「バンドの名前はRed Dayで決定ね。ほらアタシのギター赤いし、Green Dayかっこいいし。つまり最強」
「おぉーかっこいい!」
「地獄のように語呂が悪いな・・・」
カウンター正面に設置された長椅子に3人で腰掛ける。
スティックが直撃した頭を自販機で買ったコーラを当てて冷やした。
櫻井が凄い顔で睨んでくるけれど、どう考えても悪いだろう、語呂。
大体なんだよRed Dayって?赤い日・・・祝日?
結局演奏が止まったのは、スタジオ終了時刻を30分も過ぎた後のことだった。
3分の曲を1時間近く弾いていたのかと思うとゾッとする。完全に熱に呑まれていた。
慌てて片付けをしてカウンターの青鬼に平謝りしたけれど
「いいよ、どうせ暇だし。料金も2時間分で大丈夫だから。それより陽ちゃんは凄いね。おじさんくらいになっちゃうと2人も相手にそんなもたないよ」
と、店の経営が心配になる言葉と下ネタとを頂戴しただけで、特にお叱りはなかった。
この人は下ネタを喋らないと死ぬ呪いにでもかかっているのだろうか?
櫻井と愛子はその間、談笑しながらのんびり片付けをしていた。納得がいかない。
「茜ちゃんついにバンド結成?長かったねー、これでボクもひと安心だ」
「うっさいよ店長。それより、ちゃんとバンド組んだんだから、約束通りライブ紹介してよね」
「ちょっと待って、ライブって?ていうか俺、バンドに入るなんて言ってないぞ?」
店長と櫻井と愛子が、三人して道端に落ちてる片方だけの軍手を見るような目をこちらに向けてきた。
そんな目で見られたって困る。スタジオ一回、そういう約束だった。
「えー!陽くん一緒にやろうよー!」
「嫌だよ。俺はバンドをやらないって何回も言ってるだろ?」
「でもさっき、めちゃくちゃ楽しそうに弾いてたじゃん!」
「それはそれ、これはこれだ」
確かに楽しかった。それは認める。けれど、このバンドが成功するとはこれっぽっちも思えない。どう見てもバランスが悪すぎるし、何より櫻井と上手くやっていける気がしない。
あんまりごねられても面倒だから、さっさと帰ってしまおうと椅子から立ち上がると、服の裾をむんずと掴まれた。
首だけで振り向くと、瞳に不穏な光を湛えた櫻井がいて、また殴りかかられるんじゃないかと思わず身構える。
「・・・なんで?アタシになんかダメなとこあった?」
むしろダメなところしかなかっただろう。態度とか態度とか態度とか。
・・・歌声はまぁ、良かったけれど。
「別に、俺が今はバンドをやる気がないだけ。お前じゃなくても断わるよ」
「なにそれ。やる気がないって、じゃあいつになったらやる気になるの?」
「・・・そんなの、俺の勝手だろ」
少しイラッとした。なんで初対面のやつにそんなこと言われなきゃいけないんだ。
服の裾を掴んだままの手を振り払おうとすると、さらに強く握られる。その手は小さく震えていた。
「アタシにはベーシストが必要なの。だから今やる気になって」
「無茶言うなよ・・・。俺じゃなくたって、ベーシストなら探せばいくらでもいるだろ?」
「そんな時間ない!早くバンドを組んで、ライブをやらないとダメなの!」
櫻井の低めの声が響いた。大きな猫目に涙の気配があってギョッとする。
たかがバンドだろ?どうしてこんなに必死なんだ。
返す言葉が見つからず、お互いに見つめあったまま無音が流れる。
「・・・あー、陽ちゃん。ごめん、やっぱり延長料金貰ってもいいかな?忘れてたんだけど、今日この後オーナーが来るからバレたらヤバイんだった」
助け舟を出すみたいに、店長ののんびりした声が沈黙を溶かした。
「わかりました。いくらですか?」
「5万」
助け舟なんかじゃなかった。
「いや、5万って・・・。どうやったらそんな金額になるんですか」
「そう言われてもねー。ウチも商売だからさ」
どんな商売だ。時間を守らなかったこちらに非があるのはわかるけれど、余りに法外すぎる。
ただでさえ金のない学生の身なんだ、そんな額を支払ったら来月の家賃すら危うい。
「困ったな。払えないって言うなら、こっちもちょっと考えないと・・・」
店長はちっとも困っていない様子でそう言うと、店長はタバコを一本咥えて勿体ぶるような手つきで火を点けた。ゆっくりと吸い込んだ煙を天井に向かって吐き出す。
「お金に困った陽ちゃんに、素敵な提案があるんだけどどうかな、聞きたい?」
「・・・是非聞きたいです」
小さく息を吐く。どうせ聞くしかないんだろ。
「今度、ウチの系列のライブハウスでイベントがあるんだけど、急にキャンセルが出ちゃって出演者の枠がひとつ、どうしても埋らなくってさ・・・」
「それに出ろと?」
「お、鋭いね。出てくれるなら延長料金はチャラにしてあげよう」
「・・・ノルマがとんでもなかったりとか、そういうのじゃないですよね?」
「疑り深いな、陽ちゃんは。大丈夫、ノルマは無しでいいよ。こっちの都合だしね」
結局、店長は櫻井の味方だったのか・・・。
突然のライブの話にもふたりは全く驚いていないみたいで、完全にハメられたことを悟った。
天井を仰ぐ。蛍光灯の灯りが眩しい。
「・・・一回だけ。一回だけならいいです、ライブ」
「やったー!陽くん大好きー!」
そう言うや否や愛子がしがみついてきて、腰骨のあたりから不穏な音が鳴った。
少しは自分の力を考えて欲しい。・・・あと胸にぶら下がっている物のことも。
そのままでいると色々とマズイから、愛子を引き剥がそうと奮闘していると、横目に櫻井が小さくガッツポーズしているのが見えた。はにかむような笑みがあまりにも綺麗で、見てはいけないものを見てしまった気がして慌てて目を逸らす。
「それで店長。ライブっていつなんですか?」
「うん?来週だよ」
「来週!?」
満面の笑みの愛子と、不機嫌な表情に戻ってしまった櫻井の顔を交互に見て、思わず手で顔を覆った。
来週?この個性的すぎるメンツで、やる曲すら決まってない状態で、来週にライブをやれと?
悪い夢なら覚めて欲しいと思ったけれど、スティックが当たった頭が薄っすら痛むから、どうやら現実らしい。
理不尽すぎる不運に、信じてもいない神様を心の底から呪った。