to be with...   作:ペンギン13

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10話

「ごめんなさい」

 

防音扉を閉めた瞬間、狭いスタジオの中に響いたのは、謝罪の言葉だった。

幻聴かと思って振り返ると、艶やかな黒髪に囲まれた白いつむじ。櫻井が綺麗に腰を折ってこちらに頭を下げていた。

何事だろう。帰り道は雨じゃなくて槍でも降ってるかもしれない。

 

「ライブのとき、勝手にキレてアンタと愛子に全部押し付けて。本当にゴメン」

 

「・・・それを言うために、わざわざここまで引っ張って来たのか?」

 

こくりと、下げたままの頭が頷いた。赤い毛先がさらりと揺れる。

 

「なんで今更・・・。それならもういいよ、終わった事なんだから」

 

終わったこと。その言葉に櫻井はピクリと反応して、下げたままだった頭をゆっくりと上げる。

てっきりまた怒らせたのかなと思ったけれど、櫻井の顔に怒りの色はなくて、力のない笑みはあの日のライブの後の楽屋で見せたのと全く同じものだった。

 

「アタシはまだ終わらせたくない。もう一度、一緒にバンドをやって」

 

「代わりのベースが見つからなかったか?」

 

なんとなく予想できていた展開だった。ベーシストの人口は多いわけじゃないけれど、ドラムや鍵盤に比べれば圧倒的に多いから募集は難しいことではない。

しかし、櫻井の破天荒なギターと、愛子の爆音のドラムが吹き荒れるこのバンドにわざわざ入ろうという奇特な人間は、そうそういないだろう。

 

「何回もいってるけど、バンドに入る気はない。なかなか見つからないかもだけど、根気よく探せばそのうち見つかるだろ」

 

「見つかってはいるよ。一応あれから何人か募集に引っかかってスタジオに入ったりしたんだ。半分くらいは出会い目的のバカだったけど」

 

「それならさっさと決めればいいだろ。選り好みしてるの?」

 

パンクのカバーが多いこのバンドなら、そこまで高度な技術が求められることもないし、希望者がいるなら、とりあえずでも引っ張りこんでしまえばいい。

それで合わなかったら、また新しいメンバーを探して・・・。バンドなんてその繰り返しだろう。

最初から同じメンバーでずっと続くバンドなんて、ほんの一握りだ。

 

「最初はそうしようかと思ったんだ。・・・でもさ、なんか違うんだ」

 

「違うって、何が?」

 

「上手く言葉にできないんだけど」と言って、櫻井は自分の髪の毛を乱暴に掻き毟る。

 

「アンタさ、ライブの録音貰ったんだよね?もう聴いた?」

 

嘘をついても仕方ないから「聴いた」と短く返す。

 

「なんか感じなかった?」

 

「・・・ギターを叩きつける音って意外と良い音かもって思った」

 

感じたことはあった。なんならその正体不明の何かに、ここ二ヶ月くらいずっと苦しめられている。

でもそのことを素直に話す気にはなれなかった。

 

「ふざけないで」

 

右手の手首の辺り掴まれる感触。真っ黒な大粒の瞳に真っすぐに見据えられて、目を逸らせなくなる。なんでそんな必死な顔をしてるんだ。

 

「感じたんでしょ?多分、それと全く同じの、アタシと愛子も感じた」

 

「・・・なにを、感じたんだよ?」

 

『なんか』とか『それ』とか抽象的な言葉ばかりが飛び交って、思考を放棄したくなるけれど、多分もうその正体はわかっていて、ただそれを認めるのが悔しくて、俺はわからないふりをしてるんだろうなと、頭の隅の冷静な部分で思った。

でも、目の前の櫻井はそんな俺の思考放棄を許してはくれないみたいで。

 

「アタシがキレて投げ出しちゃう前の、アタシとアンタと愛子の、三人の音がまだ重なったところ。あんな熱い音、他の人とじゃ絶対出せない」

 

「あんな、しっちゃかめっちゃかな演奏が?」

 

櫻井は俺が『何か』を感じ取った箇所をピタリと言い当ててきた。

だけど、まだそれを認めたくない俺は、往生際悪くとぼけたふりをする。認めたらもう戻れなくなるだろうから。

 

「しっちゃかめっちゃでも熱いものは熱いでしょ?さっきから話はぐらかそうとして!アンタだってホントはそう感じてるんでしょ!?」

 

「だから知らないって、何を根拠にーー」

 

「ならなんでそんな顔してんのさ!?」

 

櫻井に握られた手首が痛い。それ以上に何故だか胸の奥が痛い。

 

 

「会ったときから死人みたいな顔して。ベースの調子崩してるんだって?愛子が心配してたよ?」

 

死人みたいな顔って、どんな顔だよ。少しだけ鏡で自分の顔が見て見たくなった。

しかし愛子はまた余計なことを・・・。

 

「サポートとか、そういう一歩引いた場所じゃ、アンタはもう絶対に満足できない。だからアタシともう一回バンドやろう」

 

「・・・お前らなら満足させてくれるの?」

 

返事は返ってこなかった。そのかわりに、燃えそうなくらいに熱い瞳がジッと見つめてくる。

わかってはいた。多分、最初から。初めて逢った日に三人で音を合わせたとき。ギターとベースとドラムの音の中に櫻井の歌声が響いたとき、もう戻れないだろうなと。

なんとか隠そうとしていたその感情を、大して長い付き合いでもない櫻井に暴かれてしまった。俺ってわかりやすいのかな。変な笑いが込み上げてきて少し漏れ出した。

突然、笑った俺に、どう受け取ったのか櫻井の眉間に皺が寄る。

 

「三つ、条件がある」

 

「何?また変なこと言ってはぐらかすなら、ぶん殴るよ?」

 

眉間に皺が寄ったままでそんなことを言ってくるから大変におっかない。「違う違う」と宥めて、櫻井の顔の前に人差し指を一本立てて見せる。

 

「次にライブをやるときは、しっかり準備をしてからにしよう」

 

前回のライブは、結果としてぶち壊しにしたのは櫻井だったけど、そうじゃなくても散々なものだった。

準備期間が一週間だけなんて、ライブ経験の少ないやつの多いバンドでやるには、あまりにも自殺行為だった。

櫻井がこくりと、頷くのを見てもう一本指を立てる。

 

「二度とライブを途中で投げ出すな」

 

「わかってる、あんなことはもう絶対にやらない。あと一つは?」

 

立てていた指を全部仕舞って、首を傾げる櫻井の額に、思い切りデコピンをかましてやった。

掴んでいた俺の右手を離して、声を上げながら蹲る櫻井を見て、声を出して笑ってやった。ざまぁ見ろ。

 

「ア、アンタなにすんのさ!?」

 

「最後のひとつは、そのアンタって言うの止めろ。人のことはちゃんと名前で呼べ、バカ」

 

ひとしきり笑って、蹲ったままこちらを睨んでくる櫻井に手を差し伸べた。以外なことに素直に握り返してきたから、引っ張って立ち上がらせる。

まだ痛むのか空いている方の手で額をさする櫻井が可笑しくて、収まった笑いがまた込み上げてくる。

 

「あー痛い・・・。女の子の顔に思い切りデコピンとかする?」

 

「初対面で殴り掛かってきた奴が言うことか?これでライブのことはチャラにしてやるよ。

とりあえず、これからよろしくな櫻井」

 

「名字嫌いだから呼ぶなら名前にして。アタシもよろしく、陽」

 

引っ張り上げたときに握ったままの手で握手。本来なら初対面のときにやるべきことを、なんでライブをやって、喧嘩みたいなことをした後にやってるんだろうと、少し呆れた。

正直、このバンドが長続きするかなんてわからない。今はこうやって手を握り合っているかもしれないけれど、どうしようもなく下らない理由で、あっさりこの手は離れてしまうものだから。前のバンドがそうだったように。

けれどやるからには、全力でバンドの音楽に情熱を注ごうと思う。この間のライブの熱よりも、もっと熱いものを追い求めようと思う。

握られた手に力が籠められる。もしかしたら彼女も俺と同じことを考えてるのかもしれない。そう思うとなんだか嬉しくなった。単純かもしれないけれど。

・・・それにしても、握る力が強いような。普通に痛い。

 

「よし。じゃあ陽、歯食いしばって」

 

「は?」

 

突然の物騒な言葉に、赤いマニキュアで飾られた爪から視線を上げると、そこには獰猛な笑顔。猫っぽい瞳がギラギラと光っている。

 

「大丈夫、アタシもデコピンで勘弁してあげるから」

 

「大丈夫じゃない!やるならせめて指輪を外せ!」

 

「ごめん!お待たせー!あれーふたりとも仲直りしたの?」

 

中指に鈍く光るアーマーリングが迫ってくるのを必死で食い止めていると、背後の防音扉が開く音と、今の状況に全く合っていない、愛子の呑気な声が響いた。

 

「愛子!茜のこと止めて!」

 

「愛子!陽のこと押さえてて!」

 

「えーヤダよ。ふたりのけんか、めんどくさいんだもん」

 

その後、俺と茜のどちらにも手を貸さなかった愛子と、騒ぎを聞きつけて来た店長が、どちらが勝つか賭け始めたのをみて、戻ったばかりのバンドだけど、また少し辞めたくなった。

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