「ちょっと、待ちなさい!」
ベルベットが寮の廊下を歩いていると、急に呼び止められた。声の主は凰乱音。台湾代表候補生であり、凰鈴音の一つ年下の従姉妹である。
どうやら彼女は憤っているらしい。しかしながらベルベットには彼女の怒りを買った心当たりは全くない。たぶん人違いだろうと結論づけてそのまま横を通り過ぎようとした。
「無視すんな!」
流石に肩を掴まれてしまっては、少なくとも彼女がベルベットに用があることは明白だ。強引に振り切ってしまうのは後が面倒になること確実であるので、怒っている乱音と向き合うことにする。
「……私に用?」
相手を刺激しないよう極力柔らかく話しかけたつもりだったのだが、ベルベットの普段が普段である。相手を突き放すような、感情のこもっていない冷淡な声音で問いかけてしまった。
ベルベットの眼光に一瞬怯む乱音だったが、そこは代表候補生。持ち前の胆力で耐え、負けじと睨み返してきた。
「そうよ! ちょっとその面、貸しなさい!」
とりあえず場所を変えたいらしい。そのまま連れて行かれるところだったのだが、現在の場所はベルベットの部屋のすぐ傍。どこかへと歩き出そうとしていた乱音だったが、ピタリと足を止めて振り返る。
「アンタの部屋で話さない?」
特に断る理由もなかったのでベルベットは乱音を部屋に招き入れた。
結局、いつものテーブルで向き合うことに。
こうして1対1で向き合うまでに時間がかかったことで冷静になってきたのか、乱音は若干申し訳なさそうにベルベットの顔色を窺っている。自分からこの場を求めていたというのに中々話を切り出さない。
普段は率先して動くタイプであるのに大事な場面で動けないことがあるのは似たもの同士だからなのだろう。仕方なくベルベットから話を振る。
「それで、何に怒っているのかしら?」
「昨日、鈴がここに来てから明らかに凹んでて、もう見てられなくて……アンタが何かしたんでしょ!」
乱音の怒っている理由はよくわかった。自分が何かされたわけではなく、大事な人が辛い目に遭わされたと思い込んだからだ。身内とはいえ他人のために真剣に怒ることができる。それは鈴音と乱音だけでなくコメット姉妹も同じだったことを思い出す。
「彼女は幸せね。あなたにこんなに想ってもらえて」
「話を逸らさないで! あたしの質問に答えなさいよ!」
「特に何もしていないわ。ただ、相談に応えただけ」
「相談? 鈴が何を……? あ、まさか――」
「身長が低いことを気にしていたようだから、私も日本の女子高生の平均値くらいだから気にしない方がいいと言って終わったのだけれど、何か問題があったかしら?」
「って、ちょ!? それ、違う! 絶対に違う!」
「他には特に話してないはず――」
「いや、そうじゃなくて! 鈴が凹んだ理由はあなたの一言なのは間違いないけど、その根本の原因は悪意とかじゃなくてただの勘違いじゃん!」
ピンと来ていないベルベットは首を傾げた。
「あー、なるほどね。あたしの中では全部解決した。あなたはわかってないようだけど、説明はいる?」
「……興味ないわ」
「そ。じゃあ、あたしはすぐに鈴のところに行かないと。強引に押しかけてきてすみませんでした」
宣言通り、乱音は急ぎ気味に部屋を出て行った。
嵐が過ぎ去った後、ベルベットは淹れておいたお茶を口にしながら考える。
興味ないとは言ったものの他にすることもなかったので何を勘違いしていたのかについて思考する。
鈴音は身長の話をしていなかった。
他に身体的特徴で彼女が小さいと気にしているもの。
一般的に大きさ比較をされてしまいがちなもの。
ベルベットは自分の胸元を見下ろす。
「……たしかに間違ったデータを言ってしまったわね」
持つ者は持たざる者の悩みを真に理解することはない。