「今日はあなたなの?」
寮の自室を誰かが訪ねてくることには慣れた。どうやらベルベットのことをカウンセラーと勘違いされて噂が広まっているらしく、もはやこの誤解を解く方が面倒にすらなっている。
そもそもの話、ベルベットは誰かに本気で相談をされたら本気で向き合おうとしてしまう性分である。本人は絶対に認めないが、どちらかといえばお人好しだ。相談者はそんな彼女の本質をなんとなく察しているのだから、こうして次の来客につながるのも無理はない。
……とは言っても、乗り気ではないのは事実。これまでも仕方なく相談を聞いていたことは態度にまで出ていた(とベルベット本人は思っている)。
ところが今日はどことなく声が明るい。何故ならば、訪ねてきた人物がIS学園唯一の男子生徒、織斑一夏であったからだ。
「すみません。ちょっと真面目な相談がしたくて、来ちゃいました。迷惑でしたか?」
「私はカウンセラーではないのだけれど、仕方ないわね」
あっさりと部屋の中にまで通す。やはりこれまでと比べてその足取りは軽い。
理由は淡い恋心を抱いているから、と言ってしまえばそれまでなのだが、本質は別のところにもある。
ベルベットは自身が反社会的存在となることを視野に入れている。常に孤独であろうとしているのは、持ち前の優しさから誰も巻き込みたくないと考えているからだ。
織斑一夏はそんなベルベットの配慮を必要ないとハッキリ切り捨てた存在だった。フォルテの問題にまで口出しをしてくる始末。ならば地獄まで付き合ってもらっても文句を言われる筋合いはない。そう割り切った途端に、気を許せる存在となったのだ。
「それで? あなたは何を悩んでいるの? 悩みとは無縁そうに見えるのだけれど」
「いきなり手厳しいっすね。俺だって悩みの一つや二つありますって」
ハハハと苦笑いをする一夏。その瞬間、ベルベットは思ったことを口にする。
「そう……今まで、誰にも愚痴すら言えずに抱え込んでいたのね」
「あ、ちょ! そういうのやめてください! 本当に悲しくなってくるんで」
若干目元に涙が浮かんでいるあたり、厄介事を一人で抱え込む
「いい機会だから、思う存分吐き出しなさい」
「はい……事は俺の生死にも関わることなんです」
生死の関わるほどの事態。こんな重い話になるとまでは流石のベルベットも想定していなかった。
無言で一夏の目を見つめる。真面目に向き合っているという態度で示すことしか、自らの真摯さを証明する手立てはなかった。
一夏の両拳が硬く握られる。自分ではどうにもならない大きな問題と直面している。その全貌が今、彼の口から語られる。
「お笑い芸人のツッコミ感覚でISで攻撃されるのは流石に死んでしまうんですけど、俺はどうすればいいと思います?」
相談は以上だった。ベルベットは右手を口元に当てて考え込む。具体的には自分はどうだったかと過去を思い直していた。
攻撃した記憶はある。しかしそれはお互いにISを装着していたため、試合と条件は変わらない。心当たりを思い返し終わった後、自分は大丈夫だと言い聞かせた。
「確認するけれど、生身でISの攻撃を受けたということ?」
「ええ、まあ……」
「どうして生きているの?」
「俺が聞きたいっ! 単に運が良かっただけですからね、これっ!」
たしかに問題ではあるが、ベルベットは素直に一夏の味方になれなかった。セクハラに対して反射的に攻撃を加えてしまった経験から言えることであるが、攻撃したときの一夏の状態を冷静に確認などしていない。もし一夏が生身であっても攻撃していたかもしれないと思うと、実際にやってしまった娘を糾弾することなどできない。
「……殺意を向けられる心当たりは?」
「やっぱり俺、恨まれてるんですかね?」
「その返答の時点であなたが何もわかってないことが証明されたわ。あと、これからも同じ事が続くと断言できる」
「そんな!? 命がいくつあっても足りないですよ!」
「過去、あなたの命は2つ失われているらしいから次もきっと大丈夫よ。あなたには実績がある」
「根拠になってないですし! 1つ失われている時点で異常ですから!」
「そう、異常なの。でも自ら進んで矢面に立ってきたのはあなたの意志。私からしてみれば、あの子たちの戯れよりもあなたの自己犠牲精神の方が危ないと思う」
ここで話のすり替えを行う。とは言ってもベルベットが以前から気にしていた一夏の問題点のことだ。死が論点である以上、こちらの方が重要とさえ言える。
「俺がベルベットさんとフォルテ先輩の戦いに割り込んだこと、まだ気にしてますか?」
「そうでもない。もうあなたを止めるのは諦めたから。でもあなたが死にたがってるとしか思えない行動ばかりしているのは事実。生身でISの攻撃を受けたら死ぬのは問題でしょうけれど、他にもあなたは死に直結する短絡的な行動をしている自覚を持って欲しいわ」
珍しく口数が多くなるのも一夏に伝えたかったことだからだ。一夏の悩みを聞くよりもむしろ自分の抱えた不満をぶつけてしまっている。
「……自覚がないわけじゃないです。でも俺は何度でも矢面に立ちます。俺が守られて、皆が傷つくのなんて見たくないから」
「私たちの誰もが、あなたと同じことを思ってる。それを忘れないで」
「はい!」
一夏はイケメンらしく顔をキリッとさせて清々しく退室していった。
どこか寂しそうに見送ったベルベットは呟く。
「結局、何も解決していなかったけれど、彼はそれでいいのかしら……?」
10分後、部屋に戻った一夏はその事実に気づくも、自分の悩みを些細なことに感じてしまったのか、「まあ、いいや」で済ませた。