「おはようリサ。あら陽さん、奇遇ね?」
「・・・友希那、奇遇だな。おはよう」
リサのお母さんに見送られて出た今井家のすぐ隣、湊家の門の前に佇んでいる友希那と朝の挨拶を交わす。
制服の上に上等そうなPコートを纏い、手には黒いウールの手袋。スカートから伸びる脚は厚手のストッキングに包まれていて、首回りも白いマフラーでぐるぐる巻きになっている。
顔以外に肌色の見える部分が一切なく、まるで服が自立しているように見えた。
寒さで薄く赤く色付いた頬っぺたから、つい今しがたうっかり見てしまった、白い肌と薄紫色の下着を思い出してしまう。
視線からこちらの考えを読み立ったように金色の瞳が細められるのを見て、さっと目を逸らした。
「おはよー友希那。普通に挨拶してるけど、陽さんが泊まったの知ってたの?」
「ええ、おばさんから聞いたわ」
リサのお母さんが良い笑顔でピースをする姿が頭に思い浮かんだ。
今井家と湊家の情報のやりとりの密さはなんなのだろう・・・。
「もー・・・。ママはなんでも友希那に喋るんだから」
「知られてまずいことでもしていたの?それより早く行きましょう。あまり時間がないわ」
先に歩いて行ってしまう友希那を、赤いダッフルコートを着たリサが慌てて追って隣に並んだ。
なんとなく横に並ぶのが気まずくて、二人の少し後ろをついて歩く。
時折吹く風が冷たくて、リサのお母さんがシャツのボタンを付け直してくれて心底助かったなと思った。
「そんなことしてないって!・・・ねぇ友希那、昨日あの後みんなどんな感じだった?」
ちょっとだけ声の調子を落としたリサが恐る恐るといった様子で、まっすぐ前を見て歩く友希那に尋ねた。
「どんなもなにも・・・酷いありさまだったわよ。リサだって、あなたを欠いた私たちがどうなるかなんて知っているでしょう?」
昨日のことを思い出したのか、ため息交じりに言う友希那に、隣を歩くリサの背中が縮こまってしまった。
リサが欠けた瞬間、演奏以外まで崩壊してしまうのはいかがなものなのだろう・・・。
「ご、ごめんね?昨日はほんとごめん・・・」
「朝から辛気臭い話は止しましょう、気が滅入るわ。・・・それにリサの不調に気づけなかった私たちにだって非がある。リサ一人が責任を感じる必要なんてない」
友希那の言葉に、リサが歩みを止めてしまう。
後ろからで見えないけれど、なんとなくリサがどんな表情をしているのか、わかる気がした。
とても俺が入っていい会話ではない。ぼんやりと、アスファルトに映った電柱の影を見つめる。
「い、いやいや、どう考えてもアタシのせいだって!ライブでやらかして、勝手に落ち込んで、あんなになっちゃって・・・」
「それも含めて全てバンドの責任よ。陽さんにも言われたけれどリサが崩れたとき、私たちはなにも出来なった。いつもバンドを支えてくれているリサを支えることが出来なかった」
手袋に包まれた友希那も手が、悔し気にギュッと握られた。
「だから、今度こそ支えて見せるわ。リサ、私たちはリサが復帰するまでの間100%の・・・いえ、それ以上の状態でRoseliaを、リサの居場所を守り続ける」
同じように手を握りしめたリサの肩が震える。
「昨日も言ったけれど改めて言うわ。リサ以外にRoseliaのベーシストはありえない。だからどれだけ時間がかかっても私たちは待つ。待ち続ける。・・・私たちは、リサがいないとダメなんだから」
体当たりのような勢いでリサが友希那に抱きついた。
体格差に友希那の体がふらついたが、なんとか持ちこたえる。
手袋に包まれた手が、柔らかくリサの頭に乗せられた。
銀髪に埋まった顔から、くぐもった、でも力強い声が聞こえた。
「・・・友希那、絶対ライブに間に合わせるから。だから待ってて」
「・・・馬鹿ね。ずっと待つって言ってるじゃない」
抱きつく力が強いのか、リサの腕にすっぽり収まった友希那からうめき声のようなものが聞こえたが、されるがままだ。
ひたすらに美しい友情を目に前に立ち尽くす事しか出来ないのが少し悔しい。
やっぱりいいな、バンドは。
「ほら、そろそろ行かないと。それと陽さんの視線が怖いわ。少し独占欲が過ぎるんじゃないかしら?」
「なんでそうなる・・・。友希那、ちょっと頼みがあるんだけどいいか?」
「頼み?懺悔じゃなくて?」
からかうように不敵に笑う友希那だけど、リサに抱かれた状態だとなんの迫力もない。
「それは今度する。少しの間リサを貸して欲しい」
「・・・少しの間って、具体的には?」
「最長で23日くらいまで」
俺の言葉に友希那の顔が露骨にしかめられた。
そりゃそうだ、ライブの前日までベーシストを貸せと言われて良い顔をするわけがない。
呆れた様子で大きな溜息をひとつ吐かれる。
「ライブ前日までうちの大切なベーシストを拘束してどうするつもりなの?」
「それなんだけど・・・」
話についてこられないのか、友希那に抱き着いたまま目を丸くしているリサを見据える。
返ってくる反応が怖いような、でも少し楽しみなような。口の中で言葉を転がして、ポロリと吐き出す。
「リサ、俺とバンドをやろう」
唐突過ぎる言葉に、ふたりは唖然といった表情を顔に張り付けている。
人も車もほとんど通らない朝の通学路に、冷たい風が少し強く吹いた。
朝日に輝く銀色と茶色の髪の毛が風に巻き上げられ絡み合う光景の美しさに思わず息を呑む。
あの日、止まったままだったなにかが、ようやく動き出そうとしていた。