夜。クーリェが『一夏の部屋に遊びに行く』と出て行って以降、ベルベットは一人だけの自室で静かに過ごしていた。特にすることもないというだけの理由で読書こそしているものの、端的に言って暇な時間が続いている。
(思っていたよりも亡国機業の動きが遅い。早く出てきてくれると助かるのだけれど)
自由時間を持て余している理由は簡単だ。彼女がIS学園に来た目的は復讐である。自らの人生がここで終わっても構わないという覚悟で来たのだから、真っ当な人らしい生活をしようというつもりはなかった。
コン、コン。
静かだった部屋にノックの音が響く。居留守を使おうかとも考えたベルベットだったが相手がわからないのでは得策とは言えない。空気を読まずにノックを続ける輩かもしれないし、織斑先生であったなら居留守がバレたときに面倒だ。
どうせ暇だったこともある。自分に「仕方ないわね」と言い聞かせて、ノックの主と話してみることにする。
「……誰?」
「ファニール・コメットよ。えーと、双子の姉の方」
「知ってるわ。クーリェなら織斑一夏の部屋に行ってるのだけれど」
「知ってる。あたしが用があるのはあなただから」
「私に……?」
小首を傾げる。私的な交流のないコメット姉妹、しかもその片割れだけがベルベットを訪ねてくる理由に全く思い当たらなかった。
「……いいわ。入って」
意図はわからずとも自分を訪ねてきた客人に変わりない。ファニールを部屋の中に招き入れ、テーブルに向かい合って座る。
「単刀直入に聞くけれど、何の用かしら?」
「話が早くて助かるわ。実は相談したいことがあって……」
理屈に合わない言動に対してベルベットは眉を
「どうして、私なの……?」
先日もあまり親しくない人間から重い相談をされたばかりである。何故という疑問が尽きることはない。
「だって、まともに相談できそうなお姉さんがベルベットさんしかいなかったし」
「あなたから見れば年上ばかりでしょう?」
「えー。そうは言うけど、ロランは恋愛観狂ってるし、生徒会長は悪ふざけが多すぎるし、セシリアさんも一夏のことになると普通じゃないから」
「け、結構ひどい言われようね……」
12歳の言葉には一切の容赦がない。流石のベルベットもこれには動揺を隠せなかった。
「消去法で私、ということはわかった。それで? 相談というのは恋愛相談でいいの?」
「あたしのじゃなくて、オニールのことなんだけど……」
ファニールが全てを言い終える前にベルベットは相談内容を察する。
オニールが一夏に積極的にアピールをしているのは誰の目から見ても明らか。加えて、ファニールがその度に不機嫌そうにしていることも当の本人たちを除いて全員が認識している。
「あなたは織斑一夏のことが気に入らない?」
「いや、今は別にそこまでは言わないんだけどさー。一夏が悪い人じゃないのはわかってるし。だけどオニールがどれだけ一夏を想ってても、一夏の周りには魅力的な女の人がいっぱいいるのが気になってる」
「そう……妹さんの失恋を心配しているのね」
「オニールはイマージュ・オリジスの迎撃のためという大義でIS学園に来たわけじゃない。一夏に会いたい一心だけ。戦うのが怖いくせに、恋だけを理由にして戦場に来てるの。ふられちゃったら、嫌な思いをするだけじゃない!」
徐々にファニールの声量が大きくなっていく。
「どうしてあいつなの!? 男なんて星の数ほどいるのに! 自分がアイドルの癖にTVで見ただけの男に一目惚れなんかして! どうしてよりによって一夏だったのよ!」
恋をしている本人は盲目になっている。ずっと近くで見てきた姉だからこそファニールは容易に想定できる未来を嘆いている。
しばらく次の言葉を待っていたベルベットだったが、ファニールからの相談はここで途切れてしまっている。
「そう……あなたの抱える不安はわかったわ」
「あたしはどうすればいいの?」
「私には、わからない」
相談を受けた側として最悪な返答。当然、これをそのまま受けたら反応は決まっている。
「へ? 答えてくれないの?」
失望である。しかしベルベットの返答は回答の放棄を意味しない。
「あなたの悩みは理解した。でも、あなたがどうしたいのかは全く話してくれていない。オニールの恋を成就させたいのか、酷いふられ方をする前に諦めさせたいのか、あなたの考えを聞かせて」
ベルベットにできるのは方向性の定まらない相談相手の思考に論理的な道筋を提示することだけである。
ファニールは不機嫌そうな顔を崩さない。
「あたしがどうしたいのか、か。それがわかれば苦労してないってのに」
「……あなたはどうして招集に応じたの?」
「オニールがどうしても行くって聞かなかったからよ。操縦者として、あたしたちは二人でやっと一人前だから、オニールを一人にすることだけはあり得ない」
「もしオニールの恋が実ったら、あなたはどうする?」
「そりゃあ祝福するわよ。一夏なら、まあ顔は悪くないしね」
「もし失恋したら?」
「まず一夏を引っ叩いて、それからはオニールの傍を離れない。あたしがいる限り、オニールを悲しませたまま終わらせたりしない」
「そう……」
ベルベットからの確認は終わり。
あとは思ったことを実行するだけだ。
「現状維持した場合の結末は主に2通りなのだけれど、あなたはそのどちらにも明確なビジョンを持っている。不安を微塵も感じさせない強い意志が見られる。だからあなたの悩みはもっと別のところにあるの」
「別の、ところ……?」
「ここからは推測なのだけれど、きっとあなたの不安の正体は嫉妬でしょうね」
「それはロランにも言われたわよ。でもあたしは一夏のことをそんな嫌ってな――」
「対象は織斑一夏でなく、オニール。だからこそ感情の行き場を失っている。あなた自身がオニールを苦しめる原因となる可能性を想像してしまったから苦しんでいる」
「何よ、それ! それじゃあたしが一夏に恋してるってこと!?」
「…………」
ベルベットは答えない。無言でファニールと目を合わせ続けるだけだった。
「絶対にあり得ない! どうしてあたしがあんな奴――」
ヒートアップするファニールだったが、何を想像したのか唐突に顔を真っ赤にする。
「認めない! 認めないんだから!」
捨て台詞を残して足早に退室していってしまった。
残されたベルベットは肩の力を抜いて一息を吐く。
「本当は嫉妬ではなくて、単純に“戦っている現状”に対して不安を持っているだけ。でもそれを突きつけて自覚してしまったら不安がより大きくなってしまうでしょうね」
100%嘘ではなくとも、ベルベットは自分の結論をわざと出さなかった。ファニールが織斑一夏に恋をしているかどうかはどうでも良く、自分の結論を誤魔化せればそれで良かったのだ。
「戦いたくない子供が戦わないといけない現実……でも大丈夫、私があなたたちを守るから」