受話器越しに音楽と女生徒のものと思われる話声が、薄っすらと聞こえてくる。
音楽が流れているということはリサは今日、ダンス部の練習なのだろう。
プライベートの時間を邪魔してしまうのは気が引けるけれど、今日だけは甘えさせてもらう。
「リサ、助かった出てくれて。今、時間大丈夫?」
「うん。でも、部活の休憩中だから長い時間は無理だよ?急にどうしたの、リサちゃんが恋しくなっちゃった?」
「正直めちゃくちゃ恋しい、今すぐにでも会いたい」
「・・・い、いや、ホントにどうしたの?」
今この場にリサがいてくれればと心から思う。
紗夜とか友希那が相手なら音楽の話題でいくらでも、間をもたせられるけれど、あこちゃんたちが相手だと、どうしたらいいか全くわからない。
きっと今までが異常だったんだ。女子中学生と高校生だぞ?いくつ年が離れていると思ってる。話題などロクに合うはずもない。
「今、あこちゃんと白金さんがCiRCLEに来てるんだ。とりあえず、白金さんのこと名前で呼んでいいと思う?」
「・・・ねぇ陽さん、上げて落とすのってどうかと思うんだよねー?」
「え?」
「陽さん、髪フェチだもんね。燐子の黒髪、綺麗だから。触ってみたくなっちゃった?」
「待てリサ、そういう話じゃなくってーーー」
「じゃあやっぱり胸?燐子の凄いよね」
「やっぱりって何だ!?もっと違う!」
確かに白金さんの髪は烏の濡れ羽色といっても足りないくらいに綺麗だし、スタイルの方も、布面積の多い服を着ているのにも関わらず、色々と主張する部分があって凄いとは思う。・・・凄いとは思う。
「スケベ」
「リサ、気に障ったんなら謝るから。今本当に弱ってるんだよ。頼む、知恵を貸してくれ」
沈黙が下りる。通話中の沈黙ほど恐ろしいものはない。相手の顔色が窺えないものだから、本当に怒ってるのか、実は悲しい思いをしているのではないか、そういったことが全くわからない。
長いのか短いのか、個人的には恐ろしく長く感じた沈黙の闇から顔を出したのは予想外の、リサの押し殺した笑い声だった。
「あーおっかしー!陽さん、ごめんね!ちょっとからかっちゃった」
「リサ、どういうことか説明して。思考が追い付かない・・・」
「あこ達が今日、陽さんのとこに行くって聞いてたからさ。あーやっぱり予想通りの展開になってるんだなって。まさか電話して来るとは思わなかったけど。」
「そういうこと・・・勘弁してくれ、寿命が縮む」
「昨日の今日でこういうことになってる陽さんが悪いんでしょー?ほら、アタシって嫉妬深いらしいから。その調子だと、あこに弟子にしてくれって言われたんじゃない?」
「・・・実はその辺からこっちのこと見てたりする?」
「その位、予想がつくよ、メンバーなんだし。でもなんでわざわざ電話?今更、女の子を名前で呼ぶことくらいで連絡してこないでしょ?」
「そのことなんだけど、女子中学生と女子高生との接し方を教えてほしい」
「陽さんの弟子も女子高生じゃなかったかなー?」
かいつまんで、現在の状況を伝える。
なんだかんだと言って、真剣に話を聞いてくれるリサの存在が非常に頼もしい。
年頃の娘との接し方がわからず、妻に弱音を吐く中年の父親のようで、情けない気持ちでいっぱいだ。
「んーそれなら、スタジオにでも行って軽く音合わせてみればいいんじゃない?陽さんRoseliaの曲、何曲か弾けたでしょ?」
「弾けるけど、そんなのでいいの?」
「だって陽さん、ふたりとゲームの話とかできるの?お互いの好きなジャンルで親交を深めるのが一番だと思うよ?」
「それを言われるとぐうの根も出ない・・・。ありがとう、やってみる」
「燐子のことも名前で呼んであげて?最近、人見知り直そうって頑張ってるんだ、あの娘。怖がらせないでよ?」
「怖がらせるって・・・俺を何だと思ってる」
「キスするとか、押し倒すとか言われたことあるんだけどなー」
「その節はご迷惑をおかけしました・・・」
受話器越しにリサの愉快そうに笑う声が響く。
久しぶりにやられっぱなしだ。
「でも、わざわざ電話してきてくれてありがと。気にかけてくれて嬉しいよ」
「さすがに昨日の今日だから気にもするよ。ありがとう助かった」
「うん、ふたりのことよろしくね?それじゃ、そろそろ部活に戻らなきゃだから」
「リサ」
「ん?まだなにかあった?」
「白金さんの髪も綺麗だと思うけど、俺はリサのふわふわした髪が好きだな。それじゃ部活頑張って」
何かを言い返された気がするが、聞こえないふりをして通話を終了した。やられっぱなしは良くない。
随分話し込んでしまった。あこちゃんたちの所に戻らないと。
スマホが画面が光る、メッセージ、リサからだ
「胸は?」
・・・そう来たか。長考せず、返信する。
「黙秘で」
「スケベ」
どう受け取られたのかはわからないが、さっきの様子だときっと大丈夫だろう。
少し時間をおいてまたスマホが光る、画面を見るとリサのトレードマークの苦悶するウサギのスタンプがファイト!とエールを送ってくる。
「ありがとう、そっちも頑張れ」と返信し、随分と軽くなった足取りであこちゃんたちの待つテーブルへと向かった。