To Be With You。
この曲はMr.Bigの2枚目のアルバムに収録された曲で、失恋した女の子のことを励ますためのバラードナンバーだ。
でも、こんなことを言ったら怒られてしまうかもしれないけれど、俺としてはそんなのはどうでも良かったりして、曲名とサビの詩がとにかく気に入っている。
気恥ずかしくて、とても言葉にできないことが、そこに全部詰まっているから。
多分、だから茜もこの曲が好きだったんだと思う。
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傷だらけのフライングVが温かな和音を鳴らす。
いつもは象だって気絶させてしまいそうな爆音の愛子のドラムだけど、さすがにこの曲では、穏やかで包み込むような音でビートを刻んでいる。
マイクに口をピッタリつけて歌を吐き出す。
胸の中の何かが削れるような音がした。
魂を吐き出しているんだから当たり前か。
目の前には客席だけが広がっていて、ベースを弾いているときと違って仲間の姿は見えない。
照明の光で肌がじりじりと焼ける感覚、視界が霞む。
喉の奥から血の味が染み出して、焼けるように熱い。
前は気が付かなかった。これが茜が見ていた景色なんだ。感覚なんだ。
あのときの演奏と同じで、ベースの音は鳴っていない。
いや、完全に鳴っていないわけでは無くて、少しずつではあるけれど、その音は聴こえてきている。
後もう少しでせき止めている何かが外れて流れ出しそうな、そんな予感を感じさせる音が。
邪魔している何かをリサが必死で吹き飛ばそうと、もがく音が聴こえる。
リサの戦う姿はここからじゃ見えないから、マイクに向かってエールを叫ぶ。
一緒にいる、リサと一緒にいる、と魂を削って精一杯のエールを。
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音の余韻が溶けて、静寂が訪れた。熱だけがぼんやり漂っている。
ベースの音は鳴らなかった。
少しの間のブレイクを終えて、最後のサビを通すとこの曲はお終いだ。
見ないつもりだったけれど、どうしても気になってリサの方を振り返る。
そこには、まだ一曲の途中までしかやっていないのに、汗だくになって深紅のベースを構えたリサがいた。
大きな猫目が爛々と輝いて、顔には精気がみなぎっている。
予想外過ぎる様子に、笑ってしまった。
てっきりまた死にそうな顔をしていると思っていたから。
ーー大丈夫?
ーーうん!
目だけで通じ合う。多分、通じ合ってる。
ーーリサ
ーーなに?
ーーちょっと疲れたな
リサの顔に苦笑が浮かぶ
ーーまた料理作ってあげるから、もう少し頑張ろうよ?
ーーそれなら頑張れそうだ
苦笑に笑顔を返す
ーーリサ
ーーんー?
ーーずっと一緒にいよう
ネックを高く掲げるのとぴったりのタイミングで、愛子の力強いフィルが弾けた。
思い切り息を吸い込んで、マイクに嚙み付く。
弦が切れてしまうくらい強くピックを叩きつける。
もうすっかり枯れてしまった喉を絞って音を吐く。
ボロボロの歌を愛子のドラムが頼もしく支えてくれる。
ふたりだけのバンドサウンドに、何かが溶けたような気がした。
陽だまりのような温かさに、優しく包まれる。
・・・気のせいじゃない。
頼りない歌声に寄り添うように柔らかい低音が、ベースの音が鳴り響いた。
バンドサウンドに真っ赤な血が通い始める。
戻ってきた、リサのベースが。
たまらず振り返ると、満面の笑みを涙で濡らしたリサがベースを弾いていた。
零れ落ちた涙が、ベースのボディに当たって伝い落ちる。
細長い華奢な指が軽やかに動く度に、聞き慣れた懐かしい低音が紡ぎ出される。
その光景があまりにも眩しくて、喉が引き攣って視界がぼやけた。
不思議な事が起こった。
途切れてしまったはずの歌が聞こえる。
びっくりしたような顔の愛子と目が合ったから、きっと気のせいじゃない。
確かに聞こえた。
ハスキーで、でもどこか幼い、大好きだった誰かの歌声が聞こえた。
嗚咽が漏れてしまわないように歯を食いしばる。
もう歌えそうにないけれどいいだろう。
どっかの誰かが代わりに歌っているんだから。
4つの音が溶け合って、どこまでも高く響き渡った。
ここじゃないどこか遠くに届きそうなくらいに、高く高く響き渡った。