宇宙から突如襲来してきた謎の敵、
7名の中での最年長、真紅の長髪と豊満過ぎる胸が目を惹く女子、ベルベット・ヘルもIS学園という箱庭の中で日常を過ごしている。18歳である彼女のみ3年生に編入ということで他の新入生と顔を合わせるのはイマージュ・オリジスの襲撃のときくらいのもの。基本的に他の生徒とは言葉を交わすことなく、ただただ孤独に日々のルーチンワークをこなしていた。
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新しい人間関係を作る気など欠片もなかった。かつては親友と楽しい日々を過ごしていたが、それはもう過去のこと。親友だった彼女はベルベットを裏切って亡国機業に行ってしまった。
独りでいること。それこそが合理的だった。
今日も無益な授業を終えて寮へと帰ってくる。進路に必死なクラスメイトたちに共感することはできそうになかった。周囲から見れば代表候補生で専用機持ちなのだから将来が安泰だと思われていることだろう。当の本人は1年後の自分がまともに生活できているだなどと考えていないというのに。
「……ただいま」
自室の入り口を開けてぽそりと呟く。言ってしまってから気づく。
「誰に声をかけてるんだか……」
新しい人間関係など邪魔なだけ。ずっとそう言い聞かせてきて、周囲には冷たい態度で接してきた。その甲斐もあって、ベルベットの傍らに人はいない。望んだとおりの孤独を作り上げることができている。
……そのはずだったのだ。
「おかえり、ベルベット」
部屋には既に人がいる。IS学園の寮は一部の例外を除いて二人部屋なのだから当然ではある。同室の彼女もまたイマージュ・オリジス迎撃のために招集された専用機持ちだ。
クーリェ・ルククシェフカ。ロシアの
彼女の年齢をベルベットは聞いていない。しかしどう見ても高校生とは思えない身体の小ささで、中学生とも思えない。加えて、コミュニケーション能力も高くないため、必要以上に彼女が幼く見えてしまう。友達として熊のぬいぐるみ“ぷーちゃん”を連れているのも幼く見える一因だろう。
「あっ――」
帰ってきたベルベットを出迎えるために駆け寄ろうとしていたクーリェだったが、何もないところで躓いてしまう。必然的に身体は前方へ無防備にダイブ。床との正面衝突をしてしまえば痛いに違いない。
ベルベットにはその全てがスローモーションに見えていた。
IS戦闘でも使わないような極度の集中力を発揮。
クーリェが躓いてからベルベットが飛び出すまでの間、0.1秒。
放たれた矢の如く飛び出した身体はクーリェと床の間へと華麗にスライディング。
その豊満な胸をクッションとしてクーリェの身体をしかと抱き止めてみせた。
「あ、ご、ごめんなさ――」
ビクビクするクーリェを抱きかかえたまま立ち上がると、その場に立たせた後で頭を一撫で。その動きには一切の無駄などない。
「どこも痛くない?」
「うん!」
気が動転していたクーリェは一瞬で落ち着きを取り戻したばかりか、笑顔すら見せていた。
「ルーちゃんも、ありがとうって」
「そう……」
クーリェにはイマジナリーフレンドがいる。初めてイマージュ・オリジスを倒した日、気がついたときにはクーリェの中に存在していた“意識”である。いかに幼さの目立つクーリェと言えど、世間一般的にイマジナリーフレンドがどのような目で見られるかなど理解できている。だからイマジナリーフレンドである“ルーちゃん”の存在を教えるのは気を許した相手だけなのだ。
ベルベットと同じ部屋になってから幾度となく会話の中にルーちゃんを混ぜようとした。普通ならルーちゃんとは何者か気にしてくれるところだが、ベルベットの返事は素っ気ない。今日もまた、彼女はルーちゃんについて聞こうとすることなく、クーリェの脇を通り過ぎていく。
「待って」
手を伸ばしたのは反射行動だった。クーリェの小さな手がベルベットの服を掴んでいる。そのまま気づかれずに歩かれてしまえばクーリェが引っ張られてすっ転ぶのは目に見えている。
当然のようにベルベットはピタリと歩みを止めた。笑顔の一つも見せなければ、嫌な顔すらせずに振り返る。
「……何?」
「お話が、あるの」
「そう……」
二人は向かい合って椅子に腰掛ける。テーブルにはささっと用意した紅茶とミルクにビスケット。誰もそこまで頼んでいないのだが、じっくり話を聞く態勢をベルベットが手早く整えた。
「ずっと、聞きたかったことがあるの」
話を切り出したのはクーリェ。本来、人見知りの激しい彼女が自分から話しかけるのはかなり勇気のいる行動なのだが、もう既にハードルなんて存在していない。
ベルベットは相づちを打たないまま無言。だが視線は常にクーリェの目に合わせている。
「ルーちゃんのこと、どう思う……?」
気を許した相手ではある。しかし、この質問だけは不安を隠せずにいた。
もし、気味悪がられたら、もうベルベットと一緒にはいられそうにない。
しかし、隠したままでいるのも辛い。この身体にはルーちゃんも居るのだと、ベルベットに認めて欲しかったのだ。
「まだ話したことのない人に対して、特に思うことはないわ」
普通に聞いただけでは冷たい返答ではある。だがこれを聞いたクーリェの顔はパァッと明るくなった。
何故ならば――
「わかった! お話しよ!」
ベルベットはルーちゃんを一人の人間として扱っていた。それがクーリェにとっては嬉しいことだった。
「感謝します、ベルベット・ヘル。あなたのおかげでクーリェの悩みが一つ消えました」
唐突にクーリェの口から流暢な言葉が流れ出す。これはルーちゃんの言葉をクーリェが代弁しているらしい。
この変化を目の前にしてもベルベットは大して驚きもしていない。しかし無表情を貫き通すことはなく――
「そう……それは良かったわ」
クーリェの笑顔に釣られるようにして、優しく微笑んでいた。
賭けに近かったクーリェの悩み相談が終わり、彼女は精神的に疲労したのかルーちゃんを紹介し終わったところで眠りに就く。テーブルに突っ伏していた彼女をベッドまで運び、布団を掛けた後には慣れた手つきで頭を一撫で。
「冷たくあしらってる私なんかにこんなに必死に関わろうとしてくるなんて、とても優しい子なのね」
冷たく対応していると思ってるのはベルベット本人だけなのだが、そのことを知る日は当分来ないだろう。