てぃーえすっ♡~男、織斑千冬の自分探し青春ストーリー~   作:逆立ちバナナテキーラ添え

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 リハビリを兼ねた蛇足的スピンオフ。

 見切り発車の、不定期更新だゾ。

 
 


相克のクレマンティーナ
序♭


 

 

 

 

 わたしはその工程を以て、わたしであることを獲得した。それは非常に複雑で、緩やかとは言えないプロセスを介して消化された。その一部始終、わたしに変革を齎した全ては恐らくはじめから規定されていたもので、それを仕組んだ彼の男たちはわたしが生を受ける以前よりわたしという存在を認知し、己たちの計画(遊戯)の布石とすることを決めていたのだろう。そう考えるとわたしの持ちうるものにほんとうの意味でわたしの物と言えるものは何一つ存在してはいなかったのだろう。だからと言うわけではないのだけれど、獲得したパーソナリティには世間一般から見れば大いに歪曲した欠陥らしきものが認められたが、わたしは別段それを悔いたことも消してしまいたいとも考えたことはなかった。わたしにとってパーソナリティの獲得は祝福であり、歓ぶことはあれど悲嘆するなど贅沢がすぎる。ないことと、あることでは雲泥以上の差がある。

 ゆえに、わたしはわたしの物語を記述し、記録しようと思い立った。この歓喜を可能な限り長く保存するために、という側面もある。たとえ、わたしという存在が──肉体という媒体が破損してもその記録の内にわたしは生き続けるだろう。そこに秘められた永遠、遥か昔の作家や芸術家たちが遺した作品の数々が当世の者たちによって紐解かれるようにわたしのこの記録も後に続く者たちが見つけて紐解いてくれることを願う。──それまでにこの惑星の地表から人類という種が絶えていなければ、という前提があるが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは()()()()()試みの一つに過ぎなかった。

 ドイツのミミル機関に於いて計画、実行された優性個体とバイオデバイスの融合による超人的な性能を持つ兵士の製造──プロジェクト・アドヴァンスド。越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)と呼称された義眼と身体を直結した、天災と厄災(英雄)に匹敵する人的資源の確保を目指し産み出されたクロニクルシリーズは失敗に終わった。成功例の少なさと着眼点のズレによって計画は凍結、廃棄され、国と歴史の闇に葬られた。

 それと本質は変わらない。寧ろ、よりシンプルな代物だ。彼の人外たちの複製を教育し、オリジナルを超越させればいい、と誰かが考えて、そこに必要な資源と資金が割り当てられただけの話だった。ミミル機関が注ぎ込んだ金と労力を遥かに下回る投資で、数少ない現存するクロニクルシリーズを上回れるという点は出資者たちにはよほど魅力的に写ったらしい。彼らは彼女らが邪魔で仕方がなかった。その存在が彼らの障害になるであろうことを予測し、その予測は高い確率で現実になることを確信していた。

 失楽園の繭。その人工子宮で育まれた子供たちはSOCから続くナンバーで管理され、名を与えられることはなかった。織斑千冬と篠ノ之束の遺伝子を操作し、造られた忌むべき子供たち。彼女らは安く、使い勝手が効き、多少の難点──予想よりも低い性能と脆さがあったものの出資者たちの及第点を得られた。そして、酷く替えが効いた。

 

 「ねぇ……、おねぇちゃん……?おねぇちゃんったら起きてってばぁ……おぉねぇぇぇちゃんんんんん……」

 

 ウクライナの平原で少女が少女の身体を揺すっていた。揺らしても、大声で呼んでも、木製の銃床で小突いてもうんともすんとも言わずに抉れた下顎で土を食んでいる。身体の欠損も激しく、腹を細かい鉄球の雨で殴られたように腸ごと吹き飛ばされて、右腕も肘からもげていた。

 

 「あぁ、そっかぁ……。死んじゃったのか……、そうだよね。こんなに身体が取れちゃってたら生きていられないもんね……。教わった通りだなぁ……」

 

 製造ロットが前後だった。SOC-2316とSOC-2317。生きている少女──SOC-2317は2316の傍から立ち上がり、だだっ広い野原を歩き始める。身体の大きさにそぐわない時代物の小銃をゆらゆらぶら下げて、薄雲の下に広がる鉄臭い赤の道と沿い、どこまでも。

 生き残ったのは2317だけであった。ルクーゼンブルク公国とウクライナとルーマニアとキルギスの国境地帯で発生した不正規戦に投入されたSOC部隊は最初期の公国のサリエル国境守護騎士団に所属するISによる奇襲で壊滅。そこにいた他勢力も同じように死体の身元すら判別出来ない有り様に成り果てた。閃光と爆音が平原の上空で炸裂し、降り注いだ極光は大地を裂いた。超高熱の光は肉を蒸発させ、そこに生き物がいたという事実を丸ごと焼き払った。その結果が2317の歩く大地の有り様で、噴火の後のような煮えたぎる大地はキラウエアの火口のように波打っている。運良くそれとその副次的な被害から逃れた2317と2316の遺体だけは──()()()()()()2316はISによる攻撃の前に死んでいた──その形を留めるに至った。

 四ヶ国の国境にまたがる世界最大規模の化石資源を狙う低強度の紛争に彼女たちは派遣された。彼女たちは自分たちが何処の政府あるいは機関に所属しているかすら知らずに任務だから行け、という世話係の言葉一つで輸送機の中に詰め込まれた。彼女たちにその手の疑問や猜疑といった類いの感情はなく、それを求める環境も人も周囲にはなかった。自分たちが何故そこに派遣されるのかということは然程大きなことではなくて、寧ろようやくこの時が来たかと冷めた心持ちで荒れる気流の中で揺れていたEOSも無しに、自分たちに掛けられた手間にそぐわない安っぽく時代遅れな装備を渡された結果がその様であった。

 彼女の"名"はこの初陣以降、知らぬ者がいないほどに通りがよくなった。ルクーゼンブルクの地獄を唯一生き残った者として、計画の最優秀候補として2317という記号は特別なものになった。最もオリジナルであり目標でもある対象に近い位置にいるという証明。生還する見込みのない絶望的な環境で何の戦果もなく無様に回収されるまで歩き続けていただけだったが、出資者たちはそこに光を見出だしていた。天災ならば、厄災ならば、()()()()の窮地を喰い破ってしまう。ならば、一先ずの最低ラインはそこであると設定し、調整が終わったばかりの彼女らを初陣に送り出した。つまるところ、端から彼らの掌の上で選別されたに過ぎなかったのだ。

 何も知らない2317は出資者たちから自分の役割を聴かされ、遂行するように命令され、忠実にこなした。それは何年も続き、彼女は望まれた通りのちょっと性能が良くて聞き分けの人形へと身をやつした。

 

 「次に殺してもらうやつだが……」

 

 2317の頭の中ではずっと2316が喋っている。ひっきりなしに、場にそぐわない世間話を延々と語っている。それを無視しながら恰幅のいい人影が放つ役割を聴く。はじめの内は頭の中で響く声と現実で鼓膜を叩く声が同時に思考に流れ込んでくることが気持ち悪くて仕方がなく、危うく狂ってしまいそうになっていたが、慣れや順応というものは恐ろしく、今ではそれらが日常の一つとして髄液にまで染み着いてしまっていた。

 死んでしまった姉が蘇ったのはもう随分と昔のことだった。2317が平原から帰ってきてしばらくすると突然頭蓋の中で声が反響した。姉妹の中には大麻をやっている者もいたが、彼女はその経験はなかった。だから酷く困惑して、得体の知れない気持ち悪さはあれど、恐怖はなかった。2316が死んだことは覆しようのない事実で、彼女はそれを目の前で見ていた。自分の頭の中で呼び掛ける姉は何者なのか。その疑問──恐らくそれは産まれて初めての疑問だった──に2316が答えることはなかった。

 

 『誰だろうね』

 「誰でもいいよ……」

 『気にならないの?』

 「気にしても仕方がないよ。どうせ殺しちゃうんだよ。死んじゃったら終わりでしょ。おねぇちゃんみたいにさ」

 『確かにそうだね』

 

 2317は頭の中に棲み着いた姉にどうしようもない諦観を口にする。誰へ向けたものでもない、死んでもそのまま変わらない姉の性質に対する──ある種のどぶが似合わない清廉さ、もしくはこの世界で生きることに向いていない──呆れだった。

 マットな質感。のっぺりとした壁と床に最低限の物があるだけの事務所で上司にあたる男から概要を聴く度に2316はこの手の問いを言い様を変えて何度も聴いてきた。2316にとってはこれから死にゆく人間の素性は大きく関心を割く事項のようで、業務の一環としてプロフィールをなぞる2317とは真逆の、こころの奥深くにまで何処かの誰か人生を浸透させる危険極まりないことを平然とやってしまう致命的な悪癖があった。それが独立して存在する()()であれば問題はないが、2317の頭の中にいる以上その弊害は宿主にも及んでしまう。そのせいで2317は度々、微々たるものではあるがミスを犯してきた。その度にやせぎすの男に静かに淡々と嫌味を言われるのだ。自分でない者のせいで自分にとばっちりが来るのは決して喜ばしいことではない。そして、それは意識して改善出来ることでもなければ、怒ってどうこう出来る問題でもないから余計に質が悪かった。

 

 「些か厄介な手合いだが、君ならば出来るとお上は信じている。君にはそれだけの信頼と実績がある。喜ばしいことだな」

 

 埃よりも軽い信頼があったものだ。2317はこういう言い回しをする連中が内心、その言葉の裏で自分たちの頭の回転に劣らぬ早さでリスクマネジメントに勤しんでいることを知っていた。それに対する最適解が媚び過ぎず、傲りすぎない心地いい言葉であることも。

 2317はその時点を以て、新たな名前を授かった。クレマンティーナ・ランツェッタ。十九歳、イタリア人、戸籍から社会保障まで完璧に造られたカバーストーリーと偽りの身分。いつもよりも入念に施された準備に顔も知らないお仲間の頑張りが見える。渡されたファイルを見れば、骨董品の小銃だけではなく、スイス製の高価な小銃も貸与されるという。

 

 『ねぇねぇ、それで誰を殺すの?』

 

 2316が辛抱出来なくなり、質問を再開する。ぼんやりとそれを流しながら2317──クレマンティーナ、あるいはわたしは納得した。なるほど、確かにこの仕事は手間取りそうだ。ファイルを最後のページからはじめまで戻して、目標の写真を見る。

 アルホ・タルヴェラ序列五位司教枢機卿。ローマ教皇庁司教省長官。わたしは世界最大の宗教の最高位の聖職者を殺せと命じられた。

 今ならばこのおかしな命令に首を傾げる程度の疑問は湧くのだろうが、その時のわたしはこんなこともあるのだろう程度にしか考えることが出来なかった。脳内で喚き散らす声を意識の外に追いやることで精一杯だった。

 そして、奇しくもわたしの仕事が決まったのと時を同じくして、わたしの父の一人──織斑千冬のバチカン訪問が決まったという。

 

 

 

 

 

 

 





 

 駆け足で行きます。
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