to be with...   作:ペンギン13

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MOTHER

「ごめんねー、お客さんにこんなことさせちゃって」

 

「いえ、いきなり押しかけて夕飯をご馳走になったのに何もしないのは、さすがに心苦しいですから」

 

泡に濡れた4人分の食器を丁寧にすすぎ洗いして、隣で布巾を持って待機する、リサのお母さんへ手渡す。リビングで付けっぱなしになっているテレビでは最近の流行りのアイドルが司会に芸人に愛想笑いを振りまいていた。

リサと友希那は2階のリサの自室で何やら話をしているらしい。

 

「でも助かったわ。リサと友希那ちゃんの前じゃ話しにくかったから・・・」

 

「えっと、自分なにか粗相をしましたか?」

 

自分の行動だったり、言動だったりを振り返ってみる。・・・親御さんの耳に入ったらマズイものがちらほら、まぁそれなりにある。

そんな俺の様子を見てお母さんはケラケラと笑う。

 

「そんなんじゃないわよ!それとも何かやましいことがあるのかなー?」

 

「いえ、決して。多分、恐らく・・・」

 

洗い物が終わり、先程まで4人で食事を取っていたテーブルへと招かれる。テレビの電源が落とされると、リビングは一気に静寂に包まれた。壁掛け時計の秒針の音だけがメトロノームのように鳴り響く。

対面に座ったリサのお母さんは、陽気な雰囲気を仕舞い込み、真剣な面持ちで切り出した。

 

 

「お話ししたいのはね、お金のこと。この機会にちゃんとしておいた方がいいかなって思って」

 

「・・・お金、ですか?」

 

「リサにベース教えてくれてるでしょう?あの子のバンドの練習の後でやってくれてるみたいだから結構な頻度よね?週に3.4回くらいかしら」

 

確かにそのくらいのペースでやっている。バンドに部活にバイトと、多忙なリサのことを考えると、もう少しペースを落とした方が良いのかもしれない。

 

「陽くん、お仕事が終わった後、リサのバンドの練習が終わるのを待って、リサに付き合ってくれてるんでしょう?そこまでしてもらってなにも無しっていうのは、親としてどうなんだろうって思うんだ」

 

「そう言って頂けるのはありがたいのですが、自分はプロの講師ってわけじゃないから」

 

ギャラの事を今まで意識したことがないと言ったらウソになる。しかし、いざこうして現実の話として目の前に出てくると、妙な生々しさに胃の奥がひきつるような感覚を覚えた。

 

「うん、リサから聞いてるわ。おばさんね調べてみたんだけどプロの個人レッスンって、1時間で1万円くらいするのね。ちょっと驚いちゃった」

 

「スタジオミュージシャンだったり、サポートで食べているプロの相場は確かにそのくらいですね・・・」

 

「うちはごく普通のありふれた家庭だから、さすがにそこまでは出せないんだけど・・・。だから気持ちばかりになっちゃうんだけど、良かったら受け取って貰えないかな?」

 

つい先程まで温かな食事か並んでいたテーブルの上に、どこか素っ気ない、ありふれた茶封筒がそっと置かれる。その光景になぜかわからないけれど、深い悲しみを感じた。

 

「すみません、お気持ちは嬉しいんですけど・・・受け取れません」

 

「どうして?やっぱりちゃんと金額を決めて渡した方が良い?」

 

「そうじゃなくて、お金を受け取ったら、リサさんにベースを教えることが、なんだか不純なものになってしまう気がするからです」

 

お金を受け取ってレッスンをするプロの事を不純だと言っているわけではない。それは自らが長い時間、血の滲むような努力で手に入れた技術を切り売りしているだけのことで、むしろとても純粋で尊いことだ。

 

「自分がリサさんにベースを教えているのは、もちろん彼女に上手くなって欲しいからなんですけど、自分のためっていうのもあって。彼女の音が成長していく姿に自分は救われているんです」

 

プロを目指すことを諦めてしまった自分のベースが、リサの成長のために役立っているということ、そのことに俺は喜びを感じてしまっている。もしかするとそれは、目の前の茶封筒を受け取ることよりもずっと、不純な感情なのかもしれない。

 

「だからそれは、自分には受け取れないです。お気持ちをふいにしてしまってすみません。」

 

「そっか・・・」

 

テーブルの上に置かれた茶封筒を引き戻す。テーブルの上にはなにもない。そのことに深い安堵を覚える。

リサのお母さんはふっと表情を緩めた。その表情があまりにもリサに似ていて、やっぱりこの人はリサのお母さんなんだなと、そう思った。

 

「陽くんはなんていうか正直だね、ちょっと安心した。リサが男の人にベースを教わるって聞いたとき、大丈夫かな?って思ったんだ。ほら楽器やってる人ってチャラそうなイメージだからさ」

 

「あながち間違ってないですよ。そのイメージ・・・」

 

実際、バンドマンで金と女にだらしのない人間はとても多い。職業ヒモのミュージシャンをどれだけ見てきたことか。

 

「でも陽くんはちがうでしょ?リサのことを真剣に考えてくれてる。あの子が懐くのも納得だわ」

 

「懐かれてますかね?結構な頻度で噛みつかれてるんですけど」

 

「それは愛情の裏返しよ」と笑う。愛があるのなら、もう少し爆弾を投下することを控えて頂きたい。その爆弾を渡しているのが自分なのだから、どうしようもないのだけれど・・・。

 

「またご飯食べにきてね?お金はダメでも、それくらいならいいでしょう?陽くんが来てくれるとあの子も喜ぶから」

 

「・・・ありがとうございます。また時間が合う時にでも、お邪魔させてください」

 

今日ご馳走になった夕飯の味を思い出す。一人暮らしの生活の中で忘れ去られていた、家庭の温かさは、怖いくらいに居心地の良いものだった。

リサによく似た笑顔で「待ってるからね」と言ってくれるリサのお母さんの優しさに、胸の奥がじわりと温かくなった。

 

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