てぃーえすっ♡~男、織斑千冬の自分探し青春ストーリー~ 作:逆立ちバナナテキーラ添え
俺だってなァ!!ラブコメとか、楽しいお話書けるんだぞ!!
その手を取る
ただ、俺の上で女が動くのを見るだけの簡単な仕事だった。
女は旦那と子供がいる金持ちだと聴いた。俺なんかとは比べ物にならないほどいいものを食って、いいものを着て、いい暮らしをしている。そのくせ、満ち足りているくせにこうやって不平や不満や女としての性をぶちまけに来る。
俺はそういう類いの連中が大嫌いだし、心の底から軽蔑している。でも、俺はそういう連中と寝て金をせしめている。三十やそこらの女と一晩セックスして、悦ばせるだけでそれなりに稼ぐことが出来る。まともに働いて得られる一ヶ月の収入より、学校をサボって五人ほど相手をすれば阿呆らしいほど金が入る。結局のところ、俺も胸糞悪い連中のお仲間だというわけだ。
「よかったわ……。あなたは……?」
「えぇ、とても良かった。でも、あなたに満足して貰えたのなら俺はそれだけでいいよ」
0.001ミリの防波堤に種を出して、ゆっくりと抜く。着けてるんだか、着けていないのかその感覚は最中では限り無くどうでもよくなる。
女はぐったりと力が抜けて、俺の胸に顔を埋めて短い息をしている。その髪を優しく撫でながら、俺は何度目かの虚脱感に身を任せていた。
「あなたみたいな人と結婚したかったわ」
「やめた方がいいよ。後悔するだろうし、俺の歳知ってるでしょう……」
歳上の女の冗談は好きじゃない。そこにからかいが見えるから。
汗まみれで、俺と女の身体はべったりとくっついていた。シーツも、汗と体液が混ざった染みが大きく広がって、背中に吸い付いて気持ちが悪かった。そんな俺の身体を女はさぞ愛しそうに手を這わす。
チェストの上に置いてある時計を見ると、もう二時を回っていた。十分もあれば、頭から爪先まで洗って臭いを消せる。俺は女をどけてシャワールームへ向かった。
朝までには帰らなくてはならない。余韻など欲しくはないが、正直、セックスの後に忙しなくするのは歳上の冗談より好きじゃない。
ホテルは繁華街の一つ隣にあるホテル街の隅にひっそりとあった。馬鹿みたいなネオンの輝きも、最近ありがちなラブホに見えないような外観を意識しているわけでもない、言ってしまえば廃れて、寂れた所だった。不気味な、本当に営業しているかも分からないけれど、内装は中々どうして洒落ていた。
俺と女がホテルを出たのは三時を少し過ぎたぐらいの頃だった。外は騒々しくて、まだだるい身体にその輝きと楽しそうな息吹は染みた。見るからに遊んでそうな軽そうな男に酷く酔いが回った女がホテルに連れられていく、そんな世俗の汚れの方が俺の目には優しい。
相手の女はベンツのSクラスに乗って帰っていった。大きなサングラスをかけて、いつでも力になるからね、と分厚い茶封筒を差し出して別れ際にはきつく抱き合った。彼女には大まかに、所々は伏せてはいるものの身の上を話していた。ピロートークの一つだった。両親はいない、妹が二人いて、俺が家族を養っている、と。すると、彼女は俺とよく寝るようになった。それどころか、プライベートで呼び出してランチしたり、小遣いまでくれるようになった。
ホテルから大通りに出て、タクシーを捕まえて家に帰る頃には、寝る前に飲まされたワインのアルコールは抜けきっていた。途中、コンビニで買ったミネラルウォーターを片手に家の前に立つといつも通りの真っ暗な我が家が俺を見ている。のっぺりとした、一刻も早く手放してしまいたい家だ。
家に上がって、足音で妹たちを起こすのも悪いから、部屋に戻らずにリビングで寝ることにした。ソファで身体を丸めて眠りに落ちようとした時、誰かがリビングのドアを開いた。
「おかえり、千冬」
「おまえ、来てたのか……」
「うん。一夏ちゃんと円ちゃんのご飯を作って、寝かしたところだよ。お腹空いてるかい?余り物でなにか作るよ……」
俺はかぶりをふって、「食べてきたから、大丈夫だ」
束はよく妹たちの面倒を見てくれる。俺がいない時はきまって家に来て飯を作ったり掃除をしたりしていて、妹たちもなついている。もはや、束が本当の兄だと言われてもすんなりと納得出来てしまう。
妹たちと最後にまともに話をしたのはいつだっただろうか。少なくともここ一週間は言葉を交わした記憶はない。家にいても俺は部屋から出ることはないし、妹たちと顔を合わせないように生活している。
「シャネルのココ……、またいつもの人と寝たのかい?」
「まぁな。いつも通りだよ」
飯を食って、酒を飲まされて、笑ってみせて、彼女を受け止めて。
「学校、もう随分来てないよね」
「そういうおまえは行ってるのか?」
「行ってない。君が行かなくなってから、僕も行ってない」
「なんだよそれ」
「君がいないとつまらないからね。凡才たちとは話していられないよ。あいつらと来たらさ……」
束は紅茶片手に愚痴をこぼし始めた。あの教師がどうだ、あの生徒の頭の中は空洞に違いないだとか。俺がいない日常の出来事を細々と語る。ソファに寝そべりながら、俺はそれに相槌をうつ。
愚痴はやがて本格的に日常語りに変移していく。一夏と円の普段の様子に、束の妹の話。束の所のお袋さんと柳韻さんのどうでもいい近況。聴いたところで金にも何にもなりはしない、俺が現在進行形で大きく距離を取りつつある世界のお伽噺だ。寝る前の絵本のような、遠い遠い場所の出来事。
不思議な気持ちだった。俺が今寝ているのは確かに自分が生まれ育った実家のはずなのに、居心地が悪い。まるで、他人の家に初めて泊まりに来たよう。数時間前までいたホテルの方が安らげるとは何とも嫌なものだ。俺は存外、あのセックスするためだけの場所を気に入っていたらしい。
「毎日楽しそうで何よりだ。中々どうして、おまえにも優しさはあるんだな。おまえが言うところの凡才を話題に出すぐらいの情が残ってたとは。さぞ、おまえの両親は喜ぶだろうよ」
俺がそう言うと束は顔をしかめて、「やめてよ。僕だって好きで話題にしているわけじゃないんだ。仕方なくだよ……」
「仕方なく?嫌だったら話題にしなきゃいいだろう。わざわざ嫌なことを自分に課すなんて、おまえ実はマゾだったりするのか?」
「違うよ。千冬は絶対サドだと思うけど、僕はそんな性癖はないよ」
「じゃあ、なんだっていうんだ」
俺が身体を起こして訊くと、束はマグカップを置いて、俺を白んできた空を背に見た。頭が重くて、ぼうっとする。東雲を見ながら、俺は待った。
「君が笑うことの出来る話題が分からない」
「はぁ……?」
大真面目な顔をして、そんな惚けたことを言うもんだから、俺も間抜けな声を出してしまった。
普段と違うベクトルのボケに呆気に取られていると、束がその眼を凪させていることに気付いた。本当に、大真面目で、真剣にものを言っているらしい。
「千冬、今の世界は楽しいかい?」
「人並みにはね。楽しめてはいるだろうな」
「ほんとうに、心の底からそう思えているのかい」
「心の底とか、そんな青臭いことは分からない。ただ、まぁ、今はそう思えているって俺は考えている」
「そうか、そうか……」
束は乾いた色の音で繰り返していた。壊れたオーディオみたいに、馬鹿の一つ覚えが如く、そうか、とばかり。
言わせて貰えるのならば、十七年ほど生きてきたが人生を楽しむ余裕があったか振り返れば、そんな贅沢な物はなかったと言わせてほしい。家庭環境が最たる例だが、俺自身そういった娯楽と縁遠い人間だった。
ナイフで肉を切れば血が出る。
殴られれば痛みを感じる。
セックスすれば気持ちいい。
趣味に時間を使えば、それはきっと楽しい。
趣味はなんですか?ありません。俺はそういう人間だ。人間、好きなものの一つはあっておかしくはないが、特にそういった熱中出来るものを持ち合わせていない。何をするにしても楽しい、と感じることはなかった。
ただ、それを声高に喧伝する必要は何処にもない。友人に人生を楽しみたいんだけどどうすればいい、と訊いてセックスしろと返される。女を作って、遊んで、爛れた生活を送ればいいってもんじゃないことぐらい俺にも分かる。そんなやりとりをするなら、自分でどうにか折り合いをつけながら生きていく方が賢明ではないだろうか。
しかし、そういった部分を束に見抜かれているとは思いもしなかった。
「頂点に立った剣道もやめて、学校にも行かないで、妹たちの学費のために実入りがいいから身体を売る。妹たちから距離を取って、どんどん遠い場所に堕ちていく。妹たちの感情を捨て置いて、君は自由気ままにごみのような生活をしている。そして、笑い方をさえ忘れた」
「なんだ?いやに突っ掛かるが、喧嘩を売ってるのか?それとも悲劇に仕立てて面白おかしく三文芝居の脚本でも書く気か?」
「違うよ。ただ、僕はね、千冬に心の底から笑ってほしいんだよ。親友だからね。いや、僕は兄弟だと思っているよ。だから、僕は兄弟に手を差し伸べるだけさ。君が楽しむという感情を持ってないのなら、僕がそれを引き出そう。愚父が、愚母が、周囲の凡俗どもが君を理解出来ないのも無理はないよ。だって、僕たちは同類なんだからさ……」
「俺は生憎と、おまえみたいな天才じゃあないよ」
「違うね。君は天才じゃない。異常なんだよ。その身体能力に、頭の良さは。千冬、僕はね、この世界がつまらないよ……。君が心の底から笑えないこの世界が憎いよ。勢い余って壊しちゃいそうだ」
傍迷惑な話だ。
確かに運動は得意な方で、勉強もそれなりに頑張ってきた──束には勝てた試しはないけれど──方だ。でも、束に比べれば天才や異常と呼ばれるほどではないし、何より束がお袋さんと柳韻さんを扱き下ろしているのに驚いた。仲は悪くはないはずだったのに。
だからさ、千冬、と言って束はソファの前に立った。朝日が昇り、束を後光のように照らし出した。
「僕は君を英雄にするよ」
血の繋がらない妹たちよりは、僕は君を理解している。
その言葉が俺の末路を決定着けた。
そして、俺は後にその言葉の本当の意味を理解することとなった。
「それはきっと楽しいと思うよ?」
千冬くん:お兄ちゃん、大黒柱、凶悪女たらし、女からナチュラルに金を巻き上げるゴミクズ。スペックはぶっ壊れを通り越して、バグ。プレデターだか、フローレンシアの猟犬とスデゴロ出来るぐらい強い。学校サボって金を稼ぐ苦学生。(白目)楽しいことがないという欠陥人間。妹たちとは血縁関係ありません。血 縁 が あ り ま せ ん 。
束くん:だいたいこいつのせい。