Straight No Chaser
「はい、陽くん。あげる」
「さんきゅ。いや、なんでウィスキーなんだよ・・・」
ソファでぐったりしていると、ドリンクカウンターから戻った愛子から、琥珀色の液体がなみなみ注がれたプラスチック製のコップを差し出された。
恐ろしいことに氷すら入ってないストレート。
ガラガラの喉にとどめを刺すつもりか。
「それオーナーさんの奢りだから。残したら鼻から飲ませるって言ってたよ」
「鬼か・・・」
カウンターの方を見ると、グラスを拭いているオーナーがにやりと、壮絶な笑顔を浮かべた。
大人しくカップを掲げて頭を下げる。
「ほら、乾杯しよ?ライブの成功を祝して!」
「あれを成功と言っていいのか・・・」
渋々カップを差し出すと、黄金色のビールでいっぱいのカップを、控えめにぶつけられた。
思い切って、グッと液体を流し込む。
喉と胃が焼ける感覚がして、折角冷めてきた体がまた熱くなった。
明日にはクラプトンみたいな声になってるかも。
「成功だよ。リサちゃん弾けるようになったじゃん」
「まぁ、そうだけど・・・」
ステージ上ではRoseliaの面々が慣れない機材に苦戦しながらも、久しぶりのメンバー揃っての演奏を楽しんでいる。
最後の曲が終わった瞬間、リサはステージに殺到したRoseliaの面々にもみくちゃにされた。
我先にリサに抱きついたのは、意外なことに紗夜だった。
号泣しながらリサの名前を呼ぶ紗夜に感化されて、結局彼女たち全員が泣きながら抱きしめ合うという凄まじい青春の一幕を、すぐ真横で見てしまい、ライブ後の高揚も相まって、ついもらい泣きしてしまった。
そしてそれ見た愛子に爆笑された。自分だって泣いてたくせに。
「ねー陽くん」
「なんだよ?」
また半分以上残っているウィスキーを舐めるように口に含む。舌先が痺れる。
隣の愛子はビールの入ったカップを両手で持って、体育座りでぼんやりした視線でRoseliaの演奏を眺めている。
「このバンドは今日でおしまい?」
「・・・茜ならどうするだろうな」
答えになっていない答えを返す。
愛子の素足の指が、ギュッと握られた。
本音で言うと、もうこのバンドは役目を終えたと思う。
茜の弔いを果たして、リサのベースを取り戻すという大役もやり遂げた。
ステージ上の置きっ放しの茜のギターが誇らしげに輝いている。
もうお終いでいいんじゃないか。
そう思うけれど、言葉は口から出てこない。
どうしようもない気持ちで言葉を口の中で転がしていると、青髪の店長がふらりと手を振ってこちらにやって来た。
「陽ちゃん、愛子ちゃん、お疲れ様。ライブ良かったよ、凄く良かった」
噛みしめる様にそう言ってくれる店長に、いつもの軽薄さがなくて何も言えなくなってしまう。
代わりに愛子がへらりと笑いながら「ありがとー」と答えてくれた。
「お疲れのとこ悪いんだけど陽ちゃん、ちょっといいかい?」
「俺ですか?」
今日の会場の代金のことだろうか。
お金は多めに下ろしてきたつもりだけれど足りるだろうか。
心許ない財布の中身を思い出していると、愛子が呆れたように溜息を吐いた。
話の途中だったのをすっかり忘れていた。
「えっと、愛子。バンドのことだけど・・・」
「いいよ、今度一緒にゆっくり考えよ?」
そういうや否や、半分以上残っているビールを一気に飲み干してしまった。
「愛子、あっちに混ざってくるから、店長さんとお話してきなよ」
答えを返す間も無く、Roseliaのみんなが演奏するステージに向かって行ってしまう。
あこちゃんとドラムを交代して、早速セッションが始まった。
久しぶりの揃っての演奏を邪魔されて気を悪くしないか心配だったけれど、普通に受け入れられている。
今日が初対面のはずなのに、この馴染みっぷりはなんだ。
愛子にドラムを譲ったあこちゃんは、マイクを片手に友希那と一緒に歌い始めた。
普段なら間違いなく叱責が飛ぶんだろうけれど、みんな楽しそうに演奏している。
少し、いやかなり羨ましい。
紗夜の隣で弾くのはおっかないけれど、ギターで参加したい衝動に駆られる。
「じゃあ陽ちゃん行こうか。ちょっと込み入った話になるから楽屋で話そう」
「・・・はい」
渋々、全然中身が減らないカップを持って店長の後に続く。
込み入った話って何だろう。年末だから料金が割高になったとかだろうか。
足りなかったらどうしよう、店長はともかくオーナーが怖い。
往生際悪くちらとらとステージの方を横目に見る。
勿体無いなと思った。
他に人のいない客席でRoseliaの演奏を聴く機会なんて、恐らくこれを逃したらもうないだろうから。
そして何より、戻ってきたリサのベースをもっと聴いていたいなと思ったから。