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店内のあちこちに取り付けられたスピーカーから、琴の音色でさくらさくらが流れている。
一ヶ月以上前からクリスマスの陽気な音楽や、飾り付けで華やいでいたショッピングモールは、毎年のことながら恐ろしい速度の変わり身で、すっかりお正月モードに変化していた。
年越しの買物客でごった返すモールの中、俺とリサがいる家具や生活雑貨を扱う店は比較的空いている。
リサは片手を俺の腕に絡めたまま器用に新しく購入するシーツの柄を、うんうん唸りながら吟味している。
「んー。カーテンがピンクだからそっちに揃えた方がいいかなー。でもオレンジもかわいいんだよなー・・・。ね、陽さんはどれがいい?」
「特にこだわらないし、リサが好きなやつでいいぞ?」
「あ、そういうの良くないんだよ?ふたりの部屋のことなんだから、ちゃんとふたりで決めなきゃ」
確か俺の部屋だった気がするんだけど、と言いかけて止める。リサの言う通り、あれはもう俺だけの部屋じゃなくなってるから。
「じゃあ、無難に白とか?」
「白かー。白は汚れが目立つからちょっとなー・・・」
汚れが目立つという言葉で、リサが交換したばかりのシーツに盛大に付いていた染みの事を思い出す。同時に昨夜のことも・・・。
足の甲に鈍い痛みが走った。見るとリサの赤い靴が俺のスニーカーの上に乗っていた。
「今、やらしいこと考えたでしょ?」
「・・・気のせいだろ。黒だったら汚れも目立たないんじゃない?」
「確かに目立たないけど、それじゃ前に陽さんが使ってたのと一緒じゃん?折角なら可愛いのにしようよ。こっちのドットのやつとかどう?」
「うーん、それもいいけど、あたし的にはこっちの星柄の方が、るんってくるなー!」
「いや、それ星柄じゃなくて星条旗だぞ?」
横からにょきっと出てきたアメリカの国旗柄のシーツに思わず素で返してしまってから、猛烈な違和感にシーツが伸びてきた方を向く。るんってなんだ?
眼鏡とマスクで覆われた顔は一瞬だれかわからなかったけれど、ニット帽からはみ出た翠色の髪の毛で紗夜だと気づいた。
「紗夜、どうしたんだその恰好ーー」
「メリークリスマス、リサちー!もう終わっちゃったけどさ!」
自分の言ったことにケタケタと笑う彼女は、俺の知っている紗夜の姿とはかけ離れている。けれど、ずらしたマスクから覗いた端正な顔立ちは紗夜のものと全く同じで、変な夢でも見ているんじゃないかと思った。
「え、ヒナ!?」
「もーリサちー、お忍びなんだからおっきな声出さないでよ。バレたら面倒なんだから」
「あ、ご、ゴメン・・・。でもなんでこんなとこいるの?」
「こんなとこって、あたしだって買い物くらいするよー。今日はおねーちゃんとデートなんだ!いいでしょー?」
ふたりの話のペースについていけず、なんだか蚊帳の外だ・・・。ヒナ、おねーちゃん。この娘が、いつだったか紗夜と話した、Pastel*Palettesのギタリストか。ぶっ飛んだギターの印象ばかりが強くて外見が思い出せなかったけど、思っていた以上に紗夜に似ている。
まじまじとその顔を見ていると、ばったり視線が合った。
「あなたがリサちーの彼氏さん?それいいなー!あたしも後でおねーちゃんとやろっと」
絡んだ腕を指差されて、反射的に体を離そうとすると何故か逆に力を込められた。ビックリしてリサの方に視線をやると、無意識だったみたいで、やってしまったといったリサの顔があった。日菜さんの顔が、良いおもちゃを見つけたみたいな悪戯気な笑みに染まっていって背筋が冷たくなる。この娘、ギタープレイだけじゃなく性格も紗夜とは真逆らしい。
リサが取り繕うように、絡んだ腕はそのままで空いた方の手をわたわたと振る。
「あ、アタシのことはどうでもいいじゃん?それより紗夜はどうしちゃったの?」
「あー、おねーちゃんね。ペットショップで動かなくなっちゃってさ。子犬にメロメロなおねーちゃんもかわいいけど、さすがに一時間もほっとかれて飽きてきちゃったから一人でぶらぶらしてたんだ」
ほら、と日菜さんが取り出したスマホの画面には、見たこともない蕩けきった表情でゲージを眺める紗夜の姿が。どこかで見たことがある表情だと思ったら、猫を前にした友希那の顔とほとんど同じだった。
「・・・こんなところにいた。ちょっと日菜!勝手にいなくならないで頂戴。ただでさえ人が多いのだから」
聞き慣れた怒声が背中に飛んできた。紗夜だ。振り返ると画面の中の表情とは真逆のしかめっ面。いつもはおっかないその表情が、今はなぜか懐かしい。
「や、ヤッホー紗夜」
「い、今井さん!?それに高橋さんも・・・」
おねーちゃん!と嬉しそうに日菜さんは紗夜に抱きつく。それを自然に抱きとめる紗夜の苦笑の中には、Roseliaの面々に向けるものとはまた違った温かさが宿っていた。
こうしてふたり並んでいると、紗夜の方が身長が高かったり、目元が少し垂れていたり、細かな違いが見て取れた。
「仲いいんだな?」
「そちらには負けます。おふたりは買い物ですか?」
俺とリサの絡んだ腕の辺りを一瞥すると、もう慣れたと言わんばかりに紗夜はさらりと返してくる。澄ました顔をしているけれど、さっき見た写真のことがあるから、ギャップで笑ってしまいそうになる。リサも同じみたいで、顔を伏せて小刻みに震えている。
「今更あなたたちの関係にとやかく言うつもりはありませんが、冬休みだからってハメを外し過ぎないように。ほら日菜、もう行くわよ」
「えー!せっかくだしリサちーたちと一緒に遊ぼうよー。ダブルデートみたいでるんってするでしょ?」
「また突拍子もないことを・・・。突然そんなことを言っても今井さんたちに迷惑でしょう?」
さっさと行ってしまおうとする紗夜に、日菜さんが引っ付いて離れない。まるで、おもちゃ売り場の親子みたいな光景に、リサと苦笑し合う。
「アタシたちは別にいいよ?ダブルデート。紗夜が良いならだけど」
「今井さん、そうやって日菜を甘やかさーー」
「さっすがリサちー!あっちの方にリサちーに似合いそうな、ピピッときた服があったんだ!彼氏さんもイチコロだよ!」
「え、ちょ、ちょっと待ってヒナ!」
こちらの快諾に破顔した日菜さんは、興奮気味に俺からリサの手を引ったくって、そのまま人混みの中に消えて行ってしまった。・・・ダブルデートってデートの相手を交換することだっけ?
紗夜の方を見ると、盛大に溜息を吐いて、日菜さんが落としていった星条旗柄のシーツを拾い上げている。
「すみません、妹が迷惑をおかけしてしまって・・・」
「いいよ、全然気にしてないから。・・・とりあえず、その辺ぶらつこうか?」
「・・・いいんですか?今井さんを放っておいて」
「落ち着いたら連絡してくるだろうし、そうしたら合流すれば大丈夫だろ」
紗夜からシーツを受け取って棚に戻す。
正直、後が少し怖いけれど、とても日菜さんの勢いに付いていける気がしない。追いかけっこで一日が終わることすらありえそうだ。リサとの買い物が中途半端になったのは残念だけど、仕方がない。
「高橋さんがそう言うのでしたら・・・。ところで何故、今井さんと寝具を選んでいたのですか?」
日菜さんに比べて、少し垂れた紗夜の瞳がスッと細められる。あぁ、これはリサ達の後を追いかけていた方が良かったかもしれない。
おっかない紗夜の視線から目を逸らして、多くの人々が行き交う方を見る。
当たり前だけれど、そこにふたりの姿を見つけることは出来なかった。