てぃーえすっ♡~男、織斑千冬の自分探し青春ストーリー~   作:逆立ちバナナテキーラ添え

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 いやぁ、友情だなぁ……。

 10話以内で完結させる予定。


おまえが言うなよ

 俺とは似てもにつかないような、華のような少女二人が俺の腕の中で顔を赤くして息を荒くしていた。

 保健室で貰ったらしいマスクでその整った顔の半分以上を隠して歩く妹たち、ついでに俺にもやけに視線が集まっている。

 自慢することでもないのかもしれないが、妹たちは身体が丈夫だ。何度か怪我をしたことはあるが、目立った大きな病気になったことはない。インフルエンザにすら予防接種を受けずとも感染したことがない。それはわりと周りに知られているようで、病気になったことのないような織斑姉妹が熱で早退するというニュースは風のように校内全域に広まったらしい。誰かがメッセージアプリのグループに書いて、それが顔も知らない誰かたちによって更に拡散する。おかげさまで、裏口に回したタクシーの周りにはちょっとした人だかりが出来ていた。

 贔屓せずに見ても、妹たちはやはり顔がいい。噂によれば古風なファンクラブなるものが非公然、非公式ながら存在するようで、タクシーの周りにいるのはその会員といったところか。ただでさえ子供二人を片手に一人と抱えているのだから、へんな圧迫感を出されるとやりにくい。親の仇のような眼を向けられても困るわけで。

 

 ぐったりと、女に身体を預けられるのは慣れているし、その汗が自分の身体と濃厚なキスをするのに不快感を覚えるわけでもないが、辛そうにされるのは心苦しい。シャツはぐっしょりと濡れて、余程の熱があると知らせる。

 タクシーに乗って、運転手に掛かり付けの医者まで行くように頼むと、その老齢の運転手は少しだけ強くアクセルを踏んだ。

 

 「兄さん……、なんで兄さんが……?」

 

 とろり、と目尻が垂れて、潤んでいる一夏が声を出した。絞り出すように、掠れて小さな声だった。俺のティーシャツの裾を強く握って、拳を作っている。円は声も出せないようだった。

 

 「学校の、おまえたちの担任から電話があった。だから、迎えに来た。何かおかしいか?」

 「それは、何も……おかしくは……」

 「あぁ、柳韻さんやお袋さんでなくて悪かったな。希望に添えなくて悪いが、今回は俺がおまえたちを病院に連れていく」

 

 一夏がそう、と言ったきり車内の言葉は死んだ。古いカーナビのアナウンスだけが車の音として生きていた。

 何を伝えたかったのかは分からない。分かろうともしない。

 俺は彼女たちを病院に連れていく義務があって、薬の代金を支払う義務があって、家に着けばお袋さんたち篠ノ之家にバトンタッチする義務がある。

 それらを遂行するにあたって、別に一夏の話を聴く必要はないし、何より喉を腫らしているのに無理矢理言葉を発する必要は何処にもない。ただただ、病状を悪化させるだけの悪手に過ぎない。

 一時間もすれば、彼女たちにとっての苦境も一つ落ち着くだろうから、それまでは我慢してほしい。薬を飲んで横になれば少しは気持ちの部分でもリラックス出来るはずだ。あとはお袋さんの粥でも食っていれば、自ずと良くなるだろう。

 

 幸い、待合室に人はいなくて、すぐに診察を受けられた。診断はただの風邪で、日本の病院特有のとりあえずで処方される抗生物質と熱冷ましに喉の出血を抑える薬を少し離れた薬局で受け取ると再びタクシーに乗って、急いで家に帰る。

 はやくお袋さん、もしくは極力会いたくはないのだけれど、自称妹たちの父親に彼女たちを渡さなければならない。後で難癖を付けられるのも嫌だ。世話をしたいやつに任せるのがいいやり方で、俺は義務を果たせる。お得なことだ。

 

 花見に行きたい、と思った。そんな風情を重んじたライフスタイルを求めているわけではないけれど、毎年思ってしまう。あぁ、今年も見に行けなかったな、とぼんやりと飽きもせずに繰り返す。桜のような、すぐに散ってしまう儚さは何処かしら、人間を惹き付けてしまう魔性を持ち合わせている。その本当に短い瞬間、刹那の美は恒久的に残り続けるものより深く心に爪痕を刻み遺す。

 束がいい例だ。飄々とした俺に対する言葉と対極の他者へのきわめて酷薄な態度。そして、それを度外視させるような魅力。茜色の、今にも火の粉が舞いそうな髪を一つに結って歩くその姿は燃え尽きる寸前に猛く燃え上がる蝋燭のようだ。命の火が、束の持つ執念と情熱が漏れ出て、そこに自らをくべ続けているというふうに見えるのだろう。多くの者がそんな束に魅入られて、焼き尽くされる。飛ぶ先は絶世の密坪ではなくて、大火の最中だというのに、自らの破滅を予感しながらも坩堝へと身を投げるのだ。

 自分に特殊な性癖がないと宣うが、そんなものは嘘っぱちだ。束は自分の魅力で破滅する人間の末路を見て、楽しんでいる。つい最近も教師が一人、退職した。束にやられてしまって、その人生を滅茶苦茶にされたのだ。聴けば束の気を引くためにかなりのことをやらかしたという。詳しいことを根掘り葉掘り聴く気にもなれないが、ここ最近の束は羽振りが良くなった。

 たぶん、俺もその一人なのだ。束にとっては玩具の一つに過ぎない。妹たちもそういう風に刷り込んでいるのだろう。そうやって俺たちの末路で笑うために今日もせっせと内職に励んでいる。

 と、ここまで言っておいてだけれど、俺は束のことを嫌っているというわけではない。人間ならば誰しもそういった部分を持っているもので、だからと言って善性から目を背けて、自分の世界から排斥する理由にはならない。あれはあれで、いいところもある。

 恐らくは、俺を英雄にするということが、その末路への第一歩なのだろう。英雄と呼ばれる偉大な先人たちは、ろくな死に方をしない。ヘラクレス然り、ジークフリート然り。両者とも最期は他殺だ。 

 人は突出したものに羨望を覚える。それはやがて嫉妬や恐怖に移り変わる。英雄は数々の苦難を越え、栄光を手にして、最後には集めた光に殺されるのだ。俺が英雄などという存在になれるか否かはさて置き、束が望む結果はこれだろう。安い芝居みたいな英雄譚。主演は俺こと織斑千冬で、脚本は人類史上最高峰の気狂い、篠ノ之束。

 でも、その盤上で踊らされるだけというのは気に入らない。束もそんなことは望んではいない。どれだけ束のシナリオを狂わせて、その目論見を喰い破れるかが重要だ。

 これは謂わば、俺たちなりのじゃれあいなのかもしれない。心から笑えない俺と、徹頭徹尾自分一人でなにもかもを満たすことの出来る人でなしという、ろくでもない友人同士の命と人生を使った壮大なゲームだ。勝ちの目はまだ見えないけれど、あの朝、すでにゲームは始まってしまった。精々、楽しめるように努力するほか道はない。

 

 妹たちを抱えて玄関の扉を開くと、お袋さんが割烹着を着てキッチンから出てきた。薄紅色の着物が裾を覗かせる。

 

 「風邪らしいです。とりあえず二、三日は大人しくしていろと医者が……」

 「そう。随分と酷い風邪をひいたのね……、汗もこんなに」

 「はやいところあっちに運びましょう。手伝います」

 

 一夏と円を抱えて篠ノ之邸に向かおうとするとお袋さんが、

 

 「その必要はないわ」

 「どうしてです?今回もそちらで預かるんでしょう……?前、円が骨折した時もそっちで過ごしたと思うのですが」

 「えぇ。でも、今回はこっちでお世話するの」

 「あの人はなんと?そういえば今回は出張ってきませんでしたね。まさか、常日頃目の敵にしているやつに丸投げなんてことはないでしょう?」

 

 お袋さんは黙ったまま、俺を見据えていた。少しだけ目元を下げて。

 

 「ふざけてるんですか?何か都合が悪ければ、俺に纏めて投げるんですか。よくそれで一夏と円の父親を名乗れる」

 「違うのよ千冬くん。あの人はあなたを……」

 「別にあの人が俺をどう思ってようとも構わない。でも、まがりなりにも父親を語るならば扱き下ろした相手、ましてや鬼と評したやつに任せるなんて、俺には正気だとは思えない」

  俺の首に回した手を動かして円が、「違うんだ……、これは私たちが」

 「円、少し黙っていろ。お袋さん、場合によっては俺はあの人ともう一度話さなきゃならない。すみませんが、この家で休ませるならここで長々としてはいられないので、失礼……」

 

 階段を登って、それぞれの部屋に妹たちを運んでから俺は久し振りに家事に忙殺される。

 汗でびしょ濡れになった服を着替えさせて、身体を拭く。夕飯の粥を作って、ポカリスエットを枕元に置いて、ゆっくり食べさせる。二人とも猫舌だから冷ましながらレンゲをぼんやりしている妹たちの口に運ぶ。一夏は口煩く、白粥が味気ないと言うので塩昆布と梅干しを少しだけ乗せてやると、思う以上に食べたので食欲はそれほど落ちてはいないのだろう。円は何も言わないで白粥を食べきった。薬を飲ませて、二人が寝たのを見届けてからスーパーに買い出しに出掛けて大量にポカリスエットや病人でも食べられるようなゼリーだったり、消耗品を買い込む。

 もう何度目か分からないタクシーに買い物を積み込んで家に戻れば、部屋から出てきた束が妹たちの様子を見てくれていた。目が覚めてしまった円の熱冷ましシートを取り替えている最中だった。汗だらけの下着を着替えさせて、再び床に就かせた。

 

 「今晩が山だね。明日の朝にはだいぶ良くなっているだろうさ」

 「薬が効いているのか、あいつらの免疫かは知らないが、まぁ一息つけるということだ。久し振りに家事なんてやるものだから、余計に疲れた。慣れないことはするものじゃないな……」

 「その割りには甲斐甲斐しく看病しているようだけど……。お腹空いてるだろう?パスタを茹でてあるから食べようか……」

 

 日付が変わるころ、深夜のバラエティを見ながら無言でパスタにかぶり付く。キッチンにあったものだけで作った有り合わせのはずなのに、大層凝った具合に見えるのは束の腕がいいからだろう。ベーコンとアスパラガスのペペロンチーノ。付け合わせにはサラダがあったけれど、束は目もくれずに空いている手に持ったスニッカーズとパスタを交互に食べていた。それは俺の神経を過剰に逆撫でする光景だった。

 

 「で、俺を英雄にする段取りはついたか?」

 

 フォークでパスタを巻きながら訊ねると、

 

 「もう少しってところかな?今日も色々やってたんだけど、途中で箒ちゃんが学校から電話してきたところで集中が切れちゃってねぇ。一夏ちゃんたちのことだよ。辛そうだったから、様子を見ていてほしいってさ」

 「あの人、柳韻さんは何をしていた?」

 「父さんなら普通に家にいたよ?行かなくていいのかって訊いたら、きみに行かせるって言うもんだからビビっちゃったよ。なんか、あったの?」

 「別に、何もない。仲直りなんてこともない。あいつ、おかしいぜ。俺のこと散々言ったくせに、俺に投げたと思えば自分は家でのんびりしてやがる。お袋さんもお袋さんだよ。まったくさ……」

 

 俺が一つ息をつくと、束は僅かに驚いたような、口をぽかんと小さく開けて間抜け面を俺に見せていた。フォークを浮かせたままで止まっているから、時間が止まってしまったようだった。

 どうした、と訊くと、驚いた、と返して、

 

 「君って案外一夏ちゃんたちのこと考えているんだね。いや、ほんとに意外だったよ。てっきり、同じ屋根の下に住んでいる同居人ぐらいにしか思ってないものだと」

 「続柄上は兄だ。責任も義務も、まだある。それに、おまえがそれを言うか?それはおまえだろう?俺も、妹たちも含めてな……」

 「心外だなぁ。僕はね、きみのことだけは少なくとも自力で完結させることの出来ない、唯一の相手だと思っているよ……」

 

 束はフォークを置いて、愉しそうに語り始めた。

 

 「きみなんだ。きみだけなんだよ、僕と並び立ち、僕と語り合い、僕と殺し合い、僕と理解しあえる存在は千冬の他にはいないんだ。満願成就の同胞さ!ゆえに、僕はきみを兄弟と言ったんだよ。その牙、その本質、その精神性。どれをとっても、きみは人類が意図せず産み出した間違いなんだよ。三十億分の一の史上最大のミスさ。きみはやろうと思えば、全世界の人間を手段を選ばずに、皆殺しにすることが出来る。そんなやつだ。ほんとうに、嗚呼、ほんとうに素敵だ……、このばけものめ」

 「一人で勝手に盛り上がられても困るな。俺はそんなに大層なやつじゃないよ。英雄の一側面には確かに殺戮者や、殺人者という面もあるだろうが、だからといってそれを俺に重ねられても困る。それに、だ。俺がそんな人間だって、どうして分かる?ばけものはおまえの方だろう?」

 「じきに分かるさ。きみ自身が、きみの本質を正しく理解する時が近いうちに必ず来る。愚父もそういった点では、いい線を行っていたんだけれどね……。ま、その頃には手筈は整っているはずだから、楽しみにしていてほしいな。きっと、きみを笑わせてみせよう。そう誓うよ、ばけもの」

 

 そんな演説を聴いた俺の胸にあったのは期待だった。このばけものは、こんなに無邪気に楽しみながら人を弄ぶ男は俺に何を見せてくれるのか。俺が英雄になった末路のさらにその先、誰も知り得ない風景がこの男の先に続いている。

 その一太刀で誰かの身体を両断して、それが俺を除いた人類最後の生命だったとしたら。その光景は灰の空と、廃の街が何処までも続き、風が全て彼方へと運び去っていく終わりの世界なのだと思う。いや、そうなのだ。確信出来る。俺はそれを束の瞳に幻視した。

 

 「やってみせろよ、ばけもの」

 

 束は必ず、と頷いて食事を再開した。

 いってらっしゃい、と言われた時とはまた違う暖かみが去来した。それは暖かみというには、熱がありすぎて、焦がすように内にジリジリと宿った。

 

 

 

 

 




 
 千冬くん:青春真っ只中のタクシー魔。有り余るお小遣いで移動手段のほとんどをタクシーに頼るやつ。顔がいいから妹の学校中の視線を集めてしまう困ったさん。ついでにナチュラルに家事を全般こなしてしまうヒモ志願生。異能生存体。プラダを着たばけもの。やべーやつ。

 束くん:夏休みの自由研究はバイドのガチ考察(実現に向けて、鋭意研究中)な特殊性癖持ちで、とうとう本性を現しやがった下手すりゃ原作より質が悪い子。うぜぇ。千冬くんが大好き。一緒に踊りたくて堪らないやつ。ちなみに千冬くんと戦った場合、千冬くんが勝つ。全自動ホラ胃ズーン製造機。パスタ作ったばけもの。やべーやつ。

 お袋さん:美人。息子二人の将来が心配すぎる美魔女。柳韻さんについて色々説明しようとしたらお兄ちゃんおこ。お兄ちゃんが篠ノ之家と疎遠になってしまっても、お兄ちゃんに肉じゃが作ったりしていた聖母。着物がデフォ。お兄ちゃんに着物の着付けを教えたのはこの人。
 おかげさまで、着物美人といいビジネスが出来ました。byお兄ちゃん

 妹´s:やだ……、お兄ちゃん優しすぎ……?何事もなかったかのように、イケメンポイントを荒稼ぎされる血縁のない姉妹。あられもない姿まで見られて、もうお嫁に行けないよぉぅ。色々説明しようにもお兄ちゃんカットが入って断念。
 お粥はお兄ちゃんの息の味(レモン)がしました。by円

 箒ちゃん:貴様が束を止めなかったら、誰があいつを止める羽目になると思う?

     万丈だ。 

 柳韻さん:私にいい考えがある。→マジでアゾられる五秒前。
     誤解されて、お兄ちゃんの神経を鷲掴みにしちゃった人。その疲れからか黒塗りの高級車にぶつかり……
     お兄ちゃんを更正させ隊の隊長。 


 次回、『スーパー篠ノ之家大戦、千冬くんはじめてのルガーランスの間違った使い方』(嘘)


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