目覚めて一番最初に感じたのは柔らかさと息苦しさだった。
覚醒しきっていない意識で息苦しさから逃れようともがいてみるけれど、後頭部を強い力で押さえられてしまって身動きが取れない。
増した息苦しさに意識が再び混濁してくるのを感じた。
どうにか酸素を取り込もうと深く息を吸い込むと、むせかえりそうな甘い匂いが肺に満ちて、むしろ意識が遠のいてしまった。
もういいかと、諦めて再び眠りに落ちようとしたところで、素っ気ないシャッター音が聞こえた。
ハッとして無理やり首を動かすと、鼻に抜けたなんともいえない声と瞼を焼く光が目に入った。
少しして目の焦点が合ってくると、そこにはスマホを片手にいい笑顔を浮かべたリサのお母さんが立っていた。
「おはよー、陽くん。良く寝れた?」
「え、おはようございます?」
なんでリサのお母さん?
とりあえず起きなければと、ベッドに手をついたつもりが、なんだかやたらと柔らかくて温かい、明らかにベッドのものではない感触が返ってきた。
なんだろうと、まさぐるとまた色っぽい声とシャッター音が聞こえて、今度こそ意識が覚醒した。
「あら大胆、やっぱり若いっていいわねー」
「・・・後生だから消してください」
クリアになった視界にはリサのお母さんが、俺が手をついた先にはリサの身体があった。身体の、どの部位をまさぐっていたのか考えたくもない。
乱れた布団を除けてベッドを出ようとするが、リサの脚が絡んで上手く動けない。
そこでシャッター音がもうひとつ。
「この子のこんな無防備な姿、久しぶりにみるわー。ラブラブだね?」
「ありがとうございます・・・」
「陽くん後から連絡先交換しようよ。この写真、リサに内緒であげるから」
「いや、消してあげましょうよ」
娘さんのためにも、俺のためにも
「教えてくれないと、うっかりパパに送っちゃうかもなーこの写真」
「是非、連絡先を教えてください」
なんで俺、恋人の母親にまで弄られてるんだろう・・・。
「冗談だって!そろそろリサ起こして下にきてね。朝ごはん出来てるから」
「ありがとうございます、すぐ行きます」
「もうちょっとゆっくりラブラブしててもいいんだよー?」と母親とは思えない言葉を残して、お母さんはドアを閉じてしまった。スリッパの足音が遠ざかっていく。
朝から色々と刺激が強すぎるだろう・・・。
こちらの気も知らずリサは、なにやら口をもごもごさせて呑気に眠り続けている。
「リサ、リサ。朝だぞ、起きろって」
「んー?・・・んー」
おっかなびっくり肩をゆすってみるが、一向に起きる気配がない。
猫のように丸くなる姿が愛らしく、しばらくそのままにしておいても良いかなと思えてきてしまうが今日は平日だった。
絡んだ脚を引き抜いて、リサを踏んでしまわないよう気を付けてベッドから降りる。
カーテンから漏れる朝日がゆらゆらと揺れていて、冬の朝の肌寒さの中に少しだけ温かいものを感じた。
ぴったりと閉じられたカーテンを開けると、光で目がくらんだ。
部屋の中が朝日で満たされて、リサが身じろぎをする。
良い朝だ、窓の外の景色に目を移す。
朝日に負けないくらいの白がベランダ越しに見えた、見えてしまった。
起伏の少ない真っ白な身体に、薄紫色の下着が溶けてしまったように綺麗に映えている。
寝起きなのだろう、気だるげな表情と、銀髪に朝日が差してきらきらと輝く神秘的な光景に、何故だか目が離せない。
いつもの眠たそうな瞳よりも、さらに眠たげな友希那の瞳と、ガラス二枚を挟んで視線があった。
友希那はキョトンとした表情で首をかしげる、次いで目が見開かれ白すぎる肌に朱が差した。
そして口元がわなわなと動き始めたタイミングで、俺はカーテンを引き千切らんばかりの勢いで閉じた。
「ん。んー?陽さん?」
「リ、リサ。おはよう、そろそろ起きないとマズいんじゃない?」
のそりと起き上がって、大きく伸びをするリサの姿に頬を緩ませたいが、背後のカーテン越しに伝わってくる殺気がそれを許してくれない。
リサはベッドから這うように降りると、のそのそと寄ってきて足元に纏わりつく。
「おはようのちゅーは?」
「あぁ、うん」
かがみ込んでリップの塗られていない唇に軽く触れると、呆けていたリサの顔がだんだんと薄く赤く染まってきた。
「なんで照れる・・・」
「まさかしてくれると思わなかったし・・・」
うわの空でしてしまったことが申し訳なくなる反応を返されてしまい、何も言えなくなってしまった。
甘酸っぱい空気が漂い、それについ流されてしまってリサの頬に手を添える。
こちらの意を察してくれたのか、ゆるやかに瞳が閉じられた。
そっと唇を合わせて、お互いに感触を楽しんでいると、見計らったかのようにリサのスマホが短い電子音を鳴らした。
少し間を空けて、すぐ横に置いてある俺のスマホも音を鳴らす。
無遠慮な電子音に雰囲気を壊されてしまい、リサと顔を見合わせて苦笑した。
「そろそろ準備しなきゃだね。誰だろー?こんな朝から」
「あ、俺のスマホも取って」
「はーい」と手渡されたスマホの画面にはメッセージが一件。
・・・友希那からだ。
ちらりとカーテンの方を見る。
銀髪を逆立たせてベランダに立っているんじゃないかという想像が湧いてきて、頭を振ってそれを追い出す。
恐る恐るメッセージを開く。
「わ、珍しい。友希那から一緒に学校行こうって誘われちゃった!陽さんはなんだった?」
「広告だった・・・」
幼馴染からの誘いに顔をほころばせるリサの表情がカーテンに隠れた朝日よりも眩しくて、スマホの画面なんか見ないでずっと見ていたくなった。
つい目をそらしてしまった画面に、もう一度目を向ける。
「一緒に登校しましょう?」
その文字だけを見ると、高校時代に友希那みたいな娘にこんなことを言われたかったなと、面映ゆい気持ちになるのだけれど、その後に押された怒りマークを付けた猫のスタンプのせいで温かな感情が一気に冷え込む。
なにをされるんだろう・・・。
スマホの時間を見て慌てて準備を始めるリサを横目に、これから己に降りかかるであろう不幸に怯えた。