to be with...   作:ペンギン13

55 / 86
2章
Sunday Morning Escape


「結局、キスされたし押し倒されちゃったね、アタシ」

 

「押し倒してきたのはリサだけどな」

 

カーテンの隙間から漏れる朝日が部屋の床で揺れる。

テーブルの上には紙皿に載ったトーストと目玉焼きとが並んでいる。普段の我が家では見ることのない、絵にかいたような朝食の風景に感動を覚えた。

昨日、夕飯の分にしては多めに買い込んでるなと思ったけれど朝食の分まで含まれていたのか・・・。最初から泊まる気だったんじゃないか。

対面に割座で座るリサが、サクりと軽快な音を立ててトーストを齧る。その光景に「あぁ、本当にこの娘と恋仲になったんだな」と、他人事のように思った。

 

「陽さんだってノリノリだったくせに・・・。あー腰が痛い」

 

「俺も体中が痛いよ・・・」

 

あの後、リサにのしかかられたまま、ふたりして朝まで眠りこけてしまった。ライブ後に情報量過多な出来事が連発して、リサも俺も疲れていたのだ。

そして目覚めた瞬間に、リサの身体の柔らかさやら匂いやらの感覚が脳に飛び込んでくるものだから、それはもう心臓に悪い目覚めだった。

 

「付き合って初日に朝帰りかー。友希那達が聞いたらなんて言うかな?」

 

「考えたくもない・・・。紗夜は本気で通報しそうだよな」

 

ライブで大きな失敗をやらかして傷心した女子高生を、スタッフが言葉巧みに慰めて、そのまま自宅に連れ帰る・・・。

客観的に見てみるとアウトでしかない。新聞の片隅にひっそり載っていそうな案件だ。

 

「もしかして陽さんってアタシに逆らえなかったりする?」

 

「リサが警察に駆け込んだら一発だよ・・・」

 

ふーん、と悪戯に笑うリサの表情が怖い。まだ最後まで手を出したわけじゃないが、それも時間の問題のように思える。正直、昨日の時点でかなり危なかった。

最後に残った目玉焼きのひと切れを口に放り込む。毎日これが食べられたらいいのに。

 

「ねー陽さん?ちょーっとお願いがあるんだけど」

 

「このタイミングだと、命令だろ・・・。何?お願いって」

 

「そんな無理難題じゃないから!今日の夜、ファミレスでRoseliaの打ち上げ兼、反省会があるんだけど、陽さんも来ない?」

 

「・・・かまわないけれど昨日のライブの反省会なら、メンバーだけでやった方がいいんじゃない?みんなリサのこと心配していたし、ちゃんと話した方がいいだろ」

 

昨日、リサを俺に託して帰っていくRoseliaの面々の姿はまるで葬列でも見ているような気分だった。

特にいつも元気なあこちゃんが落ち込む姿には胸が痛んだ。

 

「そのことなら、ちゃんとメールで謝ったから大丈夫。みんな許してくれた。ってかみんな心配ばっかで全然怒ってなかったんけど・・・」

 

「・・・いいバンドだな。Roseliaのみんなが良いって言うならお邪魔するよ」

 

ああいうライブの後だと大抵が殺伐とした空気になるものだけど、解散だとかミスをやらかしたメンバーの入れ替えだとかに発展してない辺り、バンド内の絆が強固なんだなと感心させられる。

 

「自慢のバンドだからね!てか、良いも悪いも友希那が陽さんを連れてこいって言っててさ、ほら」

 

リサが見せてくるスマホの画面には確かに、そのような内容の文章が綴られていた。

昨日、ライブの感想を聞きたいと言っていたからそのことだろうか。

ふと、充電器に挿しっぱなしになっている自分のスマホに目を向けると、メールの着信を知らせるランプが点滅していた。

おもむろにスマホを手に取りメッセージの内容を確認する。

 

「・・・リサ、友希那に俺たちのこともう話した?」

 

「え?まだ誰にも話してないよ。どうして?」

 

リサにスマホの画面を向けると、その表情が引きつった。

 

「逃げたら通報する」

 

友希那から俺宛に届いたメールは非常にシンプルで、それゆえに尋常じゃない威圧感を放つものだった。

 

「あー・・・ママから漏れたのかも。ま、まぁやましいことをしたわけじゃないし?」

 

「夕飯まで娑婆の空気を楽しむことにするよ・・・。朝ごはんありがとう美味しかった。片付けはやるから、帰る準備して待ってて、送るから」

 

紙皿をまとめて、とぼとぼとキッチンの調理器具を洗いに向かう。紙皿をゴミ袋に捨てて、昨日と同じようにリサの使ったフライパンだったりを手早く洗っていく。

なんていうか、とても幸せな時間を過ごしている気がする。リサが高校生である以上、こういう機会はあまりないだろうが、次が早くくればいいなと思ってしまうくらいに。

友希那からのメールがなければ本当に完璧だった。彼女の腹回りに盛大に肉がつくことを願う。

洗い物を終えて部屋の戻ると、部屋着のリサがベッドに腰掛けて鼻歌交じりに5弦ベースをいじる、昨夜と全く同じ光景が広がっていた。

 

「あ、陽さん洗い物ありがと。5弦ってネック太いけどドロップDでいちいちチューニング変えなくていいのは魅力かも・・・」

 

「ドロップDで弾くDと、5弦で弾くDはアンサンブルに混じると結構違って聴こえるぞ?いやリサ、帰る準備は?」

 

「Roseliaで集まるの夜からだし、昼過ぎまではのんびりしててもいいかなーって」

 

「リサがいいならかまわないけれど・・・」

 

それなら昨日やろうと思っていたリサのベースの修理を少し進めておこう。リサ本人と相談したい部分もあるしちょうどいい。

立てかけたケースから深紅のベースを取り出すと、リサの表情が強張るのが見えた。

ベースをテーブルに横たえる。

 

「まだベースの状態、説明してなかったなと思って。交換したいパーツもあるからちょっと相談に乗って貰ってもいい?」

 

「そ、そりゃアタシのベースのことなんだから」

 

5弦ベースをスタンドに立てかけて隣に座る。肩が触れた。

 

「ここの配線が取れてるのわかる?これが前に言ったプリアンプってやつなんだけど、根元から取れちゃってて、つけ直しても耐久性に難が残るから交換しちゃおうと思ってるんだけど」

 

「交換って出来るものなのこれ?」

 

「出来る出来る。それで交換するなら違うのに付け替えて、よりRoseliaに合った音にしてみたらどうかなと思って」

 

「そんなこと出来るんだ・・・。うん!Roseliaのためになるなら、そうしたい!」

 

それじゃ、と部屋の隅に寄せておいたノートPCを引っ張ってきて立ち上げると、パーツ類を取り扱うサイトを立ち上げる。

全体的に価格がお高めの商品が並んでいて、リサの顔が苦いものに変わる。

 

「あ、これ同じパーツだ。・・・。うわー、けっこーいいお値段するんだね」

 

「楽器だから仕方ないよ。立て替えておくから、分割でもなんでも、都合のいい時にゆっくり返してくれれば大丈夫」

 

「甘いなー陽さん・・・。ちなみにアタシのカラダで支払うっていうのは?」

 

「それなら昨日ので十分貰っちゃったから、お代はチャラだな」

 

「ノリが悪いなー」とぶうたれるリサだが、ぴったりと触れ合った薄着の肩からリサの体温が伝わってきている状態でそんなことを言われて、内心かなり動揺した。

 

その後、リサにいくつかのプリアンプのサンプル音源を聴いてもらい、ふたりで話し合って今ついている物よりも低音が出るものに交換することに決めた。

他にペグなどの必要なパーツもカートに入れて、注文を終える。

これなら買い出しに行く必要はなさそうだ。インターネット万歳。

 

「この分なら、今週中にも修理終わると思うよ。今月の終わりの方にライブがあっただろ?なるべく早く渡せるようにするから」

 

「ホントにありがとう陽さん!今月の終わりっていうか、クリスマスイヴなんだけどねライブ」

 

「あぁ・・・。もうそんな時期だったか」

 

クリスマスが来るということは、もう今年も終わるということだ。二十歳を過ぎてからの時間の流れは恐ろしく早いと聞いたけれど、想像していた以上に早い。

 

「陽さん、クリスマスはどうするの?」

 

「両日とも元気に仕事だな。・・・なんかごめん」

 

こういう関係になれて初めてのクリスマスに相手が仕事というのは、なんとも味気のない話だろう。自分の甲斐性の無さが情けない。

 

「お仕事なんだからしかたないって。・・・あのさ25日、良かったらなんだけど、陽さんがお仕事終わってからクリスマスパーティーしない?陽さんの家で」

 

「いや、帰ってくるの結構遅くなると思うから・・・。また泊まるつもり?」

 

「いやー25日はママがパパの所行っちゃうし、ラブラブだよねー。Roseliaのみんなとはイヴのライブが終わった後にやるから、25日の予定がガラ空きなんだよ。・・・ダメかな?」

 

近い距離で見つめられてしまって目が逸らせない。そんな目で見られてどうやって断れと言うのだろう・・・。

 

「・・・ちゃんとお母さんに許可を取ってくるなら」

 

「それならもう取ってあるから大丈夫!ありがと、陽さん!」

 

ギュッと抱き着かれた。

昨日っていつの間に・・・。根回しというか、外堀を埋めるスピードの速さに背筋が冷える。

そんなことを考えていたら、抱き着いたリサに思い切り体重をかけられて床に押し倒されてしまった。床の冷たさと、上に乗ったリサの温度差が非現実的で頭がクラクラした。

 

「そろそろ帰って、準備した方がいいんじゃないか?」

 

「このタイミングでそういうこと言う?」

 

不機嫌そうに鼻を鳴らして、首元に顔を埋めてくる。ふわふわした髪の毛が顔に当たってくすぐったい。

 

「さっきのパーツ代、先払いしよっか?」

 

「そういう生々しいこと言わない」

 

首筋をペロリと舐められた。その感触に身体が震える。直後、チクリと甘い刺激が。

 

「リサ、まさか痕つけた?」

 

「陽さんが浮気しないように」

 

チクリ、チクリとさらに2回、首筋から鎖骨にかけて刺激が走る。

両手をついて上体を起こしたリサと目が合う。長い茶髪がカーテンのように広がって、俺の顔に影を作った。

 

「リサって結構、独占欲も強かったりする?」

 

「そうかも。重いかな?」

 

苦笑ともつかない複雑な笑顔を浮かべるリサが嫌で、首に手を回して抱きしめる。

 

「いや、嬉しい。重いくらいが丁度いい」

 

「重いのは否定してくれないんだ?」

 

真っ白な首筋に顔を埋めて、お返しに痕をひとつ。鼻に抜けるような声が聞こえた。

視界が暗くなって、唇に柔らかい感触が、鼻腔いっぱいに甘ったるい香りに満たされる。

真っ暗な視界の隅で、カーテンから漏れた光が床でゆらゆらと揺れるのが見えた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。