「……最近、本音と一夏の距離が近い気がするの」
「そうなの……?」
今日訪ねてきたのは日本代表候補生、更識簪。用件はいつもの悩み相談ではあったが、ベルベットと1対1で向き合って言葉が出てこなくなってしまったため、間にクーリェが入ることとなり、今に至る。
相談内容は布仏本音のこと。簪は着々と一夏との距離を縮めてきたつもりであったのだが、最近はいつの間にか一夏の隣に本音がいる機会が多くなっている。この事実に気づいているのは簪の他は楯無くらいなものであり、聞かされたクーリェは心当たりがなくて首を傾げていた。
「距離が近いのが事実かどうかはさておき、あなたは布仏さんに嫉妬しているということ?」
クーリェの後ろからベルベットが助け船を出す。こういった相談は本音の実際の立ち位置は実はどうでもよくて、『簪が気にしている』という事実が焦点となる。
「……羨ましいと思うことはある。でも……」
「認めたくない?」
「…………」
黙り込んでしまう簪。これ以上、ベルベットから問いかけるのは逆効果なのかもしれない。どうすべきか思案していると、代わりにクーリェがテーブルから身を乗り出した。
「嫌いじゃない」
「え?」
「簪は本音のことが好き。それでいい」
「あ……うん……」
クーリェは言葉足らずではあるが、彼女の言葉は本質を突くことが多い。
ただ、間違ってないだけで、何も解決していないのではあるが。
「私は……どうしたいんだろ……?」
素直に疑問を口に出す簪。クーリェも一緒になって考えるが答えは出てきそうになかった。
こうなってくると話を進めるのはベルベットの役目。
「いくつかパターンを想定しましょう。織斑一夏と布仏さんが一緒に居ることが多くなった。その理由として考えられるのは3つ。布仏さんが積極的にアプローチするようになった。または、二人はもう付き合っている」
「――!?」
想定される事柄3つ中2つ目の時点で簪は目を見開いた。考えたくなかった可能性なのだろう。だがベルベットとしては付き合っているだけの方がマシだと考えている。
「あとは……織斑一夏の方が布仏さんを特別に想っている」
これは付き合っていることよりも大きな事態だとしてベルベットは扱っていた。
まだ短い期間の付き合いではあるが、織斑一夏という人間のことを少し理解できてきている。彼は彼自身が基準を決めている“普通の幸福”の範囲を下回った人間の存在を許せない、という利他的な行動原理を持っているのだが、それを自らの存在価値と位置づけている節が見られ、ある意味では利己的な人間でもある。いずれにせよ、彼は求められる自分を演じているため、誰か一人からの告白だけだったなら応える可能性は十分にあった。
だが誰とも付き合っていない状態で、織斑一夏自身の意志で特定の女子に近寄っているとすれば――それは今までの織斑一夏との決別を意味している。誰かに求められたからではない、自らの意志で手に入れたい何かが布仏本音にあるということになるのだから。
「一夏が本音に恋している……?」
「あくまで可能性。あなたも知っていると思うのだけれど、彼は困っている人には積極的に関わろうとするけど、そうでない人とは距離を置いている。少なくとも自分から関わろうとしなくなる。だから彼の周りの女の子たちは自分から彼に関わっていかないといけなかった。布仏さんを除いて、ね」
「私……一夏に必要とされてないのかな……」
ベルベットの話を聞いた簪は段々と気が沈んでいく。本音への嫉妬よりも自分への失望の方が大きいことに気がついた。だからと言って、何をすればいいのかまでは思いつかない。
「見て欲しい、だけじゃ伝わらない。今ある自分を好きになってもらいたいのは女の子として当然だけれど、織斑一夏が何を欲しているのか、考えてみたことはある?」
「…………」
簪は答えられなかった。漠然と自分も何かを与えたいと考えていたものの、彼が何を与えられたかったのかという視点は抜け落ちていた。
「おそらく、布仏さんと他の子の違いはそこにあると思うわ。自分なりに考えてみて?」
「……はい」
静かにだが力強く頷き、簪は強い瞳を宿したまま帰って行った。
その後、途中から話題から置いてけぼりにされていたクーリェがベルベットの袖をくいくいと引っ張る。
「一夏は何をして欲しがってるの?」
素朴な疑問のようだった。しかし返答に困る質問である。
「人によって違うものよ。少なくとも私は――」
その先を答えようとして、何も言えなかった。