日の落ちきった、人通りのない自宅への道をひとり黙々と歩く。
耳に挿したイヤホンから流れるのは、昨日こっそり録音していたRoseliaのライブ音源。
駅前の方は、煌びやかな電飾が彩られたツリーやイルミネーションで華やいでいたけれど、住宅街に入ってしまうといつも通りの素っ気ない風景が広がる。
盛大に白い息を吐き出す。
疲れた。尋常じゃなく疲れた。
二日酔いでやるPAの仕事ほどの苦行はない。
バスドラムの音で胃から酸っぱい何かがせり上がってくるし、シンバルの弾ける音で何度か意識を持っていかれかけた。
受付業務のまりなさんが羨ましいと思ったけれど、そちらはそちらで、昨日のライブの評判を聞きつけた当日客が殺到したらしく、大変な忙しさだったらしい。
しかし何はともあれ、CiRCLEでのクリスマスイベントは両日共に大盛況のうちに幕を閉じて、後の今年の業務は大掃除を残すのみだ。
疲労感が凄いけれど、それ以上の達成感で満ち足りている。
あんなイベントをいつか自分でもやれたらなと、ポケットに突っ込んだ手を握りしめる。
年季の入ったインターホンを押すと、古臭い音がドアの向こうで鳴った。
もう住み始めて結構な月日が経つけれど、自分の家のインターホンを押したのは初めてかもしれない。
パタパタと足音がして、ドアの前で止んだ。少しの間を空けて、鍵とチェーンが外される音がした。勢いよくドアが開く。
「おかえり陽さん!」
「・・・ただいま」
私服姿のリサが満面の笑みで出てきた。
鍵を渡していたし、いるのはわかっていたけれど、いざこうして出迎えられると胸にくるものがある。
「ごめん、やっぱり遅くなった」
「お仕事なんだから仕方ないって。お疲れ様!ほら早くあがってあがって」
手を掴まれて、家の中に引っ張り込まれた。どっちの家なのかわからなくなってくる。
リサの赤いエナメルのドクターマーチンの横に、くたびれたスニーカーを脱いで揃えると、見覚えのない青いスリッパを差し出された。もこもこしていて温かそう。視線を落とすと、同じデザインの色違いの赤がリサの足元を飾っている。
「買っちゃった。かわいいでしょ?」
「・・・そうだな」
受け取ると、嬉しそうに部屋へ行ってしまう。
はしゃいでるなー・・・。
リサに続いて部屋に入ると、一瞬他人の部屋に間違えて入ってしまったかと思うくらい、その光景は様変わりしていた。
家具の配置は流石に変わっていないけれど、ベッドのシーツ類やカーテン、ラグマットが、リサの部屋の物と似たピンクを基調としたものに変わって、散らかっていた雑誌などが綺麗にまとめられている。
ベッドの枕がふたつに増えているのは見なかったことにした。
テレビの横のフライングVが、居心地悪そうに鈍く輝いている。
「リサ、これどうした?」
「陽さん、アタシのもの置いていいって言ってたじゃん?ちょっと張り切っちゃって・・・。やっぱやり過ぎかな?」
上目遣いに、恐る恐るこちらの機嫌を伺うように聞いてくるから、安心させるように頭を軽く撫でる。
「俺がいいって言ったんだから良いよ。それより、カーテンとか高かっただろ?」
「ううん、アタシの家で使ってたやつを持ってきたから、お金はほとんど使ってないよ」
どうりで、部屋の中がリサの匂いでいっぱいなわけだ。
シーツ類もそうだと考えると、しばらくは悶々とした気持ちで寝ることになりそうだ。
「なら良かった、それとあの荷物の量はどうした?泊まるにしても、ちょっと多くない?」
立てかけたベースケースの方を指差す。
そこには、あこちゃんくらいならすっぽりと収まってしまいそうな凝ったデザインのキャリーバッグと、大きめのボストンバッグが異様な威圧感を放って置かれていた。
海外旅行にでも行くつもりなのだろうか。
「そう?しばらくいるから、あの位は必要だと思うけど」
「しばらく?」
「うん。あれ、ママから連絡来てない?」
慌ててポケットからスマホを取り出す。
そういえば今日は忙しくて、一度も見ていない。
リサの言う通り、お母さんからメッセージが入っていた。
『メリークリスマス陽くん!5日に帰ります、それまでリサのことヨロシク!パパに陽くんのこと良く言っておくからね!』
強烈な目眩に襲われた。
何度読み返しても、その内容は変わらない。
スクロールするともう一件、お母さんからのメッセージが。
『しっかりやるんだよ!』
何を?
ついそう返信しそうになったけれど、どんな返しが来るかわかったものじゃないので、そっとスマホの電源を落とす。
5日までとなると、今日が25日だから約10日ここでリサと生活することになる。
どうしよう、色々とマズイかもしれない。
「・・・リサ、5日までいるの?」
「うん、よろしくね!晩御飯の準備しちゃうから、陽さんは手洗いうがいしてきて。頑張って作ったから楽しみにしててよー?」
花のような笑顔を浮かべてキッチンの方へ行ってしまった。
呆然とその背中を見送る。
警戒心の無さに不安を覚えるべきか、信頼されていることに喜ぶべきか頭を抱えたくなる。
見慣れた天井を仰ぐ。
10日間に渡る理性との戦いを想像して、気が遠くなった。
次回最終回です。