「スケベ」
指を絡めて繋がれた手を強く握られる。ベーシストらしく、短く整えられた爪が肌に食い込む事はないが、ただただ心が痛い。
「ただの悪ふざけだったんだって」
「ふーん、どーだか」
ファミレスに部活帰りのリサを呼んだ犯人はあこちゃんだった。
みんなで食事をしたいという、あこちゃんらしい健気な思いに心が温まるが、リサを呼んだのならあの話題は避けて欲しかった。
聞けばあこちゃんは、リサ以外の面々にも声をかけていたという。
もしあの場に紗夜がいたらと思うと、背筋が凍るなんてものじゃない。
「黙秘ってそういうことだったんだね?変態」
「誤解なんだ・・・」
あの後、食事を終えてなぜかリサとふたり、あこちゃんと燐子をそれぞれの自宅へと送り届けて現在のこの状況に至っている。
あれから目が合う度に顔を赤くして逸らしてしまう燐子がとてもいじらしくて可愛かったが、縮まったはずの距離が以前よりも空いてしまったように思えてならない。
思考を感じ取ったかのように、リサがこちらを睨む。
「やっぱり男の人って燐子みたいなタイプが好きなの?黒髪で、大人しくて、胸おっきくて、みたいな」
「いや燐子くらい可愛い子なら、誰でもタイプだと思うけど。・・・痛い痛い、怒るなら聞かないで」
「べっつにー怒ってないしー?」
手をさらに強く握られる。怒っているなら手なんか繋がなければいいのに。
あこちゃんと燐子と別れた後、リサの方から絡めてきたこの手はずっと繋がれたままだ。
「電話越しに好きって言ってきたクセにこれなんだから、浮気者ー」
「好きって、髪の話だろ?誤解を招く言い方をしない」
「上げて落とされた方の気持ちになれって話!せっかくアドバイスしたのに、恩を仇で返されるんだもんなー」
それを言われると心が痛む。リサのアドバイスのお陰で、今日の短い間にふたりとの距離を縮めることが出来たのだ。
その恩をふいにしてしまうことは、心苦しい。
「アドバイスには感謝してるよ。本当に。お陰で音楽仲間がふたりも出来た」
「燐子の水着も見れたし?」
「リサの水着も見れたしな」
「・・・そんな取ってつけたように言われてもなー」
決して取ってつけたわけでは無い。
燐子の写真は色々と凄まじかったけれど、それと同じか、いやそれ以上にリサの写真は非現実的なくらいに綺麗だった。
「本当だって。言葉に出来ないくらい綺麗だって思った」
「燐子より胸ないけどね」
「でも綺麗だった。リサってバランスがいいんだな。どこのパーツがっていうんじゃなくて、全部が綺麗って感じ。実物が見てみたいな、今度着てきてよ?」
「変態。綺麗って言えばいいと思って・・・。でもそんなにアタシの水着が見たいなら、来年は一緒に海いこーか?」
少し肩の距離が近く。
気が早い、来年は受験だろう、ヤボな言葉が頭に浮かぶが、このタイミングでそんなことを言えるわけもなく。なにより見れるのなら見たいと思うわけで。
「プールとかでもいいかもな、最近のって温泉もついてるんだろ?それなら夏まで待たなくても行けるし」
「わ、陽さんがこういうのに乗り気なのって珍しいね。そっかー、そんなに見たいのかーアタシの水着」
肩がくっついて体重をかけられる。歩きづらいったらないが、その重みが幸せで速度を緩めて歩く。
「見たい見たい、なんなら水着でレッスン受けてもいいよ?」
「ばーか」
ふたりっきりのスタジオ、水着姿でベースを構えるリサを想像する。
あまりにカオスな光景に思わず吹き出しそうになる。
海でもプールでも、いつか行ける日が来るといいな・・・。
そんなことを考えていると繋がれていた手が解かれた。
あこちゃんと燐子の家に寄ったため少し遠回りだったが、いつのまにかリサの家の前に辿り着いていた。
「送ってくれてありがと。海かプール、絶対行こうね」
「うん、そのうち行こうか。今日はアドバイスありがとうな。預かってるベース、次の練習までには仕上げておくから」
それじゃ、と立ち去ろうとすると、かばん地面に置いたリサがこちらに向いて両手を大きく広げた。
若者の間で流行ってる挨拶かなにかだろうか?
「アドバイスのお礼。お休みのハグでいいよ?」
「ちょっとハードル高くない?」
「ハグしてくれたら、今日の事は水に流してあげる」
・・・それは魅力的な提案だけれど、果たしていいのだろうか。6歳も年下の女の子にそんなことをして。
「ここまでしてる女の子に恥をかかせるのってどうなのかなー?」
からかうリサの声に不安の色が混ざっていることに気づいた。
暗くてよく見えないが、もしかしたらその瞳も揺れているのかもしれない。
年下だとかそういう考えが頭から消える。
手を広げて待つリサをそっと抱きしめると、彼女の体が緊張に固まった。
「・・・なんで自分から誘っておいて固まるんだ」
「ほ、本当にしてくれるとは思わなくて。あはは・・・ビックリ」
遠慮がちに背中に手を回して来るリサは、以前に抱きついてきたときよりも、随分と控えめで、その様子に心をくすぐられる。
「こういう場面でリサがしおらしいのって珍しいな」
「・・・うん、アタシもそう思う。ちょ、髪に顔埋めないでよ!」
普段、やられてばかりなのでここぞとばかりに攻めてみると、思った通りにリサは狼狽えて、その反応が楽しくてついつい意地悪をしてしまう。
リサの髪の毛のちょうど束ねられたあたりに、顔をグリグリと埋めると、いつものリサの匂いとは違ったものが鼻腔をくすぐった。
「リサ、香水かなんか付けてる?」
「つけてないけど・・・。あ、今日部活あったから、うわー恥ずかしい・・・」
胸の中のリサは借りてきた猫のように縮こまってしまった。
なるほど、確かにそう言われてみると制汗剤の香りのなかに、うっすら汗の匂いを感じないこともない。
その匂いに今、自分が抱きしめている相手が女子高生であるということを思い出し、湧き上がる背徳感に背筋が震えた。
「よ、陽さんもういいよ、ありがとう、これ以上はアタシ寝られなくなっちゃう・・・」
「そう?それじゃ・・・」
抱き締める力を緩めて、直後にもう一度強く抱きしめると、リサは変な声を上げて驚いた。
その反応に満足して今度こそ解放してやると、暗闇の中でもハッキリとわかるくらいに、顔を真っ赤に染めたリサがそこにいた。
「・・・また恩を仇で返された」
「リサがしろって言ったんだろ?」
「匂いを嗅げなんて言ってないし!」
「いい匂いだった」
「聞いてないし!」
陽さんのばーか!、と言い残してリサは家へと入っていってしまった。
さすがにやりすぎただろうかと思ったが後の祭りだ。今度会ったときにでも謝ろうと心に決めて、家へと向かい歩き出す。
5分ほど経ってポケットのスマホが震えた。リサからのメッセージだ。
「送ってくれてありがとう。ばか。おやすみ!」
怒りマークがこれでもかと踊っているのに、最後にはちゃんと挨拶をしてくれるのが、なんともリサらしくて笑みが溢れる。
「悪かった。おやすみ」
文字だけのメッセージを送信する。
思い返すと濃い1日だった。あこちゃんたちとここまで仲良くなれるなんて思わなかったし、最後に怒らせてしまったけれどリサの新たな魅力にも出会えた。
この充実した1日の全てにリサが関わっていることに気づき苦笑する。
肌寒く寂しいはずのひとりの帰り道は、リサを抱きしめたときの温もりや色んな感情がずっと体に残っていて、ちっとも寒くなかった。