「こんばんは、Red Dayの復活ライブにようこそ」
マイクを通して増幅された声が会場に響く。
照明の熱で顔が熱い。
サポートのライブでは感じられない久しぶりの熱量が、胸の奥でくすぶっている。
「復活一発目がワンマンで、しかも前にやったときよりお客さんが多いって、もしかしたら俺たちって結構凄いのかもしれません」
バーカウンターから「ぶっ殺すぞテメー!」とオーナーのヤジが飛んで、あこちゃんと燐子がびくりと身をすくめるのが見えた。
青髪の店長と、後ろのドラムセットに収まっている愛子だけがゲラゲラと笑っている。
どうしようもなく混沌とした空気だ。
「Roseliaのみんな、改めて今日は騙してごめん。ライブ近いのはわかってるけど、今日を逃したらチャンスが無かったから」
友希那は約束通り会場まで皆を連れてきてくれた。しかし特に事情を説明しないで引っ張って来たらしく、皆からは普通に怒られたり驚かれたりした。
実際、ライブをやる事は友希那にも話していなかったから仕方ない。
こんな大事な時期に、いきなり連れてこられてライブを見ろと言われたら、そりゃ誰だって怒るだろう。
とりあえず、ライブ後のステージを好きに使って良いと言う条件で納得してもらえた。
自分の段取りの悪さに溜息を吐きたくなったけれど、代わりに呆れた表情を浮かべた友希那と紗夜が盛大に吐いてくれた。
驚いたことがあって、俺が友希那と紗夜に説教を受けてる最中にやって来た、青い髪の店長と、あこちゃんと燐子が、気さくに話していたのだ。以前会った時はあんなに委縮していたのに。
実はあのスタジオの機材が気に入ったらしく、あれからふたりでちょくちょく通っていたのだそうだ。
忙しいから無理だろうと、ダメもとで誘っていたまりなさんは、直前になって息を切らしてやってきた。外は寒いはずなのに前髪の隙間から覗く額には汗が滲んでいた。
本当にこの人には頭が上がらない。
観客席にリサの姿はない。
俺から見て左側のソデに、深紅のベースを抱えてしゃがみ込んでいる。
チラリと視線を向けると、表情を固まらせて真っ青になったリサと目が合った。
いきなり1曲だけ弾いてと言われて引きずり込まれたのだから、当然の反応だろう。
縋るような視線に、笑顔を返して正面を向く。
「今日のライブはリベンジです」
肩からぶら下がった深紅のフライングVのボリュームを全開にする。
マーシャルから甲高いフィードバック音が鳴り響く。
「前が惨敗だったから正直ちょっと怖いけど、魂を込めて演奏します」
愛子の方を振り返ると童顔に生意気な笑みを浮かべているから、こっちも笑い返してやった。
バスドラムの縁に片足を乗せ、三角のピックを弦に叩きつける。
フィードバック音を断ち切られ、代わりに歪んだパワーコードが炎のように吐き出された。
3つのコードのシンプルなリフ。3人で初めて合わせた曲。Green DayのAmerican Idiot。
ざくざくと切り進むシンプルなリフに、愛子のドラムが弾ける。
その小さい身体からは想像が出来ない、落雷のような相変わらずの大音量に笑みがこぼれる。
いつまでも後ろを向いてるわけにもいかない、客席の方を向くと眩い照明の光に目を焼かれた。
焦点が戻ってきた視界には、2年前よりも少しお客さんが多い客席が。
ソデのリサの顔も見たいけれど、もう歌いださないと。
思い切り息を吸い込む。そして声帯を、魂を震わせてマイクに向かって吐き出す。
茜に比べると下手くそな歌だけれど、精一杯歌ってやる。
喉から血が出たって、頭のどこかの血管が切れたって歌い切ってやる。
この姿を見て、リサが少しでも勇気づけられてくれたらいいなという打算も込めて、全力でパンクロックを吐き出した。
ーーーーーーーーーーーーー
指先が痛い。散々ベースを弾いてきたから指先は固いけれど、ギターとは勝手が違うらしい。
ここ最近はギターばかりだったから、感覚を戻すのに苦労しそうだ。
キラキラと照明の光で輝く、宙に舞う小さな埃を眺める。綺麗だなと思った。
息を大きく吸って吐き出した。身体が熱い。
やっぱりライブは楽しい。終わってしまうのが惜しい。
出来る限りこの時間を長引かせたくて、ゆっくりとマイクに語り掛ける。
「そんなこんなで最後の曲です」
「陽くん、声ガラガラー!」
後ろで笑う愛子を睨む。なんでこいつは30分近くもあの音量で叩き続けてこんなに元気なんだ?
喉の奥が焼けたように痛くて、薄っすら血の味がした。
水を飲もうと足元のペットボトルを拾い上げると、中身がいつのまにか空になってた。
「愛子、悪い水ちょうだい」
「えー、しょうがないなー」
放り投げられた2リットルのペットボトルを受け取って、喉に流し込む。
ヒリヒリと痛んだけれど、随分マシになったように思える。
「ありがとう」とペットボトルを投げ返すと、小さな体で抱きとめるように受け取った愛子が「間接ちゅーだね?」とマイクが拾わないくらいの大きさで言った。
ハッとしてソデにいるリサの方を見ると、ジットリと目でこちらを見ている。
ライブが終わった後が怖い・・・。
「最後の曲なんだけど、スペシャルなゲストを迎えてやります。話題沸騰中、Roseliaのベーシスト、今井リサです」
ノリのいいあこちゃんと店長が賑やかしてくれるなか、恐る恐るといった様子でリサがソデから出てくる。
ベースアンプの方には向かわず、背中を縮こませて俺の方へやってきた。
「陽さん、アタシまだ弾けるかわからないんだけど・・・」
「最近バンドでも弾けるようになってきたんだろ?大丈夫だって、なんとかなる」
「リサちゃーん!陽くんから話は聞いてるよ。よろしくね?」
「あ、愛子さんですよね。アタシも聞いてます。ヨロシクです・・・」
椅子に膝立ちになって、ドラムセットの中から差し出された愛子の手をリサがおっかなびっくり握る。
「リラックス!リラックスー!」と愛子が握った手をブンブン振り回すけれど、リサの浮かべる笑顔は見たことがないくらい固い。
準備を促すと、なにかを諦めたような表情を浮かべてリサはアンプの方へと向かった。
「リサの準備が整うまで、ちょっとだけ・・・」
何を言ったものか、口の中で言葉を転がす。
「最後にやる曲は有名な洋楽のカバーです」
ネックを握る手になんでかわからないけれど、力が入る。
「いなくなったギターボーカルが好きでよく歌ってた曲だったりします」
茜の歌声が頭の中で蘇る。
本当はあいつがここで歌うはずだった。
「前に歌ったときはちょっと色々あって酷い出来だったから、ちゃんと歌えるように頑張ります。今回は凄腕のベーシストがいるから安心です」
「・・・変なプレッシャーかけないでよ」
右後方、ベースアンプの方を見ると、セッティングを終えた深紅のベースを肩からかけたリサが、まるで初めてステージに立つみたいな緊張感を漂わせていた。
その様子がおかしくて笑いそうになってしまう。
喋るのを止めて、リサの方に歩み寄る。
「大丈夫そう?」
「大丈夫そうに見えるの?」
ジッと睨まれてしまう。
我慢できずに笑ってしまった。
リサとの距離をゼロにして耳元に口を寄せる。
ギターとベースが触れ合って、それぞれのアンプから音が漏れた。
客席からも何か聞こえた気がしたけれど気にしない。
「駄目そうだったら、サビの歌詞だけ思い出して。それと曲の意味も。大丈夫、絶対弾けるから」
離れ際にそっと唇に触れる。
あえて顔は見ないで、そのままマイクの方に戻った。
「それじゃ、今日はありがとうございました最後の曲です」
ちらりとステージ脇の赤い革ジャンを見る。
誰もいないけれど、誰かがいる気がした。
「大切な人のために歌います」
多分、好きだったやつのために。
「聞いてください」
今、大好きな人のために。