to be with...   作:ペンギン13

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REBIRTH

ありふれた雑居ビルの、地下への急な細い階段を転げ落ちないよう、慎重に下りる。

壁に無秩序に貼られた日付が数年以上前のライブ告知のポスターも、どうやって空いたのかわからない拳大の穴も、いつになっても何一つ変わらない。

煙草のにおいが鼻についた。

 

階段を下り切った先には見慣れたヤニで黄ばんだ壁と、CDや雑誌が山積みのカウンター。

カウンター内には、真っ青な髪の毛がトレードマークの店長が。

テーブルを挟んで対面にはグレーのパーカーの上に赤いスタジャン、ダボダボのデニムと足元にはバスケットボールシューズ、中途半端な長さの暗い茶髪をどこかのスポーツのチームのキャップで隠した、冬休みの中学生みたいな風体の愛子が、どこからか引っ張ってきた椅子にちょこんと腰掛けて、ふたり楽しそうに会話を交わしている。

 

「こんばんは店長。愛子もお待たせ」

 

「あー陽くんおっそい!自分から呼びつけといてー」

 

「やー陽ちゃん。凄く久しぶりな組み合わせだね。何?ふたりとも結婚の報告?」

 

「ないない!ありえない」とけらけら笑って否定する失礼な愛子だけれど、実際本当にありえないから何も言わない。

19歳のときに出会ってから何一つかわらない童顔と小さな体躯は、きっと80歳くらいになってもそのままなんじゃないかなと思う。

 

「本当ありえないですよ。俺、今彼女いますし」

 

二人そろって飼い猫が突然喋りだすのを見てしまったかのような顔をした。

予想通り、いやそれ以上の反応に吹き出しそうになるのを必死でこらえる。

店長のくわえていたタバコが、雑誌の上にポトリと落ちた。

慌てて拾い上げるその姿に、してやったりという気持ちになる。

 

「ちょ、ちょっとちょっと、愛子というものがありながら、どういうこと!?」

 

「お前は俺のなんなんだ・・・」

 

「彼女って陽ちゃん、もしかしてこの間一緒に来てた二人のどっちかだったり?ふたりともまだ高校生じゃなかったっけ?」

 

「高校生!?陽くん犯罪だよ!犯罪!」

 

「いや、片方はまだ中学生ですよ?」

 

「ちゅ、ちゅうがくせい・・・」

 

愛子が本当に犯罪者を見るような目で俺を見て絶句する。

店長もまだ信じられないといった様子で落とした煙草をくわえなおして、煙を大きく吐き出した。

 

「そんな目で見るな。あの二人じゃなくって、もう少し前に一緒に来てたやつです。ほら、茶髪のギャルっぽい」

 

「あー、あの・・・。ちょっと茜ちゃんに似てる娘か。でもあの娘も高校生だよね?」

 

「ええ、まぁ・・・」

 

「は、犯罪者・・・」

 

リサが茜に似てる?あの暴力と理不尽の権化みたいなやつだった茜とリサが?

全くイメージが一致しない・・・。

 

「そのことは別にいいじゃないですか。今日は二人に頼みがあってきたんです」

 

「ちっとも良くないんだけど・・・。頼みってなに?」

 

「愛子、バンドをやるぞ」

 

今度は二人そろって椅子から転げ落ちてしまった。CDと雑誌の山が盛大に雪崩を起こす。

そこまで驚くことか?・・・驚くことだろうな。

あの日から遠ざけ続けていたバンドを今更になって突然やろうなんて言い出すんだ。そりゃあ驚くだろう。

倒れてしまった椅子を直して、呆然とこちらを見上げる愛子の小さい手を引っ張って立たせてやる。

CDやら雑誌やらで出来た瓦礫の中から青い頭が這い出てきた。口元にしっかりくわえられた煙草をみて一安心。

 

「陽くん?バンドって、あのバンド?」

 

「どのバンドか知らないけど、たぶんそのバンド。この間、頼んできた年明けのMr,Bigのカバーバンドのサポート、あれ請けるから一日だけでいい、また俺とバンドをやって欲しい」

 

愛子の丸い瞳をジッと見据えて言う。

 

「で、でも茜ちゃんは、ギターとボーカルはどうするの?」

 

「俺がやる」

 

「じゃあベースは?」

 

言い淀む。これからお願いすることは完全な私利私欲で、自分自身もし言われたら真面目に引くような内容で。

でも、もう後には引けない。リサのためになんでもすると決めたのだから。

 

「一曲だけ、さっき言ってた俺の彼女に、リサに弾かせたい。リサは最近この辺りで上がってきてるRoseliaっていうバンドのベースなんだけど、色々あってバンドでベースを弾けなくなっちゃって・・・」

 

自分の言っている言葉が、他人が話しているように聞こえる。

それにしたって酷い内容だ。自分の彼女のためにバンドをやろうなんて、そうそう言えたもんじゃない。

 

「俺はリサのベースを取り戻したい。だから愛子、頼む。俺ともう一度バンドをやってくれ」

 

頭を地面に叩きつけるような勢いで頭を下げる。汚れたスニーカーのつま先と、バスケットボールシューズのつま先が見えた。

ここで断られたらもうどうしようもない。OKと言われるまで噛みついてでも頼み込んでやる。

そんな身勝手な決意がしぼんでいくのを感じるくらいの、長い長い沈黙が下りた。

愛子と店長はどんな顔をしているのだろう、だんだん怖くなってくる。

蚊の鳴くような小さな声が、沈黙を控えめに破った。

 

「・・・はどうするの?」

 

「え?」

 

思わず顔を上げると、そこには感情の読めない、けれど何か強い意志の込められた愛子の瞳があった。

 

「一曲だけって、他のベースはどうするの?」

 

「・・・あ」

 

どうしよう、全く考えていなかった。

昨日泣きじゃくるリサを抱きしめていたときにフッと浮かんだアイデアなのだ、多少の穴があるのは仕方ないだろう。

ベース不在は多少の穴で済まない気もするが、この際気にしないことにする。

 

「えっと、ベースは無しで俺と愛子だけでやる。・・・前だって出来たんだからいけるだろ?」

 

あっけらかんと言うと、真剣だった愛子の表情がポカンと間抜けなものに変わった。

今日はこの表情をよく見る。

また長い沈黙が続くけれど、今度は表情がみえるからか、あまり気まずくない。

カウンター内から押し殺した笑い声が聞こえた。

そちらに視線を向けると、青い頭に大きな埃を付けた店長が腹を抑えて俯いている。

次の瞬間、もうたまらないといった様子で愛子が笑いだすと、店長も声を上げて笑い始めた。

・・・これは好意的な反応と捉えていいのだろうか?

一緒になって笑い転げるわけにもいかず、居たたまれない気持ちで二人の笑いが止むのを待つ。

最初に復活したのは愛子だった。荒い息をついて目じりに涙を浮かべている。

 

「よ、陽くんってさ、茜ちゃんのときもだったけど、バンドをやる理由が全部女の子絡みだよね?」

 

「・・・悪かったな」

 

確かに、高校のときのバンドは女絡みで崩壊したし、その次も茜の歌声に惚れ込んで始めた。

でもいいだろう。女にモテたくてギターを始める奴がいるなら、女のためにバンドをやる奴がいたっていいはずだ。

 

「それで、その。やってくれるか?バンド」

 

「うん、うん。いいよ!やろう!Red Day再結成だね!」

 

またそのバンド名でやるのか・・・。と思ったけれど、バンド名を変えたら茜が化けて出てきそうだから、何も言わない。

このロビーで得意げにそのバンド名を提案した茜の姿を思い出して、なんだか急に鼻の奥がツンと痛くなった。

カチンとジッポライターの開く音がした。

崩落現場みたいなカウンターの中、とりあえず椅子に座りなおした店長が、煙草の煙を上に向かって大きく吐いて、派手なシャツの袖で乱暴に目尻を拭う。

ふわふわと浮いた煙で、汚れた蛍光灯の光が少しだけ陰った。

 

「あー笑った・・・。それで陽ちゃん、ボクにも頼みがあるんだったよね?言ってごらん?」

 

「はい。店長には貸し切りに出来るハコをおさえて欲しいです。今月の23日までに1時間だけでいいので」

 

「・・・この時期に貸し切りってなると、結構な額になるよ?」

 

「そこは店長がどうにかしてくれますよね?」

 

さすがに失礼だったかなと自分の発言に肝を冷やしたが、目を丸くしたかと思うとまた爆笑して、煙草の煙が変なところに入ったのか、盛大に咽せてしまった。

 

「はー、はー・・・。陽ちゃん、なんだか茜ちゃんみたいになったね?」

 

「あ、それ愛子も思った」

 

「嘘だろ・・・」

 

あれと一緒にされるのだけは勘弁して頂きたい。

きっと向こうの方も同じことを言うだろう。

 

「いいよ、わかった。1時間と言わず1日、必ずおさえるよ。でもこの時期に今から探すとなると、親父のとこくらいしかないんだけど、それでも大丈夫かい?」

 

店長の親父さんがオーナーを務めるライブハウス。

茜を失った、俺と愛子が二人で挑んで惨敗し、Red Dayが終わった場所。

あの日の記憶が鮮明に蘇る。

手が震えるけれど、きっとこれは武者震いだ。

愛子の方を見ると、火の入った瞳と目が合った。

お互いにニヤリと笑い合う。

 

「もちろんです」

 

「愛子もだいじょぶ!リベンジだね、陽くん!」

 

低い位置から突き出された愛子の丸っこい拳に、強めに自分の拳をぶつける。

横からもうひとつ、見えない拳がぶつかったような気がして驚いてそちらを見る。

愛子も感じたようで驚いて横を見るが、そこには壁しかない。

ふたり顔を見合わせて笑う。

 

リベンジだ。

3人であの日の雪辱を晴らして、そしてリサのベースも取り戻す。

触れ合った拳が赤く燃えてしまったように熱い。

数年ぶりに心の奥に点いた火が、大きく燃え始める音が聞こえた。

 

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