休日。クーリェが一夏の部屋に遊びに行っているため、ベルベットが一人テキトーに読書をして過ごしていると、ノックの音が部屋の中に木霊する。
もう珍しくもないし、今更他人と無理に距離を置こうとも思えないため、すんなりとベルベットは客を出迎えた。
「お邪魔するわ」
来客は更識楯無だった。特に用件を言わずに入ろうとする楯無を特に拒むことなく受け入れ、いつもの来客用テーブルへと案内する。
そうして向かい合うと、楯無はにたりと意地悪そうな笑みを浮かべていた。当然、ベルベットとしては面白くない。
「何なの?」
「ベルベットちゃんもすっかり変わったと思ってね」
そこは自覚のあるところだった。IS学園では誰一人とも会話する気すらなかったはずなのに、もうギリシャにいた頃よりも周りに人が居るという状況になっている。
単純に人口密度が高いという話ではない。周りだけの話でなく、ベルベット自身の気の持ち様から変化があるからだ。
「からかいに来たの?」
「違うわ。私も相談に乗って欲しいなーって思ってきたの」
「帰って」
即答だった。ベルベットから見て悩みと縁遠そうな生徒ランキング2位の楯無からの相談など、いたずらの類である可能性が高いからだ。
「え? 私にだけ冷たくない!?」
「…………」
特に答えない。無言の肯定に等しかった。
「冗談はさておき。最近のクーちゃんについてベルベットちゃんから話を聞いておきたかったのよ」
「そう。それで? クーリェの何について話せばいい?」
「そうねぇ……クーちゃんが一日のうちに笑ってる時間は何割くらいかしら?」
「8割以上ね。ああまで無邪気に楽しそうにされてると、こっちまで楽しくなるわ」
「この部屋でも?」
「そうよ」
「なるほどねぇ」
目を閉じてうんうんと頷く楯無。
「クーちゃんの経歴は大体聞いてる?」
「孤児院にいたとか、その辺りの話は聞いたわ」
「実を言うとね……ロシアにいたときとか、あの子、一度も笑ったことがないの。少なくとも私は見てない」
「え……?」
あまりにも意外な話が切り出されてベルベットは目を丸くせざるを得なかった。
たしかに初対面こそ人見知りしていて、一見すると冷徹そうであるベルベットを怖がっていた。しかしビスケット一枚ですぐに笑顔を見せていたはずで、それくらいのことを楯無がしていないとは考えにくい。
「ロシアで面倒を見ていたときの私の印象は『いつも一生懸命』だとか『健気』とかそういったものばかり。気を抜くことなんてしてなくて、私が手を差し伸べていても、いつも見えない何かと戦っているような危うさがあった」
言われてみれば、出会った頃は思い込みで暴走し、ISを振り回すような危なっかしさがあった。
だが笑わないという印象は一切ない。まるで楯無が違う人物のことを話しているようにすら感じられている。
「一体、どんな手品を使ったら、あんな可愛く笑うようになるの?」
「ビスケット……」
「え? もしかして餌付け? 嘘でしょ? お菓子を受け取ってもらえるまで私がどれだけ時間を掛けたと思ってるの……?」
「むしろあなたの努力があったからこそ、今のクーリェがあるのではないかしら?」
「うーん……そう思いたいけど、やっぱり私じゃ無理だったわ。笑ってくれなかったのは変わらないもの」
ベルベット本人もクーリェが自分に懐いてくれている自覚こそあるものの、その理由には全く見当が付いていなかった。
楯無になくて自分にはあるもの。全くわからない。
「あーあ。やっぱり私、人望がないのかなぁ……」
「的外れね。ほぼ烏合の衆であった頃の私たちをイマージュ・オリジス迎撃の現場でまとめていたあなたに人望がないなんてことない。皆、あなたをリーダーだと認めている」
「あ、そう言われると元気が出てきたかも」
何やら満足げな楯無が席を立ち、大きく伸びをする。まるでこのまま帰ろうとしているようだ。
「クーリェについて、他に聞くことはないの?」
「そんな必要ないでしょ。ベルベットちゃんがいる限り、あの子は大丈夫だって私は確信してるから」
「だったら、どうしてここに来たの?」
「最初に言ったとおり、悩み相談よ。じゃあね」
「あ、待って!」
帰ろうとした楯無を呼び止めた。どうしても聞きたいことが一つだけあったからだ。
「あなたは最初から今を見越して、クーリェと私を同室にしたの?」
ロシアにいたときから問題を抱えているのは知っていたはず。楯無がクーリェの同室となって面倒を見るのが自然な流れのはずだ。ISで暴れるかもしれないのだから尚更他人に任せてはいられないはず。
なのに何故ベルベットだったのだろうか。何か理由があったのではないだろうか。
ベルベットの問いに楯無は首を横に振る。
「違うわ。誰とも打ち解けようとしないベルベットちゃんを困らせたかっただけ。でも逆にこっちが困惑させられちゃったから、いたずら失敗ね」
舌を出して戯けたまま、楯無は去って行った。
結局、真実はわからない。だが結果論として、今は悪くない形となっている。
「気にするだけ無駄」
特に暴く必要の無さそうな真実と思われた。
「今が良ければ、それでいい」
このように今を重視するようになったこと。それこそが楯無の言っていたベルベットの変わった点なのだが、やはりベルベットにその自覚はない。