to be with...   作:ペンギン13

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Stand By Me

物音ひとつしない静まり返った廊下。目の前の楽屋のドアはピタリと閉じられていて、中の様子は一切伺えない。

リサは今、一体どんな顔をしているのだろう。

ノックを3回。少し間をあけて、中からリサのものとは思えない、暗い暗い闇の底から這い出るような返事を返された。

無言でドアを開けると部屋の隅の方の椅子に、まだ衣装のままのリサが俯いたまま座っていた。

すぐそばのギタースタンドにはリサの深紅のベースと、俺のボロボロのジャズベースが寄り添うように立てかけられていて、リサの様子を心配そうに窺っているようにも見える。

「リサ」と名前を呼ぶと、俯いていた顔が弾かれたように上げられた。いつもばっちり決まっているメイクは涙で崩れてしまい、泣き腫らしたのか目は真っ赤に充血してしまって痛々しい。

悲壮感の漂うその姿を放っておけずリサの元へ近づこうとするが、立ち上がったリサは俺に怯えるかのように壁の方へと後ずさってしまった。

 

「よ、陽さん、なんで?」

 

こんなにも、こんなにもか弱い声を出す娘だったろうか、リサは。

 

「ライブお疲れさん。リサ、友希那と一回話し合った方がいいぞ。女の子がひとりだけの楽屋に男を放り込むって幼馴染としてどうなんだ?」

 

努めて明るく、おどけた調子で話しかけてみるが、リサの表情は曇ったままだ。いや先程よりも曇ってしまった。今にも雨が降りだしそうなくらいに。

どうしたものかと、口の中で言葉を転がしていると、急にリサが膝に頭をくっつけてしまいそうな勢いで頭を下げた。

 

「陽さん、ゴメン、ごめんなさい!アタシやっちゃった、あんなミス、あんなありえない・・・本当にごめんなさい!陽さんがメンテしてくれたベースもあんなにしちゃって、アタシ、アタシ・・・」

 

早口で捲し立てるようにそう言ったリサの様子は尋常じゃなく、体が震えているのが遠目に見てもわかった。

とても、冷静に話せる状態ではない。

 

「リサ落ち着けって。ミスは誰にでもあることだから」

 

こんな、どうしようもない言葉しか、かけることの出来ない自分がし腹立たしい。

 

「・・・もう陽さんにベース教わる資格ないよねアタシ。ライブ、ぶち壊しちゃって、みんなに、迷惑かけて、本当にこんな弟子でゴメン・・・ゴメン。もう大丈夫だから、弟子、辞めるから、先生、やめちゃってもいいから、本当にゴメン・・・」

当にゴメン・・・」

 

弟子を辞める、先生をやめちゃっていい、リサの口から出た言葉で胸に穴が開いてしまったような、酷い空虚感に襲われた。

辞める?たった一回の事故みたいな失敗で、辞める?

これくらいのことで無くなってしまうのか、リサとの関係が、これまでの日常が、また無くなってしまうのか。・・・そんなのは嫌だ。

 

頭に血が上るのがわかった。リサとの距離を一気に詰めて、衣装のむき出しの肩を掴んで顔を上げさせる。

真っ白な肩は氷のように冷え切ってしまっていた。

大きな猫目からボロボロと大粒の涙が零れ落ちた。雫が次から次へと落ちていく。急に肌に触れられたリサは驚きと怯えとを表情に滲ませた。

その表情はあまりにも頼りなくて、今にも消えてしまいそうに儚くて、けれど綺麗で。

気づいたらキスしていた。

リサの大きな瞳がさらに大きく見開かれる。体が硬直するのが肩に置いた手から伝わった。彼女の涙の味だろうか少ししょっぱい。

さらに距離を縮めるように、角度を変えて唇を押し当てると、リサの瞳がゆっくり閉じられて、体の力が抜けていった。

瞼が下ろされる際に流れ落ちた一筋の涙の雫があまりにも綺麗で、この瞬間を冷凍保存して永遠のものにしてしまいたいという不謹慎な衝動に駆られた。

目を閉じる。リサの存在が消えてしまわないよう、強く強く唇を押し当てた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

一瞬とも永遠とも感じられる時が過ぎて、ようやく俺はリサを開放した。

そっと開かれた彼女の瞳を至近距離で見つめる。そこには、涙の余韻と、困惑と、怯えと、とにかく色々な感情がごちゃ混ぜになった色が湛えられていた。

 

「陽さん、なんで・・・」

 

リサの言葉には耳を貸さず、肩に置いた手を背中に回して抱きしめた。

少し時間を置いておずおずと、リサの手が背中に回る。先程まで冷え切ってしまっていた体はすっかり温かくなっていた。

 

「俺はリサの事が大切なんだよ。このくらいって言うと怒るかもしれないけど、こんなミス、こんな事故みたいなミスの一回なんかでリサにいなくなられたら、耐えられないって」

 

抱きしめる力を強める。リサがいなくなってしまわないように。どこかへ行ってしまわないように。

 

「リサはどう思ってるかわからないけど、この2ヶ月くらい、本当に楽しかったんだ俺。リサにからかわれるの実は楽しかった、逆にからかうのも楽しかった。リサのベースが日に日に上手くなっていくのが本当に嬉しかった。リサと一緒にいられることが嬉しくて幸せだった」

 

腕の中のリサが震えているのがわかる。キツくキツく抱きしめる。その震えが止まるように。しかし震えは強くなってしまって、胸に押し付けられた顔からはくぐもった嗚咽が漏れ始める。

 

「だからこのくらいで弟子辞めるとか、先生辞めろとか言うなって。お願いだから。情けないけど、もうリサのいない生活とか考えられないんだ俺」

 

「ゴメン・・・ゴメン・・・。アタシも楽しかった!いたい、陽さんと一緒にいたい。ゴメン、先生辞めないで、一緒にいて・・・」

 

嗚咽交じりにそう返してくれるリサに安堵する。

リサが一人前になったら俺の元から消えてしまう。そう考え始めたのはいつ頃からだったろうか。いまこの状況になってみると下らない考えだと呆れる。

きっとリサとの日常が崩れて無くなってしまうことを恐れて、もしそうなっても大丈夫なように、臆病な自分の心に予防線のようなものを張っていたんだ俺は。

それがいざリサから弟子を辞めると告げられたらどうだ?こんなにも必死になって引き留めている。

師匠とか弟子とか、リサに対する感情はそういうものからとっくに変化していた。

きっとその感情は・・・。

 

涙とか色んなものでぐしゃぐしゃになった顔を見つめる。酷い顔だ。なのにその顔ですら魅力的に見えてしまって、その感情がよほどのものなのだとわかり、内心苦笑する。

 

「リサ、俺はリサのことが好きだ。弟子とかそういうのじゃなくて、ひとりの女の子として。だから、リサが良かったらずっと一緒にいて欲しい」

 

驚くほどあっさり、その感情は口から流れ出た。

リサの瞳が丸く見開かれ、直後またくしゃりとその表情は歪んでしまう。その表情の変化すら、ひたすらに愛おしい。

嗚咽を押し殺して、リサはこう返した。

 

「アタシも、好き、陽さんのことが、大好き、ずっと」

 

たまらず抱きしめる。

女子高生の弟子と気づいたら恋仲になっていた。字面だけ見ると大概だ。

でもそんなことはどうでもいい、今は腕の中の女の子だけが全てだ。

頰に手を添えて顔を上げさせる。涙でキラキラと光る瞳が美しい。

その瞳がそっと閉じられるのに合わせて、俺はもう一度、彼女にキスをした。

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