少し立て付けの悪い防音扉を無理やり締めると8畳ほどの、CiRCLEのそれに比べるとかなり手狭なスタジオの隅に、あこと燐子がお互いをかばい合うように蹲っていた。
ちょっと何をしているのか分からないが、もしかしたら彼女たちなりの、演奏に向けて意識を高める儀式のようなものなのかもしれない。
一歩近づくと、露骨に怯えた表情をされた。店長との会話の最中になにがあったというのか。
「おまたせ。2人ともどうしたの?」
「・・・あこたちにエッチなことするんですか?」
「どうしてそうなった?」
俺が入るまでスタジオのドアが開けっぱなしだったことを思い出す。
店長のゲスなジョークが耳に入ってしまったのだろう。本当にロクでもない大人だ、ちくしょう。
ふたりの怯えきった表情が胸に刺さる。
「や、やっぱり、リサさんの言ってたこと、ほ、本当だったんですね・・・」
「・・・あの3人が何か言ってた?」
「よ、陽さんがその、よくそういうことを、持ちかけてくるって・・・」
「嘘ではないけれど、誤解なんだって」
リサの悪戯が成功したときに見せる笑顔が脳裏を過った。
その笑顔を恨めしく思うが、結局の所は身から出た錆だから、ただの自業自得だ。
目の前で「あ、あこちゃんの事は守るからね」「りんりん!」などと涙ぐましいふたりの友情劇に眩暈を覚える。
「言い訳は後でするよ・・・。時間勿体ないし始めよう。ほらくっついてないで、あこちゃんはドラムの方に行く」
「本当に、りんりんになにもしない?」
「しないしない。燐子も、キーボード大丈夫?ここのやつ、そこそこボロいから」
「は、はい、今見てみます・・・」
下手に話し込んでも泥沼なのは目に見えているので、力技でそれぞれの楽器へ移動させると、こちらもベースの準備にとりかかる。
店長はあの見た目でマメな性格なので、楽器のメンテナンスはしっかりとしているから安心だ。
とりあえず、今の話題は音楽の力を借りて記憶から吹き飛ばしてしまおう。
「ボーカルがいないし、色々と音も足りないから原曲より薄くなっちゃうけど、Roseliaの曲やってみようか?」
「え、陽さん弾けるんですか!?」
「リサに教える過程で、自分でも弾けた方がいいから。全部はさらえてないけど弾けるよ?燐子、音数足りない分、鍵盤で色々やってみてよ」
「は、はい、頑張ってみます!曲は、何をやりましょうか・・・?」
「はいはい!あこ、BLACK SHOUTやりたい!陽さん弾けますか?」
「大丈夫、弾ける曲だ。イントロの同期の部分はベースと鍵盤でユニゾンしようか。あこちゃんは歌っちゃって。ドラムがインしたら後は原曲の流れで適当に。燐子はどんどんアドリブしちゃって。練習じゃなくて遊びだから、とにかく目いっぱい楽しもう」
あこちゃんに目配せをすると、心得たとばかりに閉じたハイハットでカウントを4つ、燐子と視線を合わせ、鍵盤とベースでユニゾンを始める。
ベースのタッピングから生み出される温かな音に、燐子の繊細なピアノのアルペジオが溶け合う。普段目にすることが少ないであろうベースの奏法に目を丸くしていたあこちゃんが、ハッとして歌い始める。
溶け合った楽器の音にあこちゃんの歌声が混じり、コーラスの部分は控えめな燐子の歌が補った。
意外なことにあこちゃんの歌声はなかなかに力強く、そしてどこか艶っぽい。そのギャップに思わずにやけてしまう。
それを見たあこちゃんは自分の歌を笑われたと思ったのだろう、大人びた歌声とは真逆の幼げな、拗ねた表情を浮かべた。
そしてその不満を代弁するかのように、高く持ち上げられたスティックは稲妻の如く、シンバルへと叩きつけられたーーーー
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「なにこれ!すっごい!!違う曲みたい!!」
「あこちゃん、凄くかっこよかったよ・・・」
「りんりんも凄かったよー!もうバーン!て感じだった!!」
「ふたりとも凄いね。本当に上手い。引き出しも多いし」
「陽さんのベースも、リサ姉と全然違ってて凄かった!なんかこう、闇魔法って感じで!」
音楽は良いもので、人との距離感を一気に縮めてくれる。
2人に対して感じていた気まずさや、ぎこちなさのような感情は、今の演奏がどこかへと吹き飛ばしてくれた。
でも出来ることならもう少し欲張って、その不要な感情をさらに遠くへと吹き飛ばしたい。
「時間がまだあるから他の曲もやろうか。俺、陽だまりロードナイトやりたい」
「うん!あこもやりたい!」
「あ、あの、私もです・・・!」
「好き放題弾いちゃおう、こんな演奏、作曲した友希那には秘密だな」
「この3人だけの秘密だね!」
「そうですね、秘密、です」
3人して顔を見合わせて笑い合う。
秘密の共有は距離感を縮めるというから、きっとこのふたりとはもっともっと、仲良くなっていけるんだと思う。
笑顔が弾けるあこちゃんがドラムを思うままに叩き始め、燐子のピアノが寄り添うように旋律を紡ぐ。
そこにベースの音をそっと滑り込ませると、Roseliaのそれとは全く違った音の奔流が生まれた。
またバンドをやるのも、悪くないかもしれない。
無くなってしまったバンドの事を思い出す。
あのふたりは俺がまたバンドを始めたらどう思うのだろう?
ひとりはきっと、ふんわりと笑ってくれるだろう。
もうひとりは、理不尽に怒鳴り散らすと思う。
思わず笑みがこぼれる。
あこちゃんと、燐子と、今日こうして音楽をやれて良かった。
人とやる音楽はこんなにも楽しい。
ずっと遠ざけていたふたりの面影を感じながら、そんな当たり前のことを思った。