てぃーえすっ♡~男、織斑千冬の自分探し青春ストーリー~   作:逆立ちバナナテキーラ添え

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 この辺りが折り返しの予定……、にしたい。

 もっと、サクサク進みたい。三時のおやつ的な手軽さを目指していく感じで。


何処から来るのか?

 俺の部屋は地下にある。

 廊下の扉の一つを開けると下へ続く階段があって、そこを降りれば書斎がある。父親が使っていた部屋を使わせて貰っているのだが、これが中々広くて使い勝手も悪くない。上等なオーディオセットに防音設備が揃っているから音楽をどんなに大きく流しても音漏れすることはない。父親はそれでドヴォルザークの新世界なんかを聴いていたようだが、俺にはそんなクラシックを大迫力で聴きながら陶酔するような嗜好はなくて──そもそも趣味がない──、専ら海外のロックバンドだったり、せいぜいが睡眠薬代わりのピアノのサウンドトラックぐらいしかオーディオで聴くことはなかったりする。本音を言えば、売り払いたいと思っている。それなりの値段にはなってくれると見立てている。

 その部屋に誰かが、部屋の主である俺以外が立ち入ることはない。だから、大概は一人で革張りの椅子に凭れながら俺は何をすることもなくぼうっとしたり、本に耽ったりしている。書斎の中には電子レンジや冷蔵庫もあって、扉の向こうには階段横には手洗いだってあるから俺から上に出ることもない。

 だから、扉を三回叩く音が聴こえた時は何事かと少しばかり驚いたりもする。突然、後ろから驚かされた時のように。

 扉を開ければ、快復して学校に行き始めた妹の片割れ──一夏が無器用でぎこちない笑みを浮かべていた。外行きの服を着たままということは、帰宅したばかりということだろう。

 

 「何の用だ?」

 

 俺は訊いた。短く、簡潔に。

 

 「いや、用ってほどでもないんだけどね……。お礼を言おうと思って」

 「何の礼だ。俺にはおまえたちに礼を言われるようなことをした覚えはないし、恩を着せた覚えだってない」

 「熱を出した時に、迎えに来てくれたでしょ?すごく、うれしかった……。お粥も作ってくれた」

 「あの人が俺に丸投げしたからだ。本来なら、あんな時はお袋さんとあの人が面倒を見ることになっているはずなんだ。それを何をトチ狂ったか、俺に面倒を見ろなんて言いやがったから、やらなくちゃならなかった」

 「そういうことを抜きにしても、わたしも円も感謝してるんだ……。やっぱり、兄さんは兄さんなんだ、って」

 

 同じ黒髪。艶やかなそれが顔にしなだれて、隠す。俺の胸にも届かない背の一夏の表情は伺えないが、声色には僅かながら喜色が入り交じっているようだった。

 しかし、それはわざわざ俺の部屋を訪れてまで言うことではないし、そんなお門違いの感謝をされても、俺はただ困るだけだった。辛辣だとか、ひねくれているだとか思われるかもしれないけれど、謂れのない感謝というのは思うより不気味だったりする。それを額面通りに受け取るという考えは、ない。

 

 「あのね、兄さんが迎えに来てくれるようにおじさんが言ったのは、たぶん私のせいなの」

 

 一夏が言った。俯いたまま、恐る恐るといった具合に。小動物が天敵に怯えるような恐怖すら孕ませて、それが小さな体表に現れた振動となって見える。ぎこちない笑みはそのせい。

 

 「どういうことだ」

 「おじさんに、昔みたいに兄さんと過ごしたいって言ったの……。そしたら駄目だって怒られて、叱られた。兄さんはもう()()()()()じゃないって」

 「それで」

 「でも、そんなことないって言い返したよ。はじめて、おじさんに逆らったんだ。兄さんは、確かに昔に比べたら素っ気なくなったけど、でも、昔と変わらない優しい人だって言ってやったんだ。おじさんは兄さんのことを悪く言うばっかりでさ、私たちは家族なのにね……。そしたら、熱が出て学校から連絡が行った時、おじさんが先生に、兄さんに電話するように言ったらしいの。それで兄さんに電話が……」

 

 なんてことだ。俺の時間を砕いたのは、妹だったのだ。義務を果たさなくてはならないように誘導したのも妹だ。

 きっと将来は末恐ろしい悪女にでもなるのだろうか、なんてことを自分でもうんざりするぐらい皮肉げに笑った。俯いているから悟られる心配もないが、顔には出さず笑った。ほんの少しだけ、口角が上がっていたかもしれないが。

 そうは言ったが、俺はこの件についてとくに一夏を責めるつもりはない。それこそお門違いというやつで、確かに余計な画策ではあったけれど、子供の悪戯程度で目くじらを立てるほど器量が狭いわけではないと自負している。

 

 「だから、もし怒ってたら謝ろうと思ってたの。でも、やっぱり兄さんは昔のままで優しかった。おじさんが言うように変わったなんて嘘だったんだ!何も変わってない……、変わってなかったから……」

 

 ずっと前で指を絡ませていた手が、俺のシャツをくしゃりと握った。握って、少し下に引っ張られて、シャツがよれる。剣を習っているとは思えない、弱々しい力だった。

 

 「もうさ、女の人と会わなくていいんじゃないかな……」

 

 縋るような声で、力は強くなっていく。

 

 「兄さんからはいつもいい匂いがして、でもそれって男物の香水じゃないよね……?違う匂いがいつも染み着けて帰ってきて、朝学校に行く時に玄関に漂っているその匂いを私たちは嗅いで出るの。朝方、タクシーの音で目が覚めて、格好いい服を着た兄さんが降りてくるのを見るの。たくさんお金を私たちの口座に振り込んでるのも知ってるよ……」

 「だから、なんだっていうんだ?」

 「お金なんていらないよ。ただ、昔みたいに傍にいてよ。私たちの隣にいてよ。お願いだからさ……」

 

 そう言いながら一夏は声を震わせる。俺が一夏を見つめていると、一夏が頭を胸に押し付けてきた。

 

 「寂しいよ……、ちゃんと喋ろうよ……、いなくならないでよ……。お父さんとお母さんみたいに」

 

 俺はどんな顔をして、()()()を見下ろしているのだろう。両親に先立たれて寂しさに震える可哀想な少女に同情しているのか。小賢しい策を弄したことを実は嘲っていたりするのか、それとも、気付いていないだけで愛しそうな表情を浮かべているのか。たぶん、どれも違う。特に何も思うところなんて持っちゃいない。蒙昧で、何も知らないでのうのうと、あると信じている血の繋がりが発する熱に飢えている少女をただそこにあるとしか見ていない。

 電話が鳴って、アプリに束からメッセージが届く。デスクの上に置いてあった財布を尻のポケットに入れて一夏を剥がして、部屋を出た。無言で、目も向けないで。

 扉を閉める寸前、啜り泣く、圧し殺した声が聴こえた。

 

 

 束に呼び出されたのはちょっとした雑木林だった。今時、都市部に残っているのが珍しいような鬱蒼とした所で、子供の頃はそこで束と稽古終わりによく虫捕りをした。大きなカブトムシが捕れるため、この辺りの子供にとっては夏の遊び場として馴染み深かったが、今じゃ誰も近寄らない。

 コンビニ袋片手に分け入って、丸く開けた場所に出ると、友人は似合わない土木作業に従事していた。声をかけると、スコップを地面に突き刺して手をぶんぶんと振ってくる。

 

 「精が出るな」

 「まぁね」

 

 束の頬に赤く掠れたシミのような血が付いていた。俺が指摘すると、手の甲で雑に拭おうとしたからハンカチを投げて、それで拭わせた。束が埋めていた穴を覗くと、腕や足がおかしな方向に曲がったラフな格好の男が土を被っていた。

 

 「で、誰だ?」

 「わかんない。なんか、最近僕の周りを嗅ぎまわっていたから、つい」

 

 つい。うっかり。手が滑って。そういう昔ながらの悪い癖が出てしまった、と束は舌をちろりと出して笑った。

 

 「公安警察か?」

 「違うと思うよ。もっと奥のセクションだろうね。警視庁にも警察庁にも、公調にもこの顔に該当する職員はいない。外国人でもないしね。たぶん、僕がやろうとしていることに、何かしら感付いたやつがいるみたい」

 「面倒だな。俺を英雄にする前におまえがぶちこまれるっていうのは、笑えるけど」

 「ルクーゼンブルクからの動きを辿ったのかな?いや、でもバレるとは思ってなかったんだけど、わりと出来るやつらみたいだねぇ……。殺そっか」

 「それは好きにすればいいけど、コンビニで夜食を買って来たから食えよ。交代してやる。スコップよこせ……」

 

 袋を渡して、代わりにスコップを握る。盛られた土を戻していくだけの単純で退屈な作業。どんどん白目を剥いた死体が闇に隠されていく。

 

 「なにでやった?」

 「殴った」

 「ふぅん」

 「きみと一夏ちゃんが麗しき家族愛を見せつけるちょっと前に、こう、ガツンと……」

 「聴いてたのか……」

 

 ドーナツを頬張りながら、束は缶コーヒーを降り下ろすふりをした。

 俺のプライベートが筒抜けということは、今更なことで、騒ぎ立てて仕掛けられた盗聴機やスマホを変えても、あの手この手で俺の日常は丸裸にされる。部屋で何となしに、甘い物が食いたい、と独り言ちた時、家にホットケーキを作りに来たことがあった。そんなエシュロン顔負けなプライバシーの侵害。

 

 「血が繋がってないとはいえ、妹まで泣かせるなんて、最低男の面目躍如だね」

 「そりゃあ、どうも」と俺は軽口を叩いて、「俺はそんなに高尚な人間じゃあない」

 「知ってるよ。誰よりも」

 

 そうこうしていると穴は塞がって、丸いのっぺりとした土の蓋が出来た。

 この穴の下に埋まる男は永劫見つかることはない。可哀想だが、仕方のないことだ。この男と、彼の飼い主はばけものの縄張りで餌を掠め取ろうとしたのだ。

 誰もこの男を探そうとはしないだろう。探す前に彼らは手痛い報復を喰らうだろうから。それは無意識からの強烈な、脳を揺らすような一撃になる。俺の目の前でのんびりと缶コーヒーを飲んでいる男は、頭の中で限られた人たちにとって悪夢のような返礼を思案していることだろう。

 適当に落ち葉を被せて、スコップを放ると、そういえば、と束が俺を見た。

 

 「きみはどうやって両親の遺体を処理したんだっけ?」

 「バラバラにして、どろどろに溶かして捨てたよ。おまえが何処かに持っていって処理した……」

 「あぁ、そうだったね。思い出したよ」

 

 ほんとうに、可哀想だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 千冬くん:ごみ野郎。友達と爽やかに汗を流す。青春だなぁ。

 束くん:くず野郎。友達と爽やかに汗を流す。つい、うっかり、手が滑っての常習犯。仕方のない子。ドーナツがちゅき……♡

 一夏ちゃん:優しいお兄ちゃんが大好き。兄さんは私が不安な時、いつも頭を撫でてくれる。いつも構ってくれて、道場でも優しく教えてくれるの。兄さんは家事も勉強も何でも出来て、私の自慢の兄さんなんだ!!いつか、兄さんが頼ってくれるような人間になって恩返しをすることが夢だ!!だから、兄さんに追い付けるように稽古も勉強もがんば──

 男:そんなやつはいない。

 織斑夫妻:────────────────。








 ISが完結した時、インフィニット・ストラトスアンソロジーみたいな感じでハーメルンIS二次作家たちが企画をやっているという夢を見ました。どういうことなの……?

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