てぃーえすっ♡~男、織斑千冬の自分探し青春ストーリー~   作:逆立ちバナナテキーラ添え

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飢えて、呆気ない

 

 

 

 

 その日は暑かった。

 季節外れの真夏日は、まだ春のほどよい気候に身を浸していた日本国民の額を汗だらけにさせた。朝のニュースでは、京都では三十度を越えるとか、如何にも野球選手と結婚しそうなアナウンサーが言っていた。こんな天気だと、そのうち煩く蝉が鳴き出してもおかしくはないだろうが、今現在、煩く鳴いているのは国民保護サイレンの不快な音だけだった。

 廃工場に吊るしたハンモックの上で身体を大きく伸ばした。関節が鳴って、じれったい暑さでぼんやりしていた頭が、幾らかさっぱりした。大仰な、ごてごてとした装甲がついた、身体にいやらしく密着するスーツの気持ち悪さにもようやく慣れたところで、足元に置いてある目覚まし時計が気が狂ったみたいに暴れまわる。時間だった。

 スマホを見れば、至るところに笑いの種が落ちていた。匿名掲示板では日本の終わりだとか、親への感謝と謝罪を書き込んだり、果てはよく分からない宗教の文言を書くやつまでいる。他のソーシャルメディアも似たようなもので、テレビでは政府からの建物の中に避難しろという勧告とこういう場合に於いての対処法がスライドショーのようにして番組と差し替えられている。

 賑やかだな、と溶けかけたスニッカーズをかじった。着弾してしまえば、ほとんど死んでしまうのに今さら何を言っても信頼の欠片もない、薄い言葉でしかない。ことさら、こんな状況でパニックにならないやつはいないだろう。偉そうにふんぞり返っている役人も、どうせ今の今まで信じもしなかった神様にでも祈りを捧げているんだ。どうかお助けください、って具合に。そう考えると、世界はわりと平等なんだな、と思えてくる。

 

 とうとう、束は世紀の大悪戯をやらかすことにした。

 といっても、それを決断したのは俺たちが近所でペンキ遊びをした直後の話で、風呂で汚れと臭いを落として、回らない寿司を食べに行ったときに突然、明後日、雨天決行、と運動会のリハーサルの連絡みたいな伝え方をしてきたから、気が改まっただとか、緊迫感というものはなくて、寿司屋の大将の前でスニッカーズを取り出した束を殴った時の方が心がざわついていた。

 そうして、次の日に、束に指定された廃工場に行ってみれば立派な隠れ家があって、ハンモックの上にあったスーツを着て、分厚いマニュアルを読み終え、軽く慣らしをしてから少しばかり仮眠をとってみれば、ミサイルが発射されていた。時間を前倒ししたようだった。

 

 『おはよう、千冬。さて、早速だけど状況を説明するね』

 

 耳につけたインカムから束の声が聴こえる。凝り固まった身体を解しながら、説明に耳を傾ける。

 

 『自衛隊と在日米軍の慌てっぷりは僕の腹筋を完全に殺してくれたよ。日米両国のイージス艦が既に展開されているけど、対処しきれないよ。PAC-3にイージスアショアを含めても全てを撃ち落とすことは難しいもんねぇ。MIRVがいっぱい』

 「何基だ?」

 『全部で二十発。予測では、うち、十二発が撃墜される。きみにはその残り、八発を墜としてもらうよ。機体の操作の方は?』

 「拡張領域(パススロット)っていうのは便利だな。手が空いていい。ジャグリングが出来るようになったぞ」

 『それはよかった。今ちょうど、第一弾が大気圏で迎撃されたみたいだ。そろそろ出た方がいいね』

 「了解したが、」とおおよその予測が立ってしまっているけれど、「ミサイルの発射を前倒ししたのは、どういう了見だ?」

 『間違えて、エンターキーを押しちゃったんだ。でも、問題ないよね』

 「あぁ、問題ないな……」

 

 回線を切断して、一歩前に進む。息を大きく吐いて、ゆっくりと身体の中にある空気を抜いていく。

 左の耳朶で揺れる()()()()()()()に指でそっと触れて、女を相手にする時のように、愛撫するようになぞる。そうすると、心なしかピアスが熱を持ったように温かく感じる。黒い、オニキスのようなそれは艶やかに光を反射させている。気が強い女みたいな熱量があるように思える。

 ふと、考えてみる。こんなに簡単に死にかけてしまえる世界についてだ。へんに哲学的というか抽象的だが、俺からすればそれなりに気になることだ。

 子供二人によって、ここまで追い詰められて成す術もなく絶望する人々。彼らが今欲しているのは、揺るぎない安全であって、それを確実に保証してくれるモノだ。それを与えてやるだけで、俺は英雄になれてしまう。なんの苦労もなく、なれてしまうのだ。

 そう思うと、何だか笑えてくる。喉の奥でひくつくように、くぐもった声が漏れてしまう。

 あぁ、なるほど。束が周囲の人間を下に見る理由が少しだけ理解できる。阿呆だ。一夏も、円も、篠ノ之夫妻も、それ以外の人間同胞も大間抜けで、可愛すぎて抱き締めて、キスをしてやりたいぐらいだ。

 今ごろ、妹たちはどうしているだろう。学校で震えて、泣いているのだろうか。俺の名前を呼んでいるのだろうか。それが滑稽に思える。その助けを求めているおまえの兄こそが、この酷いマッチポンプの主犯の片割れだということを、妹たちはまるで知らない。

 

 「ヘルト、起動しろ」

 

 『Held』、俺は機体のパーソナルネームを口にする。

 視点が高くなる。独特の浮遊感と、全方位を脳が直接知覚出来る神経接続時の痛みと、真後ろまで広がった視界。展開されていく装甲は全身を覆い、やがて顔を隠すと、網膜に投影されたウィンドウがシステムが正常に起動したことを知らせる。

 PIC、異常なし。シールドエネルギー、正常値。コア機体間エネルギー伝達、異常なし。火器管制システム及び武装系統、異常なし。

 俺は空をイメージする。何処までも果てがない、突き抜けるような蒼穹のその先、無限の成層圏を。

 身体が軽くなって、屋根を突き破る。阻むものがない空を上昇し続けて、貫いた。一瞬で地上にあるものが豆粒のように見える高さまで到達して、高度計を見るとエベレストの山頂に届きそうな高さにいた。そんな高度まで急激に上昇しても、身体に一切影響をきたさないのは、題目通りの性能を有しているということだろう。

 視界の端に表示されているレーダーに反応が出る。撃ち漏らしは予定通りの八発で、もうすぐ再突入する。

 日本のBMDは三層によって構成されている。イージス艦、イージスアショアに地上配備型迎撃ミサイルが発射されたミサイルを迎撃するのだが、現時点では大気圏外でイージス艦や地上型イージスが迎撃に成功したのは十二発。残り八発はすぐに分裂をはじめるだろう。そうすれば、迎撃は難しくなる。日本が導入しているPAC-3では終末誘導時の速度が非常に速くなる大陸間弾道ミサイル(ICBM)潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)に対応しきれないと言われている。

 手を大きく広げる。両手で新しい時代の幕開けを讃えるように。機体背部のスラスターが粒子を放出し始める。

 

 「やるぞ」

 『いつでも、どうぞ』

 

 一瞬だけ、回線を戻した時、視界に現れたウィンドウには武装の制限解除を求むコードが点滅していた。愛機が急かすのだ。はやく私を使え、と。

 ここで制限を解除する武装は他の武装とは毛色が違う。搭載された武装のほとんどは、起動した時点でセーフティを外していたのだが、こればかりは訳が違う。所謂、戦略級のスケールで被害を振り撒く武装で、既存のNBC兵器とは別の原理で発動する、正真正銘、世界で初めて使用される新たな大量破壊兵器だ。

 コアが唸りをあげる。歓喜。喜びの歌が聴こえて、俺は翼を得た。

 顕現した翼は七色に輝き、四対八枚の大翼を広げる。まるで神話のような風体だろう。機体の色は純黒だけれど、展開された翼は形容し難い神聖さを感じさせる。

 背部のエネルギーが基準値を越え、粒子が拡散していく。蒼穹を七色に染め上げていく極光は止まることを知らず、日本列島を覆い尽くした。空が煌めき、大気中の粒子濃度が上昇していく。それらはやがて大気圏まで届き、再突入しようとする弾頭をも囲んだ。

 『Held』に搭載されている戦略級兵装──ガグンラーズはきわめて正常に起動した。日本全域をカバーし、残存する核弾頭は目が眩むほどに強まった粒子の発光の後に()()()()。レーダーの反応もロストして、八発の核弾頭が何処にもないことを証明している。

 

 『核弾頭八発の消滅を確認したよ。ガグンラーズは性能通りの戦果を叩き出したってわけだね……。おめでとう、これできみは……』

 

 束からの通信が耳元で聴こえる。だが、俺はそんなものを聞いてなかったし、結果など、やった本人が一番よく分かっている。

 なんだこれは。

 俺は酷く虚しい気分を味わっていた。飯を食ったついでで一億二千万人の命は救えてしまう。こんなにもお手軽に、間違えて予定よりも早くミサイルが発射されてしまってもあっさりと対処してしまえて、俺は民衆が求めていたものを与えてやった。俺はみんなを護ったのだ。一億二千万も六十億もこれでは大差ないだろう。ここに、なにか大きな変化はなくて、これまでの日々の生活の延長線上でしかなかった。

 しかし、束は言っていた。俺を英雄にすると、そして、それはきっと楽しいとも。だが、俺が今感じているものはそれとは真逆のものだった。虚しく、馬鹿馬鹿しくて、満たされない。疼きは最早なく、代わりに宿ったのは渇き。

 俺は笑えていない。

 確かに俺に助けられた連中のことを想うと、笑みは溢れる。だが、それだけなのだ。また、なにかが変わってしまったみたいに、俺の心は再び凪いだ。世界が曇って見える。

 

 『どうしたんだい?浮かない顔をして……、きみは英雄になったんだよ?まさか、楽しくないとか……?』

 

 束が慎重に、俺に問う。芳しくない事態が起きているような、緊張を孕んだ、らしくない声色だった。

 

 「その通りだよ、束。つまらなかったよ、こんな茶番劇だったとは……あまりにも肩透かしだ」

 『そんなはずはない。だって、きみは自分の本質を理解したはずだよ!どうして、そんなことを言うんだい……?お願いだよ、千冬。なにがつまらなかったか、教えておくれよ……』

 束の弱々しい言葉に、「足りないんだよ。味が薄すぎるんだ。こんなものじゃあ、満足出来ない。全世界の人間を騙して英雄になるぐらいじゃあ、満たされないんだよ。こんな程度じゃ駄目だ。女とヤる方がまだマシだよ。この先、おまえが描いている絵図なんて知らないが、もっとでかいことをやろう。おまえもこれだけで終わるつもりなんて、さらさらないんだろう?俺を叩き起こしたのはおまえだからなぁ……、踊りたいんだろう?なら、踊ろう。世界の果てまで行って、ひいひい言わせてやるからさ……」

 『……壊れるまで』

 「なに?」

 『壊れるまで……、僕と、最期まで踊ってくれるかい……?』

 

 聴いたこともないような声だった。普段の飄々とした胡散臭い声でない、透き通った、水晶や氷のように透き通った、透明な声。恐らくは、これが束の素なのだろう。誰よりも異常で、誰よりも愛しい、唯一無二の親友であり同類であり兄弟である男の素顔を、俺はようやく垣間見ることが出来た。

 だから、俺は、

 

 「あぁ、勿論だとも。寂しい思いも退屈もさせるつもりはない」

 そう言うと、インカムの向こうからはにかむような笑い声が聴こえて、『ありがとう、千冬』

 

 それはたぶん、心の底からの言葉というものだった。絞り出したような、万感の想いさえ籠められた言葉を送られたのは二度目のことだった。

 自覚して、味を覚えてしまえば、もっといいものを求める。つまりは、今の俺はそういう状態にあるのだろう。楽しい、という感情を知ってしまった俺は、さらに楽しいものを、綺麗なものを求めるようになってしまった。戦いを、血を、暴力を、悲劇を、惨劇を、嘲笑を、快楽を。特に期待していた分、俺が感じた落胆は大きいものだった。

 とは言っても、この呆気なさはAaeの優秀さの裏返しでもある。既存の兵器とは一線をかくす圧倒的な性能と、多大なアドバンテージ。高濃度の放射線にも耐えられることから、こういったNBC兵器の影響も少ない。これは、今後に大きく期待が出来る。Heldも心なしか、喜んでいるような気もする。

 世界は広い。人間は山ほどいる。ならば、俺の求めているものも、まだまだあるはずだ。

 そう考えると、世界は色を取り戻して、暖かいきもちになる。目を閉じれば、食卓で幻視した終わりの世界がありありと瞼の裏に浮かぶ。そして、俺が最後に殺したやつは紛れもない俺の妹、一夏だった。その情景は何故か、とても安心出来るもので、その俺だけが生きている地球という何もかもが絶えた世界が俺と束のダンスが終わった向こうにあるものなのではないかと思いを馳せてみた。

 そんな楽しみな未来のために、とりあえず俺は接近しつつあるスクランブルしてきたF-15から逃げることにした。光学迷彩を起動させて、機体が蒼に染まって、俺を探そうとしている連中は俺を見失う。

 悠々と予め決めていた地点に降下して、着替えを済ませて家に帰った。俺は何事もなかったように、キッチンに立って、夕飯の準備に取り掛かった。冷蔵庫には大きくて、いい肉がある。分厚く切って、フライパンの上に乗せる。塩と胡椒だけの味付けで、二枚はウェルダン。俺の分はミディアムレア。

 誰も俺を見て、さっきまでミサイルを落としていた謎の人影の正体だとは思わないだろう。テレビをつけてみれば、もう、俺のことが報じられていた。大袈裟な、天使の御業だとかテロップが流れていて、小恥ずかしい。

 鍵穴が擽られる音は妹たちが帰宅した報せだ。焼き上がったステーキを皿に移していると、慌ただしく廊下を駆ける音が近付いてきて、リビングのドアを乱暴に開いた。妹たちは酷い顔をしていて、円は顔中をくしゃくしゃにして、目元を真っ赤に腫らしていた。一夏は息を切らして、咳き込みながら床に倒れこんでしまった。

 

 「どうしたんだ……、二人とも酷い格好だ。ほら、顔と手を洗って、着替えてきなさい。夕飯はもう出来ているぞ?」

 

 俺は数年前まで被っていた笑顔を再現してみる。人受けの良い、爽やかな笑みを妹たちに見せてやれば、面食らったように固まって、すごい勢いで体当たりしてきた。わんわん泣きながら、顔を擦り付けるものだから、エプロンが汚れてしまった。よかった、だとか、兄さん兄さん五月蝿い妹たちを抱き締めて宥める。

 安堵しているのだろう。懐かしんでいるのだろう。俺が以前の俺に戻ったとでも錯覚しているのだろう。俺から一向に離れようとしない妹たちの髪を優しく──母親の世話をしていた時のように梳っていると、俺を掴む力は強まるばかりで、背中に爪を立てるほどに離れないという意思は硬いようだった。うっとおしくて敵わない。

 

 「なにはともあれ、無事でよかったよ……」

 

 優しげな声で囁く。妹たちはなにも言わないで、頷いている。別に、無事だったからといっても、どうでも良いのだけれど。

 

 「おかえり、一夏、円」

 

 心にもない言葉を吐くのは慣れていた。自分に貼り付く妹たちを引き剥がしながら、こいつらも俺が殺すのだと考えると、その時彼女らがどんな顔をするのか楽しみで仕方ない。大好きな相手に裏切られて殺されるなんて、きっと形容し難い感情が襲うことだろう。

 そのまま目を閉じてみると、それはもう、とても良い心地だった。

 だから気分が乗って、落ち着いてきた妹たちの前髪を持ち上げて、額にキスをしてやると、二人して顔を紅くさせてたじろいていた。

 ダンスの合間の暇潰しにはちょうどいい。

 斜陽が美しい。

 

 

 

 

 






 次回、完結。


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