うろこ雲がゆっくりと流れる気持ちの良い秋晴れの土曜日のお昼時、俺はのんびり近所を散歩している。
耳に突っ込んだイヤホンからは、映画「天使にラブソングを」のHail Holy Queenが「幸いあれ!幸いあれ!」と流れている。
本来今日は休日ではなかったのだが、まりなさんの計らいで1日休みを頂戴することになった。
ーーー昨日、Roseliaのライブの感想を伝えている際のこと、俺は何を血迷ったのか今井さんに弟子入りの誘いを申し出た。
脈絡の無さすぎる発言に場の空気は当然の如く凍り付いてしまう。
カウンターで作業をしていたまりなさんも、唖然とした表情でこちらを見ている。
一番の被害者である今井さんも、大きな猫目を丸くして固まっている。
やらかした・・・
「ごめん、今のなしで!今日はもう遅いしこれくらいにしよう、俺もまだ作業が残ってるからさ、それじゃお疲れ様でした!」
早口でそう言い終えると、一目散に地下のライブスペースへと逃亡した。
これはどうしようもない、後が怖いけどきっとまりなさんがどうにかしてくれる事を願いうしかない・・・。
地下に戻ると、勇太が1人作業を黙々と続けていた。
「あ、陽さんおそいっすよー。Roseliaちゃんと何話してたんすかー?」
すまん、と手短に謝罪し勇太の質問攻めをかわしながら残りの作業を手伝う。
抜け出してから1時間少々経っていたこともあり、作業は大した時間もかからずに終わった。
後はもう帰るだけなのだが、Roseliaの面々はもう帰宅したのだろうか。
ていうか、彼女たちが次にうちでライブやるのっていつだ?考えてたら胃が痛くなってきた。
「お疲れさまー!もう閉店作業は終わった?」
どうしたものかと、頭を抱えているとまりなさんがやってきた。合わせる顔がない。
「お疲れさまっすまりなさん!ばっちり終わってますよ!」
「遅くまでありがとうね、日向君!私と高橋君はこの後、次のイベントの打ち合わせがあるから、先に上がっちゃっていいよ」
「了解っすー!それじゃあお先に失礼します!陽さん、今度Roseliaちゃんとのこと聞かせてくださいよー」
おつかれっしたー!と声を残し颯爽と去っていく勇人。
勇人の背中を処刑台に上がらされた罪人のような気持ちで見送る。打ち合わせ?そんなの聞いてない、初耳だよ・・・。
「高橋君、さっきのことなんだけど・・・」
あぁ、なにを言われるのだろう、あの状況を丸投げして逃げてきたんだ、何を言われても仕方ないよな。
無駄な抵抗を諦め、ゆっくりとまりなさんの方を向くとーーー
「いきなり慣れないことを任せちゃってごめんね、疲れちゃったよね?明日は土曜だけど大きなイベントもないし1日有給にするからゆっくり休んで」
慈愛に満ち溢れた微笑を浮かべたまりなさんが、そう仰った。
「しっかり休んで、来月のRoseliaのライブも、ばっちりよろしくね!」
天使のような悪魔の笑顔、あまりにも有名なあのフレーズが頭の中で流れたーーー
昨日のことは思い出すと憂鬱になる・・・。誰が悪いって徹頭徹尾、自分が悪いのだからどうしようもない。
まだ昼前だけれどコンビニで酒でも買って帰って、今日はさっさと寝てしまおう。
辛い時に酒に逃げられるのは大人の数少ない利点だ。
どうせ来月にはまた顔を合わせるんだ、いや練習スタジオを利用するときにだって会う可能性は十分にある。
イヤホンをむしり取る。なにが「幸いあれ!」だちくしょう。
「忘れよう、今日だけは全部、忘れよう・・・」
そう呟き、近場のコンビニへと足を向けた。
「しゃーせー」
なんとも気の抜けた挨拶に迎えられ、コンビニへと入店する。
普段の買い物は、安上がりなスーパーで済ませているため実は結構久しぶりだ。
名曲を冒涜しているようなチープなアレンジのBGMが流れる店内にいると、なんだか不思議と心が明るくなってきた。
土曜の昼間から呑んだくれてグダグダ出来るんだ、楽しまなきゃ損だよな。
缶チューハイや、新発売らしいジュースやスナック菓子、カップ麺なんかを次々とカゴの中へ適当に放り込んでいく。
最近忙しかったしな、こんな日くらいパーっとやろうパーっと。
すっかり陽気な気分でレジに向かう。レジ横のお惣菜ってこんなに種類があったっけ?
「いらっしゃいませーこちらでお伺い・・・って高橋さん!?」
はい高橋さんです・・・。どこかで聞いたことのある、少しハスキーな温かみのある声に名前を呼ばれた。油まみれのチキンに注いでいた視線を、恐る恐る店員さんへと向ける。
「奇遇ですね今井さん・・・」
おぉ、神よーーー