日の暮れかかった商店街を、這うような足取りで歩く。
冷えた指に食い込んだ買い物袋と、ズッシリと肩にのしかかる革のギターケースに、じわじわと体力を持っていかれる感覚にため息を吐く。
貴重な師走の休日は朝から、愛子とのスタジオ練に費やした。
ギターボーカルなんて、あの惨敗したワンマンライブが最初で最後だったから何かと不慣れな面が多く、愛子からのダメ出しも相当なものだった。
耳に差し込んだイヤホンから流れる自分の歌声にげんなりする。
ライブで披露しようものなら、ビール瓶でも飛んで来そうな出来栄えだ。
とはいえ、落ち込んでる時間はない。せめて楽器の方はまともにしておかないと。
帰ってからの練習メニューを考えながら歩いていたら、思ってたよりも早く家に到着したのだけど、扉の前に誰かがいる・・・。
真っ赤なシルエットに、ついに茜が化けて出たかと肝を冷やしたが、よくよく見ると制服の上に赤いダッフルコートを羽織ったリサが、中身の詰まった買い物袋を手に佇んでいた。傍にはベースケースが立て掛けられている。
あわてて駆け寄ると、こちらに気づいたリサの表情がパッと華やいだ。
「陽さん、おかえりなさい。それギター?スタジオ行ってたの?」
「うん、まぁそんな感じ。リサどうしたの?今日はRoseliaの練習だろ?」
「そうなんだけど・・・友希那に今日は帰って休めって言われちゃってさ。あはは・・・」
「あぁ、そういう・・・。とりあえず中入って。寒かったでしょ?」
バツが悪そうに苦笑するリサを、手早く鍵を開けて部屋に招き入れる。
制服姿で立っていられると何かとマズイし、何より身体を冷やして体調を崩してしまったら事だ。
「お邪魔しまーす」とローファを脱いで、すっかり慣れた様子でキッチンに向かうリサの様子に、思わず笑ってしまう。
これじゃあ、まるで通い妻だ。
玄関の鍵を閉めてリサの後を追うと、買い物袋の中身をせっせと冷蔵庫に詰め込んでいた。
「何、晩御飯作りに来てくれたの?」
「うん!朝ごはんも作り置きしておくから、明日の朝ちゃんと食べてよね?」
「・・・ありがとう。凄く嬉しい」
その場にとどまっていたら思わず抱きしめてしまいそうだったから、キッチンに立て掛けられたリサのベースと学生かばんを持って先に部屋に向かう。
暖房のスイッチを入れて、相変わらず散らかり気味の部屋を見れる程度に片付けていると、食材をしまい終わったリサが、コートを脱ぎながらやってきた。
見られたらマズいものは前回の教訓を生かして、隠してある。
リサは皺になるのを嫌ったのか、ブレザーも脱いで、慣れた手つきでコートと一緒にハンガーに掛けて、クローゼットに仕舞った。
「あれ?部屋の雰囲気ちょっと変わった?」
「あぁ、茜の物をちょっと処分した。よく見てみるとリサの言う通り結構あってビックリしたよ」
化粧品とか、香水とか、どう考えても使わない物がゴロゴロ出てきて、2年も置いててなんでなにも感じなかったんだろうと頭が痛くなった。
Yシャツのリサがベッドに腰掛ける。少し浮かない表情だ。
「アタシが言うのもなんだけどさ・・・陽さんは良かったの?茜さんの物捨てちゃって」
「実際いらないものばっかりだったからな・・・。それこそ茜が生きてたとしても勝手に捨ててたと思うよ」
そして烈火のごとく怒られていたと思う。
片付けているときにあいつが愛用してたアーマーリングも出てきたけれど、なんとなく捨てられなくてギターバックのポケットに突っ込んでおいた。
「けど、ちょっとスッキリし過ぎちゃったから、今度リサが置きたいものがあったら持ってきて」
「・・・ホントに陽さんってアタシのこと甘やかすよね?どんどん面倒臭くなっちゃうよ?」
「面倒臭いくらいが丁度いいんだって」
リサの隣に腰掛けると、肩にこてんと頭が乗せられた。
重たさと、じんわり染みわたる体温が心地良い。
「友希那から聞いたけど、また吐きそうになったんだって?」
「・・・知ってたかー。友希那め」
この様子だと、友希那とふたりで猫カフェに行ったことは、まだ知らないみたいだ。
てっきり、ふざけてリサに色々と誇張を加えてバラすと思っていたから、覚悟していたんだけど。
助かったと思うべきか、問題を先送りにしただけと考えるべきか・・・。
「でも、吐きそうっていっても前の時とは違うっていうか・・・。上手く言えないけど、いい意味で無理をしてるって感じだから大丈夫だよ?少しずつだけどバンドでも弾けるようになってきたんだ」
「あんまり無理はして欲しくないけど・・・リサがやれる所まで頑張れ。キツくなったら絶対助けるから」
「・・・ほんっと、甘やかすなー」
ぐりぐりと、首筋に頭を押し付けられる。
ふわふわの髪の毛がくすぐったい。
「リサ、この間渡した曲は弾けそう?」
「うん、もう弾けるよ。あんまり難しくなかったし。陽さんが言ってたバンドでやるの?」
「うん。そのつもり。治ったら一緒にやりたいなって」
突然のバンドの誘いの後、リサにはある曲の楽譜と音源を渡した。
Roseliaの曲に比べると難易度はかなり低いけれど、そうかもう弾けるようになったのか。
そのことが嬉しくて、ちょっとだけ雑にリサの頭を撫でる。
「ボサボサになっちゃうって!」と言いながらも逃げようとはしない。
「歌詞の意味も読んでくれた?」
「うん。陽さんって、結構甘い歌詞が好きだったりする?和訳を見たらちょっと恥ずかしくなっちゃたよ」
「リサが横でベース弾いてて歌うなら、これしかないなって思って」
「だから、恥ずかしいってば・・・」
肩に手を置かれてそのまま押し倒された。
首筋に顔を埋められて、吐息がくすぐったい。
以前に噛まれたあたりをチロチロと舐められる感触がした。
「話が変わるんだけど陽さんさ、アタシに隠し事してない?」
少し低くなった声に、背筋が冷える。
「か、隠し事って?」
「バンドを組もうって言ってから、アタシとのレッスンが減ったり、今日もギター持って出かけてたみたいだし。何企んでるの?」
「企むって・・・人聞きが悪い・・・」
いつの間にか甘噛みに変わった首筋の刺激がもどかしい。
「今日ってか最近、誰と会ってるの?」
「・・・愛子だよ、佐藤愛子。バンドのドラムやってもらうから」
「そっか、愛子さんか・・・」
低い呟きの後で首に強い刺激が走った。
前の噛み痕を上書きするみたいに、新しい痕が刻まれる。
「・・・ゴメン。痛かったよね?」
「いいよ。俺、ドMだから」
「嘘つき。・・・もう、たまには怒ってよ」
恐らく血が滲んでしまった痕を舐められる。
そっとふわふわの猫みたいな髪の毛を撫でた。
「クリスマスが近いからさ、不安になっちゃって。愛子さん、映像で見た感じ凄く可愛いし」
「愛子はありえないから安心して。女として見れない。なんていうか相棒って感じだから」
「相棒かー。・・・それはそれで、なんか妬けちゃうなー」
鎖骨をやんわり齧られる。
愛子のことは本当に女として意識できない。
リズム隊というより、リズム体みたいな。お互いがお互いの楽器みたいな、そういう関係だ。
「不安っていうなら、俺だって不安だよ。リサってモテそうだから」
「女子校だから大丈夫だって。・・・そうだ、ならアタシにも痕つけとく?」
慣れた手つきでネクタイを引き抜いて、Yシャツが第2ボタンまで開けられると、真っ白な首筋と、綺麗な鎖骨が現れた。
まだ誰にも踏まれていない早朝の雪道みたいな美しい白に、つい唾を吞み下す。
体の位置を変えて組み伏せると、リサの口角がゆるりと弧を描き、猫目が妖艶に細められた。
なんだかのせられてしまったみたいで悔しくて、スカートからシャツの裾を引っ張り出してみる。
染みひとつない
お腹が露わになった。真ん中に縦長の形の良い臍がある。
あんまり綺麗だから手で撫でてみたらリサの身体がびくりと震えた。
「よ、陽さん。そういうことするなら、シャワーしたいんだけど・・・」
「あ、大丈夫。そういうのじゃないから」
綺麗な臍の横辺りに口をつける。ほっそりしているのに柔らかくて驚いた。
少ししょっぱい。
強めに吸い付いて離すと、白の中に赤い点が出来ていた。
対照的な色のコントラストに背筋が震える。
もっと赤を増やしたくなって口をつける。
ふたつ、みっつと痕をつけるたびに、リサの息の漏れるような声が聞こえて、頭の奥が痺れた。
顔を上げると赤い点がむっつ。
お腹の奥が何かで満たされているのを感じた。
その光景を目に焼き付けてシャツを元に戻した。
「・・・ビックリした。なんでお腹?」
「首だと、学校とかでみられたらマズいだろ?」
「体育の着替えとかで、ガッツリお腹出すことあるんだけど」
「・・・あー」
その発想はなかった。
リサの隣に身を横たえる。
すぐにしがみつくように抱き着かれた。
「なんかリサがよく痕をつけてくる理由がわかった気がする」
「陽さんも独占欲湧いちゃった?」
首筋に顔を埋められて、また痕をつけられた。
「好きなときにつけていいからね?アタシは陽さんのものなんだから」
「じゃあ俺はリサのもの?」
返事のかわりに唇に柔らかい感触が返ってきた。
その日、リサが料理に取り掛かったのはそれなりに遅い時間になってからで、家に送り届けたのもそれなりに遅い時間になってからだった。
玄関口で迎えてくれたリサのお母さんが、マフラーを巻いた俺の首筋をみて少し笑った気がしたけれど、多分気のせいだと思う。