てぃーえすっ♡~男、織斑千冬の自分探し青春ストーリー~   作:逆立ちバナナテキーラ添え

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 話が漸く見え始めるという。




 

 

 

 足の踏み場もないほどに荒らされた自分の部屋で、俺は倒された本棚に腰掛けて、金持ちの女から貰ったウィスキーを口の中で転がしていた。

 雨があがったのは朝方で、相川史華が作った朝食を腹に入れて、帰宅してみれば俺の部屋に泥棒が入ったようだった。家中を見て回ったが、荒らされていたのは俺の部屋だけだった。通帳やら判子が入った金庫も盗られてはいなかった。それぐらいしか、盗られるもののない部屋を誰が荒らして、何を盗ろうとしたのか、てんで興味も関心もないが、そろそろ独り暮らしを視野に入れるべきかと考えを巡らせていた。

 いっそ、ここまで滅茶苦茶にされると片付ける気など起こりようもなく、床に散らばった本から適当に拾い上げたやつを片手に、グラスを傾ける。昼間から『春琴抄』を読みながら、酒をあおるなんて、年齢不相応のやくざな生活だ。今ごろ、俺の同級生たちは学舎でせせこらと教室に詰められ、大して意義を感じられない数式とにらめっこをさせられている。その合間に甘酸っぱく、乳臭い青春なるものに興じているのだろう。手と手が触れあって、とか、ヤりてぇ、とか。幸か不幸か、そういう類いの、思春期にありがちだという欲求は大体間に合っているから、俺にはそれの何処がいいのか理解に苦しむ。気持ちよくて、幸せな気持ちになれるだけがセックスだと思っているクラスメートに肩を組まれて、自分の彼女自慢をされた時、その彼女が束に熱をあげて、現在進行形で旧校舎の教室で暇潰しとして弄ばれていることを微塵たりとも知らない彼にかける言葉が見つからなかった。その夜、俺の部屋で遊戯中の映像を見ながら爆笑する束に付き合って、溜め息交じりに、今と同じように貰い物の酒を飲んでいた。そんな胸糞悪い青春。

 こんな生活をしていれば、世間さまから謗りを受けてしまう。柳韻さんが言う世の常というもので、悪が栄えたことはないらしい。確かに、あの厳しい人が見れば俺は堕落した悪なのだろう。それなのに、俺は世間さまに後ろ指をさされるどころか、のうのうと自堕落きわまりない生活の傍ら、女と寝て日々の糧を得ている。それはきっと、二人称の悪が三人称にとっての優しさとして機能しているからだ。もしも、誰かの親の仇を殺す手伝いをしたとして、その仇や仇の家族にとっては手伝った者は悪に見えるかもしれないが、親を殺された者にとっては悪いやつではないはずだ。

 だから、俺はこうしていられるわけで、実のところ、誰が定めたかは知らないが世の常というものは間違いらしい。世間さまは張りぼてだった。そんな恒常的な倫理観がこんなに簡単に崩れてしまうなんて、馬鹿馬鹿しいったらない。そんな規格に沿って説教をされても、道理で感じるものがないわけだ。

 

 『春琴抄』を読み終わる頃にはすっかり夕暮れ時だった。幼い頃の写真を踏みつけながら、部屋を出て、家も出る。財布もスマホもポケットの中、手ぶらで夕食を摂りにいく。

 その途中、夕焼けのような髪を揺らす男が向かいから歩いてきた。気色悪い笑みを携えながら。

 

 「妹に部屋を荒らされた気分はどう?」

 「ろくな女にはならないよ」

 「辛辣だね。妹放って、二日も家を明けて、挙げ句あんな暴力的なセックスをしてたなんてね……。口が裂けても言えないなぁ」

 「おまえには言われたくない。他人の女の肌をナイフで薄く斬りながら、自分で慰めさせるなんて変態すぎる。おまえ、やばいよ。今更だけど……」

 「でも、その録画を何の感慨もなく見れるきみもおかしいよねぇ?自分のことを棚にあげるのはいただけないなぁ、千冬」

 

 小悪魔的な──男にその表現が正しいかは分からないけれど──微笑と、糸目を薄く開いた束は俺を見上げた。

 

 「おまえの異常性癖には慣れた。もう、驚くことなんてないだろうに。それとも、今度はスナッフフィルムでも作るつもりか?それをポルノって言い出したら殴ってやる」

 「それはないし、流石に守備範囲外だよ。あと、殴るのはやめてね?洒落にならないからさ……」

 俺は一つ、短く息を吐いて、「それで、何の用だ?偶然ってわけでもあるまいし、待ち伏せしてたんだろう?」

 「見せたいものがあるんだ。僕の部屋(アトリエ)に来てほしい。大丈夫、今日は誰もいないから愚父には咎められないさ」

 「例の、俺を英雄にする目処がついたのか?」

 

 束は大きく頷いて、両手を目一杯に広げて、俺を抱き締めた。甘ったるい香りがふわりと、鼻腔で笑っている。

 

 「これで、君を英雄にすることが出来るんだ!きみを目覚めさせることが出来る。鈍感なきみの本性を呼び起こさせてやる!あぁ、ほんとうに、愛しいなぁ、千冬。もう少しで、親友と踊れるって考えると、落ち着いていられないよ!」

 「おまえこそ、その本性をよく柳韻さんたちに隠し通しているよ。呆れるんだか、関心するんだか……」

 

 男に情熱的な抱擁をされても鳥肌が立つだけだし、耳元で蕩けるような声色でそんなことを囁かれても吐き気を催すだけだ。束の顔は綺麗で、ともすれば女にも見えるが、やはり男であって、俺にはそういう趣味はない。

 束は満面の笑みで誰もいない真っ赤に血を被ったような道で、俺の両手を握ってくるくるスキップしながら回る。そして、そのまま手を引いて走り出す。

 本当に久し振りに、篠ノ之家の敷居を跨いだ。俺が破門された時からなにも変わっていない、立派な門と屋敷。雨戸が開いた道場に、涙腺に掠りもしない感傷、憂鬱を覚えると束に急かされて束の部屋──離れに入る。

 束のことだから、雑然としていると思っていた俺の予想は裏切られて、こざっぱりとして物が極端に少ない空間があって、純和風の外観とは正反対の無機質なコンクリート床に開かれた地下へと続く階段。青白い照明に照らされる石階段を下ると、シェルターだか銀行にありそうな、分厚い金属製の扉があって、それを潜れば、そこは飛行場の格納庫のような広大な作業場が広がっていた。その中央に鎮座する人型の黒い物体。一見、鎧のようにも見えるが西洋甲冑でもなければ日本の甲冑でもない。というよりは、ロボットに近い。

 

 「地上、海上に水中、空中や極点付近や超高温の極限環境から深海や果ては大気圏外の宇宙上、ありとあらゆる環境に於いて人間の活動を補助するパワードスーツ。それが、全環境活動支援外骨格──All environmental activities support exoskeleton。略して、Aae。これはそのプロトタイプの一つ……、と言ってもただのプロトタイプじゃあない。その機能の全てを全環境に於いての戦闘行動に対応させた、純粋に兵器として産み出された唯一のAaeだよ。千冬、きみだけの、ワンオフだ……」

 「これをおまえが造ったのか?」

 「うん。機体に搭載されたコアのナンバーはXXX-000-0(not exist)。コードはBeginnings。パーソナルネームはきみの好きにすればいい」

 

 俺を見下ろす純黒の鎧。まるで、俺を値踏みするような視線を錯覚する。そもそも、機械に視線もなにもないのに。

 束がなにを作っても、俺は驚かない。こんなものを二十にも満たない子供が造り上げたと知れば、世界中の人間が驚き、称賛し、なかには罵倒したり、利用しようとすり寄るだろうが、幼い頃から一緒にいる身からすれば束ならおかしくはないという不可思議な安心感を抱いてしまっている。

 しかし、それはそれとして、理系がまるで駄目な俺にもこれが如何ほどすごい物であるかは理解出来る。深海や宇宙といった人類が未だ到達し得ない場所が多くあるフィールドで、これまでとは比較にならないほど長時間、自由に活動出来ることは人類の革新であり、新たな時代の幕開け足り得る偉業だ。人類史のみならず、航空宇宙史、そして()()()にも大きく刻まれるだろう。友人が成し遂げた功績に俺も鼻が高い。

 そんなテクノロジーの全てを兵器として、多くの人間をこれでもかというぐらい殺すために一から構築した最新最悪の技術の結晶。ノーベルが発明したダイナマイトとは雲泥の差の規模で、同じことが出来る。違うとすれば、開発者にノーベルのような死後のことを考えたり、資産を使って賞を設立させる遺言をのこすような人間らしい心を求めてはいけないということか。

 

 「これで、俺をどうやって英雄にするつもりなんだ?これに乗って、世界中の戦場で悪いやつを全員ぶっ殺せとか言うんじゃないだろうな?」

 

 束はいいや、と言って、

 

 「それじゃあ、疲れるだけだね。もっと効率のいい方法があるよ」

 「聴かせろ」と言うと、束はロングカーディガンの裾をひらひら舞わせて、

 「この国のアレルギーの抗原をぶちこむのさ!」

 「アレルギー?戦争でもおっ始めるつもりか?」

 「惜しいね。正解は核だよ。この国に二度落とされ、未だに世界中ではこの国しか投下されたことのない兵器。それが再び、この国に放射線を撒き散らすことになる。英雄を映えさせる悲劇的な状況にはぴったりだ」

 「核はどうやって用意する?」

 「そこは全て任せてほしい。米露中仏英五ヶ国の核弾頭が降ってくるように手配しよう。アメリカ戦略軍、ロシア戦略ロケット軍、中国人民解放軍ロケット軍とか各国のその辺りのセクションに国家元首からのゴーサインって欺瞞情報を流す。各セクションと首脳部への回線は全て僕が握っているから、命令が撤回されることはない。そもそも、その命令の真偽を正確に確認することは出来ない。そうして、世界中から核が降り注ぎ、滅亡を予感した時にきみが現れる。全てのミサイルを無力化し、この国を救うんだ……、どうだい?きみの英雄譚の始まりに相応しい序章じゃないかなぁ?」

 

 俺は少し間を置いて、口を開いた。十秒もなかったと思う。悩んだそぶりを見せたかっただけかもしれない。

 

 「いいんじゃないか」

 「そう言ってくれると信じていたよ、千冬」

 

 驚くほどにすんなりと、俺はこの国に住まう一億と二千万人の命を危険に晒すことを決断出来た。

 やはり、ばけものだ。やはり、腐っているのだ。俺と束は、もうどうしようもないのだ。二人とも、こうもシンプルに人命をただの数字に置き換えることが出来るし、やろうと思って誰かを殺すことが出来る。束が言っていた人類の犯した最大の間違いとやらや、三十億分の一という確率で生まれたミスというのも馬鹿に出来ない。そして運命というものが存在するかは分からないが、それはとても恐ろしく悪辣で、その六十億分の二がこんなにも近くに産まれ落ちて、こうして世界を揺るがす大罪を犯そうとしているのだから、余程意地が悪い。

 でも、その行為に対してなんら思うところはやはり俺にはないわけで。成る程罪かもしれないが、人類史で今さらこの手の類いの狂人が出てきてもいずれは歴史のダストボックスに入れられて埃を被るだけだ。重要なのは核を撃ち込むことではなく、そのずっと先にある束とのダンスの終わり。ダンスが終わった瞬間、俺は束と必ず殺し合う。その時、束はなんらかの目的を携えていたとしても、それすら残らないように殺す。束のことだから、世界を滅ぼすくらいのことはしそうだ。

 しかし、この一連の趣旨であるはずの英雄になることによって俺が心の底から笑えるようになるという点は、未だ道が見えてこない。俺の楽しいという感情が引き出される予感も、今のところはない。

 それでも、俺は胸に疼きを感じている。相川史華を抱き締めた時に胸に湧いたそれをまた感じる。この感覚が俺を導く一筋の糸ならば、それはなんて弱々しい導なんだろう。まるで、その道を下っていくことを阻まれているようだ。

 これよりも下に、なにがあるというんだ。

 

 そんな俺を見て、束が言った。

 

 「やっぱり千冬はそういう表情をしている時の方が、らしいね」

 「どんな顔だよ?」

 「なにもない顔。きみが自分の両親を殺した時みたいな……」

 

 納得した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





千冬くん:人でなし。抑止力案件。なにか見えそうだ。

束くん:ばけもの。抑止力案件。千冬くん大好き。愛しい。尊い。愛しの親友へ捧げる友愛の結晶で、彼を英雄にしよう。早く千冬と踊りたい。

全環境活動支援外骨格:All environmental activities support exoskeleton。Aae。所謂、ISだが現時点ではこんな名前。後々、変わっていく。最初期に造られたコアは二つ。

織斑夫妻:織斑千冬によって殺害される。



 
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