「友希那にキスを迫ったってホント?」
約束の5分前、待ち合わせの場所にやってきたリサは笑顔でそう言った。
土曜お昼過ぎの駅前は、俺たちと同じ待ち合わせの人や駅の利用者で溢れている。
そんな中で柱を背に追い詰められた俺は、仁王立ちで腕組をするリサに詰問される。
「悪気のない、悪ふざけだったんだ」
「その悪ふざけを友希那が真に受けたらどうするつもりだったの!?あの子、純粋なんだから!」
「友希那なら大丈夫だろ。結構いい性格してるし」
父親のコネをフル活用して人の過去を探る所とか、こういう風にリサ経由で爆弾を放り投げてくるところとか。とても純粋とは思えない。
「友希那?友希那って言った?あこのときもだったけど、アタシの時は散々名前を呼ぶの渋ったクセに、なんでさらっと友希那のことを名前で呼んでるわけ?」
「友希那が無理やり・・・」
「うっそだー!大体いつの間に友希那とそんな仲良くなってたのさ?」
本当なんだよなぁ。なんだか既視感を感じると思ったら、これとほとんど同じやりとりを氷川さんと繰り広げたんだ。あのときは友希那が助け舟を出してくれて事なきを得たけれど、今回は助け舟を出してくれる人がいない以上、自分でどうにかしなければならない。
・・・考えてみたらあのときの友希那、キスの件を冗談だと知っていたクセしてしばらく静観してた。本当にいい性格をしている。
「リサ、お腹空かない?バイト終わってからすぐに来たんだろ?とりあえずこのことはご飯でも食べながら話そう。ご馳走するからさ。」
「・・・うんと高いやつ、頼んでやるから」
「お手柔らかに・・・」
未だ釈然としない様子のリサは、振り返ると大通りへと向かってズンズン進んでいってしまうので、慌ててその背中を追いかける。
友希那は昨日、リサは俺といると少し幼くなると言っていた。今のような状況を指して言ったのだろうか。・・・だとしたら少し嬉しいな。
思わず頰を緩めると、ふいに振り返ったリサに「なにニヤニヤしてんの?」と睨まれてしまう。「なんでもないよ」と返し彼女の隣に並んだ。
リサが選んだのは意外にもチェーンの和食レストランだった。うんと高いの、と言っていたからどこか流行りの店に連れて行かれるものだとばかり思っていた。
お昼時を過ぎているためか店内は比較的空いており、俺たちは窓際の4人がけの席へと通された。
店員さんから水とメニューを手渡される。
「筑前煮定食をひとつ、お願いします。あとデザートに杏仁豆腐も・・・」
「えっと、じゃあこの豆腐ハンバーグ定食をお願いします」
注文を取り終わり去っていく店員さんを見送る。
筑前煮定食・・・。意外な注文に少し驚く。派手目な外見に反して渋い趣味をしているのかもしれない。
リサは水を一口飲むと、溜息をひとつ漏らしこちらを向いた。
「いきなり怒ってごめん・・・。メンドくさかったでしょ、さっきのアタシ」
「まぁ、ほんの少し?」
「そこは嘘でもいいから否定して欲しいんだけど・・・」
拗ねた表情をするリサが新鮮で、新たな一面を見れたことが嬉しくて思わず笑ってしまった。
「ごめん、日頃やられっぱなしだから、たまにはやりかえしてみたくて」
「・・・ドS」
絶対やり返してやる、というリサの不穏な呟きを料理を運んできた店員さんがかき消した。少しだけ仕返しを楽しみに思う自分がいて苦笑した。
「筑前煮、好きなの?」
「うん!和食全般好きだけど、筑前煮と酢の物が特に好きかな。自分でもよく作るし」
「渋いな・・・。ギャルなのに料理なんてするんだ?」
「最近のギャルは家庭的なんですー。てかたまに作ったクッキーあげてるでしょ?」
「お菓子と料理とは違うだろ。クッキーいつもありがとう、地味に嬉しいよ」
「どういたしまして。地味は余計だけどね」
豆腐ハンバーグを切り分け口に運ぶ。柔らかな食感を楽しむ。普段、食事は簡単なもので済ませているから、きちんとした食事は久しぶりだ。
「陽さんは料理とかしなさそうだよね。ていうか出来なさそう?」
「失礼な、一人暮らし5年目だぞ?少しくらい出来るよ」
「チャーハンと野菜炒め以外で何作れる?」
「・・・ほら、カレーとか」
「前にも言ってたけど、レンジでチンするやつでしょ、それ?」
チャーハンと野菜炒めしか作れなくても5年間生きて来られたのだからいいじゃないか。
好物だという筑前煮を嬉しそうに口に運ぶリサを見る。その筑前煮の作り方を考えてみるが、ちっとも想像がつかない。スーパーのお惣菜コーナーにあるやつじゃ駄目なのだろうか。
「今度さ、アタシが作りに行ってあげようか?料理。好きなもの作ってあげるよ?」
「年頃の女の子が、一人暮らしの男の部屋に来るものじゃありません」
「料理作るだけならいいじゃん?それとも、やらしーことする気なの?」
「ちゅーして、押し倒しちゃうかも」
真っ赤になったリサが箸からポロリと蓮根を取り落す。この返しは予想していなかったのだろう。そう毎度毎度にからかわれてたまるか。
返り討ちにしてやった優越感に浸りつつ、付け合わせの沢庵に箸を伸ばす。
「そういうこと言ってると本当にキスするよ?」
「待て、俺が悪かった」
沢庵が箸から滑り落ちた。ギョッとしてリサの方を向く。
・・・ヤバい、目が据わってる。
「なんか今日の陽さんイジワル・・・」
「ごめんって。焦るリサが可愛いから、つい」
「可愛いって言えばいいと思ってー!」
豆腐ハンバーグの最後の一切れが、伸びてきた箸に攫われる。ごちそーさま!と悪戯が成功した子供のように笑うリサ。
こちらも彼女の皿に箸を向けるが、皿の上はもう空だった。