者め!」
振るわれる剣には明らかな殺意と憎悪が込もっている。
ナイフで何度か切っ先を捌いたが、重い。ふとすれば腕ごと弾き飛ばされてしまいそうな威力がある。一撃を喰らえば掠っても大怪我は免れないだろう。
フェイルノートがない分は身軽だが、普段手にしないナイフでは戦いにくくて仕方なかった。
手足の様に馬を操り、的確に剣で攻撃してくるプラマー伯爵ブレグは私の手の内を知っている男だ。フェイルノートを手にしている時の動きと多少ナイフ装備の時の動きは違うが行動が読まれていた。
(今はブレグに剣を向ける訳にいかない…でもこのままじゃ殺られる)
躱しているだけではブレグを止める事は出来ない。策を練る間も彼の猛攻が続き、相手ペースの戦いを強いられているせいで息が上がり始めた。
「何故攻めて来ない?私は貴様を殺すぞ!」
「今はあんたを相手に殺し合う余裕がないからよ!話を聴いてくれない?!」
「裏切り者の話を聴く耳など持たぬ。私に勝てば聴いてやっても良いがな!」
「…言ったな?だったらちょっと手荒く行くからね?」
本人が勝てば聴いてやってもいいと言うなら勝ちに行くしかない。ブレグに勝つには本気で仕掛けないとならないがそうなるとお互い怪我くらいはするだろう…
ナイフを右手に構え直し、いざ闘いが再開される瞬間になって、私達はリクの制止する声に止められた。
「ブレグもシーチェもここで争って何になる!?時間がないんだろ!ケンカは後にしてくれ!」
「リク…陛下!?なんでこんな所に!」
「あんたが話を聴こうとしないからよ…」
ナイフを収めた私は不満をブレグに向ける。彼は彼なりに私に思う所があるみたいだが、決着は今度ゆっくりつけないといけない。
「陛下がいるならこんな所で話す訳にもいかないな。城に案内する、貴様も陛下達と一緒に来い」
面甲を上げ、ようやく顔を見せたブレグだったが、私が一緒に居ることが心底気に食わないらしくこちらを見ないまま言った。
(彼の先代国王への忠誠心やリクとの仲を考えれば私に当たるのは分かるけどね…)
誤解から生まれている軋轢だと言っても私の言葉は今は誰にも届かない。
いつの日か前の様な日々を取り戻せたりするのだろうか…
軍という組織の中で私は孤独で辛い立ち位置に居る。しかしこの日々もゴールがあるのがせめてもの救いかも知れない。
閲覧ありがとうございます。
超絶更新が遅くて待ってくれている方居たら申し訳ありません。これからも頑張って続けて行きますので応援よろしくお願い致します。