戦いに疲れた兵や仲間を癒す為、自由な時間を過ごせる事になり、シーチェもまたその機会を得る。
ひょんな事から高名な傭兵団の話を聞いたシーチェは、仲間に引き入れる事を提案し近くにあると言うアジトへ向かった。
〈 カパダ城 〉
「今日は皆良く戦ってくれた!これからの我等の弾みとなるだろう。噂と違い、陛下はこちらにおられ、ご健在である!敵の卑劣な嘘に惑わされる事なく、正義を信じこれからも戦って行こう!」
大将を務めたブレグの労いの言葉に帰還した兵士達から大きな勝鬨が起こった。勝利を手に、熱い声援を受けて帰還した彼等のテンションは最高潮となり勝鬨はブレグが止めるまで続いた。
「明日の夕刻まで城内に限り自由行動とする。各自、英気を養い次に備えてくれ!解散!」
城門前の広場に整列した部隊はその号令に従い各々が散らばって行く。自由行動については話合いの上、次の遠征に出たら暫く戻れない事を見越しての選択だった。兵士達は仲の良い者同士やあるいは1人でそれぞれの目的地へと向かって行く。
しかし、私にはやるべき事がまだ残っている。明日以降の行動も考えなければならないし、情報も洗い出す必要がある。疲れている体を癒す暇は今日もなさそうだ。
(今日はなにがなんでも沐浴しに行こう)
行軍中なら体を拭くだけでも我慢出来る。しかし今日は戦闘でかなりの返り血を浴びたし、火計の中で戦ったせいで汗もかきまくった。シャツは汗と血を吸ってベタついていて気持ち悪くて仕方ない。
リクの側でそんな事を考えながら控えていると、“あんたも行って良いぞ”と声が掛かった。
「えっ?よろしいのですか?」
「明日の朝に軍議を開こうと思う。迎えを出すから今夜は食事くらいゆっくりするといい」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます」
荷物を纏めてから沐浴を済ませた私は少し遅めの夕食を取る為に店を探した。荷物を置いている宿舎が通りに面している所にあったので食事処も近くに点在しており、目移りしたが目の前の店に入る事にした。
酒場を兼ねている店内では帰還兵と思しきグループが幾つか酒を呑みながら楽しそうに過ごしている。
私は1人なのでカウンターの端に座ってメニューを手に取って眺める。
港町だけあって魚介類をメインにした料理が目につく。私はサービスの水を持ってきたウェイターにカパダ風グラタンを注文した。
私と歳の近く見える女性は注文をメモすると私がカウンターに立て掛けた弓を珍しそうに眺めた。
「お姉さん珍しい弓持ってるねー!もしかしてベネット傭兵団の人?」
「この弓はずっと受け継いで来ている弓なのよ。私は傭兵団とは無関係よ。そのベネット傭兵団は有名なのかしら?」
「この辺りでは名の知れてるけどね。お姉さんも傭兵かと思ったけどごめんなさい。カパダ風グラタン、ちょっと待っててね。お酒はマスターに言えば作ってくれるから!」
あちこちのテーブルから注文の声が上がりウェイターは皆忙しそうにしている。その傭兵団の事を訪ねようと思い、さっきの女性に声を掛けるタイミングを待ったが中々難しそうだ。
料理を待つ間、カウンターの奥に並べられた酒瓶の数々に目を向ける。お酒に目がない私にとっては見ているだけでも楽しい。
「ここは沢山置いてあるのね。マスターが選んでいるのかしら?」
「あぁ。ここは港町だから色々手に入るもんでね」
「こんなに沢山の種類があるのは凄いわ」
見ているだけではつまらない。酔い潰れる訳にもいかないが少しくらいは味わってもいいだろう。
「そこの赤いボトルはどう?」
「これはこの国のじゃない珍しい酒でね。ロックで飲むのがオススメだよ。ちょっとキツいがね」
「キツいのは好きよ。それをロックでお願い」
はいよ、とマスターが慣れた手付きでグラスに氷を入れて酒を注いでいく。優しく目の前に置かれたグラスの中では薄い紅色の液体がほんのりアルコールと果実の匂いを漂わせ、注がれた勢いが残る氷が更に液体の中でくるくると踊る。
酒の香りと色を楽しんでから喉を潜らせる。優しい色合いからは想像の難しい位強いアルコールが刺激的だがくどくなく、柑橘系の甘酸っぱい味が口いっぱいに広がった。
「キツいけど美味しい。飲み過ぎ注意ねコレ」
「酒を嗜める人間にはこういうのを薦められる。姉ちゃんはすぐ分かったよ」
「お褒めに預かり光栄だわ。マスター、ちょっといいかしら」
私は酒の会話でマスターと関係を築いてから例の傭兵団の事を探ってみた。詳しくは知らないが、と前置きした上で教えてくれた。
ベネット傭兵団は巷ではとても高名で、団員はこの国の騎士と対等に渡り合う程強く、受けた依頼は必ず成功させる。それ故報酬は高額。そしてアジトはここから半日程行った所に構えているらしい。
(味方に出来たら心強い事この上ない。明日進言してみよう)
「ありがとうマスター」
「最近は物騒だ。公都じゃ反乱の話もあるらしい。行くなら気を付けてな」
「横から失礼!はい!カパダ風グラタンお待ち!」
さっき注文を取ってくれたウェイターが私の目の前に焼きたてのグラタンを置いてくれた。窯で焼き上げたのだろうか、魚介類やポテト等の具材がちょっと顔を覗かせるその上にふんだんに使われたチーズがこんがりと焼けて蕩けている。
絶対美味しいやつだ、と確信して私はナイフとフォークで切り分けながら吐息で冷ましながら舌鼓を打つ。
結果的に絶品だったグラタンを私はあっと言うまに平らげてしまったのだった。
〈カパダ城地下-勾留室-〉
ノクタス村で捕らえた敵将ブバゼが漸く話す気になったと報告を受けたリクとブレグは彼と対峙した。
椅子に座らされているが手足を拘束されているブバゼは2人を見るなり命乞いを口にする。
その姿は捕まった時の威勢は完全に消えて、憔悴しきった顔で弱々しい声を発するに過ぎない。無駄な殺生をするつもりのないリクとブレグは命乞いは無視して質問詰めを始めた。
「ノクタス村の襲撃を命じたのは誰だ」
「ゲラン様なのだ,,,」
「今回の反乱の首謀者もか?」
「そうなのだ,,,俺は命じられただけで他は何も知らないのだ」
「おいおい。まだ訊いてないのに知らないって言うのか?お前が登用されたのは3年前、シーチェが出てからだがゲランとはどんな関係だ」
「深い繋がりはないのだ,,,ただ、俺を必要だと言ってくれたのだ。“軍師なき後の軍を頼む”と」
3年前にブバゼがゲランに登用されたのはリクの父、先代国王暗殺の直後でシーチェが脱走した後だ。その時からイエリツなどの重臣を調略して内通する時間は十分ある。計画はその時から進んでいたと考えれば筋は通る。
そこまで繋がった所でリクとブレグの中では1つの事が思い浮かんでいた。
「シーチェが軍師だった時、ゲランの参謀昇格を凄い剣幕で反対していたな,,,」
「シーチェが正位軍師になったばかりの御前会議の時か。覚えている,,,あんな彼女は見た事なかった」
「しかし貴族達は“フェイエンベルクの若造が我が身可愛さに保身している”とか言って貶し、父上は悩んだ上で昇格を認めた」
「,,,彼女は既にこの事を知っていた?」
だとすればとんでもない事だ。正しい事をしようとしていた人物を冤罪で追放した挙げ句、真犯人に騙されてその人物を拘束した事になる。
事件の後、塞ぎ込んでいたリクの所へ暗殺をシーチェの犯行だと証拠と共に持ってきて、拘束を進言したのはゲランだった。
憎しみに支配されたリクは自らゲランとその手下の兵を率いて彼女を拘束しに行った。扉を破って彼女の控え室に入った時の驚いた表情と取り押さえられて拘束される瞬間に大粒の涙を溢しながら泣き叫ぶ姿がリクの脳裏に焼き付いている。
“なんで?!皆どうして私の話を聴いてくれないのっ!?私はずっと貴方と一緒に居たのに!ずっと陛下に尽くして来たのにィーーーーッ!!!”
“リクッ!ゲランに騙されてるのは貴方だよ?!私がそんな事する訳ないの分かるよね?ねぇ何とか言ってよッ!!”
(連れていかれるシーチェは最後まで俺に助けを求めていた。涙で真っ赤になった顔をあの時、俺はきっと仇を見るような冷たい表情で見ていただろう,,,)
彼女のあの叫びは本物だった。ゲランを止められる最後だと感じたシーチェは恥もプライドも擲って訴え掛けてきた。
「俺はっ,,,ちくしょうッ!!!」
リクは沸々と沸き上がる自分への怒りを抑えられず拳を壁に打ち付けた。何度も何度も打ち付けられた拳からは血が滲む。痛覚による自制が意味を成さない程怒り狂ったリクはブレグに止められて漸く壁を殴る手を止めた。
その頃には血が滴り落ちる様になっていた。
リクは鬼の形相でブバゼに吐き捨てるように告げる。
「今すぐ失せろ,,,!そしてゲランに伝えろ。必ず貴様に報いを受けさせる。首を洗って待っておけとなッ!」
コイツを捨ててこい!と外に控えている兵にリクが怒鳴る。素早く入室した兵士が椅子とブバゼを繋ぐロープだけを切り連れて出ていった。
ブバゼの証言から繋がったのは普段余り感情の出ないリクが怒りに我を忘れる程の事実だった。
「私だって、シーチェにあんな啖呵を切ってどう詫びたらいいと言うんだ,,,」
ブレグはカパダ城に軍議をしている時に本人に向かって“ゲランの指示通りあんたを殺す”と明言したのだ。シーチェはそれを聴いても顔色一つ変えず、“それは陛下が城に戻ったらね”と淡々と答えた。
寂しさや動揺を見せる事もなく。かつて3人で切磋琢磨し、時には姉の様にリクとブレグの面倒を見てくれたシーチェがかつての様に心を開く事はもうないだろう。
「シーチェが言ってた。お前と会う前だ,,,私の罪はゲランが死んで俺が玉座に戻ったら消える、と」
「そうか。だったら尚更、反乱を鎮めないとならないな。シーチェの為にも」
「もう償いは出来ないだろうがな,,,この先も力を貸してくれ」
強い決意を改めて口にしたリクに分かってるさ、と答えたブレグの声は少し落ち込んでいた。
ー翌日ー
朝日が窓から射し込む頃、予定通り迎えが来た。
胸当てや矢立などの装具は付けずに軍議室へ向かうと皆じろじろ私を見てくる。
私がここに居ることはやはりいい印象はないんだろう。
どんなに戦果を挙げても勝利に貢献しても見る目は変わらず、ただそんな事全く気にならなかった。
「それではこちらで失礼致します」
「ご苦労様。ありがとう」
軍議室まで案内してくれた騎士は敬礼して去っていった。ノックして入室するとお馴染みの4人がいて。地図に向き合い、顔を突き合わせているのもお馴染みの光景だ。
「早速だが,,,」
昨日の戦いの報告と新たに入った情報が報告される。
私はそこで昨日酒場で仕入れたベネット傭兵団に関する情報を報告し、仕事を依頼する事を提案した。
「ベネット団の話は聴いたことある。近くにアジトがあるが腕が立つ分高額だそうだ」
ブレグが話に乗っかってくれたがなんだかいつもと違う雰囲気を感じた。トゲがないというか、そんな感じだ。
「そんなに高名なら依頼に行こう。戦力は少しでも欲しいしな」
「では依頼に行く組とこちらで引き続き募兵をする組と分かれましょう。全員で行くこともないかと思います」
腕がを後ろに組んでいるエリフの言葉が採用され、私達は分かれて仕事に取り掛かる事になった。
傭兵団に向かうのがリク、私、エリフ。
ここで募兵を指揮するのがブレグ、ゲクランという風に別れた。
「時間は余りない。俺達はメンバーを集めてすぐに出発しよう」
リクに言われた私のは承知しました、と答えた。
〈ベネット傭兵団アジト〉
傭兵団のアジトと聞くと怪しい建物があってその周りはちょっと荒れてて、と勝手にイメージしていたが全然想像と違っていた。
どちらかと言うと村に近い。小さな家が並び、商店もある。傭兵の装いをした人と村人の格好の人が行き交いのを見ると傭兵の家族も一緒に居るようだ。
そして彼らからすると一団彷徨いている余所者は珍しい様でチラチラとこちらを窺う様に視線を向けられる。
「あんた達待ちな」
入り口から少し進んだ所で帯剣したグループに止められた。声の掛けられ方は余り友好的ではない。絡まれたと言う方が正しいか。
「ゾロゾロと何の用だ。ここがどこか知ってんのか?」
「えぇ、有名だもの貴方たち。仕事の依頼で来たんだけど団長はいるかしら?」
絡んで来たスキンヘッドで顔に傷のある男は風貌からすれば完全に賊の一員だが、少し持ち上げると機嫌を良くしたのかすぐに案内してくれた。
他よりも一回りは大きな建物が現れ、彼はそこがギルドになっていてそこに居ると告げると“じゃあな姉ちゃん”と言ってどこかに歩いて行った。
「なんで絡んできたんだろうな?」
「,,,さぁな」
連れてきたアイゼンとゲイガンの会話は尤もだ。理由は分からないが助けて貰った事に感謝すべきだろう。
と、思って居たが直後に状況が一変した。
「シーチェさん上だッ!!」
アイゼンの大声に私は反射でその場から離れた。大きな着地音と砂埃を撒き起こして降ってきたのは頑丈な鎧を纏った装甲兵〈アーマーナイト〉。手には十文字に象られた槍とトゲの付いた盾を手にしている。
私をはじめ、武器を手にしているメンバーは全員その場で構えたが、リシアは驚いて尻餅をついて痛がっている。
「高所より失礼。シリアン国王とその一向とお見受けする」
警戒感を剥き出しにリクが答えた。
「,,,そうだが。あんたは?なんで上から来たんだ」
「俺がベネットだ。少しでも威厳があるように見せたかったんだがどうだっただろう,,,?」
ベネットと名乗る男の一言に流れる沈黙。この男が高名の傭兵団長なのかと本気で疑いたくなったがリクが先に答えた。
「,,,い、いや、そうだな。名は知れてるみたいだし、危ないからやめてくれ」
「そうか。有名である、か。ではこちらに来るといい」
ガシャンガシャンと音を立てて建物に入っていくベネットを名乗る男。
(有名じゃないって言ったらどうなってたんだ,,,?)
疑問は尽きないが、兎に角敵ではないらしいと武器を下ろして一安心したのも束の間。後ろでは尻餅を付いたリシアが砂を払いながら感情を剥き出しにしている。
白いシスターの服が大きく土汚れを付けていた。
「神官服汚れたんですけど!もーっ!」
それでもそれ以上言わない辺りは流石神に仕えるシスターと言うべきか。ただ顔のしかめっ面は暫く取れなかった。
誘われるまま訝しげに中に入ると綺麗にされた食堂の様な部屋がありそこで待つように言われた。
待つこと数分。面甲を外して盾と槍を持っていないベネットと妖艶な雰囲気の女性が現れた。
「皆さんさっきはうちのバカマスターが済まなかったね,,,アタイは止めろって止めたんだけど」
「アリス、そういうな陛下とそのご一向の前で俺をバカとは,,,」
「アンタのあの行動をバカと言わずなんて言うのさ!全く世話が焼けるよ,,,アタイはアリス。副団長さ。仕事の依頼で来たんだろ?」
アリスと名乗った女性は顔はまるで歌劇に出る様な整った顔にしっかりとメイクアップがされている。ドレスの様なボディラインにピッタリ沿っている服は胸の上で切れて肩が丸出しになっており、左の上腕に掘られた紫の薔薇のタトゥーが目を引いた。
「アリスの方がベネットより話は出来そうですが」
「そうだな。早く進めよう」
小さくリクに耳打ちした私にリクも小さく答え、早速だがそうだ、と切り出した。
「反乱を鎮めるのに戦力が欲しい。力を貸してくれ」
「王様よ、うちは義賊じゃないんだ。力借りたいなら幾ら出すか、だよ」
アリスの言うことは尤もだ。傭兵として名を上げている彼女らには損か得かが最優先。依頼に見合う利益がなければやらないと言うだけだ。
(契約期間はこちらは決めたくない,,,と、なると成功報酬と前金って言うべき?)
ベネットとアリスを観察しながら考えを巡らせているとアリスがあー、と声を出した。頬を軽く掻きながら言いづらそうな表情をしている。
「因みになんだが,,,先客があってね。シリアン王家からの依頼を受けないように依頼を受けたりもしてんだ」
「それはどう言う事だ。誰から受けた?」
「依頼人については答えられん。大金も積まれている。だがまだ成立していない」
「軍師さんならどうする?“元”軍師さんか」
アリスが腕を組みながら私に話を振った。
私が誰かと言うことと、もうその立場では無いことを知っている。そして反乱の話を聴いても驚かない辺りはしっかりした情報網があるようだ。
ベネット達にその話を持ち掛けた相手は恐らくゲランの手の者だろう。それを言わず、それよりいい条件でこちらの気を引けと言っているのか。
「私の事も知ってるのね。こちらは正真正銘の王族、向こうは誰か知らないけど偽物に過ぎない」
そう返してすかさずリクに耳打ちする。
「この場で幾らという話では難しいかと」
「考えがある」
リクはそれだけ私に言うと提案を口に出す。
「反乱を鎮圧し俺が玉座に戻ったら、王家お抱えの傭兵として城下に来て貰う。生活の場所も仕事も困らせない。これでどうだ」
「ハッハッハ!随分大きく出たね!上手くすりゃアタイらはずっと安泰って訳だ。マスター、面白いんじゃないか。アタイは王様に付く」
アリスはリクの話に乗り気になってニコニコしている。ベネットは何か言いたげで難しい顔をしたままだったが、分かったと答えた。
「だが俺達と勝負して貰おう。シーチェ殿」
「わ、私?私はシリアン王家とはもう関係ないわよ」
「馬鹿を言うな。理由は分からないが1度離れた国の為に戻り戦うそなたはもう無関係ではない。その真意を確かめさせて貰いたい。世に言われる“裏切り者”でないのならその刃で語って見せよ!」
「そうだねぇ。王様の方にもアタイらのボスになるんならそれなりに強いって所は見せて欲しいね!」
「お二方、何を言ってるのか分かっているんですか!こちらはシリアン公国の国王なんですよ!」
後ろで控えるエリフが丁寧な口調のまま勢い良く発したが前に座る2人は全く動じない。
「どこの国の誰かなんて関係ない。俺達は依頼人を選ぶだけだ。誰であろうとな」
椅子で腕を組んだまま険しい声を出すベネット。これはやるしかなさそうだ、とリクが視線で語っている。
リクにそう言われたらやるしかないのが私の立場だ。私は肯定の意図を無言で返す。
「,,,分かった。それが条件なら受けよう」
「なら、外に出よう」
こうして私とリク対ベネット、アリスの仕合をする事になるのだった。
装具を整え終えたリクが最後に得物であるクルバルカの刃に巻いたカバーを外した。
仕合と言えど、戦力を得られるかどうかの大事な戦い。彼としては全ての事に国の未来と王としての責任が懸かっているのだから表情が強張るのは仕方ないのかも知れない。
ベネット達が支度をしている間の待ち時間。見物人が周りを囲んでいる真ん中で佇む私とリク。2人の沈黙をリクが破った。
「シーチェ。サッティア街道で話した事覚えているか?」
「昔話を少ししましたっけ。それが何か?」
「この戦いが俺達の勝利で終わったらあんたはどうするつもりだ」
「,,,,,,そんな事考えてどうするんです。まだどん底なのに,,,私が居るから勝てる程、戦争は甘くないですよ」
希望は確かに必要だ。今この軍が置かれている状況で勝った先の未来の事を考える余裕は彼にはないはずだ。
私は苛立ちを覚えた。
「例えそうなっても、貴方の知っているシーチェはもう居ませんよ」
「そうだな,,,あの“シーチェ”はあの時俺が傷付けてしまった。凄く傷付けて,,,心を死なせた。俺はこの罪をずっと抱えて生きて行かないといけない。償っても償えない罪として」
悲壮感の漂う表情と彼なりの決意が語られた。
突然の事だったが、ようやく分かってくれたとしてももう遅い。事態は起こり、そして王家の軍師シーチェ・フェイエンベルクは“死んだ”のだ,,,
「ベネット達が来たな。行くぞ」
「,,,,,,,,,待って,,,,,,」
はきはきしているいつもと違うしんみりとした弱い声で言い残したリクがクルバルカを手に前に歩いていく。待ってと言った声は届かず、本来は逞しいはずの背中が近くに居てもとても小さく見えた。
(,,,償いなんて必要ないわ。私は,,,私はもう,,,,,)
「シーチェッ!!」
「えっ,,,?」
リクのさっきと違う焦った声がした瞬間、視界に入ったのは天馬の主から振り抜かれた一閃。鋭く研がれた矛先が私の胸を狙う。
(しまった,,,!)
即死を覚悟して思わず目を紡錘ってしまったが金属音がして私は目を開いた。前を歩いていた筈のリクが目の前で一閃を受け止めてくれていた。
背後で受けているせいでギリギリと押し込まれ掛けているのに視線は私を離さないまま。
「次は俺が護る番だ」
力の籠った声の後、背後で受け止めた槍を弾き返すと反対を向き直った。
「ごめんなさい,,,」
私は小さい声で彼に謝罪した。
不意の一撃を受け、完全に私はペースを乱されているが、フェイルノートの畳んでいる刃を起こしてリクと肩を並べる。
「ちっ、シーチェさえ倒せば終わると思ったのに,,,!」
「そう言うなアリス。まだ始まったばかりだ」
「悪いが簡単には取らせない」
「そうね,,,負けられないもの」
4人が動き出すのは同時だった。
私は先手を打ってきたアリスと刃を交える。天馬の飛翔する速度は人間はおろか、馬の比でなく速い。
一気に距離を詰めて来ては速度に乗った一撃離脱で組み立ててくるアリスと何度か打ち合った。つばぜり合ったタイミングでアリスが問い掛ける。
「訊かせてくれよ国を追われた軍師さん。どうして戻って来たんだい?」
「,,,復讐よ。私を謀った宰相ゲランへの。私は奴のせいで全て失った,,,!」
「女の恨みってのは恐ろしいからな,,,それ自体は分かるつもりだが、本当にそれだけかい?」
つばぜり合いを解き、更に打ち合う。
本当にそれだけ?どういう意味なのか。私にはアリスの言ってる意味が分からなかった。
他人に心を深読みされ、苛立ちから打ち込む力が乱暴なものになる。
「知った口を,,,私の目的は復讐!ただそれだけよ!!」
「ならその刃が悲しそうなのはどうしてだい?!アンタは何故“そこに居る”!」
「ッ!関係ないわ!」
大きく振り払って私は後ろに距離を取り、矢で迎え撃つ。矢を躱したり槍で弾いたりしながらアリスは言葉を止めない。
「王城に忍び込めるアンタがリクの側で再び軍師に収まる必要はなかった。その義理もない筈だろ!」
一撃離脱戦法を何度も躱されたアリスの毒づく声が空から聞こえてくるが私は無視して弓を絞る。高度を取り、飛び回りながら私の隙を窺う天馬とアリスに狙いを定める。
「,,,人の心をこれ以上読まないでッ!」
弦には2本乗っている。1の矢が天馬の行く先に向けて翔る。それは弾かれるのが見えた。そして同時に放たれた2本目がアリスに吸い込まれていった。
「痛ってぇぇ!もうやられたー!」
今使っている矢は保護のキャップを付けた訓練用の矢だ。殺傷力はないが、当たれば痣になるくらいには痛い。アリスは身に付けている鎧が少ないから恐らく何処かに直撃したのだろう。
一方のリクは槍の打ち合いを一進一退で繰り広げていた。〈アーマーナイト〉の割に器用に立ち回るベネットへ攻め倦んでいる様子だ。盾と槍を使った攻防の動きは珍しいものだが、槍捌きは見覚えがある。
「やってくれたなシーチェ。これ痣になるぜ,,,アタイのボディに傷残ったらどうすんだ」
空から降りてきたアリスが毒づきながら天馬を降りて横に並んだ。胸当てを着けているその下の脇腹を摩っているのでそこを矢が捉えたようだ。
「アンタら何があったんだ。お姉さんに話してみ?」
「私の昔話なんてロクなもんじゃないからやめて」
「そうかい,,,,,,リクを援護しないのか?」
「一騎討ちに乱入しろと?」
私が睨む様な視線を向けると悪かったな、と舌を出してそれ以降は黙ってリクとベネットの戦いを2人で見届けていた。
「そなたの槍、鋭いな。さすがはこの国の国王」
「あんたの槍捌きも傭兵には勿体ない。そろそろ依頼を受けてはくれないか」
「まだだ,,,そなたの覚悟を見てないからな!」
大振りされる十文字の槍にクルバルカを打ち付けて抑え込み、更に腕を狙って攻撃を集中する。
「俺の,,,覚悟だと?」
「そなたを支えてくれる人々を背負って立つ覚悟だ。そして導く覚悟。時にどんな事をしても切り開く必要がある,,,」
盾での殴り付けを屈んで躱し、リクは突きを繰り出す。
身に纏う鎧を上手く使われて傷を増やす事しか出来ない。
「甘い!」
盾で手元から突き上げられ、リクの懐に隙が生まれる。そこを狙ったなぎ払いを跳び跳ねて躱し、1度ベネットと距離を取ってリクは乱れる息を整えた。
対するベネットは槍をリクに向けて大きく発する。
「覚悟だ!そなたの覚悟を見せよ!」
「俺の,,,覚悟,,,」
リクはクルバルカを握る手が震えている事に気が付く。覚悟と言われてから、心臓の鼓動も急に早くなってそこから呼吸のペースも乱れた。
観衆の中には圧倒的に傭兵が多いが、後ろにはエリフやリシアら軍のメンバーがじっと戦いを見つめている。
そしてこの円の中ではアリスとの戦いを終えたシーチェもこちらを見ている。
その瞳からは確かに何かが感じられた。
(あの時あいつは何かを言いかけた,,,それはなんだ)
しかし、すぐに目線が下がり静かに首が横に振られる。
“私の事はもういいの”
(あんなに悲しそうな顔して,,,)
そう言っているのが直感的に分かった。
色々と修正を加えました。
物語全体的に少し修正しています。色々ブレまくっててすみません。