「おっけー、一旦止めよう」
スタジオを満たしていた音の奔流が止む。シンバルの残響が空気に溶け切ると、Roseliaの面々の吐息の音ばかりが生々しく聞こえてくる。
3曲を続けて通してもらったところで、演奏を止めてもらった。
時間が限られている以上、曲数を絞って詰めていった方が効率的だろう。
「今やった3曲、頭からBLACK SHOUT、LOUDER、Re:birth dayで間違いない?」
「えぇ、合っているわ。よく覚えてるわね」
「何回かライブで聴いてるからね。BLACK SHOUTは、やり慣れてる感があったしいいとして・・・。LOUDERかな、詰めるなら」
「どこか到らない箇所がありましたか?」
「うんリズム隊が全体的にヤバイ」
遠慮のない指摘に、バンドのリズムセクションを担うリサと宇田川さんが苦い顔をする。少し強めの言い方をしたけれど、頂点を目指すという高い目標を掲げる彼女たち対してこちらも本気で向き合わなければならない。
「あこのドラム、どのへんがヤバかったですかー?」
「走り癖が気になったかな。フィルで走ってビートに戻ってから徐々にテンポを修正してる感じがした。ベースもそれにつられて弾くから、曲を通してグルーヴが不自然に揺れてる」
「なるほど、違和感の原因はそれですか」
「ボーカルとギターと鍵盤がぴったりで鳴ってるから、なおさら目立っちゃったね。でも宇田川さん、この間伝えた改善点は良くなってたよ。短い期間で頑張ったんだな」
「ありがとうございます!今日言われたことも頑張って練習します!・・・あのお願いがあるんですけどいいですか?」
「なに?出来ることなら応えるよ?」
「良かったら、あこのこと名前で呼んでください!せっかくこうして練習を見て貰ってるのに距離感があって寂しいなって思って・・・」
「それくらいなら、うんいいよ、あこちゃんでいいかな?」
「はい!あこも陽さんって呼んじゃいますね!」
ドラムの椅子でクルクル回って喜ぶあこちゃんを、白金さんが慈愛に満ちた表情で眺め、湊さんと紗夜さんは呆れたように溜息を吐く。
この子たちの練習はこういう雰囲気なんだな。締めるところと、抜くところのバランスがとても良い、理想的なバンドだ。
はしゃぐあこちゃんをたしなめる氷川さんの雰囲気もどこか柔らかいものを感じる。
ふっと視界に影が差す。いつの間にか近くにまでやってきていたリサが、椅子に座る俺を腰に手を当て仁王立ちで見下ろしている。浮かべる表情は素敵な笑顔。
「それでー?すっかり放置されてるアタシも、実はリズム隊だったりするんだけど、なにかアドバイスとかってないのかなー?」
「いや、リサはこのあとでいくらでも話せるんだから、今はいいかなって。最初にちらって言ったバスドラとスネアを意識するのしっかりな」
「えー、なーんか釈然としないなぁ・・・」
「ちょっと待ってください高橋さん。「このあといくらでも話せる」というのは、一体どういうことですか?」
耳ざとい氷川さんがこちらの会話に反応する。
リサにベースを教える件、湊さんが知ってたからメンバーに周知されてるものだと思ったけど違ったのか。
確かに字面だけ見ると怪しい会話だ、氷川さんが反応してしまうのも仕方ない。
「あぁ、それはーーー」
「それなんだけどねー紗夜、さっき練習を始める前に「今夜はずっと一緒にいたい」なんて言われちゃってさー!いやー困っちゃうよねー!」
「・・・は?」
リサの発言で穏やかだったスタジオの空気が一変する。
白金さんが顔を真っ赤にして俯き、リサの発言の意味がわかってないのだろう、あこちゃんは急に様子の変わった白金さんを「りんりん大丈夫ー?」と心配そうに声をかけている。
湊さんはというと、深いため息をひとつ吐いてそそくさと後片づけを始めてしまった。湊さん、まだ20分くらい時間ありますよ?
「高橋さんッ、あなたという人は舌の根も乾かないうちにまた!」
「待って、今回は本当に無実なんだって。リサ!早く氷川さんに説明しろって!」
「えー、終わったら家まで送ってくれるって言ってたじゃーん!」
「確かに言ったけど意味合いが全く違うから!」
「高橋さん!」
結局このまま残り時間を消化してしまい、今回の練習はお開きになった。
唯一の救いは、まりなさんが介入してくる前に氷川さんの誤解を解けたことだろう。
この一日で随分と俺の印象が悪くなった気がする。主に氷川さんからの。
いつの間にか評価欄が赤く色づいていました。
たくさんの高い評価に恐縮するばかりです。ありがとうございます。
頂いた評価に応えられるよう、より一層努力してまいります。
今後とも、よろしくお願いします。