ペグを緩め、古くなった弦を6本ともニッパーで切り落とす。ボディの裏側から弦を引き抜き、ペグに残った切れ端も取り除く。弦が無くなり晒されたフレットを一本一本、指板に付着しないよう専用の器具で保護しながら、コンパウンド剤をつけたクロスで丁寧に磨く。
「まりなさん、リサに俺のベースの音聴かせたんですってね」
「あーうん、聴かせたよ。リサちゃんビックリしてたなぁ。・・・ん?リサ?」
カウンター隅の作業スペースでギターのメンテナンスをしながら、そのすぐ後ろでパソコン作業をするまりなさんに話しかける。まりなさんとのシフトは久しぶりだ。
平日の夕方、ライブの予定が無く、利用者がスタジオに入って練習をしてる間のCiRCLEは大体こんな感じで、防音扉からはわずかに練習の音が漏れ出ている。
「人に許可も取らないで何してくれてるんですか・・・。どのライブの聴かせたんですか?」
「最後にやったやつだよ。ベースの音がよく聞こえてるし。ねぇ高橋君ってリサちゃんのこと名前で呼んでたっけ?」
「は?最後のやつ!?よりによってなんでそれ聴かせるんですか!?ベースの音がよく聞こえるって、ベースとドラムしかいないんだから当たり前でしょ!もうボケ始めたんですか!?」
「ちょーっとお姉さん、何言ってるのか聞こえなかったなぁ。ボケて耳が遠くなっちゃったのかも。もう一回言ってもらってもいいかなぁ?」
「失言でした、ごめんなさい」
素直に謝ると、作業の手を止めたまりなさんが溜息をついてこちらを向く。
思っていたより怒ってない?
「ううん、あたしの方こそごめんね、勝手なことしちゃって。でもリサちゃん、最近ベースのことで悩んでたみたいだから力になりたいなって思って・・・」
「・・・だからって、あれを聴かせることはないでしょう」
「前にも言ったことがあるけど、私はあのライブが君のベースの中で一番かっこよかったと思ってるの。だからリサちゃんに聴かせるならこれしかないって思った」
「・・・聞かなかったことにしておきます」
まりなさんの言葉に、こちらも前に言われたときと同じ返事を返す。あのライブはそんな評価をしてもらって良い代物じゃない。
ギターのメンテナンスに戻る。フレットに塗布したコンパウンド剤を綺麗に拭き取り、ローズウッドの指板にレモンオイルを塗り込んでいく。
「あれから2年経ったけど、まだ受け入れられそうにない?」
「俺は全部受け入れた上で、今ここにいます」
「そっか・・・」
どこか悲しげな、まりなさんの声がポトリと床に落ちて消えた。
指板にオイルを塗り終える。オイルが浸透するまで少し時間を置かなければならない。
スタジオの方は終了まで、まだ30分以上時間を残している。
少し休憩してくるか・・・。この空気はさすがに耐えがたい。
「まりなさん、ちょっと休けーー」
「おはようございまーす!」
居心地の悪い湿っぽさが充満したロビーから逃げ出そうとする、しかしタイミング悪くお客さんがやってきた。
今日は厄日かもなぁ・・・。
「いらっしゃいませー」と入口の方を見ると、そこのはついさっき話題にあがっていたリサがいた。
「リサ、早すぎないか?まだ予約の30分前だぞ」
「わー、リサちゃん。いらっしゃい!」
「まりなさん、陽さん、こんにちは!まりなさん、この間はありがとうございました!おかげで陽さんにベース教えてもらえることになったんだ!」
まりなさんが、目を見開いてこちらを向く。
そういえば伝えてなかった。あんな顔するの久々に見たな。
「そ、そうなんだ良かったね!ていうか、ふたりとも名前で呼びあっちゃって、もうすっかり仲良しさんじゃない。お姉さんビックリだよー」
「いや、それはリサが無理矢理ーー」
「そうなんだー!ほんとまりなさんのおかげだよー!」
女三人寄れば姦しいというが、2人でも十分賑やかだよなと思う。
2人の話に水を差すのも悪いし、外のカフェで一息入れてこよう。
ポケットに財布が入っているのを確認し出入り口へと向かうと、入れ違いでリサ以外のRoseliaのメンバーもやってきた。みんな集合が早いな・・・。
「ちゃんと話せたみたいで安心したよ。高橋君、バンドのことは教えてくれた?」
「それがバンドのことは、口と口でちゅーしないと教えないって言われちゃってー!」
不自然に大きいリサの声がロビーに響き渡る。
Roseliaのメンバーとまりなさんとが揃うロビー、以前と同じ状況で今回はリサの一言で場の空気が凍り付いた。
「・・・高橋君、ちょっとこっちに来てみんなでお話ししようか!」
やっぱり、今日は厄日かもしれない。