to be with...   作:ペンギン13

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8話

スタンドに立て掛けていた5弦ベースのストラップを肩に引っ掛けつつ、フロアの様子を眺める。オーナーは客入りが悪いと言ってたけれどパッと見、二十人くらいはいるように見える。けれどなんだろう。この違和感・・・。

足元のチューナーのスイッチを入れて、一音一音チューニングがずれていないか確認する。リハのときにも確認したけれど、ライブは照明の熱でチューニングがずれることが多々あるから念のため。5弦の解放を鳴らす。電源を入れっぱなしだったアンプから低いBの音が吐き出された。問題なし。

ふたりの準備も整ったみたいだ。櫻井がPAさんに合図を送ると、BGMで鳴っていた古臭い洋楽がフェードアウトして、同時に照明も薄暗くなっていく。

 

「こ、こんばんは、Red Dayです」

 

マイクで増幅された櫻井の上擦った声が響いた。

薄暗い会場をぼんやりと見渡す。さっき感じた違和感の正体が分かった。フロアにいる客の年齢層の高さだ。薄暗くてはっきりとはわからないけれど、少なくとも同年代の客はひとりもいないと思う。というかギターやら機材の入ったケースを持った人がちらほらいる。もしかしなくても、フロアにいるのは客じゃなくてほとんどが今日の共演者とその友達なんじゃないか?MCが始まったのに、誰一人こちらを見ずにアルコールを片手に談笑している。

・・・まぁ、フロアにいてくれるだけで御の字だろう。目当てのバンド以外見ない客だって多い。ありふれたライブの光景だ。

 

「・・・今日が初ライブです。よろしく」

 

櫻井は低く呟くと、傷だらけのフライングVにさらに傷めつけるかのように、乱暴にピックを振り下ろした。シールドで繋がったマーシャルから歪んだ音が吐き出される。

あのバカ先走りやがった。愛子のカウントから入る段取りだったのに。

どんどん走っていくリフの端を掴まえベースを滑り込ませて、愛子とアイコンタクトを交わす。瞳を輝かせ大きく頷いた愛子は、逆さに持ったスティックを思い切り振りかぶった。

あ、マズい。

そう思ったときにはもう遅く、興奮のせいか普段より三割増しくらいの音量のドラムが弾けた。爆弾みたいな音に、ギョッとしたフロアの人が一斉にこちらを向いて顔をしかめるのがハッキリと見えた。

客の反応はお構いなしに櫻井はマイクに噛みつく。歌につられてギターのリズムがよれた。スピーカーから飛び出した櫻井の歌は、大きすぎるドラムの音に埋もれてよく聴こえない。一小節ごとに愛子のテンポが上がっていき、みるみるうちにアンサンブルの溝が広がっていく。

・・・ダメだ、とても立て直せる気がしない。

俺の気持ちに反応したように、見限った客達が外へ逃げる様に出ていく。残ったのは、アルコールで顔を真っ赤にしたスーツの中年が二、三人と、最初は気づかなかった、スマホをこちらに向ける黒髪の女性だけになった。

爆音の端々から聞こえてくる、中年の下品なヤジにげんなりする。人生で二番目に酷いライブだ。すっかり萎えた気力を振り絞って、惰性で低音を紡ぎ出していると、

 

視界の端を、赤い何かが横切った。

 

その正体を確かめる前に、耳をつんざく様なノイズが歪なバンドサウンドを覆い尽くした。さっきまで櫻井の手に収まっていたはずのギターが、無残にフロアに転がっている。

フライングVがフライングした。そんなどうしようもない冗談が、あまりの出来事に呆けた頭の中を過った。

奇跡的に音は止まっていない。ベースとドラムだけのスカスカの音が、ただ流れる。真横で櫻井がマイクスタンドを床に叩きつけてステージから去っていくのを、ぼんやりと眺めた。

そんな俺の呆けた頭を張り飛ばすように、ひと際甲高いシンバルが弾けた。驚いて愛子の方を見ると口パクで何か言ってる。う・た・え。・・・歌え?

そうだ客はもう殆どいないけれど、ライブは続いているんだ。慌ててMC用に立てておいたマイクに歌を吐き出す。キーがそのままで良かった、これなら俺でも歌える。櫻井のバカが作り出した理不尽な今の状況に怒鳴りつける様に、パンクを吐き出した。目いっぱいの怒りを込めて慣れない歌を歌った。

 

 

ーーーー

 

 

罵声が投げかけられるステージを、自分の楽器だけを抱えて足早に去る。

サポート気分の俺が、全部の曲の歌詞を覚えているわけもないから、結局二十分くらいは愛子のドラムをバックにひたすらベースソロを弾くわけのわからないステージになったのだから、客の怒りももっともだ。

櫻井がぶん投げてそのままのフライングVや、その他諸々の後始末は悪いけど愛子に任せることにした。ステージの袖ですれ違った次が出番のおじさんバンド達の笑みが、嘲笑に見えたのは気のせいじゃないと思う。

楽屋のドアを蹴とばすように開けると、パイプ椅子に体育座りした櫻井と目が合った。ただでさえ血が上っている頭が、かっと熱くなった。

 

「お前なにやってんだよ」

 

「・・・お疲れ。アンタ意外に良い声してるんだね。歌は下手くそだけど」

 

力なく笑って、櫻井は答えになっていない答えを返してくる。大きな猫目は赤く充血していた。

 

「そんなのどうでもいい。なんであんなことした?段取りも無視して・・・。お前、自分がライブをぶち壊しにしたってわかってるのか!?」

 

「誰もアタシたちのライブなんて見てなかった!」

 

「・・・は?」

 

楽屋の中を反響する、櫻井の叫び声に怒りが削がれる。コイツはフロアにいたのが全員、俺たちの客だと勘違いしているのか?

 

「お客さんみんな、アタシたちに全然興味なかった!あの人たちなんなの、お酒ばっか飲んで、ライブが始まっても喋ってっばっかで!ここに音楽聴きに来てるんじゃないの!?」

 

「いや、あの人たちは共演者だったり、その友達だろ?」

 

「それでも!音楽が好きだからここにいるんでしょ!?なんで誰も聴こうとしてくれないのさ!」

 

折角の綺麗な黒髪を、櫻井は乱暴に掻き毟ってしまう。真っ赤に染められた毛先が血みたいに見えた。

 

「初めてのライブじゃあるまい・・・。こんなのありふれた光景だろうが」

 

「・・・初ライブだし」

 

「そりゃ、このバンドにとっては初ライブだけどーー」

 

「アタシにとっても初ライブだったの!」

 

櫻井のヒステリックな叫び声が再び反響した。彼女は抱えた膝に頭を埋めてしまう。

何も言えなかった。初ライブ、今日の様子からなんとなくそんな感じはしていた。きっと櫻井はライブハウスという場所が、音楽の情熱とか夢とかでいっぱいの場所だと思っていたんだろう。そんなわけあるか。俺が知る限り、こんな東京に掃いて捨てる程ある小さなライブハウスにそんな素敵なものは存在しない。だってノルマさえ払えば、俺みたいな情熱の無い人間が立ててしまうようなステージなのだから。

櫻井の純粋さが羨ましくて、同じくらい妬ましい。そんな真っすぐな情熱を俺は、なんとなく請けたサポートのとき、ギャラの数枚の千円札と引き換えに無くしてしまった。

黙り込んでしまった彼女を放っておいて、自分のベースをケースに仕舞い込む。メンテナンスは家に帰ってから・・・、いや明日にでもやればいいや。

 

「・・・帰るの?」

 

くぐもった声が聞こえたけれど、無視して出口へと向かう。

 

「・・・もうバンド、一緒にやってくれない?」

 

「今回だけって約束だったろ。オーナーと愛子と、それと店長にもちゃんと謝れよ。それじゃ」

 

言うだけ言って、さっさと倉庫みたいな楽屋を後にする。引き留める言葉は無かった。

真っ赤な壁の階段を上って地上に出る。まだ梅雨入りは一か月くらい先のはずなのに、見上げた空は分厚い雲に覆われて真っ暗だった。

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