唯一味方として安心できる貴族の領地に入った一向は休息も程々に今後の展開を話合う。
ここから反撃が始まる。仲間を集め、準備を整えた後、公都奪還するために行動を起こすー
その矢先、平和だったこの土地にもゲランの魔の手は迫っていた。
1
リクの決意を聞き、私は改めてテーブルの上の資料や地図に目を落とした。書かれている日付はここ数日のものばかり。私がランバンを出る前から欲しかったものが一通り揃っていた。
かつて国軍であり事件後反乱側に寝返った部隊が公都に終結していること、公都の生活状況はゲラン達によって圧政下にあること。更に国外の勢力が出入りを始めて居ること,詳細に纏められたものからメモ書きまで信憑性に限らず様々な情報が挙がっていた。
私は近くにあった報告書を手にするとそれを見ていたブレグが声を掛けた。
「公都からは各貴族領に向けて既に伝令が出ている。“公都で発生した疫病は感染者を狂暴化させる。それを鎮圧すべく諸侯は支援せよ。尚、首謀者は…」
「あー、大体分かったわブレグ。私だって言うんでしょ」
話を遮られたのを若干不満そうにしたブレグがそうだ、と短く答える。
腰の重い諸侯を動かすなら私をだしにして、討伐の大義名分に加えて懸賞金でも懸けとけばいい。敵ながら、王政の中にいただけあってこの国の諸侯の事を良く分かっている。
どこの国でも貴族という生き物の大多数は同じだ。金と名誉の為、お互いを蹴落とし合い自分の利益のみを追い求める。裏切りや騙し合うなんて事は特に珍しい事ではない。
「で、貴方はどの様に回答を?」
「貴様を討伐するに決まっていた」
なんの躊躇いもなく言いきったブレグ。中々私も嫌われたものだ。
「だが陛下が共にいて、その命令が事実と違うと分かれば従う必要はない」
「そうね。少なくとも私を始末したいのなら陛下に玉座に戻って頂いてからね」
ブレグの睨む視線に対して私は涼しい表情でスルーする。今はそれに構っている時間は無い。ブレグもこの状況の中、闇討ちで私を殺そうとはしないだろう。
頭に血が昇りやすい性格とは言えどブレグは愚か者ではない。だからこそ、無視した所で突っ掛かって来る様なマネもしない事まで読めた。
そんな私達を諌めたのはリクだった。
「今は止めろ二人とも。それで、ここの兵士と逃げてきた兵士達でどれくらい戦えるんだ」
「敵対する勢力全てとまともに戦ったら三ヶ月持てば大健闘、と言った所です」
勝負は日和見の諸侯が重い腰を上げるまでの間。それまでにリクの率いる公国軍が有利な戦局であれば、諸侯は勝手にこちらに付くだろう。
しかし、敗走すればそのまま軍そのものが崩壊する危険もある。また、一進一退の戦局にもつれ込んだ時も諸侯は恐らくゲランの要請に応じて私達を攻めて来るだろう。
「ですので、この戦いは三ヶ月以内に終わらせます」
私の中では現状で長期戦は戦えないと思っている。短期決戦で混乱も最小限にしたいところだが、後はここの皆が賛同してくれれば細部を話せる。
「なるほど、相手が一つのうちに決着を付けようと言うことですね」
「“兵は拙速を尊ぶ”か。まさに今こそ必要なのは時間を掛けずに火種を潰す事。反乱鎮圧にも戦争にも大事な事だ。今回はあんたを支持する」
エリフとゲクランの二人が賛成の意見を先に上げてくれた。時間を掛けない戦略が刺さったようだ。リクとブレグは思う所があるようだったが、エリフとゲクランが賛成になった所で彼等に同調した。
「賛同頂き感謝するわ。では、詳細を話すわね」
広がる地図を使い戦略を話始める直前、部屋のドアが強くノックされた。
「軍議中失礼します!ノクタス村の守備隊より伝令!“味方の装具を纏う集団の攻撃を受けつつあり。数は約2000!被害多数、至急救援されたし!”」
「どういう事だ!?山賊の間違いではないのか?」
「いえ間違いなく我が軍の装備を纏った一団です!掲げてある旗は第五軍の物でした」
第五軍という言葉に沈黙が生まれた。編成が変わっていなければ第5軍は統率と戦術に長けた将であるイエリツが指揮する軍団。永くシリアン公国の軍事を支え続けたイエリツとゲクランとは共に切磋琢磨して騎士になり、そこから将まで成り上がった苦労人であったはず。
第五軍がゲラン側に付いたと言う事はそれだけで今後の戦いが厳しいものになる。
「イエリツ…!」
ゲクランは冷静さを欠くことはなかったがその苦虫を噛み潰したような表情からは確かに怒りが滲み出ていた。
「陛下、某にノクタス村防衛のご指示を。祖国を裏切ったイエリツは必ずこの手で始末します」
「ここを見捨てると今後の我々の行動に支障が出るわ。ゲクラン殿の言う通り、ノクタス村の救援と領民の保護を最優先に動くべきかと」
「当然だ。連れてきている動かせる兵は全て出す」
「我が領地です。必ずこの手で防衛してみせます。ゲクラン殿、今回は私の配下となること、ご容赦を」
「何を仰る。敵を屠る為、如何なる命令も遂行致す」
緊急事態でもここの四人の対応は早かった。
あっという間に対応と編成が決まり、各々出撃の支度に入っていく。それから三時間後にはカパダ城を騎兵と歩兵千八百から成る部隊が出撃したのだった。
2
~ノクタス村近郊 反乱軍第五軍 プラマー領攻略先遣隊本陣~
公王直轄領との境に存在するノクタス村は豊かな土壌に恵まれた土地だった。世の中の争いとは程遠い所に存在しているそんな和かな地に戦争は突然訪れた。攻め寄せたのは本来自分達を守る筈のシリアン公国軍。ノクタス村守備隊は素早く対応し、多くの犠牲を出しながらも村人の避難を最優先させつつも辛うじて戦列を維持していた。
その報せは先遣隊指揮官であるブバゼにとっては忌々しいものに過ぎず、焦りが出ていた。
「ノクタスはまだ落とせないのだ?!いつまで掛かってるのだ!」
丸々とした肉付きのいい容貌に明らかに支給されたものではない特注の鎧。その鎧は傷一つ付いておらず、戦場に出た事がないのが見てとれる。
そんな指揮官が作戦通りに進んでいない事を部下の兵に叱責した所で事態は好転しないのだが、彼は怒鳴り続ける。
「申し訳ありませんブバゼ隊長。プラマー伯軍は戦列を維持しており、歩兵のみでは中々突破出来ずにおります」
「それならば騎兵を出せば良いのだ!側面を叩くのだ!」
「我が軍の方からノクタス村に進むには森の隘路を進む他ありません。既に展開している部隊が騎兵の進行の障害となりますので,」
作戦を指示したのはあんただろうよ、と言う本音は胸の中に押し止めたまま、兵士は指揮官の指示通りには動けない事を伝える。その報告に腹を立てたブバゼは机をドンと叩き、早く戦況を動かす様にだけ命じると兵を退出させた。
全く、と気持ちを落ち着かせようとした時、それと入れ替わる様に男女の二人組が天幕にどかどかと入って来た。どちらも鬼気迫る表情で指揮官を見るや一方的に話始める。
「ブバゼさんよ!この村には疫病の感染者から村人を保護すると聞いて来てるんだが,無抵抗の村人も始末しろとは一体どういう事なのか説明して貰いたい!」
「一介の傭兵風情が俺に楯突くとでもいうのだぁ?!傭兵なら金の分位文句言わず働くのだ!」
「ちょっと!私達が傭兵だから何でも黙って動くとは思わない事ね!今すぐ止めさせなさいよ!」
がなり立てるのはオレンジの髪と顔の傷が目立つ長身の剣士と、その隣のシクラメンピンクの巻き髪と整った顔立ちが目を引くトルバドール。
事あるごとに指示に従わない傭兵が居ると報告が上がって来ていたがこいつらの事か。自分の指示やなす事に文句を言われたり否定される事を昔からよしとしないブバゼは怒りを隠さず、唾を飛ばしながら激昂する。
「金にしか興味のない傭兵は!黙って!敵を殺せばいいのだぁ!!」
ブバゼの容赦のない言葉の暴力にオレンジ髪の剣士の顔つきが一瞬で変わった。無表情のままブバゼに近付くと
力の限りを込めた一撃を左の頬に見舞ったのだ。
目にも止まらぬ早さで繰り出されたパンチにブバゼは吹っ飛び、机やイス、普段使っているであろう壺や瓶を破壊し、外まで響く大きな音を響かせる。
ブバゼは対照的に一言も発する事はなくその大きな身体を地面に横たえた。
「傭兵にだってあるんだよ。プライドってやつが」
オレンジ髪の男は伸びているブバゼに呟くと踵を連れてきたトルバドールの方を向いて、問い掛ける。少し困った少年の様な顔が彼女を見ていた。
「さて、どうするか」
その質問は彼の仲間と言えど、成り行きを見守っていただけの女性からしたら迷惑極まりない話だった。
「え…?まさか無策なの?バカなんじゃないの?!」
トルバドールの女性は丸い目を大きくして罵倒する。傭兵が指揮官をぶん殴って気絶させたりしたら即刻捕まる上、今後の信用に関わると言うのに。この男は何時まで経っても感情に素直過ぎる。
「わりぃ。つい手が先に出ちまった」
「何よもう!少しも変わらないじゃない!こうなったら行く所は一つよ!」
「ずらかって故郷に帰るのか?」
「報酬もまだなのに帰れないでしょ!?鞍替えよ!一攫千金よ!」
そう言うと彼女は大股歩きで天幕を出た。そこには物音を聞いて駆け付けた兵士が天幕を囲んでいた。
「ほらやっぱりこうなった!ハスタのバカ!」
槍を向けて威嚇してくるシリアン兵達。ハスタと呼ばれたオレンジ髪の剣士は表情にマズイなと言う感情が浮かんでいる。
「なぁミッシェル。こんな時は…」
ハスタがトルバドールの女性に呼び掛けると話の途中で兵士の一人が言葉を遮った。
「貴様ら今の物音の説明をして貰おうか!」
「あー、ちょっとムカついたから机を蹴飛ばしただけだよー?ほらあるでしょ?あんたもそう言う時,」
「ちょっと黙っててよ!あ、これはですね、えーっと、その…」
墓穴を堀りかけたハスタの言葉をミッシェルが遮ったが、時既に遅し。天幕に入った兵士が指揮官ブバゼが倒れていると声を張り上げたのはその直後だった。
それを聞いた兵が仲間にもハスタ達にも聴こえる様に宣言する。
「貴様らを拘束する!その後どうなるかは想像出来るな?!」
指示に従って二人を拘束しようとした兵士に対してハスタは小さく舌打ちすると抜刀し、纏めて四人を切り伏せた。そのままミッシェルの手を引き、森の方へ走る。
「奴ら仲間を殺したぞ?!」
「傭兵を許すな!追い付いて必ず殺せ!」
部隊行動を取るには動きづらい深い森だが、ハスタ達を追ってシリアン兵の小隊が迫る。スピードには自信があったハスタとミッシェルだが、怒りに狂った彼等をまだ引き離せない。
「私の馬!ケティ置いて来ちゃったんだけど!?」
突然の逃亡劇に巻き込まれ、怒りまくるミッシェルの手を引きながら走るハスタはそれには答えなかった。彼女大切なパートナーだし、あの馬はもちろん仲間だ。置いていくつもりは毛頭ない。
「絶対ケティを迎えに行くから今は信じてくれ!」
ミッシェルはそう告げたハスタが笑っていないのを確認して安堵した。こう言う時真面目な表情になる時のハスタは約束を守る男なのをこれまでの付き合いで知っている。
ケティの事は勿論心配だが、彼が自分の一番の相棒の事を忘れて居なかった事が安定剤になり、ミッシェルは冷静さを取り戻した。
3
~ノクタス村近郊 救援部隊 本陣~
「今回、本軍の指揮はブレグが執る。俺は村の救出部隊の指揮を執る。最優先は村を守っている部隊と合流し、領民の救出をした後に反乱軍を挟撃、殲滅する。作戦の説明は彼女からして貰う」
隊長格が揃う軍議の場で、リクは今回の戦いの大まかな説明を終わらせるとゲストを呼び出す。
茶色の髪をサイドテールに結わき、両端に鋭い両刃の刀が付いた弓を携えた女性。すらりと伸びた背と端正な顔立ちの中の特徴的な切れ長の目はナイフの様に鋭かった。
「私が今回の作戦を立案したわ」
王城から一緒だった者以外の隊長達からどよめきが起こる。
“裏切り者と一緒に戦うのか”
“裏切り者の立てた作戦になど従えるのか?”
“今回の事件の首謀者だって噂だぞ,”
悪意のある言葉がシーチェに向けられる。しかし当の本人はどこ吹く風で全く気にせず、あくまで淡々とそれらの雑言をあしらった。
「三年前の件と今回の件で私を裏切り者と首謀者と言うのならその証拠を持ってくる事ね。ま、それはいいわ。この作戦は陛下にもプラマー伯にも了承頂いている。従わないと言うことは2人の指示に従わないと言うことになるわ」
軍議の前、リクはシーチェがその発言をする事を赦していた。自分が認めていると言わないと、この国の兵士は誰1人として彼女の策には従わないだろう事は想像に容易い。誰の力を借りても、この戦いは勝たなければならない。
しかし…肉親を殺された自分がその犯人とされている人物の力を借りている姿は周りからはどの様に思われているだろうか。
シーチェが作戦を説明している間、リクはじっと彼女を見たまま考えていた。
(エリフは信じるまま振る舞えって言っていたが,今は迷っていても仕方ないな)
「以上よ。陛下、何かお言葉はございますか?」
説明を終えたシーチェに促され、意を決したリクは集っている一人ひとりの目を見ながらこう宣言した。
「シーチェには俺が頼んで策を挙げて貰っている。彼女が居なければ俺は今頃処刑されていただろう。今は彼女を信じて行動する。こんな風になったのは全て情けない国王である俺の責任だが、国や民をこのままにはしておけない。祖国を取り戻す為、皆の力を貸して欲しい」
「「はっ!」」
敬礼を以て応えた隊長達にブレグが持ち場に着くよう指示を出す。素早く装備を整えた彼等はそれぞれの部隊の元へと戻って行った。
「あとはお手並み拝見だな、“軍師さん”」
シーチェを見もせず、ブレグは声を投げる。
「相手の手の内は分かってるわ。それをかき乱し、流れを持ってくる。工作成功後は好きに暴れるといいわ。あんたこそ、同胞を殺す覚悟は出来てるわね?」
「抜かせ。祖国に仇なす者は同胞などではない。私の剣の錆にしてくれる,陛下、準備は宜しいですか」
リクはブレグの言葉に静かに頷く。それを確認したブレグは高らかに攻撃前進を下命し、部隊が作戦に従い動き始める。
プラマー伯軍を示す剣と薔薇の旗を掲げる部隊が騎兵を先頭に隊列を乱さないまま、しかし勢い良く敵陣へと向かっていく。こちらから見る限り敵に動きはない。待ち構える様だ。
シーチェの作戦ではこのままプラマー伯軍の騎兵隊と歩兵隊が戦列に攻撃を加えて敵を引き付ける。その間に村を国王軍の部隊が救援し、その後敵本陣を奇襲し、火計の後、プラマー伯軍と挟撃すると言うものだ。
「そろそろ行きましょう陛下。こちらはこちらの段取りがあります」
傍らにいたシーチェがリクに移動を促した。
今回救援部隊はリク自らが率いる事になっている。シーチェ曰く、国王自らが救援に来た事実を広め、公都で起きている事を知らしめる事と国王軍の味方を増やす意味が込められているんだそうだ。
「そうだな,皆、準備はいいな?」
戦場に参加した王城から一緒の兵士は百名足らず。ほとんどが負傷兵だった為、数は少ないが激戦を生き抜いた者達ーリクの問い掛けに皆、静かに応えた。
反乱軍赦すまじ。その意気を感じ取ったリクも力強く命じた。
「ノクタス村を反乱軍より救援する!俺に続け!」