to be with...   作:ペンギン13

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3話

無音のスタジオ内に規則的に鳴り響く、壁掛け時計の音が神経を逆なでする。

最初に見た時から長い方の針が一周半しているように見えるのは、気のせいじゃない。

 

「愛子、このスタジオって何時間取った?」

 

「えーっと、二時間だね」

 

「・・・あと三十分しかないな」

 

「そ、そだねー」

 

じっと見つめた防音扉が開く気配は一向になく、あまり丈夫ではない俺の堪忍袋の緒はそろそろ限界だった。

ミュージシャンという人種には基本的に時間にルーズなやつが多いけれど、ここまでくると経験上、恐らく愛子の言うカッコいい女の人やってこない。バックれというやつだ。

 

「愛子、残念だけどこれはダメなやつだ。もう来ない。アイス買ってやるから帰ろう」

 

「ここまで待ったんだから最後まで付き合ってよー!アイスはダッツのイチゴが良いな」

 

「さりげなく高いやつ要求するな。・・・いや、 もうそれでいいから帰ろう。不毛過ぎる」

 

ごねる愛子を無視してアンプの電源を落とそうとすると突然、立て付けの悪いドアが物凄い勢いで蹴り開けられた。

ぎょっとして振り返ると、そこにはとんでもない美人が立っていた。

 

毛先が真っ赤に染まった、濡髪のような黒のセミロングが、白い肌に怖いくらい映えている。

大きな猫目とシャープな輪郭は、血統付きの猫のみたいな高貴さがにじみ出ているけど、不機嫌そうにへの字に曲げた口元のせいで台無しだ。

派手な顔立ちに負けず劣らず服装も派手で、黒のタンクトップの上に赤い革ジャンを纏い、ホットパンツから伸びるデニールの薄い黒のタイツに包まれた脚は長くほっそりとしていて美しい。足元は革ジャンと同じく赤いジョージコックスのラバーソールで飾られて非常にパンクな出で立ち。

確かに愛子の言う通り女性にしては背が高い。ラバーソールの厚底と合わせれば170cmは超えていると思う。

肩からぶら下がった革のギターケースがやたらと似合っていて、ギターケースが似合うやつなんているんだなと、変に感心してしまった。

 

色々と赤い美人は防音扉を乱暴に締めると、そのまま無言でマーシャルのアンプへ歩み寄った。

扉の閉まる音で呆けていた俺は我に返った。

 

「いや、お前遅刻してきて挨拶ひとつ無しかよ!?」

 

「は?何いきなり・・・てかあんた誰?」

 

「そっちの小さいのに連れてこられたベーシストだよ!てか謝れよ、どれだけ待ったとーー」

 

直感で身を引いて正解だった。美人の放った右ストレートが顎先を寸でのところで通り過ぎた。握られた拳の中指にアーマーリングが飾られているのが見えて、背中に冷たいものが走る。盛大な舌打ちが聞こえた。

 

「避けるなよ・・・。愛子の言ってたベーシストって男かー」

 

「殺す気か!どうかしてるんじゃないか!?」

 

「男のクセにうるっさいなぁ・・・。悪かったって、時間ないしさっさと合わせよ」

 

何事もなかったかのように準備に戻ってしまう彼女を唖然として見つめる。

いつの間に異世界に迷い込んでしまったんだろう俺は・・・。

この世界が現実であることの唯一の証明になる愛子の方を見ると、何故かニコニコと笑みを浮かべて、マイクに「あ。あー」と声を当てる美人さんを眺めている。スピカーから低めのハスキーボイスが零れ落ちる。

 

「かっこいいよねー茜ちゃん」

 

「茜ちゃん?」

 

「名前で呼ばないでキモチワルイ」

 

「ならなんて呼べばいいんだ?名前知らないんだけど」

 

「人に名前を聞くときは、自分から名乗れって教わらなかったの?礼儀知らず」

 

初顔合わせに一時間半も遅刻して来たやつに、礼儀知らず呼ばわりされるとは思わなかった・・・。

あまりの非常識っぷりに、一周回って頭が冷える。

 

「高橋陽、高い橋に太陽の陽。好きに呼んでくれて良いから」

 

「じゃあ、ミジンコ」

 

「なぜ」

 

なんで初対面でこんな当たりが強いんだよ・・・。

 

「冗談だって。アタシは櫻井茜。苗字と名前以外ならなんて呼んでもいいよ」

 

「じゃあ、赤鬼で」

 

「ブン殴られたいの?」

 

理不尽すぎる。じゃあなんだ女王様とでも呼べば良いのか?いいじゃないか、赤鬼。店長とふたりで赤鬼と青鬼のセットだ。地獄の底みたいなこのスタジオにピッタリだろう。

櫻井は特徴的な形のケースからギターを取り出す。ケースの形でフライングVなのはわかっていたけれど、顔を出したギターのボロボロっぷりに目を見張る。

 

「何それヴィンテージ?」

 

「ただの中古、投げたり振り回したりしてたらこうなってた」

 

投げたり振り回したりするなよギブソンを。

シールドをケースから引っ張り出して、マーシャルに直接繋ぐと、電源を入れて真空管が温まるまでの間にチューニングを済ませる。手慣れた一連の動作はそれなりに長くギターを弾いてきていることを感じさせた。

 

「あんた、Green DayのAmerican Idiot弾ける?愛子は昨日一人で叩いてたし大丈夫だよね?」

 

「だいじょぶー、叩けるよー!」

 

「弾けるけど、キーは?女だとキツイだろ」

 

「なめんな。そのままでいい」

 

そう言ってマーシャルのボリュームをグイッと上げると、火の入った真空管が歪んだギターサウンドを吐き出した。

たった三つのコードを掻き鳴らすだけのシンプルなリフは、ギターを初めて三日もあれば弾ける簡単なものなのに、心の奥の熱をこんなにも掻きたてる。

櫻井が愛子に目配せをするのを見て、慌てて耳栓を押し込み直す。

スティックでカウントを四つ、愛子の腕が振り下ろされた。

 

想像していたのと全く違う、いたって平凡な8ビートが炸裂した。

肩透かしを食らったような気分になる。愛子ってこんなドラム叩くやつだっけ?

演奏が始まっている以上、呆けているわけにもいかないから、櫻井のギターに合わせてシンプルなリフを刻むけれど、正直違和感しかない。

ちらりと愛子の方を見てみると、どう形容していいのかわからない。

水中でドラムを叩かされているみたいな、表情からフォームまでとにかく息苦しそうな愛子がそこにいた。

なにをやってるんだこいつは・・・。

ギターのリフが乱暴に断ち切られて、それに引き摺られるようにリズム隊の音も途切れた。

居心地の悪い沈黙が横たわる。

 

「愛子、どしたのアノ日?」

 

「ち、違うよー!」

 

「じゃあ何、?男の前で女の子ぶりたくなっちゃった?その胸にぶら下げてるやつ揉ませてやれば?」

 

「・・・うっさい貧乳」

 

「あ?」

 

ちらりとタンクトップの胸元に目をやると、思いっきり睨まれた。

・・・控え目だけど十分ある方だ、うん。

 

愛子は普段ぼんやりしていて、しかもこの見た目だから誤解されがちだけれど、実際は物凄く頑固で負けん気が強い。

プロのドラマーを目指しているのだから、この小さい体にもその位の情熱は当然備わっている。

 

「ちょっとまって」

 

愛子はバスドラムのふちに足を掛けると、靴のひもを解いて脱いでしまう。靴下も一緒に脱ぎ去り、白くて小さい素足が露わになった。

グーパーと足の指を握ったり開いたりして、手に持ったスティックを逆さに持ち替え、ブンブン振り回す。

 

「よっし、だいじょぶ。・・・茜ちゃん、泣いても叩くの止めないからね?」

 

「上等だよ」

 

愛子の啖呵に、櫻井は大きな猫目をギラリと光らせて応える。

正直かなりおっかない。

 

「おいミジンコ」

 

「誰がミジンコだ」

 

「アンタもなんで、そんな当たり障りない音鳴らしてんの?それがアンタの本気の音なら、要らないから帰ってよ」

 

カチンときた。

別に好きでこんな音を鳴らしているわけじゃない。サポートの現場で求められる音を研究していった結果こういう音に落ち着いたんだ。

俺だって出来ることなら、ビリーシーンみたいな思い切り歪ませたベースで他の楽器としのぎを削りたい。

愛子みたいに簡単にのせられてたまるかと思ったけれど、今回は、今回だけはのせられてやろう。

 

フラットにセッティングしていたアンプのゲインとミドルをグイッと上げると、ギターのものとは明らかに違う地を這うような低いフィードバック音がスタジオを覆い尽くした。

その不穏なフィードバック音を振り払うかのように、マーシャルがスリーコードの悲鳴を上げる。

乱暴なコードストロークに、歪ませたベースで噛み付くようにユニゾン。そこに調和という概念は存在せず、ひたすら殴り合いのような音の応酬を繰り返す。

櫻井の、への字に曲がっていた口角はいつのまにか吊り上がり、その美貌も相まって壮絶な笑みを作り上げている。負けじと俺も笑顔を返してやった。

唐突に、閉じたハイハットだけの8ビートが飛び込んで来た。

「ふたりだけで盛り上がらないで!」と言わんばかりの激しい8ビートに思わず笑みがこぼれる。

櫻井とふたり、不思議と全く同じタイミングでネックを天井高くへと振り上げた。愛子のドラムをこの殴り合いの中に迎え入れるために。

掲げられたネックと愛子のスティックが振り下ろされる。

次の瞬間、落雷のような音とともに、ロックンロールが鳴り響いた。

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