to be with...   作:ペンギン13

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 時計の短い針と、長い針とがてっぺんで重なった瞬間、スネアの音に似た乾いた破裂音が六畳間に響き渡った。火薬のツンとした臭いが鼻につく。

「あけましておめでとう!」と、少し興奮した様子のリサが言う。

 

「陽さん去年は色々とありがとう!今年もよろしくね?」

 

「こちらこそ、不束者だけどよろしく」

 

「それ、どっちかっていうとアタシの台詞じゃん」と呆れたように笑うリサから、クラッカーの残骸を受け取って、ゴミ箱に捨てた。

 先程まで年末恒例の歌番組が流れていたテレビには、浮かれ気味なアナウンサーが、多くの人でごった返す神社を中継する映像が写っている。神様は大変だ。新年からこんな大人数の願い事を聞いてやらなきゃいけないんだから。

 神様の健闘を祈りつつ、テレビの中の鳥居を潜る人々を眺めていると、急に視界が暗くなった。次いで唇に柔らかい感触。それはすぐに離れてしまって、明るくなった視界には、至近距離にリサの顔があった。

 

「なんでいきなりキス?」

 

「この間、雑誌で見たんだけど、イギリスだと年越しの瞬間に近くにいる人とキスするんだってさ」

 

 ここは日本なんだけどとか、もう年越してるんだけどとか、そんなつまらない言葉が頭に浮かんだけれど、普通に嬉しかったから無粋な言葉は呑みこむことにした。

 どうせならお返ししてやろうと、近くにあるリサの顔を引き寄せる。いつもの柔らかな刺激を期待した唇には、柔らかいことは柔らかいんだけど、なんだか少し冷たくて平べったい感触が。薄目を開けてみるとリサの掌が目の前にあった。ハンドクリームの香りが鼻腔をくすぐる。

 

「……言い訳を聞こうか?」

 

「わーゴメンゴメン!怒らないでってば!」

 

 口では謝っているけれど、リサの表情はいつも以上に良い笑顔で反省の色は欠片も見られない。

 

「お返しは嬉しいんだけど、帰ってからにしよう?」

 

「帰ってから?予定なんてあったっけ?」

 

「初詣!Roseliaのみんなも来るよ」

 

 初詣……。ちらりとテレビの方を見ると、LIVEと右上に表示された画面には、先程見たときよりも明らかに増えている参拝客が神社に群がる映像が流れていて、心が折れる音が聞こえた。

 

「別に今行かなくても……どこ行っても尋常じゃなく混んでると思うぞ?」

 

「ダメダメ!もうみんな向かってるって連絡がきてるし、陽さんは保護者変わりなんだから!」

 

 動こうとしない俺の腕をぐいぐい引っ張りながらリサがそう言うけれど、やっぱりいまいち気が乗らない。どう考えても寒いだろうし、大して信心深いわけでもないし。初詣なんて何年前に行ったのが最後かすら思い出せない。

 

「……そういえば燐子が着物で来るかもって言ってたような」

 

「どこの神社?外寒いだろうからしっかり着込んで行こう」

 

 クローゼットから自分のコートを取り出してさっさと着込み、ついでにリサのダッフルコートも手渡す。なんでかコートじゃなくて手首を鷲掴みにされた。

 

「ね、陽さん。一発引っぱたいていい?」

 

「冗談、冗談だから」

 

 新年一発目のリサの怖い笑顔がそこにあった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 冷たい夜の空気を肺一杯に吸い込んで思い切り吐き出すと、真っ白に染まった吐息が闇の中に吸い込まれて消えていった。空を見上げると、空気が澄んでいるせいか星がいくつか見えた。

 

「お待たせ!マフラーくらい巻きなよ、風邪ひいちゃうよ?」

 

「リサ待って、苦しい苦しい!」

 

 ぼんやり夜空を見上げていると、首周りにふわりとした感触が巻き付いてきて、そしてギュッと締められた。喉の奥の方から変な声が出る。慌てて首元をタップすると、少し間を空けてから締め上げる力が緩まった。

 

「新年が命日だと方々に迷惑だからやめよう?」

 

「変な冗談を言う陽さんが悪い」

 

 振り返ると、こちらをジットリと睨むリサの顔。けれど本当に機嫌が悪いわけじゃないみたいで、俺の首を締め上げたマフラーを今度をゆるりと巻き直してくれた。

 

「ありがとう。思ってたより寒いな」

 

「そだね。友希那、ちゃんと厚着してくるといいんだけど」

 

「わ、真っ白!」と言って大げさに息を吐き出すリサの手を取り、神社に向けて真っ暗な夜道を歩幅を揃えて歩き出す。

 深夜の住宅街は普段と同じで静かだけど、なんとなくいつもより空気が浮ついているような感じがした。

 

「あ、そうだ」

 

「どうした?忘れ物?」

 

 急に声を上げたリサは、俺の問いに悪戯な笑みを返して「お邪魔します」と、繋いだ手を俺のコートのポケットに突っ込んできた。

 

「……なんていうか、ベタだな」

 

「いいじゃん?好きなバンドの曲の歌詞であってさ、憧れてたんだよねー」

 

 俺もそのバンドの曲は知っていた。有名な曲だ。だけどあの曲の結末って確か……。

 

「あの曲って、最後は二人別々の道を行って終わるんじゃなかったっけ?」

 

「……あちゃーそうだった。どうしよ、やっぱ離そっか?」

 

 ポケットから手を引っこ抜こうとするリサの手を、引き留めてもう一度強く握りなおす。

 視界の端でリサがこちらを見上げたのがわかったけど、照れくさいから俺は前を向いたまま。

 

「まぁ、それはそれってことで。寒いから仕方ない」

 

「そうだね仕方ない!」

 

 リサの愉快そうな笑い声が空気を揺らす。そして上機嫌なリサが曲を口ずさむ音が、ふたりぶんの足音と一緒に響く。

 閑静な宅地を抜けて商店街に近づくと、じわじわと人の姿が増えてきた。この商店街を抜けた先に神社があるからだ。すれ違う人の手には破魔矢の入った袋だったり、ビールの缶だったり。

 シャッターの下りた商店街を通り過ぎて角を曲がると、煌々と照らされた鳥居が見えた。いくつか屋台も出ているようで、ソースが焦げる香ばしい匂いがする。赤い鳥居のすぐ横に待ち合わせているRoseliaの面々が集まっているのを見つけた。何故か愛子の姿もある。あこちゃんとふたり、楽し気に会話する姿は、とても俺と同い年には見えない。みんな、しっかりとコートに身を包んで身を寄せ合っている。

 

「・・・リサ、燐子が着物で来るって言ってなかった?」

 

「うん。来るかもって言ったね。みんなーお待たせー!」

 

 リサは悪戯っぽくと笑うと、繋いでいた手をポケットからするりと抜いて、そのままみんなの方に駆けて行ってしまった。

 一杯食わされた……。内心、こっそり楽しみにしてたのに。

 後から何か仕返しをしてやろうと心に決めて、新年の挨拶を交わすみんなの輪に加わる。

 

「あけましておめでとう陽さん。本当に来たのね?」

 

「おめでとう。リサに引っ張られてな」

 

「すっかり尻に敷かれてるわね」

 

「余計なお世話だ」

 

 俺が苦々しく言うと、友希那は目元だけで笑った。口元は厚手のマフラーに隠されて見えない。

 

「そう言う友希那もよく来たな。それに紗夜も。こういうの苦手そうなのに」

 

「仕方ないじゃない。参加しないと後々リサがうるさいのよ」

 

「……友希那の方こそ尻に敷かれてない?」

 

「余計なお世話よ」

 

 ジロリと眠たげな瞳を細めて睨む友希那の視線を無視して、行き交う人の方を見ると、こうしている間にもどんどん増えている様子で、参拝に並ぶ列が来た時よりも明らかに長くなっていた。他の参拝客にぶつかりそうだったから、友希那の腕を引っ張って人の通り道から離れる。

 

「リサとの同居生活はどう?楽しんでる?」

 

「まぁ、ぼちぼち・・・。いつもみたいに節度がどうとか言って来ないんだな?」

 

「今更言うだけ無駄でしょう?」

 

 そんなことない、と言おうとするのを止めて、素直に頷いた。

 実際、リサが泊まりに来た初日から節度も何もあったものじゃない生活を送っているから。

 

「もうこの際、バンドの活動に支障を来さない限り何も言わないことにしたわ。リサが幸せそうならそれでいい」

 

「えっと、喜んでいいのかそれ?」

 

「知らないわよ。その位自分で考えなさい」

 

 突き放すよう言う友希那だけど、その声色は優しかった。きっとマフラーに隠れた口元には笑みが浮かんでいるのだと思う。俺はなんだか照れくさくて「わかったよ」と小さな声で言った。

 

「ところで陽さん」

 

「何?まだからかう気?」

 

「それはまた次の機会にするわ。そうじゃなくて、リサ達はどこに行ったのかしら?」

 

「は?」

 

 リサ達が談笑しているはずの方を見ると、その姿は忽然と消えていた。慌てて周囲を見渡すけれど、みんなの姿はどこにも見えない。友希那に苛められている間にはぐれてしまったようだ。早く連絡を取らなければと思い携帯電話を取り出そうとするけれど、ポケットの中に見当たらない。怒ったリサから逃げるようにして家を出たから忘れて来たらしい。

 

「ごめん友希那、悪いけどリサに電話して貰ってもいい?」

 

「……それは出来ないわ」

 

「出来ないってどうして?」

 

「携帯を忘れてきたから」

 

「……普通、女子高生って肌身離さず携帯を持っているものじゃないの?」

 

「……普通、社会人ならどんなときでも電話に出られるようにしておくべきじゃないのかしら?」

 

 少しの間、無言で友希那の眠たげな瞳と見つめ合って、そして同時に大きなため息を吐いた。近くでカップの日本酒を煽る、赤ら顔のおじさん達の大きな笑い声が虚しく響いた。

 

 

 

 

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