「弦ってこんな種類あったんだ・・・」
賑やかな食事を終えて、当初の目的であるリサのベースの弦を購入するため
「いつもと違う楽器屋を見たい!」というリサの要望に応え、電車で10分程の所にある3階建ての楽器店の、ベースフロアへとやってきた。
「江戸川楽器だとこんな種類、置いてないからな。リサが使ってるやつはどれ?」
「えーっと、あった!あのピンクの丸にXLって書いてるやつ。楽器屋さんで勧められてからずっとあれ使ってるよ」
「ど定番のやつだな。今回もこれにする?」
「これだけあると目移りしちゃうなぁ・・・。陽さんはどれ使ってるの?」
「エリクサーってやつ使ってる、あの緑色の箱のやつ。ちょっと高いけど寿命が長くて良いよ」
「じゃあ、アタシもそれにする!」
「いや、リサ今月末ライブだろ?今リサが使ってるやつと、全然違うから、やめておいた方がいいぞ」
弦は同じように見えて、各メーカーによって音はもちろん、手触りやテンション感などに大きな違いがある。音とプレイに直結するパーツなため、気軽に変えると大きな支障を来す可能性が高い。師匠としてそれは見逃せない。
「えー、でも陽さんの音に近づきたいし・・・」
「使ってないベースで弦を張り替えたばかりのやつがあるから、今度貸すよ。だから今回はいつものやつにしときなって」
「陽さんのベース!?いいの、返さないよ?」
「ちゃんと返せ。リサのベースに比べると全然安物だから期待するなよ?」
初心者向けの激安モデルという訳ではないが、リサの使う50万近くするベースと比べられてはたまらない。しばらく使っていなかったから、リサに渡す前にメンテナンスをしておかないと。
「リサってサブのベース持って無いんだっけ?メンテナンス出してる間とか不便じゃ無い?」
「うん、持ってるのはあのベースだけだよ。買わなきゃなーって思うんだけどやっぱ楽器って高くてさ」
「友希那のお父さんに頼めば凄いやつ紹介して貰えそうなもんだけど」
「友希那パパにはエフェクターとかでも、かなりお世話になっちゃてるから、流石にねー?」
確かにリサの使うエフェクターは軽く引く位に凄い。初レッスンの際、発売されたばかりの5万円程するペダルが2台、かばんから出てきたときには変な声が出た。
泡を食ってリサに最近の女子高生のお小遣い事情について尋ねると、ESPのベース同様、友希那のお父さんのツテで格安で手に入れたものらしい。正直なところ少し、いやかなり羨ましい。
「もし貸したベースが気に入ったら、俺が返せって言うまで持ってて良いよ。気に入ったらだけど」
「んー。嬉しいけど、そんな甘えちゃっていいのかなぁ・・・」
「いや、このくらい甘えてよ。リサは弟子なんだから」
「・・・うん、ありがとう、先生」
緩く、はにかむように笑うリサの表情に心が跳ねる。
師匠として、彼女のために出来ることは限られている。リサの成長具合を見るに、俺の師匠としての役目が終わる日は案外、遠く無いと思う。
だから、リサのために出来ることはひとつでも多くやっておきたい。
こうしてリサの笑顔を真近で見られるのは、後どれくらいなのだろう?
「じゃあ、これ買ってきちゃうからちょっと待ってて!せっかく来たんだから、他の階も見ていこう!」
愛用の弦を手にレジへと向かうリサを見送る。
彼女の師匠という立場が、彼女の存在が、いつの間にか大きなものになっていることに気づいた。
リサが今よりもずっと上手くなって、俺の元から去っていくとき、その旅立ちを喜んで受け入れることが出来るのだろうか?
正直、その時が来ないとわからない。でも心の準備はして置かないと。大切な存在程、いなくなるときはあっけないものなのだから。
「ただいま!じゃあ下の階行こっか。下はアンプとエフェクターだっけ?」
「アクセサリ類も置いてたと思う。危ないから引っ張るなって」
きっと今この瞬間の些細な出来事すら懐かしむときが来るのだと思う。だからこそしっかり心に刻んでおこう。
無邪気に笑うリサを見て、そう思った。