to be with...   作:ペンギン13

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LIVE MY LIFE

所々ひび割れたコンクリートがむき出しの壁と床を、ちらつく蛍光灯の明かりが頼りなさげに照らしている。

Red Houseの楽屋はCiRCLEのそれと比べると、楽屋というよりは倉庫と言った方がしっくりくる。

隅の方に置かれた埃を被った段ボールが2年前と全く同じ姿でそこにあって、うっかりタイムスリップでもしてしまったような気分になった。

部屋の中央には積み上げたビールケースの上にコンパネ材を載せただけの、粗雑なテーブルが鎮座していて、その周りにはくたびれたパイプ椅子が数脚、畳まれずに放置されている。

持ってきたウィスキーのコップを置き、椅子をひとつ引き寄せて腰掛ける。

対面には、いつも通り呑気な顔をした青髪の店長と、対照的に真剣な表情のまりなさんが座っている。

 

「すいません店長、もう一回言ってもらっていいですか?」

 

「だからさ陽ちゃん、うちのスタジオの店長やってよ?」

 

染髪のし過ぎでついに脳にまで影響が出始めたのだろうか・・・。

唐突過ぎる言葉に何も返せずにいると、溜息を吐いたまりなさんが呆れた顔で店長の肩をどついた。

 

「ちゃんと説明しなさい。高橋君が困ってるでしょ?」

 

「あーごめんごめん、そうだね。ありがと、月島ちゃん」

 

このふたりの関係性はいつになってもよくわからない。

それなりに年の差がある割に今みたいに砕けたやりとりをするし、店長が名字で呼ぶのは俺の知る限りまりなさんだけだ。

 

「いわゆる世代交代ってやつだよ、陽ちゃん」

 

「世代交代、ですか?」

 

馴染のない言葉に、思わず間抜けにオウム返し。

 

「そう。前々から考えてはいたんだ、親父ももういい歳だからさ。本人がまだやるってごねるから、なぁなぁでやってきてたんだけど」

 

確かにあのオーナーなら、あと三百年くらいは現役でやっていける気がする。

 

「なんだけど、陽くんたちのライブの後でRoseliaの娘たちが演奏するのを見て、急に気が変わったらしくってさ。辞めるからさっさと代わりの店長見つけて来いって。ほんと勝手だよね?」

 

「そんな他人事みたいな・・・。でもなんで俺なんですか?」

 

いつもの調子で言われて錯覚しそうになるけれど、これは重要な話なんじゃないだろうか。

お世辞にも繁盛しているスタジオには見えないけれど、それでも店長は店長だ。

俺みたいなやつに任せようとする意味がわからない。

 

「親父に心当たりがないって言ったら、アイツでいいだろうって」

 

ごつい指輪の嵌った指で、顔を指さされる。

その手をまりなさんが「人を指で指さない」と叩き落とした。

 

「いや、そんな適当な・・・」

 

「適当ってわけでもないんだ、これが」

 

叩かれた手をさすりながらそう言った。

左手の薬指に見慣れない、年季の入ったシンプルなデザインの指輪が光るのが見えてドキリとする。

 

「陽ちゃん、CiRCLEの仕事である程度楽器のメンテや修理をこなしてるでしょ?それにPAの技術もある。スタジオとライブハウスの両方で活躍できる人材なんて、そんないないんだよ」

 

「独学の付け焼刃ですよ・・・。それに俺はCiRCLEのスタッフなんですから。まりなさんからも何か言って下さいよ」

 

居心地が悪くなって、ここまでほとんど会話に参加してこないまりなさんに助け舟を求める。

ちらりと表情を窺うと、そこには予想外の寂しそうな表情を浮かべたまりなさんがいた。

 

「私は高橋君のやりたいようにして欲しいな。・・・ううん、出来れば店長さんのお話を請けて欲しいって思ってる」

 

言葉が出てこない。

自分自身、仕事にまじめだったかと聞かれると、とても肯定できないけれど、それなりに必要とされている自負があった。

突き放されたような、暗い気持ちになる。

顔に出てしまったのか、まりなさんは慌てた様子で手を振った。

 

「高橋くんは必要なんだよ?だけど、その方が陽くんにとっても、音楽をやる子たちにとっても良いことだと思うんだ」

 

「音楽をやる子たち?」

 

俺のためというのはわかる。専門学校を中退している上に、これといった資格も持っていない俺には、勿体ない誘いだ。

でもそれが音楽をやる子たちのためという、壮大な理由につながる意味が分からない。

 

「陽ちゃんにはね、ボクがオーナーの仕事に慣れたらライブハウスの方に合流して貰ってブッキングマネージャー任せたいなと思ってるんだ。それとPAの仕事も」

 

「PAはともかく、ブッキングマネージャーですか?」

 

CiRCLEではまりなさんが担当しているブッキングマネージャーは、イベントなどの際に出演してくれるバンドを探し出してきてオファーを出す、ライブハウスの運営上とても重要な役職だ。

でもそんな重要な役目をなんで俺に?

 

「高橋君には前に話したことがあったよね。覚えてる?私の理想」

 

「まりなさんの理想って・・・。本気で音楽をやる子達を誰かに見つけてもらえるようにするため、でしたよね?」

 

「・・・覚えててくれたんだね」

 

「忘れられませんよ・・・」

 

CiRCLEに入社したばかりのころ、腐ってた俺に語ってくれた理想。

あのときに見たまりなさんの瞳の熱は、今でも鮮明に思い出すことが出来る。

この人についていこうと思えた瞬間だったから。

 

「今のところ、その理想は半分くらいしか叶えることが出来ていないの。CiRCLEはガールズバンドがメインの箱だから。私自身、現状で手一杯だし」

 

それは俺も前々から思っていたことだ。

CiRCLEは若者に開けた箱ではあるけれど、女性向けに特化しすぎている。

ガールズバンドの聖地だったSPACEの閉店が重なった影響も少なからずあるのだろう。

CiRCLEは今更、男性バンドを招き入れることが出来ないくらいに、そのブランドイメージのようなものを強固に築き上げてしまった。

 

「だから高橋君にはね、店長さんのところで私が見つけてあげられない男の子たちのことを見つけて欲しいんだ。リサちゃんや、Roseliaのみんなの面倒を見る高橋君を見て思ったの。キミならくすぶってる子たちのことを引っ張り上げて、輝くステージに連れて行ってくれるんじゃないかって」

 

そう語るまりなさんの目には、あのときと同じかそれ以上の熱が宿っている。

あんまりにも眩しくて、店長の方に視線を逸らす。

 

「で、でもRed Houseって、ロックンロールの老舗じゃないですか?その辺りのことはどうするんですか?」

 

「ボクがオーナーになったら、そんなカビ臭いイメージなんかすぐに燃えるごみの日にでも捨てちまうよ」

 

聞いたことのない乱暴な言葉遣いに唖然としてしまう。

 

「ロックの老舗を謳ってるライブハウスなんて、東京には腐るほどある。でも、そこで演奏してるのって夢を諦めたクセに未だにロックの幻想にしがみついてる大人ばかりだ。うちだってそうだよ、若い子よりもボクみたいなおっさんの方がたくさんステージに立ってる」

 

確かにRed Houseの利用客の年齢層は高めだ。

オーナーの趣味もあるんだろうけれど、ブッキングライブに出ていたころの対バンは、そのほとんどが50代くらいのおじさんで、今の若い子が見たことも聞いたこともないような古臭いロックンロールを演奏していた。

 

「陽ちゃんボクはね、若い子こそステージで輝くべきだと思ってる。高いノルマを払える大人ばかりがステージに立てるなんてどうかしてるよ。ボクが作るRed Houseは新しい世代を応援する場所にしたい。それがライブハウス本来の役割なんだから」

 

こんな店長は初めて見た。

いつもの軽薄さはどこかへ吹き飛んで、まりなさんと同じ熱を湛えた瞳が輝いている。

 

「将来的には月島ちゃんのとこと合同でイベントをやったり、夢物語になっちゃうかもだけど、もっと大きいライブハウスを開いたり、フェスをやったりして、若い子たちが輝ける場所を作りたいと思ってる」

 

話の大きさにくらくらしてくるけれど、同時に胸の奥が熱くなるのを感じた。

初めて、茜の歌を聞いたときのような。

 

「そのために陽ちゃん、キミが欲しい。ボクと月島ちゃんの理想を叶えるために、力を貸してくれないかい?」

 

「私からもお願い。急な話でビックリしてるだろうけど、高橋君がいてくれたら心強いな」

 

沈黙が下りた。

閉じられた扉の方から、Roseliaのみんなと愛子の演奏する音がうっすら漏れ聞こえる。

楽屋の中にライブの最中みたいな熱量が漂っているような気がした。

水滴の付いたカップを見つめる。オーナーが奢ってくれた理由はこれだったのか。琥珀色の液体を見てぼんやり思う。

リサみたいな子たちを見つけ出して、ステージで輝かせる。

難しいことだろうけれど、想像すると不思議とワクワクしてきた。これからライブに臨むときみたいな、高揚感と緊張感が体を包む。

カップを取って、半分以上残っている液体を喉に流し込んだ。

熱が身体中に巡って、体温が一気に上がったような気がした。

胸の中の熱はそれ以上に熱く、燃えている。

強烈なアルコールに咽せそうになるのを堪えて、言葉を吐き出す。

 

「やります」

 

たった4文字ぶん、空気を震わせると対面に座るふたりの表情がホッとしたような笑顔で染まった。

リサと出会って動き始めた人生が、また大きく動き始めた。

漏れ聞こえる音から、リサの低音を探す。

この選択を彼女は喜んでくれるだろうか。

空になったカップを見つめて、そんなことを思った。

 

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