この日の来客はこれまでと全く異なる雰囲気を纏っていた。
ラウラ・ボーデヴィッヒ。
ドイツの代表候補生。
専用機シュヴァルツェア・レーゲンを与えられている専用機持ち。
ドイツ軍のIS部隊、シュヴァルツェ・ハーゼの隊長。
専用機を持っている代表候補生はその性質上、軍との関わりを0にはできない。軍事目的の使用は国際的に禁止されていることになっていても、暗黙の了解としてどこの国も軍が関わっている。最近まで専用機を与えられていなかったベルベットにしてもやはり母国の軍と全く関わりがないことはない。
そんな代表候補生たちの中にあってラウラ・ボーデヴィッヒは異質な存在である。何せ、明確に軍人であると宣言しており、国際ルールを無視していると公言しているような存在だ。全方向に喧嘩を売っているような彼女の存在をも懐の深いIS学園は受け入れている。
緊張感に欠けた場所で過ごした結果だろうか。“ドイツの冷氷”とすら呼ばれていたラウラ・ボーデヴィッヒはIS学園の中ではただの一人の少女となってしまっている。ベルベットを始めとする援軍組はラウラ・ボーデヴィッヒの冷たい瞳を一度として見たことがない。
だからだろう。
ベルベットの部屋を訪れたラウラが別人に見えてしまったのは。
「あなたまで来るとは想定していなかったわ」
これまでの相談相手と違い、ベルベットはラウラとそれなりに面識がある。もっとも、ギリシャで共に戦闘しただけの間柄であり、深く会話をしたわけではない。戦友として互いに認めているけれど、プライベートでは知らないことばかりである。
「……ここで悩みを解決してくれると聞いてきた」
「私は話を聞いて、私なりに答えているだけ。解決なんてしてない」
「それでいい。私の話を聞いてくれ」
日常的に冷静沈着なラウラであるが、クールさの中に無邪気で感情的な一面も併せ持っている。今のラウラも持ち前の冷静さが表に出ているのには違いないが、どことなく冷徹な印象もあった。
「……私は
ラウラの話とは自らの出生のこと。戦うために生み出された生体兵器であるという事実はそれとなく一夏たちにも伝わっていることであるが、こうしてハッキリと自分から誰かに伝えたのはこれが初めてのことである。
「このような歪に生まれついた私でも一夏は生きていていいと言ってくれた。私の存在意義は戦うことだと思っていた。それも違うのだと一夏は教えてくれた」
「あなたは彼のおかげで人間になれた。そういうこと?」
「そうなのだろう。だが時折考えさせられる。イマージュ・オリジスが出現し、最前線で戦っている私は、本当に戦わなくていい存在なのか? 今もなお私は戦いの運命から抜け出せていないのではないか?」
「あなたは戦いたくないの?」
「そこに関して、私は何も感じない。率先して戦いたい衝動があるわけでなく、戦いから遠ざかりたいとすらも思わない。そんな私は本当に人間なのか?」
ラウラの悩みは遺伝子強化素体の呪縛から逃れられたかどうか自信がないというもの。戦いへの恐怖のないラウラはベルベットの考える子供の範疇から外れている。
だからこそベルベットはこう言わざるを得ない。
「だったらあなたは戦いの場にいるべきではない」
「私を信用できないからか?」
「まさか。そんなはずはないわ」
「では私自身が私を信じられていないからか?」
「義務や存在意義として戦うことに私は強く反対しているからよ」
イマージュ・オリジスとの戦いは競技とは違う。敵は物言わぬ未知の生命体であり、敵の攻撃には殺意がある。戦う手段はISしかないため、幼い操縦者であろうと戦場に駆り出されているのが現状。とはいえ、幼い彼女らも強制ではなく、戦う意味があってここにいる。
ベルベットも自分なりの意義を見出してIS学園にやってきた。当初の目的はまだ果たせていなく、最近は自覚こそないがまた違った戦う意味が生まれてきた。
「あなたの戦う理由は何? 遺伝子強化素体の存在意義だから? それとも、織斑先生の命令だから?」
「違う! 私は――」
続く言葉は出てこない。だが、ベルベットが引き出したかった言葉はもう出ている。
「こうして悩んだり、私の質問をすぐに否定できるのなら、あなたはあなたが思っているような歪な存在じゃない。とてもわかりやすい、人間の姿だと思うわ」
「……結局、一夏の言うことと同じなのだな」
「彼、自分が関与しないことだけは鋭い洞察力を持ってるから」
「違いない」
ラウラは笑って席を立つ。
「少し楽になった。ありがとう」
「どうしたしまして」
ちょっとした不安はちょっとしたことで増大することもある。一夏だけを信じていれば悩まずにすむかもしれないが、たった一人の言葉だけを頼りに生きていくのは悪い意味での依存となる。ラウラの望む未来は一夏に依存した生活ではないはず。こうして他の誰かの言葉に耳を傾けることで彼女はより人並みの生活を送れるようになっていくだろう。
もうラウラの周りには一夏以外にも多くの友がいる。彼女が道を誤ることはないだろう。
……少なくとも、ベルベットのようには間違えない。