to be with...   作:ペンギン13

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エレジー

日が傾き始めた外の気温はもうすっかり冬を感じさせるもので、冷たい風をシャツ1枚では防ぐことが出来ず、じわりじわりと体温を奪われていくのを感じた。

少し前までは賑わっていたカフェテラスもこの時間になると閑散としていて、いつの間にか半分以上をホットの飲料に侵略された自販機が、寂しげにぼんやりとした明かりを落として佇む。

右上のペットボトルの水のボタンを強く押す。カードの読み取り部分に財布ごと押し当てると、短い電子音の後にペットボトルが音を立てて落ちてきた。

それを取り出し口からひったくるように引き摺り出し、CiRCLEへと走って戻る。

 

・・・リサ、ベースを弾けなくなったかもしれない

 

意味が分からない。友希那は一体なにを言ってるんだ。

外の気温は低い。風も冷たい。なのに頭は一向に冷えてくれそうになかった。

 

ロビーに戻ると、円卓の椅子に座ったリサを、Roseliaの面々が取り囲むようにして体調を気遣っていた。

さっき少しだけ見えた真っ青な顔色よりは、それなり良くなったように見えるがその表情はぎこちない。

 

「リサ大丈夫か?ほら水買ってきたから」

 

「わ、ありがと陽さん!ごめんねビックリさせて、もう大丈夫だから!」

 

受け取る手に力はなく、取りそこなったペットボトルが床を転がってしまう。

足元に転がったそれを無言で拾い上げ、飲み口を開けて差し出すと「ごめん」と苦笑して受け取った。

一口二口、ゆっくりと飲み込むとホッと息をついた。

 

「なにがあった?ベースが弾けなくなったって・・・」

 

「大丈夫だって、今日ちょっと朝から調子が悪くって。でも、もうスッキリしたから大丈夫!」

 

「いや、大丈夫って・・・」

 

どう見てもカラ元気だ。嘔吐するような体調で、ペットボトルすら受け取り損ねる。

季節の代わり目だ。体調のひとつくらい崩しても不思議ではない。

・・・でも、なんだろう。友希那の言っていた通り、リサの不調はそういうものじゃない気がする。

 

「無理は良くないわ。体調が優れないなら今日は帰って休みなさい」

 

「リサ姉、無理しないで?」

 

「そうですよ今井さん。無理をしたって練習の効率を下げるだけです」

 

「みんなもこう言ってるし、今日くらい休んでも」

 

「だから大丈夫だってっ!!」

 

突然発せられた大声に全員が凍り付いた。

少しして、ハッとしたリサが取り繕うように、張り付いた笑顔を浮かべてごまかす。

 

「あーごめん、大きい声出しちゃって。ホント大丈夫なんだって、大丈夫!だから練習戻ろう?ライブまで時間もないんだから頑張らないと!」

 

そう言うやいなや、ひとりでスタジオに戻ってしまった。

残された全員で顔を見合わせるが、誰一人として声を発することが出来ない。

・・・どう見ても大丈夫じゃないだろう。とても演奏に集中できる状態には思えない。

 

 

「高橋君、こっちの仕事はやっておくから、Roseliaの練習見てあげなよ。最近見てあげれてなかったでしょ?」

 

沈黙を破ったのはまりなさんだった。

リサの様子は正直な所凄く気になるから魅力的な提案だけれど、バンドの問題に部外者が首を突っ込むのは良くない。師匠だからといってそれはやりすぎだ。

 

「いや、この忙しい時期にそれは・・・」

 

「結構前になっちゃうけど、私のお願い何でもひとつ聞くって約束だったよね?それ、今使うから練習見てあげて?」

 

一瞬なんのことかと思ったけれど、あこちゃんと燐子とのときに、そういえばそんな約束をしていたような気がする。

 

「Roseliaはクリスマスイベント初日の要だからね!PAとしてしっかり指導してきてください!」

 

「陽さん、私たちからもお願いするわ・・・」

 

友希那の声と表情に縋るようなものを感じた。

見れば他のメンバーの表情にも、不安や戸惑いがべったりと張り付いている。

彼女たちから見ても、今のリサの様子はかなり異常なのだろう。

 

「・・・わかった。先にスタジオに入ってて。準備してすぐ行くから」

 

「高橋さん。重ね重ね申しわけありません・・・。よろしくお願いします」

 

消沈した紗夜の言葉とともにスタジオへと向かう彼女たちを見送る。

ライブに失敗した日もそうだったが、Roseliaにとってリサの精神的支柱としての役割は相当に大きいらしい。

防音扉が閉じられた。

 

「まりなさん、すいません。必ず埋め合わせはしますから」

 

「わたしがお願いしたんだからいいよ、そんなの。高橋君どうしてもって言うなら、また今度お願いを聞いてもらおっかなー?」

 

「・・・出来る範囲でなら」

 

「期待してるよー?ほらほら、みんな待ってるから早く行ってあげて!」

 

「ありがとうございます」と頭を下げ、手早くカウンターからレコーダーとメモ帳を。それと使わないで済むことを願いつつ念のため大きめのビニール袋をポケットに突っ込んでスタジオへと向かう。

毎日のように開け閉めしてる防音扉が、その日はやたらと重たく感じた。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

後ろ手に防音扉を閉めると、沈黙が耳を刺した。

スタジオ内に音楽の気配は一切なかった。アンプの真空管はすっかり温まっていて、いつでも叫び声を上げられるはずなのに、声帯となる楽器が奏者の手の中で沈黙している。

会話のない密閉された空間は、本当に人が6人もいるのか疑わしくなるくらい、ひたすらに静かだ。

 

「お待たせ、先に始めてても良かったのに。そんなに俺が待ち遠しかった?」

 

「・・・いえ、そういうわけじゃないわ」

 

おどけて言ってみるも見事に空振りで、より静寂が深まってしまったように思える。

 

「そりゃ残念。24日のセットリストってもう決まってる?決まってるなら通しで・・・。いや、やっぱりBLACK SHOUTをやろう。みんな体が冷えちゃってるだろうから、アップがてらに」

 

BLACK SHOUTなら、やり慣れてるいるからリラックスして出来るだろうし、楽器隊が演奏に入るまで時間があって、最初から演奏する曲よりもリサの様子を見ることが出来る。

体調面の不調で弾けないのか、それ以外の何かが原因なのか、見極めなければならない。

唇を舐めて緊張を和らげる。

 

「BLACK SHOUTね、わかったわ。あこ、お願い」

 

「は、はい!」

 

ドラムセット内、あこちゃんの傍に設置されたノートPCのキーがタップされると、PCから送られた信号がミキサーを通してスピーカーへと送られる。

リサとの練習で、もうすっかり聴き慣れてしまったイントロの荘厳なアルペジオが流れ始めた。

緊張感を帯びた友希那の歌声が響き、引き継ぐように、どこかぎこちない全員のコーラスが溶ける。

・・・歌は普通に歌えるみたいだ。

しかし居心地の悪い雰囲気だ、普段の研ぎ澄まされたものとはまるで違う。

あこちゃんの振り下ろすスティックに、他の楽器もぴったりと合わせて演奏が始まる。カウントも無しに正確に合わせる技術は相変わらず大したものだ。

やり慣れた曲なだけあって、演奏はスムーズに進む。

しかしなにか大切なものがポッカリ欠けてしまっている。目立たないながらもバンドサウンドの中心を支えていた大切な何かが。

 

リサのベースの音が聴こえない・・・。

 

リサの指は凍り付いていた。押弦する左手はネックに添えられたままピクリとも動かず、弦に熱を叩き込むための右手も微かに震えるだけで動かない。

焦燥を湛えた顔色がつい先程までのように、いやそれ以上に青く白く変化していく。

次の瞬間、何かが込み上げてきたかのように凍っていた手を口元に当てた。大きな猫目が見開かれ表情が苦し気に歪む。

 

「リサ無理するな!演奏止めて!」

 

ポケットに突っ込んだビニール袋を引っ張り出してリサの元に駆け寄る。

嫌がるリサの口もとに袋を当てて無理やり下を向かせると、何度かえずいて体を痙攣させたが、胃の中が空っぽなのか胃液すら吐き戻す様子はない。

しばらくの間、細く頼りない背中を出来る限り優しくさする。

そうしていると、徐々に荒い呼吸が落ち着き始めた。

リサの呼吸音と途切れてしまった音楽の、うすら寒い熱がスタジオ内に漂い、これが本当に現実なのか疑わしくなる。なんだこれは、とびきり悪い夢でも見ているんじゃないだろうか?

口元に当てた手をビニール袋ごと掴まれて、逃避していた意識を現実に引き戻された。

そのまま、もたれかかるように抱き着かれる。身体は震え、胸に埋められた顔から嗚咽が聞こえ始めた。そっと背中に手を回す。これ以上壊れてしまわないように。

 

「友希那、今日はもう・・・」

 

「・・・そうね。みんな、今日の練習はここまでにするわ。片づけを始めて頂戴」

 

友希那の声に気の無い返事が返され、心ここに在らずな緩慢な動きで各々の機材を片付け始める。

きっとこれは体調面の不調ではないだろう。

ベースを弾きたいという気持ちに対して、まるで体が拒絶しているかのようだった。

精神面の不調。前回のライブの失敗がそんなにもリサを傷つけたのだろうか?

 

肩からぶら下がったまま、ボディを俺とリサの間に挟まれたベースを見て思い出す。

リサはあのライブ以降このベースを見るたびに怯えたような、悲しそうな顔をしていた。

そういえば、ファミレスでの反省会のときも、少し思いつめた様子だったかもしれない。

兆候はあったんだ。

そばにいて気づくことが出来なかった自分に腹が立つ。

 

「陽さんリサの事、任せてしまってもいいかしら?その様子だと離れないでしょうし」

 

いつの間に歩み寄ったのか、自分の機材の片づけを終えた友希那がすぐそばに佇んでいた。

友希那がそっとリサのウエーブがかった茶髪に指をくぐらせ、優しく頭を撫でる。

 

「リサ、私たちはリサを待つわ。あなた以外にRoseliaのベーシストはいないもの。だから安心してリサのベースを取り戻して」

 

返事の代わりに嗚咽が激しくなって、胸の中の頭が何度も頷いた。

それを見た友希那は強張った表情を少しだけ緩ませる。

 

「陽さん、私たちに出来ることがあればなんでもする。だから、リサの事をお願い・・・」

 

自分の無力さを恥じるような友希那の悲痛な言葉に何も言えなくなってしまう。

なんとか、たった一言だけ絞り出した。

 

「・・・任せて」

 

どうすればいいかなんて正直見当もつかないけれど、どうにかしないと。

師匠として、恋人として、その責任がある。

胸の中で涙を流すリサを、少しだけ力を込めて抱きしめる。

ふたりの間に挟まれたベースの苦し気な声が、繋ぎっぱなしのアンプから少しだけ漏れた。

 

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