腹が減った。
今井さんとの話がひと段落して思ったことがそれだった。昼食も取らずにこんな真剣な話をしていたのだから仕方のないことだろう。
今井さんも同じ意見のようで、彼女に至ってはバイト上がりから現在まで何も食べずにいるのだから尚更だ。
「じゃあ話もまとまったし、今日のところは解散するか。腹も減った。」
「えー、そこは食事に誘って今後のことを2人で話し合うとこじゃないかなぁ?」
「いきなり現役女子高生を食事に誘うのはハードルが高いだろ・・・」
そもそも最近の女子高生が何を食べているのかさっぱり想像がつかない。この間テレビで、生クリームを親の仇のようにこれでもかとぶっかけたパンケーキの特集をしていたが、果たしてあれは現実の食べ物なのだろうか。
「どうせさっき買ってたカップ麺とか、スナック菓子で済ませるつもりなんでしょ?アタシ良い喫茶店知ってるからさ、一緒に行こうよ!」
「あんまり奇抜な所には連れて行かないでくれよ・・・」
飲み物2本分軽くなったコンビニ袋を手に、ベンチから立ち上がる。すっかり炭酸の抜けた缶ジュースを一気に飲み干して近くのゴミ箱に捨てると、彼女の後について商店街の方へと向かって歩き始めた。
ー羽沢珈琲店ー
今井さんに連れてこられたのは、頻繁に利用している山吹ベーカリーのすぐ近くにある喫茶店で、気にはなっていたが未だ足を運んだことのない店だった。
趣のある造りのドアを開けるとベルの音が控えめに鳴り響き、若い店員さんが「いらっしゃいませ!」の声とともにやってくる。この店員さんどこかで見たような・・・。
「やっほーつぐみ、今日もお店の手伝い?お疲れさま!」
「リサさんいらっしゃいませ!あとそちらは・・・CiRCLEのスタッフさんですよね?」
「えっと、Afterglowのキーボードの・・・、羽沢さんだったかな。間違えてたらごめん」
「大丈夫です合ってますよ。いつもお世話になってます!」
そうだAfterglowのキーボードさんだ。個性の強いバンドの中で落ち着いた雰囲気が印象的だった。
「なんだか珍しい組み合わせですね・・・、お二人様で大丈夫ですか?」
「珍しいっていうか初なんだけどねー。うん大丈夫だよ」
お昼過ぎではあるが、店内はそれなりに賑わっていて人気の店であることが伺える。俺と今井さんは、空いていた窓際の席に通してもらった。
「注文が決まったら呼んでくださいね!」と羽沢さんは忙しそうにキッチンへと戻っていった。
今井さんもだけれど、まだ高校生なのにしっかりしている。
「よくつぐみのこと覚えてたねー?」
「ガールズバンドパーティに出てた娘たちはみんな印象的だったから、なんとなくだけど覚えてるよ」
「その割に、昨日あたしたちには自己紹介させたじゃん」
「だからなんとなくなんだって。うっかり間違えて空気が凍るよりはいいだろ?それより注文決めちゃおう」
「なんだかなー」と愚痴る今井さんを尻目に、メニューに目を通す。思っていたよりも種類が豊富で目移りする。良い雰囲気の喫茶店だ。椅子やテーブルなどは、年季が入っているものの清潔に保たれているし、会話の邪魔にならない音量で流れる音楽も素敵だ。今度ひとりで来てみるのも良いかもしれない。
「よし、アタシはカルボナーラにしよう。高橋さんは決まった?」
「俺もカルボナーラでいいかな、すいませーん!」
「はーい!」パタパタとつぐみさんがやってきて手際よく注文を取ってくれる。
「10分くらいで出来ますから、少々お待ちくださいね」と笑顔で告げ、キッチンへと戻っていく羽沢さんを見送った。
ふと見ると対面に座る今井さんが意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
「可愛いよねーつぐみ、ああいう感じがタイプだったり?」
「可愛い娘だけど高校生だろうが、そういう目では見れないよ」
「なら年上がタイプなの?そういえば、まりなさんとなんだか怪しい空気だったよね、目で通じ合ってたっていうか・・・」
「それはありえない」
あれは通じ合ってるんじゃなくて一方的に目で刺されていただけだ。
年頃の女の子なだけあって、今井さんもこういう話題が好きなんだな。それにしたってやられっぱなしは年上としてよろしくない。
「そういう今井さんはどうなの?彼氏いないって言ってたけど、バンドやっててそれだけ美人さんなんだし、結構声はかかるでしょ?」
「あんまりそういうのはないかなぁ。バンドの方も、ああいう雰囲気だから近寄りが辛いみたいでさ」
「俺が今井さんと同年代なら放っておかないんだけどなぁ、勿体ない」
「・・・そうやって、他の出演者の娘にも同じようなこと言ってるんでしょ?」
顔をうっすら赤くした今井さんがこちらを睨む。多少はやり返せたかな。
それにしてもこんな安っぽい言葉で赤くなられると少し心配になる・・・。
毒にも薬にもならないような会話をしていると、羽沢さんが注文した料理を手にやってきた。
「お待たせしましたー!カルボナーラとケーキのセットがおふたつです!」
「あれ、ケーキは頼んでないんだけど」
「これはお父さんが、おふたりにサービスだそうです!」
キッチンの方に顔を向けると、エプロン姿のおじ様が軽く手をあげる。「ありがとうございます」と今井さんとふたりお辞儀を返す。
「私もキッチンから見てたんですけど、お二人ともとっても良い雰囲気ですね!ごゆっくりしていって下さいね!」
他のお客さんの注文をとるため去っていく羽沢さん。
俺と今井さんの間に落ちる何とも言えない空気。これのどこが良い雰囲気なのだろうか・・・。
「・・・とりあえず頂こうか」
「う、ウン・・・」
濃厚なソースのカルボナーラも、サービスしてくれたケーキもきっと美味しかったんだろう。
羞恥心なのか、なんなのか、よくわからない感情のせいで味わう余裕が俺にはなかった。