人間だれしも意外な一面というものがあって、そのギャップが魅力的に映ったりすることもある。
普段あまり笑わない娘が、ふとした瞬間にみせる笑顔だとか、世話好きだと思ってた娘が意外と甘えん坊だったりだとか、そういうギャップに男は弱い。
しかしあまりに凄いギャップを目の当たりにすると、魅力を大きく通り越して恐怖を覚えるのだなと、頭の中のかろうじて生き残った冷静な部分で思った。
それくらいに、目の前の光景が恐ろしい。
「ふふっ、にゃーんちゃん、かわいいねー、ふふ」
無防備に腹を見せて寝転がった猫を、溶け切った表情で撫でる友希那がそこにいた。
普段の凛とした空気は消え去って、本当に目の前にいるのが友希那か疑わしくなるけれど、紛れもなくRoseliaのボーカルでありリーダーの湊友希那だ。
「・・・友希那、そろそろいいかな?」
「待ちなさい。まだこの子におやつをあげてないわ」
冷たく返される言葉に何故か安心してしまう。
毛が付くことを気にもせず、制服のスカートの膝に乗せた真っ白な猫におやつのササミのような物を与えると、それを見た周りの猫たちが鳴き声を上げながら友希那に纏わりつく。
一瞬見せたクールさは霧散して、再び溶け切った表情を浮かべる。
ここに来てかれこれ30分くらい、ずっとこの繰り返しだ。
溜息を吐いて、もう2杯目になるコーヒーを啜る。
隣の席の友希那が注文したカフェラテはすっかり冷め切ってしまっているだろう。
足元に纏わりつく、ふわふわの毛並みの茶色い猫を抱き上げて、膝の上に乗せてやる。
少しリサに似ているなと思った。
ーーーーー
「少し取り乱したわ」
「あれで少しか・・・」
ようやく席に戻ってきた友希那の言葉に、思わずぼやくとキツく睨まれてしまい慌てて視線を逸らす。
「それで話って?こんな場所に連れ込んでどういうつもり?」
「いや、リサから友希那が猫好きだって聞いたから、いつだったかのお詫びも兼ねてと思って」
「このくらいで済まされると思っているの?私の裸も安く見られたものね?」
「あんまり大きい声で裸とか言わないで・・・」
そこまで立派なものが付いていただろうかと、あの時の光景を思い出そうとしたけれど、友希那の目が細められるのを見て、慌てて頭から追い出す。
そういえば、友希那も勘が鋭いんだった。
「本当にあのときは悪かった。悪気はなかったんだ」
「その割には、舐める様にこっちを見ていたような気がしたのだけれど?」
「驚いて固まってたんだよ・・・。ほんと、なんでも言うこと聞くから勘弁して」
「何でも、ね?・・・そういうことなら今回は見逃してあげようかしら」
「常識の範疇でお願いします・・・」
意地悪く唇を吊り上げる友希那がひたすらに怖い。
一体何を命令されるんだろう・・・。
冷めたカフェラテのカップを傾ける友希那の、上下する白い喉を見て気が遠くなった。
「話はどうせリサのことでしょう?」
「どうせって言うな。・・・そうだけど」
「毎日のように連絡されたんじゃ、そう言いたくもなるわよ・・・」
うんざりしたように言われてしまう。
でも気になるものは気になるのだから仕方ないだろう。
本人に聞いても、リサは自分の不調を隠してしまうから。
あの日、3人で一緒に登校してから、俺の仕事やその他もろもろが忙しくなり始めて、リサとの時間があまり作れていない。
連絡は取り合っているけれど、それだけじゃ情報が足りない。
リサの近くにいる友希那が頼みの綱だ。
「昨日、また吐きかけたわ」
「大丈夫なのか!?」
思わず立ち上がってしまう。
周りの猫たちが驚いたようにこちらを見た。
「落ち着きなさい。にゃ、猫たちが驚くわ」
「悪い・・・。でも本当に大丈夫なのか?」
椅子に座り直すと、驚いて散っていった猫たちが戻って来た。お店の猫だから普通なのかもしれないけれど、それにしたって人懐っこい。
「一番最初のときに比べると随分マシになったわ。最近はギリギリで紗夜が止めに入るようになって、お手洗いに駆け込むこともなくなったから」
「そうか紗夜が・・・。ベースはどうだ、弾けるようになった?」
「まだ無理そうね。でも少しずつ弾けるようになってきてはいる。誰かさんのおかげかしら?」
「リサと皆の頑張りのおかげだよ。・・・任せろって言っておいて何もできなくてごめん」
皆頑張っているのに力になれない自分が情けなくなってくる。
「・・・陽さん、あなた最近なにをしているの?仕事が忙しいのはわかるけれど、それ以外にもなにかしているんじゃない?リサが不安がってたわよ」
「リサどんな様子だった?電話だと気づかなかったけれど・・・」
「あの子がそういうのを隠すのが上手なことくらい、陽さんも知っているでしょう?・・・浮気を疑っていたわ。しっかりしないとそのうち刺されるかもしれないわね?」
「・・・ちゃんと話しておきます」
やっぱり友希那と話しておいて正解だった。
してもいない浮気が原因で、刃傷沙汰は笑えない。
今日こうして友希那とふたりで猫カフェに来ているのも、もしかしたらマズいことなのかもしれない。
「リサのことはそれくらいね、後は電話で話したことくらいよ。もうにゃーちゃんの方に戻ってもいいかしら?」
「ちょっと待って後もうひとつ」
足元の猫たちに我慢できなくなったのか、友希那がそわそわし始める。
猫の呼び方については気にしないことにした。
かばんから手帳を取り出して、赤い丸が付けられた日にちを指さして見せる。
「この日ってRoseliaの練習、あったりする?」
「・・・ほとんどライブの直前じゃない。ライブのある週は毎日スタジオに入るつもりでいるわ」
「なら良かった。この日、みんなを連れて来てほしい場所があるんだ。あとから地図と住所送るから、お願いしていい?」
「あなた話を聞いていたの?」
「ごめん、頼む」
金色の瞳を瞳を真っすぐに見つめる。
何かを考える様に、目が閉じられた。
呑気な猫たちの鳴き声のせいで緊張感が薄れるけれど、少しだけありがたいなと思った。
沈黙を破ったのは深い溜息。呆れたようにジットリとした視線をこちらに向けてくる。
「・・・リサのため、なのね?」
無言で頷く。
「それでリサのベースは戻るの?」
「わからない。けれどきっとリサのためになる」
リサのものと違い、リップの塗られていない唇に白い指を当てて思案気な表情を浮かべる。
煮え切らない答えしか返せない自分に憤りを感じた。
「・・・紗夜を言いくるめるのに骨が折れそうね」
「引き受けてくれる?」
友希那は呆れた表情をそのまま笑みに変えた。
「リサのためになるならなんだってやるわよ。これでまた貸しがひとつ増えたわね?」
「いいよ、そのくらい。俺だってリサのためになるならなんだってしたいから」
「あら、なら万が一リサのベースが戻らなかったら・・・。そうね、陽さんに女装してステージに上がって貰おうかしら?」
「・・・任せて」
想定外過ぎる言葉に一瞬躊躇したけれど、なんとかそう返す。
リサのベースは戻ってくるのだから、そんなの心配する必要はない。
しくじったら女装するくらいの覚悟は安いものだ。
何が可笑しいのか、友希那は小さな声を上げて笑っている。
俺の女装した姿でも想像しているのか・・・。いやそれならむしろ顔を青くしているはずだ。
「なんでも言うことを聞いてくれるだったわよね?早速ひとつお願いしても?」
「・・・出来る範囲でなら」
笑いが止まったかと思うと、唐突にそんなことを言ってきた。
どんな無理難題を吹っ掛けられるのかと背筋が冷える。
「リサの事をお願い。ベースのことだけじゃなく、全てにおいてリサのことを支えてあげて欲しい。Roseliaのリーダーとして、リサの幼馴染としてお願いするわ」
そう言うと話は終わったと言わんばかりに、そそくさと猫たちの方へ行ってしまった。
先程までのカッコいい友希那はどこかへいってしまったようで、別人のように甘ったるい声をかけて猫を撫でている。
冷めたコーヒーを飲み干すと、足元にリサに似た茶色の猫がまた纏わりついてきた。
抱き上げて顎の辺りを撫でると、くすぐったそうに目を細める。
その反応やふわふわの感触がやっぱりリサに似ていて、無性に彼女が恋しくなった。