「リサ姉、なんで昨日と同じ服なの?」
結局あの後、約束の時間ギリギリまでふたりで過ごしてしまった俺とリサは、せめてもの悪あがきで時間をずらして待ち合わせの場所へと向かった。
そして入店したファミレスの店内、俺の後で到着したリサにあこちゃんが特大の爆弾を放り投げた。
既にリサ以外が全員集合していたテーブルが沈黙に包まれる。
「き、気に入っちゃって、同じの2着持ってるんだー」
「へー?わ、首のとこ赤くなってるよ?大丈夫?」
「え!?・・・む、虫刺されかなー?」
「冬なのに?陽さんもなんか赤くなってるよね?」
「あ、ごめん。ちょっと仕事の電話だ」
これは旗色が悪すぎる。リサには悪いけれど一旦外して、ほとぼりが冷めた頃に戻ろう。
ポケットからスマホを取り出し、いかにも電話が来ていますという体で立ち上がろうとすると、スマホを持つ手を友希那にガッシリと掴まれた。
「友希那どうした?早くでないと先方さんに迷惑だから離して」
「私言わなかったかしら、逃げたら・・・って本当に電話じゃない。ごめんなさい」
「は?」と呆けた返事を返してスマホを見てしまい「あ、引っ掛けか」と思い背筋が冷えたが、本当に着信を知らせる画面が表示されていた。
「佐藤愛子さん、ね。陽さん早く出ないと彼女に悪いわよ?」
「そういうのじゃないから、友希那、分かって言ってるだろ?」
席を立ち外へと向かう際、ちらりとリサの顔色を伺ってみた。
口元こそいつもの猫っぽい笑みで彩られているが、対照的にその猫目には深い暗闇が湛えられている。いや、リサは愛子のこと知ってるだろ・・・。
電話が本当にかかってきている以上、出なければならない。
間の悪い愛子に恨み言でもぶつけてやろう。そんな理不尽なことを考えて、外へと向かった。
ーーーーーーーー
10分ほどしてテーブルに戻ると、ほとぼりは冷めていた。いや完全に冷めきっていた。
何かを注文した形跡は無く、テーブルには人数分のお冷だけがコップに結露を浮かべて置かれている。
「あ、陽さんのおかえり!ほらこっち座って座って!」
「あ、ありがとう。けどなんでこの位置どり?」
一番最後にやって来たのに、壁際の席へと押し込められた。
右隣には不自然に明るいリサが腰掛け、正面には友希那、斜め向かいに紗夜が座っている。そうなると端の席にあこちゃんと燐子が座っているわけだが、対角線上の一番離れた位置にあこちゃんが配置されていることになにか意図を感じる。
俺のスニーカーを当然のように踏みつけているリサのブーティの存在はこの際、気にしないことにした。
「別にどうでもいいじゃない。座る位置なんて」
「いや、なんか逃げ場がないというか」
「女子高生に囲まれて逃げようなんて贅沢だなー、陽さんは」
痛い痛い、足を踏みつけないで。
皆から見えない位置でリサの左手を握ると、ムッとしながらも足をどけてくれた。
感謝の気持ちを込めてギュッと握ると、リサからも握り返される。
「それじゃあ早速聞かせて貰おうかしら?」
「ああ、昨日の感想ね。ちょっと待って今メモ帳出すから」
「はいはい!あこ、感想も聞きたいけどリサ姉とのことも聞きたいです!」
「・・・リサとのことって、具体的に何?」
「陽さんとリサ姉って付き合ってるんですかー!?」
今日のあこちゃんはぐいぐい来るな・・・。
いつまでも隠し通せることではないし、きっとRoseliaの面々なら理解してくれるはずだ。
ちらりと、手を握ったままリサの方を伺うと、柔らかな表情で頷いてくれた。
「うん付き合ってる。昨日からだけど」
「紗夜、110番お願い」
「はい、湊さん」
「待って。一線は超えないから。清いお付き合いだから。」
本当にスマホを取り出した紗夜に肝を冷やす。
真面目が服を着て歩いているような紗夜だ、本当に通報されかねない。
「清いお付き合いね・・・。リサ、あなた昨晩はどこにいたの?」
「え!?ふ、ふつーに家にいたよ?」
「・・・そう。昨晩、リサの様子が気になって家に行ったのだけど、おばさんがリサは陽さんの家に泊まりに行ってるって。あれはなんだったのかしらね」
「な、なんだったんだろうねー。あはは・・・」
やっぱり情報の出所はリサのお母さんかー・・・。
証拠が押さえられている以上、言い訳は通用しない。
手に持ったスマホを一向に置こうとしない紗夜がひたすらに恐ろしい。
「陽さん、一線は超えてない、清いお付き合いだったかしら?」
「はい、誓って、多分」
「・・・半分くらい超えちゃった感じはするけどねー」
「リサ、ストップ」
紗夜の目がスッと細められ、スマホの上の華奢な指が動く。
これはマズいと思わず右手を伸ばした。リサの手を握っていることも忘れて。
「お熱いようで何よりですが、少しは節度を持ったらいかがでしょう?」
「わーラブラブだー!」
握りあった手を紗夜に差し出す謎の光景がそこにはあった。
囃し立てるあこちゃんを諫めながらも、燐子はこちらにちらちらと視線を送ってくる。
「ちょ、さすがに恥ずかしいって・・・」
「すまん、焦った」
居たたまれなくなって、手をもとあった座席の下に戻す。お互いに握ったまま離さないのが不思議で、面白かった。羞恥に染まったリサの顔が愛おしい。
友希那と紗夜が、深くため息を吐いた。
「あまりとやかく言うつもりはないけれど、ふたりとも最低限の節度は守りなさい」
「湊さんの言う通りです。少なくとも、社会的にはあまり褒められた関係性ではないのですから」
「は、はーい。気を付けまーす・・・」
「本当気を付けます。だから警察は勘弁して・・・」
リサとふたり、謝りながらも座席の下でつないだ手をどちらからともなく、指を絡めて握りなおす。苦笑するリサの顔に少し悪戯っぽいものが混じったように見えたのは気のせいじゃないと思う。
端に座る燐子の頬が薄く赤く色づくのが視界の隅に映った。燐子の位置からは見えてたんだ・・・。
「頼むわよ。身内から不祥事なんてあった日にはバンドの活動に支障がでるわ。・・・リサおめでとう、良かったわね」
「見逃していいことなのか未だに疑問ですが・・・今井さん、おめでとう。お幸せに」
「リサ姉も陽さんも、おめでとー!」
「おめでとうございます・・・末永くお幸せに・・・」
「みんな・・・。うん、うん!ありがとう!」
ギュッと握られた手に力が篭るのを感じた。主に祝福されているのはリサなのに、こっちまで胸が温かくなって、目頭に少しだけ熱を感じる。
リサの方を見ると笑いながらボロボロと瞳から涙を溢れさせていた。こんな幸せそうな泣き顔は初めて見た。
隣に座った燐子が泣き始めてしまったリサの様子に慌てる様子も、ニコニコと笑ってその姿を写真に収めているあこちゃんも、呆れた様子でハンカチを差し出す紗夜も、目の前に存在する全てが陽だまりのように温かい。
俺と同じようにその光景を見ていた友希那と目が合う。
「陽さん、ウチのベーシストを泣かせたら、たたじゃおかないから」
「大丈夫。ちゃんと大切にするから」
現在進行形でボロ泣きしてるけれど、これは許される涙だろう。そもそも泣かせたの友希那たちだし。
「それとその手、見えてないつもりなのだろうけど、しっかり見えているわよ?」
さすが目ざとい。友希那の指摘をリサは気にも留めず握った手を離さない。片手じゃ涙も拭きづらいだろうに。
早く泣き止んでくれるよう、絡めた指を強くつなぎ直した。
それを見て吐かれた友希那の溜息は、いつもの溜息より少し温かいような気がした。