to be with...   作:ペンギン13

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6話

規則的に打ち鳴らされるクリックの音に合わせて、目の前の譜面の通りに淀みなく指板に指を這わせる。

音の粒立ちは一定か、クリックからズレていないか。頭の隅で意識しながら、最終音までしっかり鳴らし終えて息を吐いた。

 

「・・・陽、お前なんかあったか?」

 

肩あたりまで伸びた傷んだ長髪に、伸び放題の髭という、世間一般の社会人の規範から大きく外れた中年が奥歯に何かが挟まったような表情を浮かべる。

おっかない刺青が入った腕に収まっているのは、人を殴り殺せそうな変型ベース。

こんなヤクザな風貌だけどベースの腕前は凄まじく、俺が通う専門学校の講師のひとりだったりする。

 

「何もないですけど・・・。なんですかいきなり?」

 

「いやな、音が変わったから。自分で気づいてねぇの?」

 

譜面を追うのに精一杯で気がつかなかった。きっと櫻井達とのバンドのせいだ。

言われてみると確かに、普段人前で弾く音と違ったかもしれない。

しかし一聴してわかるくらいに変わってるとなると問題だ、サポートの方に支障をきたす。

 

「そっちの方がいいぜ。隠居したジジイみたいな音より、ずっとイカしてる」

 

「ジジイって・・・そんな風に思ってたんですか?」

 

「いきなりこんな変わるってなると・・・コレか?」

 

「違います」

 

下品に笑って手の小指だけを立てて見せるから、即座に否定する。

確かにメンバーは女だけど、ちょっと女性扱いは出来ない女たちだ。

初対面で本気の右ストレートをかましてくるヤツや、一緒に歩いてるだけで職質を食らいそうになるヤツを、とても女性としては見れない。

いや、見たくない。

 

「ウソつけ、その顔はオンナ以外ありえねぇ」

 

「どんな顔ですか・・・」

 

「いいか陽、オンナには気をつけろよ。オレも若い頃は散々痛い目に合わされてな・・・」

 

あ、マズい。これは長くなる。

一緒にレッスンを受けている4人がこちらを睨んでくる。理不尽だ。

とはいえ、話に水を差すと面倒になることは全員が一年のときに知っているから、誰も何も言わずに、適当に聞き流す。

 

「その時ヒモになってたオンナに浮気がバレて、ベースからなにから売っぱらわれてよ、あれにはホントに参った」

 

何回聞いても1ミリも同情できない若気の至りエピソードだ。

浮気は本当に良くない。ベースを売られたくらいで済んのなら感謝するべきだろう。

というか、こんな人でも講師になれるんだな。世の中よくわからない。

壁にかかった時計をぼんやり眺める。チャイムの音がただただ待ち遠しかった。

 

 

ーーーー

 

 

長いレッスンを終えて、建物の外に出ると、初夏の匂いを薄く含んだ風に頬を撫でられた。

もう4月も終わりだ。ついこの間までピンク色の花を咲かせていた木々が、青々とした葉を茂らせている。コンクリートだらけの街に申し訳程度に植えられる痩せた木に、少しだけ物悲しい気持ちになった。

似たり寄ったりな真新しいビルの森をしばらく歩いていくと、次第に周囲には枯れ木みたいな古ぼけた雑居ビルが増えてくる。その中のひとつに俺は足を踏み入れた。

薄暗い地下への階段を降りていくと、雑誌やCDケースがうず高く積まれたカウンターの中に、青髪が眩しい店長が紫煙を吐き出しながら膝に載せたノートPCのキーを叩いている。そんな所で作業するくらいなら、カウンターを片付ければ良いのに。

こちらの気配に気づいたのか、PCに注がれていた視線が持ち上がる。

 

「やぁ、陽ちゃん。いらっしゃい」

 

「こんにちは。もうアイツら来てますか?」

 

「うん、前と同じ3番のスタジオで仲良くやってるよ」

 

そうだと思った。ドラムの音が階段まで響いていたから。

店長にお礼を言って3番のスタジオへと向かうと、防音扉越しに地鳴りようなバスドラムの脈動に全身を叩かれた。バックドラフトに備える消防士みたいに、重たい防音扉を開けると同時に扉に身を隠す。

音の塊が盛大に壁にぶつかって消えた。恐る恐るスタジオの中に足を踏み入れると、むあっとした熱気に包まれた。

 

「お待たせ。なんで空調付けて無いんだ?尋常じゃなく暑いんだけど」

 

「遅い!人の遅刻に怒ったクセして、何時間待たせる気!?」

 

「遅刻もなにも、まだ約束の5分前なんだけど・・・」

 

櫻井の文句を適当に聞き流し、空調の電源を入れて設定温度を18℃まで下げる。煙草のヤニで黄色く変色したエアコンが、不穏な音を鳴らしながらも吐き出し始めた冷風に、エアコンの真下に位置するドラムセットも中で、汗だくの愛子が歓声を上げた。

 

「ありがと陽くん。あー生き返るー!」

 

「エアコンくらいつけろよ、我慢大会か」

 

俺の小言に、愛子はへらりと笑いを返して、2リットルのペットボトルを豪快にラッパ飲みする。小さな額に前髪が汗でへばり付いている。

ちらりと櫻井の方に視線をやると、黒髪をうざったそうに掻き上げて缶コーラを呷っていた。彼女も愛子と同じく汗だくだ。

 

「汗すごいけど、二人揃って何時間前からやってたんだ?」

 

「えーっと、お昼食べてからだから三時間くらいかな?」

 

「・・・ノンストップで?」

 

「ノンストップで!」

 

愛子があまりにも嬉しそうにそう返すものだから、なにも言えなくなる。今日が学校で良かったと心から思った。

ケースからベースを取り出し、チューニングを済ませ、シールドをアンプに差し込む。セッティングは、前と同じでいいだろう。適当に弾いてみると普段の当たり障りのない音とは全く違った、歪んだ低音が腹に響く。

 

「ほらコレ。アタシと愛子でセットリスト作ったから。弾けない曲があったら今言って」

 

「ん。・・・大丈夫、ベースは問題ない。けど最後の曲、なんでRed House?」

 

櫻井がぶっきらぼうに差し出したA4の紙には、意外にも几帳面な文字で、見知った曲名が5曲並んでいた。Green Day、Nirvana、Sex Pistols、The Clash・・・。少しマイナーな曲もあるけれど、どれも有名なバンドのもので客受けも悪くないと思う。持ち時間が三十分だから、曲数もちょうどいいくらいだ。

ただ最後に書かれているRed Houseは問題だ。スタジオで聴いた櫻井のギターの腕前じゃ、この曲はまず弾きこなせないだろう。

 

「店長のお父さんがジミヘン好きで、ライブハウスの名前がRed Houseなんだって。だから丁度いいかなって思ってさ」

 

「丁度いいかなって、弾けるの?」

 

「大丈夫大丈夫。勢いでどうにかなるって」

 

そう言って櫻井は笑うけれど、絶対どうにもならないと思う。練習で出来ないことが本番で出来るわけがない。

 

「陽くんは愛子たちで曲決めちゃって良かったの?やりたい曲あったんじゃない?」

 

「俺はいいよ。サポートみたいなもんだから。それに今回だけだし」

 

「・・・そんなこと言ってられるの今のうちだから。絶対、バンドに入りたいって言わせてやる」

 

櫻井の恨めし気な声が聞こえたけれど、知らないふりをする。その話題はどこまでいっても平行線だし、なにより櫻井が怖い。

 

「誰かさんも来たことだし、曲合わせよっか。愛子、どの曲やりたい?」

 

「Nirvana!Nirvanaやりたい!」

 

「いや、ライブ前なんだからセットリスト通りにやらないとーー」

 

俺の言葉は、愛子が叩き始めたドラムによって無残に断ち切られた。櫻井も気にしない様子でギターを弾き始めるから、溜息を吐いてベースをギターとドラムの間に潜り込ませる。

たまたま弾いたことがある曲だから良かった。セットリストだけ渡して、譜面も無しにいきなり合わせようとは、なかなかに無茶苦茶だ。

良く言えば荒々しいバンドサウンド。悪く言えばまとまりが無いバンドサウンド。こんな状態でライブなんてやって大丈夫なのだろうかと思ったが、サポートの俺が考えることじゃないと、その不安のようなものを頭の隅に寄せる。どうせ一回だけ、三十分だけのステージだ。

櫻井の愛子の爆音に負けない力強いシャウトが響き渡った。それに引き摺られるように、ベースの音に熱が入ってしまう。

櫻井はギターのプレイは雑だけど、この歌声を聴くと胸の奥の方がやたらと熱くなる。

それが、なんだか無性に悔しかった。

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